ニートの事情・その4
一言あらすじ
「大上さんきたない」
『映像回線』。
遠く離れた場所にいる他者と文字通り、その場の映像と音声を送りあい、情報伝達をするコミュニティツールの一種だ。一般家庭にも普及しているし、多少の設備があれば何処ででも使用可能な上に一番のメリットは電話やメールなどとは違い、リアルタイムで直接相手の顔が見られるという点だろうか。
理事長室に集まった俺とニート娘、ウリの前で理事長が既に繋いでいた回線を俺達の前で立ち上げる。すぐに部屋の中心あたりに大きなモニター画面が出現。さながら宙に浮いたスクリーンといった感じか。
「さて、では早速先方に繋げるよ。いいかい?」
イザヤ理事長の言葉に俺とウリが無言で頷く。シャルトリューだけはまだ若干オロオロしていたので「シャキッとしろ」と一発背中を叩いた。こんなポンコツぶりで大丈夫か…。
引きこもりから(とりあえず)脱出したものの、部屋から出たら出たで長期間他人との接触を遮断していたせいですっかりコミュニケーション機能が崩壊している。何というか、単にダメっぷりのベクトルが変わっただけなような気がするな…。
真っ黒だったモニターの画面が数秒、砂嵐のようなノイズになり、そしてすぐにこことは違うどこか別の室内を映し出す。
真っ赤な絨毯。壁には大きく「清廉潔白」と書かれた掛け軸が掛けられているが残念ながら逆にそれがこの部屋の持ち主の信用の無さを無言で語っているようにしか見えない。趣味の悪さもよくわかる。
どこかのビルか何かなのだろう。画面の端に見えるのは壁の一面がガラス張りになっており、外にビル郡がある程度の高さで見えることからそこがそれなりの階にある場所だという事が推理できる。
そして、目当ての相手…画面の中央、趣味の悪い黒塗りの大きなデスクに、無駄に背もたれの長い椅子にふんぞり返って座っている5.60歳程の袴姿の小太りな中年男が胡散臭い笑顔を回線の繋がったこちらに向けている。
最も、今は向こうから見えるのは理事長の姿ぐらいだろうが…。
「お待たせしましたね刑部社長。彼女達が来ましたので代わります」
理事長はそう言ってモニターの向きをこちらへと向ける。とりあえず、俺とウリは映らないように横に逸れ、ひとまずはシャルトリューとタヌキオヤジを対面させることに。
〔これはこれは、ご足労ありがとうございます。コラット女史。こうして貴女とお話しできる機会を頂けて光栄ですよ〕
画面越しににこやかな笑顔を浮かべてシャルトリューに話しかけるこのゴブリンかノームみたいな中年オヤジこそ、2年前にウリが怪我をし、シャルトリューを引きこもりにさせた元凶。建設業界ではそれなりに実績と規模のある株式会社「茶釜組」の最高責任者、所謂社長を務める茶釜刑部。とは言え、理事長とシャルトリューにフロント企業を潰されてからは今ではすっかり一介の中堅企業に成り下がっているが…。
「…どうも。オタクの子分さん達には色々とお世話になりました」
おやおや、シャルトリューのほうはテンパりも緊張も収まったのは良いが、当時の恨みを思い出していきなり喧嘩腰だ。初っ端から不穏な雲行きだな…。
(何故か制服の上着を腰に巻いて代わりに羽織っている)パーカーのフードを被り、モニターの向こう側の憎き仇敵にきつい視線を向けている。
まぁ、正直何一つ迫力が無いが。フードに猫耳ついてるし。どこで買うんだ、ああいうの。通販?
〔ええ、実に申し訳無い事を。どれだけ謝罪の言葉を並べても貴女の怒りが晴れるとは思っておりませんが、あのような不幸な出来事が二度と起こらないよう、こちらも傘下団体一同に厳重な処罰と教育を行っております。どうか、それだけはご理解を〕
…相手は昔の人間界で言うところの「ヤクザ」のようなヤツラだ。シャルトリューは早速刑部社長の口先にペースを取られてしまっているようだし…少し、助け舟を出すか。
「おい、いつまでタヌキオヤジのご機嫌取りを聞いてるつもりだ。本題言え、本題」
横から相手に聞こえない程度の声で言ってやると、シャルトリューも我に返ったように慌ててコホン、と咳払いをして、改めて社長に向き直る。
「既に、当学園の理事長からある程度の話は聞いているとは思います。長らく魔術式開発から一身上の都合で離れていましたが先日復帰することにしまして、そこで今までとは仕事の請け方も一新しようと思いまして」
〔ふむ。聞いております。それでこちらと専属契約を組みたい、と。いやぁ、我々としては願ってもない話です。貴女の技術があればこちらも今までとは比べ物にならない成果を挙げ、オルドの繁栄に貢献できる仕事が出来るでしょう。ご期待に応えてみせましょう〕
やれやれ、やっぱり単純な考えで食いついたな…。切り捨て前提の下位組織にやらせたとは言え、利益の為に違法な手段を平然と取る様な人種だ。悪知恵はある程度働くだろうが、根本的に考え方が浅はかすぎる。今のところこちらの予想通りに話が進んでいるため、このままシャルトリューに前もって教えておいた俺の「悪巧み」を言わせて見よう。
「何か誤解なさっているようですが、私はそちらを「専属」に、と申しているのですが?そちらの会社の専門分野である建設業務に関する技術の提供以外も当然、むしろこれから私の仕事は全部「そちら」を通して流していきたいと言ってるんです」
〔…は?〕
ほら、思ったとおりの反応だ。憎い相手がポカンとマヌケ顔になってしまった事が爽快なのだろう。シャルトリューの口が益々饒舌に滑り出す。あんまり調子に乗るなよー?
「医療、軍事、ジャンルを問わず総てを、です。そちらには仲介役になってもらいたいんです。当然茶釜組には仲介料を利益の中からお支払いしますし、そちらに提供した術式をあなた方の判断で他社に売り出しても構いません」
〔ちょっ、それは少し話が違ってきませんか〕
「あら、莫大な利益が出ると思いますが?」
〔そ、それはそうかもしれませんが…〕
このタヌキ社長が慌てるのも無理は無い。シャルトリューと言うのは、言ってしまえば「金のなる木」だ。実際このタヌキ社長も過去にウリを狙うような薄汚い真似をしてまでシャルトリューが生み出す経済価値を得ようとした。
つまり、そんなシャルトリューが生み出す技術を、特定の組織が独占することになり、しかもその組織は大企業とも言えない中の上程度の規模な上、自社では取り扱えない種類の術式や技術まで渡され、持て余してしまう。そうなればどういうことになるか?
答えは明確。今度は茶釜組が、他の企業たちから一斉に攻撃を受けることになる。
当然全うなビジネスを持ちかけてくる社もあるだろうが、多くは茶釜組よりレベルの高い大企業だろう。
雀の涙程度の利益しか得られないようなアンフェアな取引にされるようなオチが続発するだろうし、かつて自分達がしたような「利益の為に強硬手段を取る」ような行為を、自分自身が受けることにもなるだろう。
「かと言って、実際随分儲けられる話だしな。断るなんて難しいよな」
「彼らに矛先を向けさせる、というのが貴方の「企み」だったんですね…。どちらが悪人なのかわからなくなりますね」
「善人悪人って言うのはな、言い換えれば自分にとって都合が良いのが善人、悪いのが悪人なんだ。覚えておきな」
隣に立っているウリがさもこちらの事を極悪人だとばかりに横目で睨んでくるので、とりあえず弁解しておく。と、そうしているうちにモニターの中のタヌキオヤジの様子が…。
〔コラット女史、つまり貴女は我が社を盾にしようというおつもりですか。確かに貴女のお陰で利益は出るでしょうが我が社には若干身に余ると言うか、手に負えないと言うか…〕
「あら。では他所の方にお願いすることにしますね。もっと大きな企業さんに。出来ればあまり色々な業務に手を出していない、専門企業が理想的なんですけどねえ」
この点は、俺ではなくシャルトリューの発案だ。一部の企業に一任させて外部からの手出しを一身に受けさせると言うのが俺の作戦だが、あまりに大企業だと周囲から多少横槍を入れられてもビクともしないし、どんどん仕事を回されてシャルトリューが忙殺される。つまり、適度な規模で、かと言って簡単に潰されない程度で扱いきれない技術を押し付けられて捌くのに色々と手間を取るような所に押し付け、昔のようなゆったりとした学園生活を送れる程度のペースを取り戻しつつ、「最強の魔術師」としてオルドの繁栄に貢献し続ける。というニート娘らしい発想だ。しかも、押し付けられた企業は潰れないものの常に危険に晒される事になるし、「そうなっても心が痛まない」相手であるのが理想的だ。
「お願いできませんか、社長。「あなたが一番適任」なんですよ」
シャルトリューが悪意と恨みの篭った、意地の悪い笑みを浮かべて刑部社長に押し迫る。
おいおい、あんまり調子に乗ってると相手は好々爺を気取ってるだけで一皮捲ればただのチンピラなんだからな…。
案の定、危惧した通り社長サンの様子がおかしい。やれやれ、ニート娘にはやっぱり荷が重かったかな…?
〔…なぁるほど、用は復讐っちゅうことですか?お嬢ちゃん〕
茶釜刑部の声のトーンが、イントネーションが変わる。回線に映る彼は俯き、表情は見えないが肩が震えているのが分かる。どう見ても小娘相手に一方的に好き放題言われてブチ切れている様子だ。
露骨に、モニター越しに出も分かる。
空気が、変わった。
〔人が大人しゅう聞いとったらぁこのアマ!!ウチん所を弾避けにしようっちゅうこっちゃろが!!」
「・・・っ!!」
突然豹変しし、本性をさらしてシャルトリューを脅すように声を荒げる刑部。思わず隣のウリも驚いて体を震わせている。
〔金になる話じゃ言うておけば上手いことコッチを利用できると思うたか、こんチビガキゃあ。生憎こちとらガキ相手にナメられるような商売の仕方はしとらんけぇのぉ!〕
お国言葉バリバリで反撃開始とばかりに本性を剥き出しにして捲くし立てる刑部社長。
理事長もいるって事、すっかり忘れてるだろ…。何というか、清々しい位に「わかりやすい」。
だが、シャルトリューは一瞬怯んだが、それでも負けじと歯を食い縛り、モニター越しとは言え、間近で恫喝する男から視線を逸らさない。
流石に何か言い返すほどの度胸も胆力も無いようだが、悪質企業の社長サマ相手に一歩も引かないだけでも随分頑張ってるほうだ。
おーおー、膝が震えてるのに強がっちゃって。涙目になってきてるし、最強なのにメンタルの防御力はペラッペラじゃねーか。…まあ、もう十分かな?
そろそろ選手交代しよう。ここで勢い任せに押し切られたら台無しだ。
思わず割って入ろうとしたウリを制し、選手交代だ。
「…今まで散々ナメたことしてきたんだ。今度はそっちが痛い目を見る番だろ」
予想通り、本性を晒して恫喝するように声を荒げデスクを蹴ってモニター越しにこちらに飛び掛りそうな勢いの刑部に、シャルトリューが本格的に怯えてしまう前に彼女をモニターから隠すように前に出る。
案の定、シャルトリューは突然の怒鳴り声にビクッ、と体を大きく震わせるがすぐに初対面の中年男が自身に向けてくる悪意に満ちた怒り顔から庇うように立った俺の背中に隠れてしまう。
彼女を守るように(そんなつもりは無いが)今度は俺がモニターの前に立つ。ここから先は悪役の役目だ。
「失礼社長サン。ついさっきまで引きこもってた小娘にはアンタみたいなスジ者の怒声は教育に悪いからな。続きは俺が相手をするよ」
〔あン?なんじゃ、ガキお前。こっちはその娘と話してんじゃ、引っ込ん、で…は…っ?〕
突然別人が割って入ってそのまま怒りの矛先を向けようとしたのだろうが、生憎今度は「顔見知り」が相手だ。久し振り、社長サン。
「何年ぶりかな?ギルドに居た頃だから3.4年前ってことかな。相変わらず三流ぶりで何よりだ。まだこんなしょぼいチンピラごっこをしてるんだな」
全く、このオヤジは全然印象が変わらない…。でもお陰で色々と助かった。シャルトリューへ技術提供を依頼した企業の中に茶釜組の名前があったことも、ウリを襲った企業が茶釜組の傘下だったのも完全に偶然だったが、お陰様でこの「矢面に憎いヤツを立たせて痛い目にあってもらってザマーミロ」作戦が思いついたんだからな。それに、このオッサン相手なら色々とカードがあることだし、好都合だ。
俺もそうだったが、まさかこんな形でまた顔を合わせることになるとは夢にも思わなかったのだろう。さっきまでの怒号は完全に鳴りを潜めてしまい、予期せぬ相手に困惑してしまっている様子だ。
〔お前、大上か…?そんな格好してるから一瞬わからんかったわ〕
「服装は言うな。俺も不本意だ」
まあ、確かに当時の俺とは想像できないよな、制服姿なんて…。自分でも似合わないのは承知の上なので他人に改めて言われると少しムカつく。それはさておき、とりあえず話を進めるのが先だ。
「色々あって今はこのシャルトリューのお付をしてるんでね。立場上、今はこの子の味方だ。で、どうする?折角の儲け話を断るのか?今より稼げればアンタの大好きな獣娘キャバクラとか行き放題じゃないか。どうせまだその辺のキャバ嬢に貢いでるんだろ?奥さんも娘もいるクセに」
〔わーーっ!!わーーーーっ!!〕
「自分の年齢考えろよ、ウサ耳フェチの癖に。俺がいた時だけでも3回だったかな?水商売の娘に手を出してカミさんにフルボッコされて家追い出されて知らないうちに玄関の鍵変えられて…」
〔口を閉じんかこのガキゃぁ!!〕
「あァ?アンタのとこの嫁の電話番号まだアドレスに入ってるんだが?参ったなあ、奥さんはアンタの会社の会長職だったよな確か。せっかくだから同席してもらうか?」
〔むっ、ぐぎぎぎぎ…!!〕
いい歳こいたオヤジが必死に大声で俺の言葉を掻き消そうとしてる。一皮剥いたらただのチンピラだが、このオヤジは更にもう一皮剥くと只の三流ヘタレなのだ。
しかも都合が良いことに、こっちは社長サンにとって都合の悪い話を色々と知っている。
シャル1人で話をつけられればそれに越した事は無いと思っていたが、案の定無理だったな。
そういう訳で、ここから先は悪役の出番、と言うわけだ。ああ気が乗らないな。仕方ない、嫌々だけど仕事の範疇だ。気が進まないが仕方ない。ああ、仕方ない。弱みに付け込むなんて胸が痛い。ああ駄目だ、オラ、ワクワクしてきたぞ。
(活き活きとしているね、彼)
(茶釜社長に同情しそうになります、ちょっとだけ)
理事長親子のヒソヒソ話バッチリ聞こえてるからな。まあいい。今は目の前のモニターに映る生贄…もとい、刑部社長を追い詰めるのが先決だ。
「娘さんは確かもうすぐ中学生だっけか?多感な思春期に父親の夜遊び癖を聞いたらどうなるだろうなあ。奥さんにバレても大惨事だろ。ああ、只の世間話だ、気にしないでくれ」
〔脅迫する気か、貴様っ…!!〕
「まさか、人聞きの悪い」
ニヤリ、と笑ってさっきとは違う理由で肩を震わせている刑部社長を落ち着いて、冷静に諭してやる。
「アンタがこの話を飲まないならついウッカリしてアンタの女癖をご家族に伝えてしまいそうになるなあ、と。そう思ってるだけだよ。ああ困った。俺、意外とそそっかくしくて」
〔お前の血は何色だっ…!!〕
エメラルドグリーンじゃないのは確かだな。…なんか、前にもこんなやり取りしたような気がする。
何となく背中に隠れたままのシャルトリューのほうを振り返ってみると、さっきまで怯えていたのが嘘みたいに物凄く冷たい視線を何故か俺に向けている。
ついでにウリを見ると、ほぼ同じ視線が返される。理事長は…苦笑いしている。
「そちらにとっても利益のある話なんだ。引き受けてくれよ。こっちとしても、「つい社長に都合の悪い話が口から滑る」ような事は本意じゃ無いんだ」
〔むっ、ぐ…!〕
実際の話、おそらく茶釜組がシャルトリュー提供する術式技術を捌いて得る利益と、周囲からの攻撃で被る被害額はとんとんといったところだろう。多少は儲けられるだろうが、連日休み無く
悪質な妨害工作や大企業からの一方的な取引などで自分が今儲けているのか損しているのかを把握する暇も無いだろう。
「昔の雇い主」を困らせ、苦しませてしまっている事に多少胸が痛…まないが、昔は昔、今は今だ。
俺にも今現在の立場ってものがある。
「聞いたよ。世間知らずの子供相手に随分薄汚い手を使ったそうじゃないか。なら、今度は自分がそれなりのリスクを背負わされたってフェアだよな」
〔お前…!やっぱりお前の入れ知恵か。よりによって、どうしてそこにお前が…〕
「まあ、その辺は成り行きだな。いいじゃないか。お互い持ちつ持たれつで。稼がせてもらうぜ、刑部社長サン」
ニヤリ、とワザと意識して出来るだけあくどい笑みを作って見せる。横に居たシャルが、モニターに移らない壁沿いに立ったままこちらを見ているウリが、理事長までもが「うわ…」と声を出さずに引いている。ナイス、俺の演技力。
「文句があるっていうなら相手になるぜ?でも、こっちの理事長とシャルトリューの恐ろしさはオタクが誰よりも実体験で痛感しているだろうし、アンタは単細胞だが損得勘定はキッチリ出来る人だったもんな」
そろそろ社長サンも気がついてきただろう。最初からコレはビジネスの話なんかじゃあない。アンタには元々選択肢は無いんだ。こっちはお願いをしている訳でも取引をしている訳でもない。
わかるだろ?俺は、「やれ」と命令してるんだよ。
〔厄介なのが3人も揃いやがって…!クソッ、わかったわかった!!前向きに検討するからとりあえずもう少し時間をくれ。流石にこの場で返答はできんわ〕
3人ってなんだ。理事長とニート娘と…駄目だ、心当たりが無い。この場で決断しないだろうな、というのも予想済みだ。理事長に視線を向けると「任せるよ」とばかりに無言で頷くだけ。俺の後ろに隠れっぱなしのシャルの方に振り返ってみると俺の服の裾を掴んだまま、警戒するような目でこちらを見上げている。おーい、敵はあっちだ、あっち。
「明日中に返事を頼むな。もし下手な真似しやがったら…。ほらニート。お前も何か言ってやれ」
〔おぉい!!下手な真似したらどうするってんだ、言え、逆に怖い!!」
さっきから人の後ろに隠れっぱなしの引きこもり娘のフードを掴んで俺の前に、モニターの真正面に突き出してやる。
怒鳴られて完全に萎縮していたシャルトリューだったが、刑部社長のほうがすっかりやり込められてしまっているのでもう怖くなくなったのだろうか。虚勢の表れのように目元まで被っていたフードを脱ぎ、今度はしっかりと視線を合わせて、ついでに幼稚に舌まで出して。
「せ、せいぜい酷い目見ろ、ばーか!」
〔んなっ、!ちょっ、こんガキゃ…!!〕
ブツッ、と社長サンのセリフの途中で回線をカット。攻撃するだけして、相手が反撃に出る前に退散。
世間一般で言う「言い逃げ」って奴だ。わざわざ回線を繋ぎなおして暴言を吐いてくるほど、向こうも馬鹿では無いだろう。
「馬鹿って言うのはこういうのを指すんだよな」
「ちょっと!フード引っ張らないでよっ、伸びるっ生地が伸びるっ!」
「よりによってなんだ、あの捨て台詞は。もう少しマシな事は言えなかったのかよ。「娘さんが今後も無事に学校から帰宅できるといいですね」とか、「窓際は危ないからデスクの位置を変えた方がいいですよ」ぐらい言えばよかったのに」
「怖いっ!私やっぱり茶釜組なんかよりアンタのほうが7倍怖い!」
リアルな倍率だから傷つくぞ?でも一応これで一区切りついたかな。たぶん、刑部社長のことだ、渋々こちらの要求を飲んでくるだろう。兎にも角にも、絶対安心とは言わないがニート娘とその周囲の実の保障はある程度出来た、と思っていいだろう。
さて、後残っているのは…ああ、めんどい。コッチはもう勝手にやれ。そこまで面倒は見きれん。
「いつまで突っ立ってるんだ保護者。コレを背中から剥がしてくれ」
てっきり多少は口を挟んでくると思っていたのに結局ずっと傍観しているだけだったウリに、人の真後ろにまた戻ってしまった(怖いって言いながらしがみ付くな)ニートを指差しながら助けを求める。
ウリはついていけない、といった様子で眺めていたが声をかけられて我に還ったに、こちらへと駆け寄ってくる。
そのまま、俺の後ろにくっついたままのシャルトリューに手を伸ばし…そこで、手が止まる。
…今更、何をいつまでも気にしてるんだか…。
「…おいニート。ニート臭いから離れろ。俺はちょっと理事長と話があるんだ。ニートが感染する前に退け」
「ニートをウイルスみたいに言うな!」
そう言いながらいつまでも気に食わない相手の上着を掴んでいることにようやく気がついたのか、パッと手を離したので俺はそのままデスクに座ったままこちらのやり取りをニコニコと楽しそうに(見世物のように?)見ていたイザヤ理事長のほうへと。
結果的に、ウリと1対1になる形で取り残されるシャルトリュー。無理矢理つき合わされれば嫌でも会話をしなければならなくなる。
「えっと、その…ね」
「久し振りですね、こうして直接話すのは」
そのままギクシャクし続けるのも関係修復するのも勝手にしてくれ。正直どうでもいい。
積もる話もあるだろうし、離れて2人だけにしてやると早速、まずはウリから。
「…少し、痩せましたか?」
「ちゃんと食べてたよ。…デリバリーだけど」
母親かお前は。安心しろ、その引きこもりは食事は取ってたぞ。ジュースとチップスまみれの部屋だったから栄養バランスとかは大分不安だが。
「どうせ好きなものばっかり食べてたんでしょう?野菜嫌いですもんね、シャルは」
「いいよ、野菜食べなくたって大きくなるんだから。背も伸びてるし、色々育ってるよ」
身長も胸もウリに負けてるけどな。と口を挟みたいが、野暮はしないでおこう。
「さて…若いものに後は負かせて、こちらは少し席を外そうか大上君」
「お見合いか」
でもまあ、理事長に同意見だ。これ以上ムズ痒い小娘同士のやりとりを耳にするのはご免だしな。
いつまでもぎこちないやり取りを続けてるので、理事長と部屋を出て行く前に彼女達と擦れ違う際にシャルトリューの背中を突き飛ばしてウリの胸元に押し付けてやる。
背後で何か騒いでいるようだったが、面倒なのでもう振り返らない。扉を閉めて2人きりにしてやろう。ほれ、好きなだけイチャついてろ。
「…さて、と。礼を言うべきなんだろうね、やっぱり」
「シャルトリューを狙った企業が俺の知っている所だったのは本当に偶然ですよ。そのお陰でこういった|手っ取り早い手段を使えた、ってだけで」
当然本心だ。面識の無い企業だったら事前に直接コンタクトを取るなり、相手の人となりやあわよくば何か弱みを探っておく手間があっただろう。ここまで短期間で事を済ませられたのは本当に偶然の産物だ。
「それでも、君には礼を言うべきだよ。あの言い方、今回の取引は全部自分1人で考えてシャルトリュー君を利用して自分が利を得る為に講じた。きっと向こうはそう思っているよ。…そう、思わせるのが目的だったんだろう?」
「過大評価じゃないんですか?それに、実際その通りですし」
そんな自己犠牲精神は持ち合わせていない。それに仕事の一環とは言えそこまでする理由も…。
(理由、か…)
ふと、つい余計な事を思い出しそうになる。駄目だな、過去を振り返るのは年寄りのすることだ。
俺はまだ若い。18だぞ?18。
「後はこちらに任せて貰えるかな。茶釜社長との今後の詳しい話は私に任せてもらえるかい?」
「そりゃあもう。後は頼みますよ。」
「ああ、頼まれよう。こちらからも頼むよ。引き続き…いや、これからようやく始まるんだね」
ああ、そうか。俺の仕事は「シャルトリューの世話係」だ。別に引きこもり生活を改善させるのが目的じゃない。
「そう言えば、具体的にこの仕事の期間は?肝心な事をまだ聞いてなかったような」
失念していた。色々と予想外な事ばかりだったのでウッカリしていた。やれやれ、ウッカリしすぎて刑部社長の夜遊びをご家族に漏らしてしまわないように気をつけないとな。「まだ」消えてもらったら困る事だし。
「ふむ…そうだね。ぶっちゃけそこまで考えてなかった」
「おい」
待て待て理事長。いくらなんでもそれはないだろ。ウリに言うぞ。
「なら、取りあえず1年契約でどうだい?彼女は、もう分かっているかもしれないが人付き合いも苦手な上に色々気難しい面がある。君のような遠慮の無い相手がいてくれると助かると思うんだ」
「からかいすぎて解雇されそうな気がしますがね」
「からかわない選択肢を最初から全く持たない所が流石だねぇ」
まあ、いいか。取りあえず1年。期限が過ぎればまた別の仕事を探せばいいし、事によってはこのままこの学園で働くのも悪くない。何せ首都でも屈指の規模の施設だ。園内施設1つ取ってもそこらの働き口より随分給料が良い。
「そういえば、1つ聞いてもいいかな?」
「内容次第なんで、とりあえず言うだけどうぞ」
「茶釜社長とはどんな関係なのかな?」
まあ、当然の質問だよな。こっちも別に誤魔化したり隠したりする必要も無いので取り合えず正直に答える。
「冒険者組合時代に何度か、仕事を依頼された事があるってだけですよ」
「ふむ…。ウルス教官に君のある程度の経歴は聞いていたが…どんな仕事をしていたか、などと聞くのは」
「無粋ってもんじゃないですか?」
心配しなくても前科は無いよ。それぐらいは調べてあるんだろうし。ああ、そういえば俺も理事長に聞いておきたかった事があるんだった、丁度良い機会なのでこちらからも質問を返す。
「ふむ?なんだね、ウリは今彼氏も居ないしフリーだぞ?…やらんからな」
いらん。
「シャルトリューについて、ですよ。こっちも当然の疑問があるんでね」
「もちろん彼女もフリーだよ」
もっといらん。
「オルド最強の魔術師、でしたっけね。聞いた限り彼女は人間種でしょう?現実的な話、オルドの種族で一番魔力要素の低い人間種がオルドで一番強い魔力の持ち主、なんて言うのはおかしな話だと思うんですがね」
「魔力の無い者だっているんだから不思議でもないと思うが」
誤魔化すな、あとさり気無く俺をディスるな。魔力の無い存在と異常な魔力の持ち主、どちらがより異質なのかは俺には判断できないが、よくよく考えればオルドの中でも一際異質な2人がこうして遭遇するというのも、思い返せば随分不自然な話だな…。
「ふむふむ…、まあ、トップシークレットなのだが、別に君なら平気だろう。ちょちょっと耳を貸してくれたまえ」
トップシークレットを「まあいいか」レベルで済ますのか…大丈夫か、この学園。とりあえず云われた通りに耳を寄せる。
息を吹きかけたりしたら〇〇すからな。
「彼女、シャルトリュー君はね。実は…」
次のエピローグで取り合えず一区切りです。4話で一節。2節とエピローグで1章という形式でいこうかと。
大上宅の近くにある雑木林には野生動物が多く生息しており、人慣れしているので食べ物を持って行くとあっという間に囲まれてモフモフ時間が味わえます。アレルギー持ちの方にとっては地獄でしょうが




