2-04 五歳になりました ②(済)
その夜、聖王国タリテルド・王都タリアスにある王城の大広間にて、国王陛下の溺愛する孫娘、ヴェルセニア公爵令嬢・ユールシア・ラ・ヴェルセニアの、五歳の誕生招宴が行われた。
通称【お披露目】と言われるこの式の出席者数は、千二百余名。
公爵家令嬢の誕生パーティーが王城で行われることも異例なら、その異常な出席者数のほとんどが自分から参加を申し込んだことも異例で、その全員が“噂”の【姫】にお目に掛かろうと待ち構えていた。
そんな状況なので、心からユールシアを祝う気持ちがあった者は、少なかったのかも知れない。
それどころか、噂となった『王族を虜にした、美しき黄金の姫』『傷付いた子供達の心と体を癒した聖女』『天より使わされた神聖魔法の天子』……などと言った五歳の子供らしからぬ、馬鹿げた“噂”の真偽を確かめようと来た者も多かった。
国教である豊穣の女神コストル教だけでなく、他にも様々な宗派が訪れている。
噂の一つである【聖女】の称号。これは各宗派の総本山が認定するべきもので、僭称であるのなら糾弾するべきであるし、それに見合う実力があるのなら、自分の宗派へ取り込むことが出来れば、これ以上の【広告塔】はない。
それにもし“噂”が真実と違えていても、王族のお気に入りで、富も権力も勢いもあるヴェルセニア公爵家の令嬢なら、売り込むにしても取り込むにしても、顔を売っておくことに損はない。
だが、そんな者達の思惑は外される。
音楽が変わり、入場の合図と共に現れた、二人の王子にエスコートされた【姫】の姿に、ニヤついていた招待客の顔が凍り付く。
それは生物としての本能的な【恐怖】だったのかも知れない。
神が創り上げた人形のような冷たい美貌。
自ら輝くようにほのかな光を放つ、黄金の糸で作られた髪。
絹のように滑らかで、磁器のように艶やかな白い肌。
彼女が【人間】だと言うのなら、我々は【人】になり得てすらいないのでは……?
そんな自分の存在を呪うような恐怖は、彼女がふわりと浮かべた笑顔で霧散する。
良かった……。彼女が【人】で……。自分たちが【人間】で……。
その安堵のあまりに涙を流す者も居た。
そして誰もが彼女こそ、この聖王国の【姫】であると確信した。
疑り深く画策する、一部の者達を除いて……。
*
やばい……。開幕から【威圧】しすぎちゃった。
だってぇ……会場に入る前から、嫌な【感情】と【匂い】が、ぷんぷん漂ってきたんですもの。
か弱い悪魔の私が怯えて、思わず【威圧】しちゃっても仕方のないことよね?
でも案の定と言うか、みんな怯えちゃったから、慌てて愛想笑いを浮かべたから何とか誤魔化せたと思う。うん、私は頑張ったよっ。
「……ユールシア」
「……え?」
「怖かったのか……? 手が震えていたぞ」
リックが不安そうな顔で私を見てる。
私……ずっとリックの手を握っていたんだ。リックも黙って手を握っていてくれたみたい。私の手の平が汗でじっとりしてる……。ごめんねリック……気持ち悪かったでしょうに。
「初めて沢山の人の前だと緊張するよねぇ。ユールシア、少し怖い顔してたよぉ」
ティモテくんがふわふわした甘い笑顔で、私の頭を撫でてくれた。
さすが暫定“お兄ちゃん”です。ちょっと安心した。
「二人とも……ありがと」
「……ふん」
「どういたしましてぇ」
私が感動して、ちゃんとお礼を言ったのに、やっぱりリックはガキんちょだ。だから私はティモテくんとだけ、ふわふわと微笑み合っていたんだけど。
「ユールシア、いくぞっ。主賓がずっと壇上に居ても駄目なんだぞ」
「え? ちょ、」
何故か突然不機嫌そうに言うと、リックが私の手を握ったまま、ずんずん階段を下り始めた。
ちょ、ちょっと、歩くの速いっ。
私、足腰軟弱でひ弱ですのよ? コケますよ? スッ転びますわよ? 待てコラ。
「リュドリック兄様っ」
焦って呼び止めると、初めて【兄様】と呼ばれたリックは、とても驚いた顔で振り返り、嬉しいのか嫌なのか微妙な顔になって足を止めた。
「転びそう……ゆっくり歩いて」
「……わかった」
やっと、ガキんちょリックも理解してくれたようで、私が転ばないように手を取ってゆっくりとエスコートしてくれる。ふぅ……一安心。
私もリックを【兄様】と呼ぶのは躊躇してたけど、焦っていたせいか案外普通に呼ぶことが出来たようで、まぁ良かった?
でもやっぱり微妙……。リックもかな? やけに大人しいし。
「……私が“兄様”って呼ぶの……変?」
小さな声で伝えると、リックは少しだけ頭を振る。
「そんなに……変じゃない。でも、普段は呼び捨てのほうがいい……」
「……うん」
その後、二人揃って黙り込んでしまう。う~ん……リックがおかしい。
「ユル様ぁっ!」
ドンッ、と警備隊が声を掛ける暇もなく突進してきた小さな影は。
「シェリーっ」
「はいっ、お久しぶりでございますっ」
「う、うん……二日ぶり」
シェリーとは王都に来た時に良く会っている。健忘症でしょうか……? シェリー、まだ若いのに……。
シェリーの奇行のおかげで、正体不明の妙な空気は飛んでいきました。ついでに貴族さん達の挨拶も無くなれば良かったんだけど、そうは問屋が卸してくれない。
「お父様……あと何人……?」
ただ今の挨拶に来た貴族さんの数は、五十……何組だっけ?
さすがに全員からの挨拶は無理なので、お父様とお祖父様と伯父様の友人関係だけに絞ってもらっているけど、それでも二時間近く掛かっている。
一組当たりの時間が掛かり過ぎなんですよ。
いちいち私を見て硬直するのは失礼ではありませんか……?
「そうだね。そろそろ私と父上が代わりに挨拶を受けておこう。休憩しなさい」
「……はぁい」
申し訳なさそうなお父様のお言葉に甘えて、私はお母様に手を引かれて【檻】の一つへと向かった。
実際には檻なんて無い、ただの豪華なソファとローテーブルが置かれているだけの場所なんだけど、綺麗どころの騎士と侍女で周りを固めているので、よっぽど根性がある者しか近づいてこない。
ただ周りから丸見えで“動物園の檻”みたいなので、私がそう呼んでいるだけ。
向こうの【檻】では、お祖父様と伯父様が、ごついおっちゃん連中と酒を飲んで騒いでいる。あそこは危険だ。
あれ……? 二人とも、お父様のお手伝いは?
今私が向かっている【檻】にはシェリーがいて、私の護衛騎士で固めた、“男子禁制”としている私の専用避難所なのです。
「ユル、私はフォルト様のお手伝いに戻るけど、平気……?」
「……はい、お母様」
ああ、お母様の癒しのふわふわ成分が行ってしまう。やっぱりお父様が心配なのね。お祖父様、許すまじ。
出迎えてくれたサラちゃん達にエスコートされて、私が【檻】に入ると、
「ユル様ぁーっ、こちらですー」
例の如くシェリーが飛びついてきたので、足りないふわふわ成分を彼女に補充してもらう為に、一緒のソファに座った。
「すごく人が並んでましたねぇ……」
「顔……あまり覚えてないんですけど」
お父様と仲が良さそうな人は覚えているけど、それ以外はアレだね。私には豚の判別は無理だと分かったよ。
ヴィオ達にお茶を煎れてもらって、……やっぱりよく味は分からないけど、私もようやく人心地付きました。
「ユル様ぁ、“初めてのお茶会”はどうなされるのです?」
シェリーは疑問系にしてるけど、何かを期待している感じが見て分かる。
「お祖母様のお茶会だよ。……ごめんね」
「ううんっ、いいんです。さすがに【黄金の姫】様をうちには呼べませんもの」
なにそれ?
「お、おうごん?」
「ユル様……? お聞きになっていませんの?」
私は金の髪で金の瞳だから、世間様では【黄金の姫】とか呼ばれているらしい。
適当だねぇ……と言ったら、それよりも先に【白銀の姫】とか呼ばれているご令嬢がいたので、そのせいで私もそう呼ばれるようになったらしい。
その人も、そんな恥ずかしい二つ名で呼ばれて可哀想に……。
「銀の髪の綺麗な女の子なんですって。ユル様には負けますけどぉ」
「あ、そう……。その方は、今日はここに来ているの?」
そう聞くとシェリーは首を傾げ、それが聞こえたヴィオがそっと教えてくれる。
「バルセル領主・オーベル伯爵様は、お歳を召してまして、ここ数年は王都へ来ておりません。ご令嬢のミレーヌ様は御年13歳で、今年から社交界に出られて、その美しさが噂になっておりました」
その人が白銀の姫さんかぁ。
「そのミレーヌ様は、今日はこちらへ?」
「いえ、お身体が弱くて、領地で静養なされているようです。ですので、学院にも通わず、ご自宅で学んでおられると聞いております」
「それでですねぇ、ユル様。そのミレーヌ様はお身体の調子のいい時だけ、月夜の綺麗な夜に、お茶会を催されるらしいの」
「へぇ……」
そこら辺の話は、侍女さんや女性騎士さん達も詳しくて、思わず一緒になって盛り上がっちゃった。
そのせいかここは、綺麗どころの女性ばっかり集まっているのもあるけど、誰も近づかない割りに異様に注目度が高い。
まぁ主賓の私がいるしね。
でも貴族の女の子とか遊びに来ても良さそうじゃない? ほらほら怖くないよぉ? 私は美食家だから、摘み食いなんてしないよぉ?
やっぱり怖いかなぁ。私が怖いのか、肩書きが怖いのか分からないけど。
でもねぇ……
やっと来てくれた人が居ました。
ある意味、待ち望んでいた今回のメインイベントです。うふふ。





