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サラエボ事件

十九世紀末、ヨーロッパ。

各国は複雑に絡み合う外交関係に常に気を配っていた。

イギリス王国とドイツ帝国は海上覇権を争い建艦競争を繰り広げ、また、ドイツ帝国とフランス共和国は鉄道網を張り巡らせた。

ロシア帝国は全方位に注意を向け、オーストリア=ハンガリー帝国は国内で一杯いっぱいだった。

この頃のヨーロッパは、大量の火種を抱えていた。


一九一四年 六月二十八日。

オーストリア=ハンガリー帝国第一帝位継承者、フランツ・フェルディナント大公夫妻がボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボで青年セルビア人、ガヴリロによって暗殺された。

以前からセルビア人を恐れていたオーストリアは対セルビア感情を悪化させた。


一九一四年 六月三十日。オーストリア政府。


「大変です!」

外務大臣室の扉をノックするのももどかしく、部下の一人が電報片手に走り込んで来た。

オーストリア政府外務大臣 ベルヒトルトは執務机から顔を上げて、部下を一瞥すると、

「うるせえ、バカ。せっかく人が読書してんだ、邪魔するなら首切るぞ」

短髪のまだ若く、血気盛んな青年大臣はそのギラギラした目で部下を睨んだ。

「い、いえ、しかし…」

狼狽える部下を鼻で笑ったベルヒトルトは、

「早く話せ。それが大した話じゃなきゃお前を蜂の巣にするぞ」

部下は切迫感と興奮からか、握り潰してクシャクシャの封筒から粗雑な紙を取り出すと、ベルヒトルトの思いを汲んだのか、要点をつまみ上げて一文で報告した。

「フランツ大公がサラエボにて薨去されました」

「何⁉︎何故だ!」

椅子を跳ね飛ばして立ち上がったベルヒトルトは机の向こうに身を乗り出して、叫んだ。

「セルビア人による謀殺の可能性が高いと思われます…」

「叩く」

部下の言葉を遮って、ベルヒトルトは言った。

「…は、何をでしょう?」

「セルビアだぁ…!」

そう言い残すと、部下には労いの言葉もかけず、乱暴に扉を開け、ベルヒトルトは去った。


「戦争だぁーー!」

そう言って参謀室に入って来たのは外務大臣のベルヒトルトだった。

「何を言っているんだね?」

彼--オーストリア軍参謀総長 コンラート--は、息巻いて入ってきた若者を呆れて見た。

「フランツ大公が死んだ」

そのときベルヒトルトが発した言葉は、コンラートの心の表面を吹き抜けた。

「フランツ大公?ああ、あの嫌われモンか。だからどうした」

当時、フランツ・フェルディナント皇太子は伯爵家の妻を娶った事から皇帝や政府からあまり好かれてはいなかった。

「何を言ってるんだ、皇太子が殺されたんだ。主犯はセルビア人。叩くには十分だろ?」

オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに対してあまりいい印象を持っていなかった。

「ふむ。いいだろう。確かにいい機会だ」

実質的な軍部のトップであるコンラートの許可を得たベルヒトルトは足早にこの場を去ろうとするが、

「あ、こら、取り敢えず首相に相談しなさい」

この気狂(きちが)いしかいない政府内で唯一の常識人である首相に相談するよう促して、コンラートはベルヒトルトを見送り、鉄道課長を呼び出した。


「戦争だぁーー!」

首相室の扉を叩き壊さんばかりに入ってきたベルヒトルトは執務中の男--ティサ--の眼前に言葉をぶつけた。

「落ち着くんだベルヒトルト。どうした」

「どうしたもこうしたもねえ、すぐにセルビアとドンパチ始めようぜ!」

ティサは目の前で鼻息荒く捲し立てるベルヒトルトに溜息をついた。

「馬鹿が。そんな簡単なことじゃない。だいたい、あんな皇太子が死んだところでどうしようもないだろ」

今度はベルヒトルトがやれやれ、とばかりに嘆息する。

「どんな皇太子だろうが皇太子であることに変わりはねえだろ、戦争を始めるには十分だろうが」

「そうだとしても武力は必要ないだろう」

乗り気だったコンラートとは違い、慎重になっているティサにベルヒトルトは次第にイライラしだした。

「だぁーー、焦れったい!回りくどいのはどーでもいいんだ!痛い目見せてやるんだよ!」

急に語気を荒げたベルヒトルトの態度にティサの堪忍袋もそろそろ限界だった。

「あ⁉︎お前は私怨で国民を戦地に送る気か⁉︎俺はセルビア人がお前より嫌いなんだよ!それが併合とかになってみろ!これ以上この辺りにセルビア人が増えてたまるか!」

しまった。思わず本音が。

「フン。もういい。ほかの閣僚の許可を得て開戦するぜ」

「勝手にしろ!」

ティサはベルヒトルトを一睨みするとその隣を通り、扉を来たときのベルヒトルトより強く閉めて出て行った。


「開戦しかないだろう」

「断固許すまじ、セルビア人」

何処かへ行ってしまったティサを抜いたオーストリア政府の閣議はコンラートの説得によりいともあっさりと開戦へ傾いた。

ここまであっという間に決まってしまい、ベルヒトルトは逆に不安を感じ始めた。

(こんなに簡単に決まっていいのだろうか…?大した考えもなく、流れに乗ろうとする頑固親父共は、本当に戦う気があるのか…?)

やがて国民にもサラエボでの出来事が知られ、国民も開戦へ傾いた。

それに伴い、軍部も動き始め、国内は俄かに開戦ムード一色になった。

(これではいけない。ティサが帰ってきたらなんとか戦争を止めて貰おう)


七月中旬、ティサはふらりと帰ってきた。

ベルヒトルトはすぐにティサの元へ赴き、

「ティサ、俺が間違っていた。すぐに国民を止めてくれ」

「いや、ベルヒトルト。俺が間違っていたんだ。すまない、今すぐにでも開戦しよう」

「は!?」

ティサにまでも賛成されてしまえば、もはやベルヒトルト一人に流れを止めることはできなかった。


首相ティサの指示によって、外務大臣ベルヒトルトはセルビア政府へ送る通告草案を作成した。これは、ベルヒトルトの開戦を避ける思いが込められた大変に厳しい条件の十条が書かれた。俗に言う『オーストリア最後通牒』である。

セルビア政府は、自国の十倍の国力を持つオーストリアとの戦争は避けたかったため、十条のうち九条を認めることで返答した。

しかし、オーストリアはこの条件付き承諾に納得せず、一九一四年七月二十五日にオーストリアはセルビアとの国交断絶に踏み切り、同月二十八日ハンガリー帝国皇帝の反対を押し切り、宣戦布告した。

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