開戦前 後編
「して、準備は如何程に?」
は、と一度返事をして報告を始める。
「現在、我が軍の動員は八割ほど完了しております。ダイヤに大幅な乱れもなく、このままならば、五日後には完了する見通しです」
ニコライ二世はその報告を聴き終え、
「良いぞ、下がれ」
もう聞くことは無いとばかりに手を振った。
実際に国境の防衛に当たっているのは南西軍を主力とした三個軍、百六十万人前後だ。その後方では、その他の軍が訓練を行いながら開戦を待っている。全体で八個軍、四百三十万人ほどの塊だ。
俺はため息をついた。皇帝は後ろ向きで弱気だ。トップがあれでは、下の者は苦労するだろう。だが、最初の対応策に関しては賛成だ。こちらから仕掛けてはならない。というか、待っていれば必ずドイツは来る。そこを潰してから、進軍する。
「参謀総長閣下、車を回してあります」
「すまない、助かる」
年代物の車に乗り込めば、一人の時間ができる。俺は幾度考えても、同じ結論しか得られなかった。
「……ゆっくりすり潰す」
車はサンクトペテルブルクの古風的な街並みの中に消えて行った。
イタリア軍司令部は、アルプス山脈の西の端に来ていた。決して低くはない山を登ると、フランス北東部の田園風景が遥か彼方まで続いている。
「重砲の射程で届くのか?」
「計算上は届く距離ですが、やってみないとわかりません」
参謀総長は、そうか、と面白なさげに言うと踵を返した。南部に下らねばならない。リョウタがシチリアで待っている。
参謀総長総長補佐殿、と声をかけられ、地図から顔を上げた。メルカトルで描かれた地中海の地図は、イタリア海軍がスペイン、フランスの二つの海軍と戦闘することを既に決めていた。イギリス海軍も参戦する可能性がある。
「どうした?」
「どう見積もっても、人出が足りません。もう少し回していただけませんか?これでは島を囲む塹壕がいつになっても完成しません」
やはり、こういった現場の声は大切で重要だ。
「わかった、すぐに閣下に電報を打とう」
この島にいるのは海兵隊二個軍と陸軍二個軍団。海軍第三艦隊。
あの男なら、すぐに応援を寄越すだろう。さて、人数はどれくらいにしようか。
ロシアとフランスの二正面戦争を真っ向からやれば、それは苦戦するだろう。だが、イタリアがフランスに睨みを利かせる今のうちは、ロシア方面への部隊の展開に集中できる。モルトケは、ドイツ軍を東部軍と西部軍に分けて編成。モルトケは西部戦線で指揮を取り、俺は東部戦線で指揮を取るが、常に互いの情報は共有する。それは、今日どの部隊をどこどこに移した、みたいな些細なことでも共有される。
あいつは派手にやるに違いない。臆病者ではあるが、それ故一度踏ん切りがつくと手が付けられない。
東部戦線にも続々と兵が送られてくる。いい加減編成がめんどくさい。
編成を部下に丸投げして、
「早く攻撃許可下りねえかな」
そう呟いたが、まだまだ遠い話のようだ。