閑話 爺やと婆や(新)
今回はほのぼの系?
ヴェルセニア公爵家には、執事長と侍女長の夫婦が居る。
きちんとした名も家名もあるが、公爵家に仕える者が半数以上辞職すると言う大量入れ替えがあり、新たに雇い入れた若い者達が多くなったことで、誰もが彼らを“執事長”“侍女長”と呼ぶようになった。
その中でただ一人だけ、彼らをそう呼ばない人物がいる。
ユールシア・ラ・ヴェルセニア。
自分達が主と認めるヴェルセニア公爵・フォルトの愛娘で、公爵令嬢と言うだけでなく、彼女は彼らにとっても“特別”な子供だった。
執事長は元々、とある子爵家の次男として生まれた。
子爵家は歳の離れた兄がいたので、自分が貴族家に残ることは早々に諦めていたが、兄に子供が生まれるまでは“予備”として結婚を自重する程度の考えはあった。
兄弟仲は良好で、兄と子爵位を争うなど考えもしなかった。だからこそ継承権争いを厭うフォルトに共感し、彼を生涯の主と決めたのかも知れない。
事の起こりは、兄夫婦にようやく子供が生まれたことに始まる。
待望の男子が産まれたと聞いた時は、ようやく肩の荷が下りたと大きく息を吐いた。
その頃、執事長はまだ二十歳の青年で、家の伝手から執事見習いとして義姉の実家である伯爵家などで働いていた。
ようやく結婚出来る立場にはなったが、問題もあった。それは……
「……女っ気がない」
世の中、侍女やメイドと聞けば若いお嬢さんを思い浮かべるが、現実は非情である。要するに、事業などをして儲けている貴族家ならともかく、領地もなく城勤めで給料を貰っているような貴族家では、長年勤めている“おっちゃん”と“おばちゃん”しか居なかったのだ。
なら、外で庶民の娘でも見つければいいじゃないか? と思われるかも知れないが、貴族家の執事“見習い”など、ブラック企業のバイトのようなもので、休みも無くシフトを組み込まれ、一人で夜中まで働くなど日常茶飯事だったので、そんな暇があるはずもない。
しかも、見習い期間が終わっても、その貴族家でそのまま雇われるとも限らない。
将来をどうしようかと悩んでいた時、ある出来事が切っ掛けで、彼はそこに光明を見出した。
兄に長男が生まれた一年後、王家に第三子である第二王子が生まれた。
その時の乳母は出産時期の近かった侯爵夫人が勤めていたが、彼女は産後の肥立ちが悪く、急遽他の乳母が必要になり、王妃は学院時代の同級生である子爵夫人を指名したのだ。
そう、兄の妻。彼の義姉である子爵夫人だ。
丁度長男が乳離れをしたところで、多少豪快な気質であった義姉は、旦那に息子を預けると友人の為に王城に駆けつけた。
そして彼も義姉に頼み込み、義姉の手伝いとして城に潜り込むことに成功する。
普通に考えれば女性の手伝いに、弟とは言え男性が付き添うのはあまりない事だが、
豪快な義姉に馬車馬の如く酷使されている彼に誰かが同情したのか、一年もしないうちに城の新人執事として雇われることになったのである。
「わ、私が結婚してあげますっ!」
「……は?」
その娘は、王妃付きの侍女の一人で、伯爵家の第四女だったが、王妃が城に住み始めてから仕えている、二十代前半の貴族としては少々いき遅れの女性だった。
王妃のお気に入りで、女性としても可愛らしい容姿だったが、ようやく若い女性の居る職場に移り、さあこれからだと言う時に、彼としては二~三歳程度でも年上の女性と付き合う気は無かったのだが。
「わ、私が結婚してあげますっ!」
「……はい」
サブミッションで床に押さえつけられた彼は、彼女の何度目かの熱烈な求愛を受け入れることになった。
「まぁ、純愛ですのねっ。それなら職場は同じところが良いですわっ」
その頃から多少天然気味だった王妃の計らいにより、彼と彼女は、第二王子フォルトの専属執事と専属侍女として仕えることになる。
そんな彼女と夫婦になり、彼らにも子供が授かった頃、兄夫婦にも第二子である女の子が生まれた。
その子の名はリアステア。
その子の出産の為に義姉も家に戻っていたが、侍女である彼女も出産で休みを貰っていた為、臨時の侍女にあまり懐かなかったフォルトが寂しがっていたので、急遽、フォルトが懐いていた義姉が城に呼ばれることになった。
「王妃様……私も出産したばかりなんですけど?」
「一緒に連れてきてくださいね。私も女の子の赤ちゃんと遊びたいのです」
そうしてフォルトとリアステアは幼い頃を一緒に過ごし、大人となって互いを愛しく想うようになった。
だが、その恋は実ることなく、王家の事情によりフォルトはコーエル公爵家に婿入りすることになる。
「フォルト様……」
「何も言うな。……お前達は私に付いてきてくれるか?」
「もちろんです。我ら夫婦、あなたの従者となった息子共々、ずっとフォルト様の味方でございますよ」
当時のコーエル公爵家の腐敗は酷かった。
家令は汚職をして懐に公爵家の金を納め、侍女や執事達は昼間から享楽にふける者も居て、真面目に仕事をする者のほうが少ない。
老齢であった前コーエル公爵は、早々に引退すると国の東にある保養地に引っ込んだが、実際のコーエル公爵家の実権を握っていた公爵夫人アルベティーヌは、子飼いの部下しか信用せず、フォルトが連れてきた者達を疎外した。
それでも彼ら夫婦はフォルトの為に頑張った。その甲斐があって家の予算を食いつぶしていた当時の執事長と侍女長を辞めさせ、新たにその役目に就いたが、それでも敬愛する主人に幸せを与えることは出来ずにいた。
それだけならまだしも、ようやく生まれたフォルトの娘達は、母親ばかりを信奉し、父親を蔑ろにして、新たな執事長と侍女長を居ない者として扱った。
まだ幼い彼女達は母親の影響を強く受けているのだろうと分かってはいても、彼らはそれが悲しくつらく思えた。
「ああ、フォルト様とリアステア様が結ばれていれば……」
「あなた、それは言わない約束よ」
約束はしていなかったが、そう思ったのも一度や二度ではない。
だが、そんなある日、暗くなるばかりだと思われていた事態は急転する。
フォルトの兄である第一王太子の計らいにより、表立ってではなかったが、フォルトとリアステアが結ばれることになったのだ。
そしてフォルトとリアステアは、神様から一人の女の子を授かることになる。
ユールシア。フォルトが名を考え、リアステアが名を与えた。
執事長と侍女長は歓喜のあまり、コストル教の教会で万歳三唱して教会からやんわりと叩き出されたり、こっそりユールシアを見に行こうと、こそこそして衛兵に捕まりそうになったこともあるほど喜んだ。
彼ら夫婦にとって、ユールシアは敬愛する主人の娘であると同時に、愛する姪であるリアステアの子だ。不敬だが孫も同然で、正に目に入れても痛くないほど可愛がっても当然と言える存在だった。
初めてユールシアに会った時、三歳ながらにその完璧な美しさにも驚いたが、彼女は執事長や護衛達にきちんとお礼を言えるほど良い子で、執事長は今までの苦労が報われた気がして思わず感極まって号泣してしまった。
それどころか、最後に初老に差し掛かっていた彼を労り肩叩きまでしてくれたのだ。
それがあまりにも嬉しくて、侍女長である妻にベラベラと自慢すると、盛大にヘソを曲げた妻から関節技のフルコースを貰ったが、それでも痛くないほど喜んだ。
兄や義姉にもそれを報告すると、王家から娘孫との接触禁止を通達されている兄夫婦からも嫉妬で引っぱたかれた。
「よいか、我らがユールシアの祖父と祖母なのだぞっ。自慢されたからといって、う、羨ましくなんて無いわっ」
そんな兄のことを聞いて侍女長が閃いたように口を開く。
「それなら私は、ユールシア様に“婆や”と呼んでもらいますよっ」
「それなら私は、ユールシア様に“爺や”と呼んでもらいたいなぁ」
それはある意味、この職業の“浪漫”でもある。
こうしてヴェルセニア公爵家の執事長と侍女長は、“爺や”と“婆や”として、他の者がドン引きするくらい、ユールシアを甘やかすようになったのでした。
ユルは定期的に爺やと婆やの肩を叩いたりしています。
そうして愛溢れる負の連鎖が始まるのですね……。





