2-03 五歳になりました ①(済)
タイトルがちょっと寂しい気がしたので、副題を追加しました。
『ユールシアの五歳の誕生パーティーは、王城で行う』
……はい? 何を言っているんですか、お祖父様。
私が五歳になる一週間前、国王陛下の突然の発言に、側に居たお父様も私と同じことを言ったらしい。
そりゃそうだよね。
国王陛下の孫とは言え、私は公爵家の娘で、しかも今回は、正式に公爵令嬢となった私の、領地の方々を招いた【お披露目】なのですから。
私個人としては、トゥール領のお屋敷でのパーティーでも尻込みする。
小市民的な私としては、20人も集まれば大パーティーなんだけど、私の“噂”を聞いた貴族や大商人から、数百もの出席希望の打診があったらしい。
私の“噂”ってアレですよ、アレ。あの不本意な【姫】とか【聖女】とか赤面しそうな恥ずかしい噂ですよっ。
あの誘拐事件で癒した子供達が、興奮してキラキラしたお目々で、『聖女様がっ! 聖女様がぁああああああああっ!』とか何とか叫んでいたらしく、そんな噂を教会でも聞いたらしく、あちこちでヒソヒソ何か言われている。
ねぇ……そう言う“称号”って教会とかに付けられるのではないの? 嫌ですよ、私は。背教者とか言われて暗殺者に狙われるのは……。
まぁ、私は背教者どころか“悪魔”ですけど。
だからトゥール領でのお披露目は我慢しますけど、王都の王城で、さらに人を集めてお披露目とか勘弁してください。教会関係者もいっぱい来るでしょうし。
お父様。……あなたの娘は、父がお祖父様を説得できると、心から信じております。
*
はい、ダメでした。
駄目駄目ですね、お父様……。とは言いません。お祖母様やエレア様を敵に回して、よくぞ一時間も粘ってくれました。……弱すぎませんか?
「でも、いいのでしょうか……」
「何がでございますか…? ユルお嬢様」
ぼそっと漏らした呟きに、メイドのヴィオが反応して聞いてくれる。
お誕生日パーティーは四日後。ギリギリはよろしくないので、余裕を持って王都に到着した私達は、それまでお城に泊まることになりました。
実は私は、王都にある公爵家の別宅には行ったことがない。
王都で泊まる時には、お父様の私邸かお城で、別宅には例の【お姉様】が居るはずなので、今回こそお会いできるのかと思っていたのに。
わざと……? まさかね。
「公爵家の娘である私が、お祖父様のお城でお披露目……は、色々諦めたけど……」
「ご納得できたみたいで、よろしゅうございました」
よろしくないよ。
「でも私だけ“特別”でいいの? 他の公爵家だって女の子は居るでしょ?」
王都を囲むように位置する五つの周辺都市それぞれを、五つの公爵家が治めている。最近一つ減って一つ増えたけど。
「他の公爵家は、血の繋がりが薄くなっています。ヴェルセニア家を除く四家で、もっとも血が濃い家でも、先々代王弟が婿として入ったカペル家で、公爵家から王家に嫁入りした方も先代王妃様で、すでにご逝去されております」
「……結局はお爺様の“孫”だから?」
「その通りでございます。それに旦那様は王位継承権こそ落とされましたが、王太子殿下が王位を継承なされた時には、【王弟】の地位を得て、事実上【大公爵】となられますので、ユル様にも“権利”が与えられます」
ああ~…。だから“王位継承権”が発生しちゃったのか。
「そしてユルお嬢様は陛下が認められた【姫】であり、我が国にとっても【王女】は必要な存在なのです」
「………へ?」
要するに、外交上、他国の王族の結婚式や祝典に使節団を送る場合、格下の国になら大使館の貴族でも送ればいいんだけど、同格以上の相手なら【王家】に連なる者が出席する事になる。
でも、同格ならライバルでもある訳で、そこに王位継承権の高い“男児”を送るのははばかられる。
そこでこの聖王国では、代々【若い王女】が使節を率いて出席するのが通例らしい。
おっさんより若い女の子のほうが嬉しい。
「だから無理矢理、私が【姫】にされたと……?」
とんでもない話ですね、お祖父様。
それって私の身に危険があるんじゃないの? っと考えたけど、ヴィオが真面目な顔に、少しだけ笑みを浮かべて首を振る。
「あくまで“建前”ですよ。今までも普通に旦那様――ヴェルセニア公爵様が、外交で他国へ出席されていますし」
お父様、外交官だったのですね。イメージ通りです。でも建前って?
「陛下がユルお嬢様を王城に呼びつける為と、孫娘に過度な警護や【贔屓】をする為の方便が必要だからです」
「……お祖父様」
じじバカですね。
私を公然に甘やかしたいために【姫】認定とか、誰か反対しなかったの?
「それなら私の“お姉様”はどうなるの…?」
お姉様達だってお祖父様の孫でしょ……? と言いたげに首を傾げると、ヴィオの頬がヒクッと震えて、微かに溜息を漏らした。
「あの方々は……アタリーヌ様とオレリーヌ様は、その……大変、素行がよろしくなくて……」
「………」
何をしてるんですか、まだ見ぬお姉様方。
エレア様の態度はそう言った意味があったのね。そこまで言われると、逆にお姉様達に興味が湧いてきたわ。……悪魔的に。
お祖父様やエレア様の思惑は分かった。
ここまで差を付けられる理由も分からなくはないけど、それでも女性騎士さんが言っていた『ただ一人の姫』ってのが良く分からない。
そこで言っていた本人――女性騎士さんに突撃してみました。
「あの……騎士のおねーさん」
「ひ、姫様っ!」
王城の庭で訓練っぽいことをしていた女性騎士さんに話しかけると、女性騎士さんはビシッと木剣を放り投げて姿勢を正す。
隣で木剣をぶつけられた稽古相手の女性騎士さんが、鼻血を流して蹲っていた。
「わ、私のことは、サラとお呼びくださいっ」
「うん、サラね」
どうせ“さん“を付けてもゴチャゴチャ言われそうなので、最初から呼び捨てる。
「フェル、下ろしてー」
「え~~…」
嫌なのかよ。この子はうちの侍女の中でも一番、私を抱っこしたがる。とりあえず、その最近逞しくなってきた二の腕から私を下ろしなさい。
ザッ……と芝生を踏む音がした。
私が久しぶりに大地を踏んだ音ではなく、降りると同時にフェルやサラ、付いてきていた三人の侍女さん達が、私に一斉に跪いたからだ。
……え~~……。なにこれぇ、すっごく居心地悪いんですけどぉ。
フェル……あなたも家だとそんな事しなかったじゃない? なに得意そうな顔してるのよ? いつ練習したの?
「……えーっと、サラ?」
「はいっ、姫様」
お目々がキラキラしてる……。まだ十代後半かな? サラは茶色い髪で茶色い瞳の、ほんのりとそばかすが残る可愛い子でした。
「あなたはどうして、私の護衛騎士になったの?」
とりあえずは世間話から。
「はいっ、姫様。二年前、騎士家の娘全員に『君に剣を捧げる姫はいるか? 愛を捧げる主はいるか? 麗しき女性騎士募集!』との通知があり、応募しましたっ」
募集していたのね……良くもまぁ、そんな怪しい広告に応募したね? その隣でまだ蹲っている鼻血騎士さんも頷いているから本当みたいです。
しかし、お祖父様もその頃から画策していたとは……。
「それで……どうしてサラは、私を【姫】って呼ぶの……?」
「だ、だって、姫様は【姫】ではないですかっ」
「この前も『ただ一人の』って言ってたけれど、あれはどういう意味……?」
どうして私をそんな風に言ったのか?
私が問うと、サラは右手を胸に当て、左手を天に掲げて、ヅカの舞台女優のようにつらつらと語り出す。
「ああ、姫様、麗しきユールシア姫様っ。その黄金の糸のような髪、絹のような滑らかな肌、私の心を射貫く金の瞳。その愛らしいお姿を一目見た瞬間、恥ずかしながら少し漏らしてしまい、姫様の護衛騎士になれた嬉しさで、地方のおっさん領主の護衛に就く兄達に、一週間ほど朝から晩まで自慢しまくり、最後には殴り合いの喧嘩に…」
「サラちゃん、止まりなさい」
ペチンとサラの額を叩くと、サラは恥ずかしそうに潤んだ瞳で頬をバラ色に染めた。
え……マジで?
そっちの趣味はないよね? まぁいいけど、漏らしたって……、それって私に怯えて漏らしたのと違うの?
吊り橋効果と一目惚れは違うのよ? しかも“吊り橋”に惚れ込んでどうするの?
「そうじゃなくて、『ただ一人の姫』って、私にはお姉様が二人いるのよ?」
「……え?」
「………え?」
本当に知らなかったの?
「い、いえ、もちろん存じておりますが、あのお二方は……その……あまり良い噂を聞いておりませんので……」
「……具体的には?」
「………」
目を逸らすな、頑張れサラちゃん。
「だ、だって、【姫】は、この聖王国の【顔】なんですよっ。それがユールシア姫様なら、他国の騎士達に自慢できるじゃないですかっ」
話題も逸らしやがった。
それに“私”で自慢になるの? まぁ最悪は盛大に【威圧】出来るけど。
「国の【顔】って…?」
「そうですっ、天使のような愛らしいお姿で、聖王国の【姫】で【聖女様】ですよっ! この世に姫様以上の【姫】などいませんっ」
「聖女……」
ここできたか【聖女様】……。本気で恥ずかしい。
騎士さん達にまで“噂”が広がっているのかぁ……。なんか色々、各方面で波紋がありそうだね。……めんどくさい。
半分諦め境地で、まだ蹲って呻いている鼻血騎士さんに神聖魔法を掛けてあげたら、二人揃って、改めて私に剣を捧げてくれました。
うん、やっぱりこれは無いね。私、“悪魔”ですから。





