三智衣理
朝日が東の小窓から差し込んで、レースのカーテンを透かして部屋を明るくする。部屋の南側に造られたテラスは朝の柔らかな日差しと茂る夏草の青に彩られる。小鳥が囀り出すころ、わたしはそのテラスで紅茶を頂いていた。…と言っても自分で淹れたんだけど。どうも、キッチナーやクレイは使用人をつけようとわたしに言い寄ったが、肝心のわたしに断られればにべもない。
色鮮やかに淹れられた紅茶がこれまた美しいティーカップに注がれる。白い湯気が香り高く立ちのぼり、わたしの鼻腔をくすぐる。まずは一口。熱いお茶は、夜のうちに溜まった澱を流していく気分がしてわたしはこの一口目を大切にする。
うん、やっぱりこの茶葉でないとね。
久々にお気に入りの茶葉で淹れたお茶に満足する。
ティーカップをソーサーの上に静かにおくと、手を伸ばしてお茶菓子をひとつまみ。ティーカップ、ソーサーの二つと同じデザインの小皿には、これまたわたしのお気に入りの薄い堅焼きのクッキーが整列している。上質なバターの香りが鼻腔に広がり、また控えめな上品な甘さも口に踊る。
ついつい手を伸ばしてしまいがちになるが、あまり食べ過ぎるとチャーチルのお小言が待っている。
この朝のひと時は誰にも邪魔されたくない。
…と思ったのになあ。
「起きてるの、エリー?」
それに何度もエリーじゃなくてエリだと、--三智衣里だと言ったのに、どうしてもイギリス人には『Eli』でなく『Ely』になってしまうみたい。
「起きているわよ」
控えめな蝶番の悲鳴とともに、チャーチルが登場した。短く切り揃えた金髪は、朝日を反射して目に麗しい。オリジナリティ溢れる改造軍服に身を包んでいるが、そのボディラインはやや起伏に欠ける。真っ白い肌に、顔のパーツはそれぞれ控えめで、全体的に整って見える。…軍服以外は。
なぜが下は丈の短いスカートだし、やたらフリルでバッサバサになっている。
「あまり邪魔して欲しくないんだけど」
「ごめん、急いでるんだ」
そう言われれば、多少肩で息をしているように見える。
「で?御用向きは?」
急いでいるそうなのでお茶を彼女に出すことはしない。自分のカップにはもう一杯注ぐ。
「あれ?お茶も貰えないのかな?」
チャーチルは割と本気でがっかりした顔をする。わたしがこの世界で目が覚めてから、時々飲みにやってくる。どうやら、わたしの淹れたお茶がお気に入りらしい。
わたしはもうひとつカップをとってくると、お茶を注いだ。
「早くしてくれる?」
満足げな顔で香りを楽しんでいたチャーチルに先を促す。
「あ、うん」
ティーカップを保持したままチャーチルは表情を引き締めた。
「クレイがね、ドイツとフランスに会議を持ちかけたんだけど、全く相手にされなくて…」
そこでチャーチルは一呼吸おくと
「…総動員しろってうるさいの」
チャーチルは困ったわぁ、という表情だが、わたしは、
「動員は避けられないんじゃない?」
クレイに賛成しておく。真実を知る身としては、あまり引っ掻き回したくない。
「う〜ん、やっぱりそうかしら?」
そこでチャーチルはお茶に口をつける。しばらくその余韻を味わうと、
「後で陛下に許可を貰うわ」
と結論づけた。
その後一時間ほど、のんびりしたお茶会になった。