1-11 四歳になりました。……そして(済)
“間食”を終えた私は、雑な酩酊感でフラフラになりながらも、匂いでエレア様を捜して合流することが出来ました。
「…あのね、あっちでね、こわいのやってるのぉ…」
と、べそべそ泣きながらエレア様に抱きつくと、エレア様は私をお膝の上でゴロニャンさせながら、素敵なことを教えてくれた。
「実はねぇ、こちらに来る時、いくつか目印を残しているのよ。もうすぐうちの旦那様とフォルト様が助けに来てくれるから、私と待ってましょうねぇ」
三歳児あざとい。でも演技じゃないですよ。……自分が泣き上戸って知らなかっただけですよ?
少しの“酩酊感”ならネコになるのに、“呑み過ぎ”はダメなのです……。
それから半日も経たずに、お父様が騎士団数百人を率いて助けに来てくれました。
きゃーっ、お父様、格好いいっ。エレア様の旦那さん? お父様以外は目に入りませんでしたわ。
お父様って軍人さん? 結局、美人さんの事とか知りたい事もあったけど、お父様に確保されて、息が詰まるほどギュ~~~~~~ッて抱きしめられていたから、聞きそびれちゃった。
ちゃんと落ち着いたら、沢山の人に、助けてくれてありがとう、心配かけてごめんなさい、と言わないとね。
ちなみにその後、私は寝込んだ。……二日酔いです。もうあんなのは食べない。
***
王都郊外で起きた、児童大量誘拐・国家反逆騒乱・その要となる再び起きた悪魔召喚事件は、召喚された悪魔に容疑者全員が殺害されるという形で終息した。
誘拐された子供達は、地方の者や旅人の子などもおり身元究明に時間は掛かったが、そのほとんどが無事に救出されて親元へ帰された。
主犯格であるブルノー侯爵の死亡が確認され、それによりブルノー侯爵家はお取り潰しになり、その他複数の貴族家が聖王国から消えた。
悪魔召喚の協力者と目されるコーエル公爵夫人・アルベティーヌの死亡も確認され、当主ではないが国家騒乱反逆罪は軽い罪ではなく、国家の重鎮である公爵家と言うことで内情は伏せられたが、コーエル公爵家は事実上お取り潰しとなった。
それと時を同じくして、王家より外に出ていた第二王子が王家に戻り、王位継承権を下げ、コーエル公爵家に代わり、王家の家名と同じ【ヴェルセニア】の家名を持つ、新たな公爵家を立ち上げることになった。
新たに一人の夫人と……まだ幼い“姫”と共に。
***
あの事件から二ヶ月が過ぎて、私はついに四歳になりました。
この身体になって4年……長かったのか短かったのか、今の生活は別段不都合もなく心地よく感じている。悪魔としての力はある程度戻っているけど、人の中に混ざっていると『人の心』が強く出るから不思議だよねぇ。
お誕生日は、みんなからいっぱいプレゼントも貰った。リックみたいな豪華な誕生日じゃなく、家族みんなでのパーティーだけど、私はこっちのほうが好き。
シェリーも王都から来てくれた。
お花とハーブの栽培セットは嬉しい。彼女とお揃いなんだって。
リックが何故かちょっとだけ現れた。
私の顔をジッと見て、私の髪をぐしゃぐしゃ撫でると『……ふん』とか言って帰っていった。……何かこの子…【彼】に感じが似てるなぁ。
しかも青い石が付いたネックレスとか置いていったよ。高そう……ボンボンめ。
お父様からは、馬車一台分の百合の花と、とっても素敵なティーセットが届いた。
そう……届いた。
お父様は来てくれなかった。
……ぐすん。
その後、半年が過ぎて春になりました。
シェリーとはお手紙のやり取りをしているし、リックからも突然手紙が来る。こいつが何をしたいのか分からない。……もしかして友達いないのだろうか。
でも……その間も、お父様は会いに来てくれなかった。
お仕事が忙しいのかなぁ? 私が甘えすぎて嫌になったのかなぁ……。
そんな事を考えていたら、お母様がみんなでお父様に会いに王都に行こうって誘ってくれた。わーいっ。
***
私は今、王城に来ています。
「…………………え?」
王城……王様のお城。つまりは国王陛下の住んでおられるお城です。
うん、薄々変だなぁ……とは思ってましたよ。
家から王都に来る時、いつも使っている馬車ではなく六頭引きの大きな馬車で、お馬に乗った護衛の騎士さん達が20人くらい居たんですもの。
あの執事のお爺ちゃんも居た。
何故だか、ものすごくご機嫌で、お名前を聞こうとしたら、是非とも“爺や”と呼んで欲しいと言われた。爺やのお名前は、……まぁいいや。そのうち分かるでしょ。
私を見た騎士さん達が緊張していた。やっぱり私の外見は怖いからねぇ。
大丈夫よ? 食べたりしないから、怖くないよ?
昔もこんな事あったなぁ……あの子達は元気にしているかしら。
そして……
そしてやっと、お父様にお会いできましたっ。
相変わらず素敵です。思わずぱたぱた走り寄ってゴロニャンしに行ったら、『高い、高~い』されて、くるくる回って、ギュ~~~~~~~~ッて抱きしめられた。
お父様も私と同じで寂しかったみたい。何か嬉しい。
その後すぐに、お父様とお母様とお出掛け。楽しみにしていた親子三人での王都見物が出来るのかと思っていたら、……あれ? 服屋さん?
やたらと大きな超高級服屋さんに入ると、待ち構えていたように10人くらいの女性店員さんに連れて行かれ、何故か私にピッタリ仕立てられた、お姫さまが着るような豪華なドレスを着せられた。
またこんな、お金の掛かっていそうな物をあっさりと……。
唖然としていると、今度は来た時と違う女性騎士ばかり十数名――ヅカ?――が守る馬車に乗せられて、辿り着いたら王城でした。
だから何で?
大聖堂のような雰囲気の、すべての大きな窓がステンドグラスになっている奥まで続くこの場所が、ただの入り口の廊下だと教えられて、開いた口が塞がらない。
この二階建ての家がすっぽり入る高さの天井を見て、どうやって掃除しているのかと馬鹿な疑問しか思い浮かばない。
私を抱っこしているお父様が、右側の入り口から奥へと続く聖王国創世の物語が、左側は奥から入り口へと続く王家栄光の物語が、ステンドグラスに記されていると教えてくれた。
すみません、お父様。私は今それどころじゃないです。
「庭園に呼ばれているけど、その前にユールシアは、お城で見たい所があるかな?」
「う、う~ん……」
その前に、お城の中に何があるのか、混乱中のおバカな私には想像も出来ない。
首を捻るだけの私にお父様は微笑み、お母様と歩きながら目に付いた物が何かを教えてくれる。
実を言えば、何も思い浮かばなかった訳ではない。
でも四歳児が無邪気な笑顔で『しょけいじょー』とか言えない……。
でもお城の庭園か……。一般に開放している訳がないから観光じゃないよね?
呼ばれているって言っていたし、こんなドレスも着せられているのだから、偉い人と会うのかも知れない。どうしよ……。
王様と会うのなら謁見の間だと思うし……誰と会うんだろ?
その庭園は大きな壁に仕切られた、大きな門の向こう側にあった。
「あれ……」
「気付いたかな?」
うん、気付いた。ここはあの“お茶会”で使った広い庭園だ。……え? お城の一部をお茶会に使っていたの?
もしかしたら、あのガキんちょが……?
そう思っていたら居ましたよ、ガキんちょリックちゃんが。
白い屋根だけが付いたガゼボのような場所で、大きなテーブルからエレア様もこちらに気付いて手を振っている。
他にも数人――リックより年上の男の子。知らないおじさん。五十代半ばくらいの、おじさんとおばさん。
その全員が、お父様を見てお母様を見て――私をジ~~~~ッと見つめてくる。
お父様は年上のおじさんの前で私を下ろして。……私を下ろすなんて珍しい。
「父上。……リアステアとユールシアを連れて参りました」
……父上? って、この人が私のお祖父様? ………………え?
「そうか。……この子が」
「……おじいさま?」
私がボソッと声を漏らすと、お祖父様は満面の笑みになって力強く私を抱き上げた。
「おお、そうだっ。儂がお前の“御祖父様”だっ。はっはっはーっ」
やたらと機嫌良く笑って、綺麗なおばさま……お祖母様?も、ニコニコしながら私の頬や髪を撫でまくる。
……凄いな、この人達。私に怯えないなんて。
「さぁ、行くぞっ、全員、付いてまいれっ」
お祖父様は私を抱っこしたまま颯爽と私達が来た道を歩き出す。そうですか……あなたが私の新しい抱っこ要員でしたか。
……って、どこに行くの?
お父様達やエレア様達もその後に続き、その後にも沢山の立派な服を着た人や騎士さん達を引き連れて荘厳な廊下を行進する。
騎士さんや執事さんが豪華な扉を開けて……。
「……ふぁ?」
その巨大な大広間に、数千人……それ以上の城勤めの貴族や騎士達が整列して、私達を出迎えていた。
「皆の者、待たせたなっ。お前達にこの子を紹介する。我が子フォルト、……ヴェルセニア公爵の娘で、我が“孫娘”となる。名は……」
ユールシア・ラ・ヴェルセニア。 初めて知ったよ、私のフルネーム。
あまりのことに呆然とする私に、その場の全ての瞳が私を映していた。
「この子がっ、この国の……お主達の【姫】であるっ!」
………………へ?
その瞬間ざわめきが始まり、騎士達から雄叫びのような歓声が上がった。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』
『国王陛下っ! ユールシア姫様、バンザ――――――――――――イッ!!!』
ええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?
***
私は、国王陛下の孫で、王家と同じ家名を持つ、公爵家令嬢・ユールシア・ラ・ヴェルセニアとなった。
小難しい話は色々あるみたいだけど、私が子供だから詳しく教えては貰えなかった。
私の立ち位置は、第二夫人から産まれた公爵家第三女……らしい。
お母様の立場が微妙で私の存在を知る人間はあまり居なかったけど、何か色々あって第一夫人が居なくなって問題が無くなった。……って感じ?
お祖父様の『この国の姫』発言は、公爵家の娘なんだから違うんじゃない? ……と思うけど、王家に男児しか居ない為に、ほとんど普通に受け入れてしまっている。
しかも十三歳になったら、順位は低いけど“王位継承権”も貰えるらしい。マジかぁ。
ホント、この世界は適当だ……。ちょっとばかり強くなっても、この世界の常識はやはり油断できない。慎ましく生きよう。
そんで騎士達は、剣を捧げ護る【姫】の存在に憧れていたらしい。……ロマンだね。
でも……あれ?
三女って事は、私には“お姉様”が二人居るはずでは……?
「ま、いいか…」
でもいいんでしょうか? こんな私で。……私、“悪魔”なのに。
住み慣れたお屋敷を離れ、お母様やメイドさん達と一緒に、私はトゥール領の公爵家の本邸に移っている。
以前よりも何倍も大きいお屋敷の、何倍も大きい与えられた自分の部屋で、私は深夜の静まる街並みを窓から見つめながら思う。
私は悪魔だ。
それでも私の中にある“人の心”が、私の心に不安の細波を立てる。
いつの日か、お父様やお母様に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
この二人以外はどうでもいい。……そう思っていたのに、人として生きているうちに大事な人達が少しずつ増えていく。
私は【人間】として生きていこう。
私の大事な人達を“人”として愛せるように……。
私は【悪魔】として生きていこう。
愛しくて……愚かで、悲しみと苦しみにもがく、人間達を愛そう。
“悪魔”は愛に飢えている。
私は愛する人達を救おう。【人】として……魂を貪る【悪魔】として。
この窓から見える、誰も居ないような静かな夜の街にも、人は確かに生きている。聞こえるよ。……その息づかいが。
闇に怯える、その愛おしい鼓動が……。
あなた達の【愛】を私に捧げなさい。……その代わり。
“悪魔”であり、この国の“公女”となった私が……。
「……“悪魔公女”が魂まで愛してあげる……」
これで第一章の終了となります。
次からは第二章となりますが、ついにストックが尽きました。
勢いで書いたので至らない物語かと思いますが、感想をお聞かせください。
読んでくださる方に感謝を。





