表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔公女 〜ゆるいアクマの物語〜【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第一章・悪魔の見る夢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/76

1-10 悪魔の祝福(済)

残酷な描写がございます。人間の読者様はご注意ください。

 



「あ、…アルベティーヌ様ぁあああああああああああああああああっ!!」

 

 ズマナの目の前で、信じられない事が起きていた。

 自らの激しい想いをぶつけていたアルベティーヌが、その対象である子供の、慈愛に満ちた微笑みに諭され……

 その子供に、首をへし(・・・・)折られた(・・・・)

 

 ズマナの思考は一瞬真っ白になったが、すぐに怒りと憎しみで満たされ、剣を抜こうとしたその瞬間、とてつもなくおぞましい“気配”に足を竦ませた。

 何が起こった? 何が起きている?

 骨の芯まで凍えるような悪寒の中、ズマナはさらにおぞましいモノを見る。

 

 その幼女の愛らしい瞳が、――その白目の部分が、【黒】に浸食されるように闇色に染まり、淡い金色の瞳が、ルビーのような妖しい輝きの“真紅”に変わる。

 風もない地下室で黄金の髪がふわりとそよぎ、その煌めきの中で、桜色の可憐な唇から、紅水晶のような光沢の美しい“紅の牙”が迫り出していた。

 

 愛らしい“幼女”から撒き散らされる、暴力的なまでの【威圧感】と【存在感】に縛られ、幼女のその牙が、まだ暖かなアルベティーヌの咽に突き立てられても、ズマナは凍り付いたように動くことが出来なかった。

 白い咽に牙が食い込み、真っ赤な血が噴き出す……。

 そう思う予想は外れ、アルベティーヌの鮮血は一滴も零れることなく、幼女の唇から咽に、ゴクリゴクリと嚥下されていった。

 

「……吸血鬼……?」

 

 それは、伝説にも残る人外の化け物。

 過去には一つの国が吸血鬼に埋め尽くされ滅亡し、最近ではたった一体の吸血鬼によって隣国で大量の犠牲者が出た。

 目の前にいるモノは、そんな邪悪な存在なのか……?

 ズマナの漏らした声が聞こえたのか、幼女は愛らしい華のような笑顔で牙を咽から離すと、そこでようやく彼の存在を思いだしたように、不思議そうに首を傾げた。

 

「……吸血鬼……?」

 

 奇しくもズマナと同じ言葉で違う意味を尋ねた幼女は、余韻を楽しむように小さな舌で唇を舐め、お腹を押さえて『けぷ』と、可愛らしく息を漏らした。

 その様子にズマナは戦慄する。

 人を殺し、血を貪る行為が、幼女にとってただの“食事”でしかないことを。

 ズマナに向けたその瞳が、彼のことを“人”でもなく“敵”でもなく、ただの【餌】としか見ていない事に気付いて……

「……ッ、」

 ギシッと軋むように歯を食いしばり、ズマナは【化け物】の呪縛を振りほどいて背を向け走り出した。

 それは、逃げる為でも隠れる為でもない。

 

 愛する女性の敵を討つ為、己の全てを捨てても、命を賭して必ず殺す為に、ズマナは“力”を求めた。

 

 あまりの激しい憎悪に血の涙さえ流すズマナが、最奥まで辿り着く。

 

「ブルノー侯爵様っ! 召喚魔法陣の起動をっ、お早くっ!」

 

「ズマナ君っ!?」

 駆け込んで来るなりの突然の要請に、ブルノー侯爵は驚きつつも彼に駆け寄る。

「いったい何があったっ? この異様な悪寒はただ事ではない……」

 驚き慌ててはいても、ブルノーは混乱してはいなかった。彼も先ほどの“化け物”が放つ尋常ならざる気配に気付いていた。

「おそらくは……【吸血鬼】です。それも恐ろしく強大な個体です」

「なんだと……。それで、アルベティーヌ様はどうなされたっ!?」

「アルベティーヌ様は……」

 

 言い淀むズマナの顔が苦渋と怒りに歪み、握りしめた拳から血が零れるのを見て、ブルノーもその意味に気付いて拳を振るわせた。

  ブルノー侯爵とアルベティーヌは“同志”ではあっても、その内に秘めた目的は同じではない。それでもブルノーは彼女の気高さや意志の強さを尊敬し、その美しい紅薔薇が、無残に手折られてしまった事に憤りを覚えた。

 

「……“悪魔”を呼び出さなければ勝てない相手か……?」

「……おそらくは」

「……あいわかった。騎士と兵士は、その吸血鬼と思われる個体を近づけさせるなっ! ズマナ君、必ず彼女の敵を取るぞ」

「この命に代えても……っ」

 

 一人の女性の為、目的の為、この国の未来を決める為、ブルノーとズマナは視線のみで頷きあい、決意を表した。

 

「だが、悪魔を呼び出せたとしても“生け贄”が無ければ制御できんぞ?」

 悪魔を制御する為に集めた贄であったが、それらがいる方角から“化け物”が来るのだから用意のしようがない。

「……私に考えがあります」

「……わかった」

 何かを決めたようなズマナの顔に、ブルノーも覚悟を決める。

 

 

「き、来ました――っ!!」

 

 地下室に響く兵士の声。

 ブルノー侯爵から命を受けた騎士と兵士が、奥へと通すものかと怯えながらも、勇気を振り絞り武器を握りしめた。

 だが、何かがおかしい……。地下室はこんなに暗かったか? 地下室はこんなに寒かったか?

 その暗闇の中から、“何か”が近づいて来る。

「……ヒッ、」

 浴びせかけられた“気配”に、若い兵士の一人が跪いて泣き始めた。

 その暴力的な気配は、奥から巨大な肉食の“獣”が近づいて来るように感じられた。

「なっ、」

 闇の中から現れたのは、小さな金色の幼女だった。

 騎士達は混乱した。目の前の人形のような可憐で愛らしい幼女の姿と、飢えた魔物のような邪悪な気配を結びつけることを脳が拒否している。

 もし“吸血鬼”だと言われていなければ、武器を抜くことすら躊躇われた。

 

「…か、かかれーっ! 奥には絶対行かせるなっ!!」

 

 隊長格らしい壮年騎士の叫びに、硬直していた兵士達が走り、その槍を振るう。

 人ではあり得ない気配……真紅の“瞳”と“牙”。

 その現実離れした非情な“現実”を、淡い夢のような“非現実”にねじ曲げようとする、幼女のあまりの美しさに、兵士達はまともな思考能力さえ奪われ、従わなくてはいけない“命令”だけが、彼らの心の逃げ道となっていた。

 

 花のように可憐に微笑む幼女が、鋭く放たれた槍の切っ先を指で摘み、目の前の羽虫を払うように、兵士を槍ごと柱に叩きつけて、血塗れの肉袋に変えた。

 騎士が渾身の一振りで放つ斬撃も、指一本で受け止め、体勢を崩した騎士の肩を労るように叩いて、左半身のみを床に叩き潰した。

 飛びかかってきた大柄な兵士を天井に叩きつけて潰すと、幼女はまるでお遊戯のように、楽団に指揮者のように両手を振るい、その一振りごとに、引き裂かれて、ねじ切られて、全身を砕かれて、騎士や兵士達は、見えない巨人の手足に弄ばれるかのように命を散らしていった。

 血煙漂い、天井と床に大きな血の花が咲き、滴り集まり、血の海となる。

 

 ただ無残に命を奪われた者は、まだ幸運だった。

 

「【火炎槍】っ!」

 壮年の騎士が、自分の切り札である全力の攻撃魔法を放つ。

 だがそれは、幼女が手をかざしただけで簡単に消滅し、そのあまりの“格”の違いに、壮年の騎士は絶望するようにその場で崩れ落ちた。

「………ぁ……ぁあ……」

 これは違う(・・・・・)。こんなモノが、吸血鬼のようなこちら側(・・・・)の存在であるはずがない。

 その恐怖の涙に濡れた顔を、美しき“化け物”は慈愛に満ちた微笑みで触れて……生きたままその咽に喰らいつき、暖かな生き血を啜った。

 

「……ぅ…うあああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 最後に残った騎士二人が、任務も名誉も忘れ、騎士の誇りである剣さえも捨てて逃げ出した。

 涙と鼻水にまみれた顔で這いずるように逃げ出した彼らは、最奥まで到着し、まだ残る仲間達の姿に歓喜の表情を浮かべ。

「ひ、」

 ズマナに一瞬で首筋を斬り裂かれて倒れ伏した。

 

「……ズマナ君、君は…」

「侯爵様、生け贄が揃いました。お早く…」

 

 その声に反応したのは、研究員である魔術師達であった。

 逃げだそうとすれば殺される。その思いが彼らを動かし、まだ死んでいないだけの騎士を生け贄の祭壇に並べると、必死の思いで召喚魔法陣に魔力を注いだ。

 そして……

 

 一瞬、……ランプの明かりが風もなく揺らいで、闇が濃さを増した。

 

 暗闇が大気と混ざり肌に纏わり付く不快感の中、魔力に満ちた魔法陣から、三体の歪な影が姿を現した。

 猿人を思わせる歪な風貌……畏れと絶望をもたらすモノ――【上級悪魔(グレーターデーモン)】。

 その中の一体はあきらかに何かが違っていた。

 他の二体の上級悪魔(グレーターデーモン)よりも一回り大きく、猿と言うよりも人型に近い形状をしている。

 骨と皮の死骸で作られた鎧を身に纏い、背に生やすのは猛禽類の黒い翼。

 上級悪魔(グレーターデーモン)でありながら、その悪魔はそれさえも超える、年を経た個体に思えた。

 

「…あ、悪魔達よっ、生け贄を…ぐぉっ、」

 その悪魔は、召喚術者が言い終える前に彼らを瞬時に捻り殺し、さらに生け贄の騎士達を貪り喰らうと、それを“依り代”にしてこの世に【顕現】して見せた。

 

「……莫迦な。召喚された悪魔が勝手に……」

 まだ実験途中であった召喚魔法陣の弊害か、この悪魔が特殊なのか。

 唖然と呟いたブルノーも魔力を込めていたが、わずかに離れていたため悪魔の爪から逃れることができた。だが、彼が生き残った理由はそれだけではない。

 

『肉体は得た。……だが、“贄”が足りん。これでは【契約】が出来んなぁ』

 

 魔力を注いだ【契約者】として唯一生き残らせたブルノーに、悪魔は知性ある瞳を向け、獣じみた相貌で嗤う。

 その悪魔の囁きの意味に気付いて、ブルノーは自分の愚かしさに気付いた。

 

 “悪魔召喚”――それも悪魔の上級個体の召喚は、一般的には禁忌とされている。

 それでも知性の低い低級悪魔は、気位の高い精霊よりも呼び出しやすく、使役も簡単な為、少数で旅をする魔術師にとっては便利な魔法の一つであった。

 それが何故、禁忌とされているのか……?

 それは人が持つ印象だけの問題ではない。過去に召喚された上位の悪魔によって、街や城に多大な犠牲を出したことがあったからだ。

 

 天変地異を起こす【大精霊(アークエレメンタル)】に匹敵する、悪魔の上位個体【大悪魔(アークデーモン)】。

 

 過去に幾つかの国で悲劇が繰り返され、幾つもの街が滅びた。

 ブルノーの目の前にいる悪魔は上級悪魔(グレーターデーモン)ではあるが、いずれ大悪魔へと進化する年を経た個体なのだろう。

 ブルノーとて悪魔の恐ろしさは知っていた。だからこそ、それを制御する為に大量の無垢な生け贄を用意したのだ。

 だが、ブルノーは油断していた。慢心があった。自分の力量を見誤った。

 悪魔という、この世の生き物とはまったく違う“化け物”を、今までの系統に当てはめ、常識で判断してしまった。

 上級悪魔(グレーターデーモン)程度なら生け贄はこれで良い。それより上位でもこの程度で良い。勝手にそう思い込んで生け贄の数を頭で決めてしまっていた。

 その結果が、自分の命を失うだけでなく、同士である仲間達や部下達、そして護ろうとしたこの国さえも危険に曝す、この悪魔を完全な状態で解き放ってしまった。

 

「贄が欲しいのなら、俺を喰らえ」

 

 静かに響くその声に、ブルノーと悪魔が視線を向けると、ズマナが悟りきったような表情でそこに立っていた。

「悪魔よ。俺を喰らい、命令を受けよ。さらに贄を欲するのなら、他の部屋にいる50人の子供を喰らい、それをもって契約とし、ブルノー侯爵様に仕えよ」

『……………』

「……ズマナ君……」

 悪魔は脅すような気配を放ちズマナの瞳を覗き込むが、その瞳にわずかな畏れもないことに気付いて『……チッ』と舌打ちすると、ズマナの前で片膝を突く。

 

『して……契約の内容は?』

「ブルノー様に従い、我らが敵を倒せ」

『………承知………』

 

 次の瞬間、悪魔はズマナの頭を食い千切り、彼の魂を喰らって、【契約】とした。

 一人の女性に人生を狂わされ、その女性だけを愛した男は、命と魂をあっさりと失い消滅した。

 

『……さぁ、お前の敵はどこだ』

 

 悪魔がそう呟いた瞬間、血生臭い地下室に今まで感じなかった巨大な魔力と、おぞましいほどの“威圧”が吹き荒れた。

『……なんだ、』

 

 パチパチパチパチ……と、気の抜ける拍手が聞こえ、ブルノーと悪魔は、小さな金色の“幼女”を目撃する。

 

   ***

 

 ご、ごめんなさい……。やってしまいました。

 あまりの愛おしさに我慢しきれなくて、カプッとヤっちゃいました……。

 自分でしたことは、ちゃんと覚えている。

 芳醇な“甘い香り”に我を忘れて、あまりの“美味”に感情を抑えられず、気が付いたら目に付いた全ての生き物を捻り潰していた。

 

 美人さん、ごめんなさい。本当に美味しかったです。

 愛と怒りと憎しみと悲しみ――熟成された人の【想い】が、ここまで美味しいだなんて思いもしなかった。

 

 私が欲しかったのは“血”や“肉”じゃない。それらに溶けた――人間の“業”が凝縮された、甘美な【魂】だ。

 悪魔は無垢な魂を好むと言うけれど……そんなの舌の肥えていない下級悪魔(こども)の食べ物だ。【業】の深い【魂】は……味わい深い、芳醇な香りがした。

 血を飲んじゃったのは、少し興奮していたからだね。

 少し気分を鎮めないと……。

 

 でも、やっておいて何だけど、自分で自分に驚いている。

 思っていたよりも何も感じなかったなぁ……。“人”を喰らったのに。

 心だけは“人間”のつもりだったんだけどね。でもこうなって、あらためて気づいたこともあるの。

 

 私は、あらゆる生物の命の【価値】を区別できない。……違いを“理解”できない。

 

 私がそれを、気に入っているか、気に入らないか。

 それが、美味しそうか、不味そうか、その程度の違いしか分からないのよ。

「……私って、ホントに“悪魔”なんだね……」

 まぁ、今更なんですけど。

「それにしても、……あの人達、何をしているんでしょ?」

 

 何か始まったので気配を消しながら、不憫な騎士さんの残った魂をチューチューしつつ見ていたんだけど、逃げ出した騎士さんが首を斬られて、お兄さんとおじ様が深刻そうな顔でお話をしていた。

 そんなところに私がのこのこ出て行ったら『空気読め』とか言われそう。

 

 その向こうに見えた、とっても大きな魔法陣――召喚魔法陣かしら? それに魔術師さん達が、不純物の多い“雑”な魔力を込めていた。

 ……あ、何か出てきた。

 大きな召喚魔法陣の割りに、出てきたのはたった三体だったけど、……あれってもしかして“悪魔”なの?

 随分と大きな悪魔達だねぇ。でも【魔界】でもあんなの見たこと無いよ? まぁ魔界もとんでもなく広いから、私が知らない悪魔がいても……って、あれ?

 あの真ん中の一番大きい子って、……どこかで見覚えがあるような。

 ……思い出せない。考え込んでいるうちに向こうでは、悪魔との“契約交渉”が始まっていた。

 なるほどねぇ……あれが悪魔の交渉術か。勉強になりました。

 でも、自分を生け贄に……か。凄い人だなぁ、あのお兄さん。騎士さんじゃなくて、あの人の【魂】を貰えば良かった。

 まぁいいか。

 そろそろ、向こうのお話は終わったかな? 出て行っても怒られないかな?

 

 パチパチと、小さな手のせいでペシペシと聞こえる拍手と、溢れかえるような魔力で【威圧】したら、ようやく“私”が居ることを思い出してくれたみたい。

 

『……貴様はっ、』

 大きな悪魔が私を見て警戒するように唸る。あれれ? やっぱり顔見知り?

 忘れそうにない顔しているんだけど……。

 

『グォガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 地下室を振るわせるような雄叫びを上げて、小さいほうの悪魔二体が私に向かってくる。いや、もちろん私に比べたら、二体ともすっごく大きいんだけどさ。

 騎士さん達もそうだったけど、動きがゆっくりに見えるから、私もまだ余裕がある。

 悪魔の力が使えるようになったから? それでも見たこともない悪魔に、今の私の力がどれだけ通じるのか分からない。

 魔力をたっぷり注げば、今の身体に私の【本体】を【顕現】させられることは分かっている。

 迫り来る悪魔に、私は指先に【真紅の爪】を顕現して。

 

 パシュン……。

 

「……え?」

 爪で斬り裂こうと触れた瞬間、風船が割れるみたいに消えちゃったよ?

 二体の悪魔が消滅して漂う黒い靄が私に……って、この“味”って、“ミニ猿”じゃん。私の“おやつ”ですよ。

 ちょっと待って。えええぇ~~……。

 あのちっこい“ミニ猿”が、物質界に召喚されると、あんな風に可愛く無くなっちゃうの? ちょっとショック。

 ……と言うことは、向こうにいる“あの子”って、もしかしたら。

 

「ねぇねぇ君ってさ。以前、私から逃げた、ちょい大きめのお猿さん……かな?」

 

 あの魔界で会った、私からジリジリ後退して逃げたお猿さん。

 あ、正解だったみたい。お猿さんがギョッとした顔で私を見てる。

『……ぐっ』

「……なん…だと……」

 近くにいた人間のおじ様も、信じられないものでも見るように、私とお猿さんに交互に視線を移していた。

 ごめんね……。お猿さん、せっかく出てきたのに、君の威厳を潰しちゃって。

 

『グガァァアアアァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 突然大声で吠えたお猿さんの周囲に、数十もの【火炎球】が生み出された。

「……へ?」

 撃ち出される火炎球を、私は驚きつつも手をかざした【魔力防壁】で防いだけれど、お猿さん、君は何をやっているの?

 ……って、ちょっと多い。そんなばかすか撃ったら、……コラ、やめ……

 

「『やめなさい』っ!」

 

 私の【声】が、物理的な【魔力の咆吼】となって、お猿さんを向こう側の壁まで吹き飛ばしてめり込ませた。

 まったくもぉっ。

「お父様から戴いたドレスが、埃で汚れたらどうするのっ?」

 私の当然すぎる言い分に、何と言うことでしょう、お猿さんもおじ様も、目を見開いたまま同意はしてくれなかった。

 それにね。

「君ねぇ……悪魔のくせに、どうしてそんな“人間”みたいな“雑”な魔法を使うの?」

 

 まったく理解が出来ません。

 悪魔の存在は【魔力】そのものであり、行動の全てが魔力を帯びて【魔法】となる。

 意識さえすれば、手をかざすだけで【魔力防壁】になり、手を突き出すだけで【衝撃波】の攻撃魔法になるのだから、悪魔は人間みたいに“火”や“風”に頼る必要がない。

 

「どうして悪魔の【純魔力】を、人間並みに“劣化”させてまで、人間の魔法を使うのかしら?」

 

 そんなの格闘家がピコピコハンマーだけで戦うようなものです。……なんだ、この変な例えは。

 だから私はお猿さんに、『もしかして純魔力を生成する能力が足りないのかなぁ?』と、上から目線で言ってみた訳です。

 ……まぁ物理的には、向こうのほうが目線は高いんだけど。

 

「……な、何故だ。吸血鬼が……どうして……悪魔が……」

 ブツブツと何が信じられないのか、まだ勘違いをしているおじ様に、私は冷たい視線を向けて、口元だけで薄く笑みを作る。

 

「だって私――“悪魔”だよ?」

 

 バサァァア……ッ。

 私の背に掛かる金の髪を掻き分けるように、同じ色の、片翼5メートルもある巨大なコウモリの翼が広がる。

 巨大だけど細身の翼をゆるりと羽ばたかせ宙に浮き上がった私は、おじ様と、復活してまた襲いかかってくる猿に、上から冷徹な言葉を掛ける。

 

「……お前、そろそろウザい」

 

 手を動かすより早く、片翼の一振りで猿は悲鳴をあげる間もなく、この世から喰われて消滅した。

 自分でもこんな寒気のする声が出るとは思わなかったわ。まだ三歳なのに……。

 さぁて、残りは……。

 

「……ぁ……ぁあ……ああああああああ…ぁあ……」

 

 何か、イっちゃった目をした、跪いて拝むように私を見上げるおじ様だけです。

 

 ……んん? この人ちょっと変だよ? 私に畏れは感じているみたいだけど、おじ様からは“絶望”が伝わってこない。

 何でしょう……この感じは。

 この人から感じるのは、あの癒してあげた子供達と似たような……両親や【彼】から感じる“酩酊感”にも似ているけど、それとは違う“雑味”の多い香り。

「……ふむ」

 でもちょびっとだけ興味が湧いた。

 

「来なさい」

 私が無表情にそう命じると、凄い目付きで這い寄ってくる。やだキモい。怖い。

 ……危ない趣味の人かしら?

 

 “好奇心はネコを殺す”と言うけれど……。

 

「……いただきます……」



 

気分を害された方すみません……

この話の落差を強く印象づける為、あえて普段はゆるくしております。


次回が第一章の最終話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ズマナ、なかなかやるなあ。ナマズみたいな名前してるのに覚悟完了済みとか。 このオッサンの想いは狂信とかそれ系なんじゃ………?
[良い点] 通り魔は滅殺されるのがお仕事。
[一言] 格が違うのを見せつけるシーンってワクワクするよね 最近の作品は何か気に食わない力の見せつけ方だったけど、この作品のは程よいグロさと、見せつけるまでのタメがあるから楽しめる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ