1-09 聖女になりました(済)
くどいようですが、この作品のテーマは『愛』です。本当デス。
残酷な描写がございます。人間の読者様はご注意ください。
結局、私達は四人とも連行された。どこかに到着するとエレア様だけ他に連れて行かれて、私達子供は、どこかの地下室に入れられたけど、あまり問題はなかった。
やたらと広い地下室には、私達の他に数十人の――平民かな? ……の子供達が捕らえられていたので、私の計画は最初から破綻していたのだから。
でも私は、とても落ち着いていた。心がとても満たされていた。
「……ユルさまぁ…」
シェリーが私の服を掴んで不安そうに震えていた。……どうして付いてきたの?
「……ふん」
気丈に振る舞っているけど、リックの脚は、生まれたての子鹿のようにプルプルしている。うふふ。どうしてリック君は、七歳なのに四歳にもなってない女の子の側を離れないのかなぁ? まぁ、女の子を護る為だとしておきましょう。
そして私は、自分が【悪魔】であると凄く実感している。
悪魔の精神と人間の心。精神と心は同じように考えていたけれど、実際は微妙に違っていた。
あの“夢の世界”での【私】が在ったから、精神力が高いのかと思っていた。
もちろんそれもあると思うけど、それだけならもっとこの状況に怯えていたと思う。
魔界での悪魔としての経験。こちらで生き残る為にすり減らした精神も含めて、成長した【人】と【悪魔】の精神が、私の中に確かにある。
今、私の瞳に映っているのは、傷ついた数十人の子供達。
食事も碌に与えて貰えず、泣き叫ぶ気力も枯れ果て、希望も無くした虚ろな瞳で、暴力を受けたのか、治療も受けさせて貰えず死に掛けている子も居た。
そんな子供達を前に、私が感じているのは“憐れみ”でも“憤り”でもない。
私は……その子らに深い【愛おしさ】を感じていた。
……ちょっと、おかしくない?
慈愛を感じさせるような言葉のようにも聞こえるけど、傷ついて苦しんでいる子供達を前にして、満足げに愛しさを感じるとか、どんな変態さんですか。
……ん?
「……あの子……」
「……ユル様……?」
私の瞳は、数人の子供に囲まれ、横になったまま動かない子に引き寄せられた。
「あの子……死にたがっている」
そう口から出た時には、私の足は歩き出していた。
普段の笑みも忘れているせいか、“怖い”私に、傷ついた子供達が道を開く。
近寄ると、怯えたように他の子がその子から離れ、私はその『死にたがっている子』の側でそっと膝をついた。
「あなた……生きるのがつらい?」
私の言葉に、周囲から息を呑む気配がした。
その子は私を見て……ひゅぅひゅぅと掠れた息を漏らすだけで言葉にならない。
でもその瞳が語っている。
『この苦しみを早く終わらせて、楽にして欲しい……』――と。
「……ダメよ」
私はそっと、その子の頬に触れて、冷たい微笑みと言葉を掛ける。
私に流れ込んでくる……。
この子の【苦痛】と【絶望】が、私の心を満たしていく。
ああ……人間とは、なんて愛おしい生き物なのでしょう。
こんな小さな子が……小さな身体と心に、こんなにも【甘い蜜】を抱いている。
「つらくても生きなさい。……それが人間の定めよ」
その短い生を、精一杯生きなさい。苦しんで……嘆いて、それでも生きなさい。
“楽に死にたい”なんて……【悪魔】が許さない。
「…『光在れ』…」
私から眩い光が放たれ、その子を優しく包み込む。
私の“想い”が【力】となり、癒しの魔法となって放たれる。
そして――私は気付いた。
初めてまともに【魔法】を使って、私が普通の魔法を使えなかった意味を知った。
それは当たり前の話……。【悪魔】と【人間】では魔法の使い方が違うのだから。
私はただ、そう“在れ”ば良い。
「……皆に、生の祝福をっ!」
さぁ、生まれ出でたことを呪いなさい。
けれど私は、それを“祝福”しましょう。苦痛に満ちたあなた達の生を……。
心がやっと解放された気がした。
解き放たれた【心】は光となって広い地下室をあまねく照らし、悪魔の魔力は、意志のない光の精霊を【光の天使】のような形で、無数に具現化する。
羽毛のように具現化された光が満たされ、傷付いたすべての子供達を完全に癒すと、光は溶けるように消えて、魔力の残滓が光る白い雪のように舞い降りていった……。
「……………」
やっちゃった……。やりすぎた。……反省。
沈黙が重い……。
ちらりと周りを窺うと、ものの見事に全員の視線が私に集中していた。
みんな呆然と言うか唖然としている。
さ、さてどうしよう……?
と考えていると、最初に癒した死にかけていた子――可愛らしい男の子が、真っ赤なほっぺでジッと私を見つめて、その場にそっと跪いた。
「……ありがとう……聖女さま……」
…………………………え?
その子の声が聞こえたのか、周りの子達が次々跪いて、私に祈るように胸の前で手を組みはじめる。
……えぇ~~~~~~~っ? “聖女”様って……。わたし……“悪魔”ですよ?
***
「アルベティーヌ……あなただったのね…」
壁を取り払い、無骨な柱だけを残した広い地下室で、アルベティーヌはエレアノールと対峙していた。
「ええ。エレアノール様、お久しぶり……と言う程でもないけれど」
上級貴族と言うこともあり、夜会などでは良く見る顔だ。
それに、魔術学院で同学年だった二人は交友こそ無かったが、お互い『学院の二輪の大華』として有名であり、当時から顔と名前は良く知っていた。
だが、再び出会った時には、二人の立場は違っていた。
アルベティーヌが、全てを手に入れようとして“心”を得ることが出来ず。
エレアノールは何も求めていなかったのにも拘わらず、彼女はアルベティーヌの欲する物を全て得ていた。
全てが欲しかった。
地位も名誉も賞賛も……愛した男の心も。
「アルベティーヌ……どうしてこんな真似を……?」
「……あなたには分からないわ」
そう言葉を漏らして瞳を伏せ――再び合わせたアルベティーヌの瞳は、いつもの傲慢で華麗な彼女本来のものであった。
「そうね……少し教えてあげる。私はあなたから“全て”を奪ってあげるわ。でも、あなたの手垢が付いたものはいらない。その全てを排除したら、残りの舞台を旦那様に差し上げましょう」
その意味に気付いてエレアノールの目が見開く。
「……なんてことを……。フォルト様はそれを知っているのっ!?」
「まさか……そこまでしなければ、あの方は、私など見てくれませんから……」
「……あなたは……」
唖然とするエレアノールを、アルベティーヌは配下の者に命じて別室に下がらせる。
「待ちなさいっ、アルベティーヌっ!」
「じゃあね、エレアノール。あなたには特別に、あなたのモノが壊れた世界を見せてあげる」
「アルベティーヌ――――――っ!!」
連行される彼女の声を聴いて、アルベティーヌの心が微かに癒された思いがした。
でも……
まだ足りない。
「ブルノー侯爵様、準備はいかがでしょう…?」
地下室の奥へ赴き、アルベティーヌが声を掛けると、作業中の学者や騎士の中から、三十代半ばの優男風の貴族が現れる。
「おお、これは、麗しのアルベティーヌ様。もちろん仕上がっておりますよ」
そう言うとブルノー侯爵は、アルベティーヌの手の甲に軽く口付けをする。
とてもそうには見えないが、ブルノー侯爵は軍部の将軍の一人で、軍部きっての隣国との開戦派である人物だった。
「仕上がり具合は?」
「では、こちらへ」
ブルノー侯爵に手を取られ、アルベティーヌが彼の指し示すほうへ視線を向けると、床一面にそこらの館よりも大きな【召喚魔法陣】が描かれていた。
ここまではアルベティーヌも見て知っている。
「ご存じの通り、四年前の事件の物と大きさはほぼ同等。そしてアルベティーヌ様より提供された新型召喚陣により、上級悪魔クラスなら、数体を意図的に連続召喚が可能でしょう」
それには術者の魔力が続く限りは……と注釈は付くが、以前の強い魔力で強引に強い個体を引き込む。……に比べたら格段の進歩だ。
「それよりも上位の個体はどうでしょう…?」
アルベティーヌのその問いにブルノー侯爵が難しい顔をする。
隣国との戦争を考えれば、【上級悪魔】を百体送るだけで、充分に兵士数万人分の戦力となる。
だが、隣国でも少数ならば【上級悪魔】や、それに匹敵する【上級精霊】を呼び出せる者もいるはずで、確実な戦果は保証されない。
元々この実験は、【上級悪魔】よりも上位の個体を、意図的に呼び出す為の物であり、集められた50人以上の子供達は、そのたった一体の為の“生け贄”であった。
天変地異を起こす【大精霊】に匹敵する、悪魔の上位個体【大悪魔】……。
その存在がこの世に顕現する時は、古びた貴族の衣装を纏う禍々しい雰囲気の“人”の姿になると言われている。
「難しい……ですが、アレを呼べるのならば……」
「ええ……。私も良く覚えていますわ」
四年前の悪魔召喚事件。
当時、ブルノー侯爵は討伐指揮官として。アルベティーヌは魔術学院のオブザーバーとして参加していた。
そして二人は、かの存在を目撃する。
神の使いのように美しい、愛らしい金色の猫……。
コウモリの黄金の翼を持つ、悪魔の特殊上位個体……【金色の獣】……。
極少数の者達だけが気付いた。
その小さな身に秘められた、夜空を塗り潰すような恐ろしいまでの魔力を……。
上級悪魔など比較にもならない、美しき黄金の悪魔。
こちらの世界にはもう存在しないと教会からの発表があったが、あの美しさに魅せられた二人は、その顕現を今でも強く願っている。
悪魔に魅せられて、信仰するように……。
「……とりあえずは、上級悪魔の中でも、歳を経た個体を呼べるように調整していますが、実験をしてみますか……? その個体ですと、数人の生け贄が必要ですが」
「そうですね……」
アルベティーヌは少し考える。
エレアノールを下がらせたのは、計画の最終実験を、魔法を使える彼女に万が一にも邪魔をさせない為だ。
彼女の息子――リュドリックは、出来れば彼女の前で生け贄にしたい。
「一人だけ……強い魔力を持った、血の濃い子供がいますわ。その子なら生け贄も一人で済むかと……」
*
「あの娘を……ですか?」
ズマナは、最初の特殊魔法陣の試用実験で使う生け贄に、あの幼女を使うと聞いて、思わずアルベティーヌに問い返してしまい、ハッとして頭を下げる。
「申し訳ございません……」
「いえ、いいのよ。確かに予定よりも早かったかしら」
子供達が収監されている部屋へ向かいながら、アルベティーヌは鷹揚に頷く。
最初の予定では、リュドリックに低級な悪魔を憑依させ、出来るだけリュドリックの特徴を残した悪魔を見せて、相手の心をへし折る為に使う予定だった。
そのリュドリックと同じ“血”を持つあの娘は、その為の実験素材であり、とてもこのような試用実験で使い潰す必要はない。
「私が知りたいのは、濃い血を持つ者が、どれほどの強い悪魔の生け贄に有効か……。それだけよ」
「……はい」
だが、それだけではないだろう。……とズマナは思う。
先ほどのエレアノールとの会話で、アルベティーヌは心の平静を欠いている。
夫に心から愛された女性の子で、夫が全てを投げ出しても良いと想う愛娘。
周りの全てから愛されているその子に、アルベティーヌが複雑な感情を持っていることはズマナにも分かっていた。
そんな心の平静をさらに掻き乱すような子の存在を、アルベティーヌは無意識に恐れていることも……。
ズマナにしてみても、あの幼女は不思議な存在だった。
襲撃誘拐を目論む賊を前にして、幼い子供が怯える様子も見せず、凛とした態度で、要求――いや、交渉をしてきたのだ。
なるほど“血が濃い”とは、こういう事なのかと改めて思わされた。あのリュドリックという子供よりも、あの娘のほうが、よほど血が濃いとズマナには感じられた。
そしてなにより――人とは思えない程の美しさと威圧感。
逆にその美しさに見惚れていなければ、襲撃した騎士達の中には、無意識に跪いてしまう者がいたかも知れない程だった。
だがズマナにとって、それもどうでもいいこと。
ズマナの主人はアルベティーヌであり、彼女の言うことは絶対で至上である。
ズマナはアルベティーヌを一人の女性として愛していた……。
その美しさも傲慢さも苛烈さも強さも……時折見せる寂しげな横顔……その弱さも含めて愛していた。
自分の家を傾かせた人物がアルベティーヌだと知った後でも……。
*
「……あれは……?」
子供らを閉じ込めた部屋を目前にして、アルベティーヌは目を見開く。
それは異様な光景だった。
その部屋の厳重に閉じられた扉の隙間から眩い光が漏れて、その光が確かに“羽毛”となって舞い、床に落ちると光の粒子となって消える。
「どうして……」
アルベティーヌにはあの“光”に見覚えがあった。
あれは【神聖魔法】。王都の教皇様が一度だけ見せてくれた聖なる光の魔法だった。
司祭などが使う【祝福】は、個人に、癒しと邪悪を退ける加護を与える。
教皇様が見せてくれたのは、それを複数人に与える【祝福の宴】で、それを使える者は近隣諸国にも十数人しかいない程の魔法なのだ。
「ズマナ、鍵を開けなさいっ!」
鍵を開けるのももどかしく、アルベティーヌが部屋に入り見たものは、傷付き怯え、諦めきった子供達の姿ではなく、癒された子供達に祈りを捧げられる【聖女】のごとき幼女の姿だった。
***
あ~驚いた。
部屋に突然、あの赤い髪の美人さんが乱入してきた時も驚いたけど、凄い怖い顔で私の腕を掴んで部屋を出ようとした時、シェリーやリックだけじゃなく、他の子供達まで私が連れて行かれるのを邪魔しようとして、冷や冷やした。
もう……せっかく癒したのに、また怪我しようとかしないでよ。
なんとか宥めて部屋の外に出ると、部屋の中からしくしく泣き声とか聞こえてきて、どうしようかと思っちゃった。
まぁ私って、あの子らの“聖女様”だもんねぇ……。すごく恥ずかしいです。
「さっさと歩きなさいっ」
「はーい」
痛い痛いっ。気軽に返事をしたら腕をギュッと握られた。そうだよね。普通の子供はもっと怯えるよね。
シェリーの真似をして怯えた態度をとりながら、私は美人さんに付いていく。
そんな私に、もう一人のお兄さんからは、ずっと訝しげな視線を向けられている。
私はもっと“人間らしく”振る舞わないとダメだね。
少し廊下を歩くと、さっきの部屋より大きい地下室に出ました。
この世界の建築技術ってどうなってんでしょ? あんなボロボロの柱だと、近い将来に崩落しそうで怖いです。
「あなたが……リアステアの子ね……?」
「……うん」
この人もお母様のお友達? う~ん……ちょっと違うかも。お母様の名前を言う時、凄い感情が渦巻いていたのが分かるもの。
さっきよりは落ち着いているけど、まだイライラしてる。
でも突然、美人さんは私の前にしゃがんで目線を会わせると、無理矢理作ったような“歪んだ笑顔”を私に向けた。それ怖いです。
「あなた、お名前は?」
「……ゆーるしあ」
「そう……。あなたは、神聖魔法が使えるの……?」
「……うん」
「さっきの魔法は、誰に教えてもらったの……?」
「……?」
さっきの魔法……? 【神聖魔法】はヴィオだけど、そう言う意味じゃないよね。あの派手な魔法って、普通に使ったらダメな魔法だったのかな……?
私が『子供だからわかんない』って顔で首を傾げると、美人さんは溜息をつく。
「……まぁいいわ。これからユールシアに起こることを教えてあげる」
「うん……」
「悪魔の依り代にしようかと思っていたんだけど、神聖魔法が使えるなら、実験しようかなぁ……」
「……うん?」
「まずはナイフで腕を切ってみましょうか? そうしたら自分で治すのよ?」
……え?
「次は足。早く治さないと血がいっぱい出て死んじゃうよ? 針が何本刺さるか試してみようか……? 治しても治しても、針が刺さったままだから、ずっと痛いのよ」
えっと……。
「あなたの魔力が少なくなったら、低級悪魔を、あなたに憑依させてみましょうか? 抵抗できないと、手足が歪んで、毛が生えたり鱗が出たりするのよ」
美人さんは気持ち悪いことを言いながら、心がおかしな方向へ向かっているようで、歪んだ笑顔の上気した顔で、そっと私の頬に触れると寂しそうな瞳を見せる。
「綺麗な……瞳ね。あなたのお父様にそっくりだわ……。私が恋をしたのも……その瞳だった。小さい頃……初めて会った時から好きだった。……好きだと…言えなくて……嫌なことばかり言ったわ。でもいつか……待っていれば、あの人は私のモノになるはずだった。家同士の繋がりで、そうするのが一番良かったのよ。……でもね。あの人の横には……あなたのお母様がいたの………」
彼女の白い指が、静かに私の首を握る。
「……あの女が……嫌いだったわ。見たくもなかった。……学園で……フォルトを見かければ必ずあの女が側に居た……。あの人が私のモノになっても、今度はあの人の兄が邪魔をした……。最初は協力したくせに……。邪魔なあいつらが居る限り、あの人の心は私のモノにならない。……そしてあなたが……あなたも居なくなれば……っ」
それは、『好きだけど、素直になれない女の子』のお話……。
きっと私に聞かせたかったんじゃない。これからこの人に殺される、憎い女の子供だから話せた。……話したかった。
この人の性格で相談できる同性はいたのかな……? もし誰か聞いてあげられる人がいたら……。もう少しだけ素直になれたら……。
「………?」
首を絞められながら――私は、彼女の震える手に触れて静かに微笑む。
その瞳が一瞬揺れるのを見て、私はいても立ってもいられず、彼女が自分でも気付かず流していた涙をそっと指で拭った。
「……なに…を……」
彼女の瞳には戸惑いの色。私と見つめ合う瞳から少しずつ険が取れて、その頬を……私は両手で優しく包み込んだ。
人の心は……脆くて…悲しくて……美しい。
これほど深い愛情を、苦しみや憎しみに変えて……それを大事に大事に抱いている。
なんて……愛おしいの……。
この想いが――私を狂わせる。
「………いけない人ね」
「………え…?」
悪魔は、愛に飢えている。
いけない人……こんなにも………“甘い蜜”を隠し持っているなんて……。
「……いただきます」
ゴキンッ……。
私は彼女の首を、優しく……そっと、へし折った。
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