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ニートの事情・その3

 「頼まれておいたリストだ。さて、用意した後で何だがこんなものをどうする気だね?」


 「ま、ちょっと」


 「ふむ。何やら企んでいるようだが…」


 ご明察。しっかり企んでいます。イザヤ理事長から受け取った書類の束に目を通しながら生返事。

目当ての名前は…、あったあった。予想通りシャルトリューから聞いた話とこれで繋がった。

とんだ偶然だが、これを利用しない手は無い。早速ご期待に応えて劣悪な手段を講じさせてもらおう。

早速渡されたリストの中から見つけた「とある企業」の書類を理事長に渡し返す。


 「理事長。もう一つ頼みたいんですけど、この企業の最高責任者と直接話がしたいんですよ。出来れば直接顔を突き合わせられるように。映像回線とかで構わないんで」


 「それはまあ、出来なくは無いが…どうするつもりだい?」


 こちらが何をしようとしているのか分からないので理事長サンは怪訝そうな顔をしている。別に誤魔化してもいいんだが、この理事長もなかなかのクセ者だし、ネタバラシしても特に問題は無いだろう。何より、理事長にとってもこの会社サン(コイツ)は他人事では無い筈だし、な。


 「なぁに、ちょっと脅迫とビジネスの話を、ね」


 自分で言っておいて何だけど、こんな言葉に対しても「うむ」と小さく頷くだけのこの理事長も大概だよな…。


 「向こう側と話が出来る段取りがついたらまた連絡してくださいな。「シャルトリューの代理人が技術提供の件でそちらの会社にだけお話がある」とでも言えばすぐに食いついてくるでしょうし」


 「そりゃあそうだろう。何をするつもりか知らないが、あまり無茶な事はしないようにな」


 「それは、この学園の為ですか?それとも、シャルトリュー(重要人物)の為に?」


 口先だけの釘を刺してくる理事長サンにこちらも軽口を叩く感覚で皮肉を一つ。だがイザヤ理事長は意味深に笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言おうとしない。

 オーライ(了解だ)。好きにしろ、って解釈するぜ?


 「それじゃあ、よろしく楽しみますよ。後は「当事者」達にも話をつけておかないと」


 「ああ、2.3日中にはあちらから接触してくるだろう」


 多分、もっと早くあちらさんから連絡入れて来るだろうけど。さて、後はあの2人だ。…まずは話が通じやすそうなほうからいくか。







 「シャルトリューが引きこもる少し前に、大怪我をして入院してたらしいな」


 学園本館のラウンジで彼女、ウリを呼び出すと注文したレモンティーが来るのを待ってから早速本題に入る。当然、いきなり呼び出された上に開口一番不愉快な話題を持ち出されたウリは眉を顰めて持ち上げたばかりのコーヒーカップをすぐ、受け皿に戻す。


 「唐突に何を言い出すかと思えば…、そういうことですか」


 「ああ、大方の事はあの毛布団子虫に聞いた」


 シャルトリューが引きこもってしまった理由。トランプ勝負のペナルティで聞き出した内容はある程度予想通りであり、一部思っていたより気分の悪い話だった。


 簡単に言えば、シャルトリューの知識や技術を提供してもらおうと幾多の企業が勧誘を繰り返していた中、買収や脅迫をする悪質な者達もおり、更に最低最悪な輩に至ってはシャルトリュー本人ではなく、その周囲の人達まで標的にされた。という事だ。


 「…シャルは小さい時に両親を亡くしていますし身寄りが無いので天涯孤独でした。それで、一部の悪質な方々が彼女への脅迫目的に私を狙った、というだけです」


 「その結果、君は大怪我。自分じゃなくて身近な人達に危害が加えられるとなってシャルトリューは自分の部屋に閉じこもり、外部を完全にシャットアウトして拒絶した、と。自分に関わって下手に怪我されたくないから、ってか」


 まあ、シャルトリューの開発する術式が実際どれだけの値打ちになるのかは俺には理解できないが、利益のためならそういう手段を平気で実行する人種も少なくないのが世の中の現実ってヤツだ。

こういう類の話は、種族とか世界とか関係ないから難儀なもんだよな…。


 「私を襲った犯人は直ぐに騎士団に逮捕されましたし、襲撃を実行させた企業団体も…理事長が色々と手を回して今はもう無くなっていますし。私も今では完治していますので、その件に関しては完全に解決していますよ」


 …理事長が動いて「無くなった」っていうのが物理的な意味なのか比喩表現なのかが怖いところだが…

ウリ自身はそんなシャルトリューを気遣う為か、「自分はもう気にしていない」といった態度を取っているものの、若干この話題になってから声色が強張っている気がする。まあ、無理も無いか。

そう簡単に割り切れるわけでも無いしな、特にまだこんな年頃(そういえば歳とか聞いてねえけど)なら。


 「でも引きこもり娘は完全にそれがトラウマになってるみたいだな。つーか、よっぽど仲良かったんだな」


 引きこもっていなくても、正直小生意気で短気なシャルトリューだ、友達は少なかっただろうな、と勝手に邪推しているとウリは改めてカップを持ち上げ、コーヒーを一口啜る。

俺もせっかくのお茶が冷めないうちに飲もう。添えられていたレモンを絞っているとウリがほんの少しだけ、苦笑気味に口元を緩めて懐かしそうに呟く。


 「彼女とは入学してからの付き合いですから、もう7年近い付き合いですね…。私も彼女もあまり他人とのコミュニケーションが得意なタイプでは無かったですし、気が合ったんでしょうね…。思い返せばいつも何かと2人で行動していました」


 親友、ってヤツかな。友達と言う嗜好品を持たない俺には縁の無い言葉だが人様の友情にとやかく口を出すほど野暮じゃないし、「とっつきにくい似た物同士」と言おうとしたけど、我慢しよう。


 「彼女の才能が注目されて、忙しくなってしまっても時間を作って一緒に食事をしたりと交流を続けていたのですが、そんな時に私が狙われる事件が起きてしまい今に至る、という訳です」


 シャルトリューに聞いたとおりの内容だが、なるほど。他者から改めて聞いても胸糞の悪い話だ。

暴力に訴えるだけの短絡的な行動。やり口が雑すぎるだろ。

 レモン汁を入れたカップの中に角砂糖を取り合えず5つほど掴んで放り込み、スプーンで混ぜる。


 「さっき理事長に頼んでシャルトリューに技術提供や仕事を依頼してきた企業、団体のリストを見せて貰ったんだが、君を襲った中小企業、アレってとある別企業のフロントだったって事は知ってるか?」


 ウリはなぜか俺がカップに砂糖を入れる様子に驚いているような視線を見せていたが、どうやらこの話は初耳だったらしい。また別のリアクションで驚いた様子を見せる。


 「要するに、君を襲ったヤツラの黒幕は別にいて、そこはまだシャルトリューに仕事の依頼を出し続けてるんだよ」


 「…それは知りませんでしたが、その話が一体…?」


 「なぁに。その企業にシャルトリューと専属契約させようと思ってな」








 

 「馬鹿なのっ?ねえ馬鹿なの?ああいいや答えなくて。馬鹿なんだよね、うん。あんた馬鹿だ」


 同じ話を今度はシャルトリュー本人に言ったらこの有様だ。馬鹿って言う方が馬鹿なんだって古来から言われてるんだぞ、ばーか。


 「大事な親友を酷い目に合わせたヤツラを裏で操っていた悪者の親玉に自分の技術提供を一任させろ。そう言ってるだけだろ?」


 「分かってるならどうしてそんな発想が出来る訳っ!?あんたの血は何色だっ!!」


 「ショッキングピンクじゃないのは確かだな」


 また癇癪を起こされてモノを投げつけられたりされたら堪らない。小粋なジョークで和ませようとしたが、どうやらシャルトリューにジョークセンスは無いらしい。益々顔を赤くして興奮している。なぜだ?


 「アンタねぇ…あの連中が何をしたのか教えたでしょう?ウリがどんな目にあったかも…」


 「ブチ切れたお前が事務所に乗り込んで凍結、爆発、種類を問わず高位魔術を撒き散らして事務所そのものを平地に変えた後騎士団が虫の息だった社員たちを拘束。その後静かに同じぐらいキレてた理事長が社会的にそいつらを抹殺。こうして改めて考えるとお前らも十分酷いよな。死人が出なければOKとか思ってるだろ。記録を見ただけでもありゃあ「死んだ方がマシ」って仕打ちだぞ?」


 「当たり前よっ!!命まで取らなかっただけ感謝してほしいぐらいなもふぁっ!?」


 とりあえず落ち着かせないとラチが空かない。近くに落ちていたクッションを拾い上げるとシャルトリューの顔面にぼふっ、と押し付けてやる。どうだ、息できまい。


 「少し落ち着け。クールダウンだ。そのフロント企業を無残に潰されてその上部企業はそれから他のフロントも全部慌てて閉鎖させるなり切り捨てるなりして、その後急激に利益も規模もガタ落ちしてるんだ。復讐としてはもう十分すぎるほどだろ」


 「もがっ、もがっ!!んもふっ!!」


 何言ってんのか全然わかんねえ。とりあえず、話は聞いているみたいなので続けよう。


 「別にそいつらを許せ、なんて言わねえよ。ただいつまでも恨んでたって仕方ないだろ。それに…多分君にもウリにも、もう危害は無いだろうし学園の利益も保証される案だと思うんだよなあ…。まあ、その悪徳企業サンはちょっとばかり酷い目にあうかもしれないけど…」


 「もふっ、もふ、ふもっふ!!もふぁーーーーっ!!」


 クッションを掴みながら何か必死に喚いているが、何言ってるかわかんねえ。

とりあえずそろそろ意見を聞こうと顔に押し付けているクッションを押さえている手の力を緩めると、両手で真上にクッションを投げ飛ばしながらさっきより顔を紅潮させたシャルトリューが涙目で突っかかってくる。


 「死ぬわっ!!窒息するかと思ったわよ馬鹿!!死因・クッション窒息。なんて明日の朝刊の一面レベルじゃないの!!」


 「マスコミのインタビューには答えてやるよ」


 ええ、あんな良い娘がどうしてあんな惨い事に…。ああ、赤の他人ですけど。

あ、駄目だ。インタビュー対応できねぇ。


 「犯人アンタでしょーが!!」


 ウルサイ奴だな…。あんまり喚くと喉が枯れるぞ?あ、咽た。汚い部屋なんだから騒ぐと埃が舞う。

今度この部屋に入るときはマスクでも持参してこようかな…ハウスダストで喘息になったら最悪だし。


 「けほっ…、んで、一体何を企んでるのよ…具体的に」


 「お、話を聞く気になったか」


 「窒息しかけて血の気が引いたお陰で頭に上ってた血も引いたみたい。ありがとうね」


 「感謝して崇めて跪け」


 「皮肉って分かってるでしょうが!!」


 「もう少し黙ってろ」


 シャルトリューが投げ飛ばしたクッションが丁度俺の手元に落ちてきたので、ぼふ、ともう一度ピーピーうるさいニート娘の顔に押し付けてやる。


 「理事長が今、そのナメたことしてくれた企業とコンタクトをとってくれているとこだ。後は直接あちらさんと話をして、貧乏くじを引いてもらうだけさ」


 「もがっ、もふっ、もふっ!!」


 「もちろん君にも同席してもらうぜ。何せ君…もういいや、お前さんの問題なんだからな。俺はお膳立てするだけだ。さっきも言ったが、お前の事はお前が決めろ」


 「もふーっ!!もっ!んもっ、んもふっ!!」


 「どっちにしろコンタクトが取れるまで少し時間はあるみたいだし、自分でよく考えな。何もせずにこのまま引きこもり続けていたいならそうすりゃあいい。現状を変えたいなら自分で動けよ」


 「もふ、もふっ…!」


 …話聞いてるのか?こいつ。クッションを抑えている手が何だかシャルトリューの吐息やら涎やらで生暖かくなってきたから、そろそろ手を離す。


 結局返事もせずにシャルトリューは人の話の途中で寝てしまったようで、その場にコテン、と転がってしまった。

やれやれ…、ちゃんと聞いてんだろうな、コイツ…。








 「どうですか、シャルの様子は」


 何故か、人の話の最中に寝こけてしまったニート娘を毛布の山(ニートの巣)に放り込んで彼女の自宅を出たところで再びウリに遭遇する。待ち構えてたのか?なにこの天使、ちょっと怖い。


 「大反対してたな。まぁ唐突な話だったから興奮して感情的になってるだけだろうから、落ち着いたらまた改めて詳しくこっちの企みを教えてやるさ」


 「企みって自分で言ってしまうんですね…。それで、シャルは?」


 「気絶したから放り捨ててきた。風邪引かないようにはしておいたから大丈夫だろ」


 「きぜっ…、どうしたらそんな事になるんですか?」


 クッションを顔面に押し付けてしばらく待つとそういう事態が出来上がります。とは流石に言わないでおくか。この天使サンはどうにもニート娘に関して随分過保護な気がする。親友というより、もうほとんどオカンみたいな感じだ。手間の掛かる娘さんがいると親御は大変だもんな。


 「それで、どうしてここに?面と向かってアレと話したかったんなら悪かったな。邪魔して」


 「いえ…、用は貴方のほうにありましたし、多分今はまだ、あの子は私と会ってくれないと思います」


 それもそうか。ウリに危害を与えられる事態を避けて閉じこもってるんだしな。

このまま、すぐ隣である自分の住居に戻るつもりだったが、思わぬ来訪者に遭遇した為、なし崩しにこのまま立ち話になってしまう。日も暮れてきた頃だし、男一人暮らしの所に小娘を入れるのも色々とややこしい事になりそうなのでしないでおく。ハーレムラブコメの主人公じゃ在るまいし、不穏なフラグは立てずに叩き折る主義だ。


 「で、俺に用事って?まだ何か不満があるのか」


 自分を大怪我させた連中の裏で糸を引いていたヤツラと大事な親友を組ませるなんて話を、今日会ったばかりの胡散臭い来訪者に提案されれば不満があるどころか、純度100%不満の塊でも無理は無いかもしれないが…まぁ、ウリもシャルトリューも納得しないだろうというのも、予想の通りだ。


 「貴方の話を聞く限り、確かに上手くいけばシャルも、そして多分あの子の周囲も私の時のような事にはならなくなるとは思います。ですが…」


 「理論的に有効策なのは理解できても気分的には納得出来ない、って奴か。多分、ニート娘のほうもそうだろうよ。…まあ、あっちには詳しい話まではしないうちに気絶させちまったけど」


 落ち着かせてウリにしたようにキッチリと説明したところで、また怒りだして大騒ぎするだけだろうが…。まぁ、シャルトリューはまた後日諭してやるとして、今は目の前の天使娘からだ。


 「気に入らないのも信用できないのも無理もねぇさ。ただ、効果的な提案だ、っていうのは理解してるんだろ?ならそれで我慢してくれないか」


 ぶっちゃけ、当事者2人を無理に納得させて、合意を得ることなどせずに好き勝手に俺の独断で実行しても多分何の問題も無いだろうが、これはあくまでこの2人の問題だ。俺が後からノコノコやってきて土足で踏み込んで首を突っこんだ挙句勝手に解決するのはお門違いにも程がある。

 筋を通す、なんて御大層な謳い文句を建てるつもりは無いがあくまで俺は「させる」だけだ。「する」のは本人達次第であって、俺の役目じゃあない。

無責任といわれてしまえば言い返す言葉がないが、背負う必要の無い責任ならわざわざ自分から背負う込む気はない。こういうスタンスは良く「冷たい」と言われるが俺としては心外だ。



 「どうしても納得出来ないなら仕方ないさ。俺を恨むなり軽蔑するなり好きにすればいい。けど、俺はしっかりと提示したぜ?あのニートが外に出てこられる道を」


とりあえず、感情的に納得出来ない点は矛先を俺に向けさせれば良いだろう。後は適度に煽って、焚き付ければいい。シャルトリューもウリも、本来の望みは一緒なのだから。


 「選択も決断も君達でやれ。自分の望みぐらい自分の力で実現してみせろよ」


 俺のお節介はこのあたりまでだ。後は好きにすればいい。シャルトリューもウリも頷かないならまた一から悪巧みのやり直しだ。別に俺としては手間がかかるか、かからないかの違いがあるだけだしな。


 「…向こうの企業から連絡が入るまでには、まだ時間があるんですよね」


 「話を聞いたら直ぐ飛びついてくるだろうが、それでも早くて1日、遅くて2日ってところじゃないか?あの強突く張りの事だから」


 「分かりました。少し考えさせてください」


 「あちらさんから接触があったら君たちにも連絡するように理事長に入ってある。勝手にしな」


 さてと、話はこれで終わりかな。俺はひとまず、たった1日で色々ありすぎて疲れていることもあるんでそろそろ直ぐ目の前の自宅に戻ろうとウリに軽く手を振って踵を返し、背を向ける。


 「大上さん」


 っと、帰ろうとした途端に呼び止められる。なんだ、俺はまだ1度も新居で休めていないんだが…。

振り返ると、ウリはこちらをジッと見据えていた。睨むわけでもなく、何を考えているのかいまいち分かりにくい、初対面の時から全く印象が変わらない無愛想な表情のまま、その口元だけが滑らかに動く。


 「貴方、もしかしてワザとなんですか?」


 「何が」


 実際、本当にウリの質問の意図が分からないので率直に思った言葉を口に出してやる。

ウリは俺の返事にしばらく、また口を閉ざしてジーーッ、とこちらを見つめ(睨んでるのかもしれないけど)、ハァ、と小さく溜息をつく。何だ、そのリアクション。地味に不安になるんだが。


 「とりあえず前向きに検討してみます。正直貴方の事はまだ全然信頼できませんが、貴方の悪知恵は不本意ながら信用できるようですしね」


 「皮肉が上達したな。その調子だと堕天しちまうぞ?」


 「誰かさんの影響でしょうか?」


 小さく、クスッ、と笑ってウリはそのまま一礼し、去っていく。…やれやれ今度こそ俺も帰宅…




 「初日から天使娘と随分仲良くなったじゃないか、よぉ、スケコマシ」


 俺の自宅の玄関横の影から、巨漢のむっさくるしい中年オヤジが顔を出して来る。

俺、いつになったら帰宅できるんだろ…。新居はずっとすぐ目の前なんだけどなぁ…。


 「ああ、野生のクマがこんなところに迷い出て。猟友会に連絡しないと」


 「おいおいおいおいおいおいおいおいおい」


 携帯を取り出して連絡を入れようとしたところでクマが出てきて俺の携帯を奪いとる。何をする。

最近の野良熊は人様の電化製品を狙うのか。ていっ。


 「痛っ!爪先で膝を蹴るなっ、地味に痛い!」


 「俺は今から帰って寝るんだ。就寝前に最後に会った顔がアンタだなんてどんな拷問だよ。鬼も悪魔も両手で顔を覆って咽び泣くレベルの嫌がらせだぞ。携帯返せ」


 「おぅ、そろそろやめてくれないと俺も流石に泣くぞ?」


 ああ、中年オヤジの涙なんて見たくない。キモい。よし、やめてあげよう。続きは明日だ。


 「で、なんだよ。手短にしてくれよ?はい終わり、帰る、寝る。携帯返せ」


 「手短過ぎる!!お前俺が相手だと常に絶好調だなっ!?」


 「…だから、さっさと言えって、なんだよ。つか携帯返せ」


 ようやくまともに話が出来ると、コホンと一つ咳払い。クマ男…もといこの学園で何の間違いか実技教官なんていう立場になっていることが俺には一生理解できないミステリーだが、このウルス教官が人様の自宅前に待ち伏せてまで何の用事だと、本題を催促してやる。携帯も取り返す。あ、手汗がついてやがる…。


 「…なんとな~く、モノローグでまたボロックソに言われていた気がするが、まあいい」


 「気のせいじゃないから気にするな。で?」


 「どんな調子だ、シャルトリュー嬢は」


 …よりによって現状報告を聞きに来ただけかよ。そんなのメールか電話で済ませろ。…まあ、ウルスのアドレスなんて知らないし聞いても着信拒否コースだろうけど。

 中年の手汗で汚れた携帯を袖で拭いながら、俺をこの学園に呼びつけこんな面倒事に引きずり込んだ諸悪の根源に向けてずっと溜め込んでいた不平不満を浴びせてやる。


 「まんまと騙されたよ。シャルトリューとウリ、2人でワンセットの案件じゃないか」


 「はっはっ、なかなか期待通りにいってるみたいだな。理事長も概ね満足そうだよ」


 「…どういうことだよ」


 「お前が此処に呼ばれた理由は、もちろん第1は魔力の無い、特異体質だ。シャルトリュー嬢に直接接触できるのは現状、お前だけだしな。でも、当然それだけの理由じゃないぞ、お前を呼んだのは」


 ほほう、クマにしては色々考えを廻らせていたみたいだ。それとも理事長の入れ知恵かな?


 「お前なら、良くも悪くも停滞しているこの状況をブチ壊してくれると思ったからさ。案の定、お前はシャルトリュー嬢やウリ嬢の事情に首を突っ込み2人を色々振り回してるじゃないか。引きこもってしまったのはシャルトリュー嬢だが、ウリ嬢の方も退院してからずっと、どこか心此処に在らず、といった様子でな。理事長も人の親だ、大層心配して俺に相談を持ちかけてきた訳だ」


 「アンタに相談するとは、よっぽど追い詰められてたんだな。可愛そうに…理事長がどれほど苦悩していたか、その事実だけで鮮明に理解できてしまうよ」


 「よーし、そろそろ泣くぞ。いいな?泣くぞ」


 「自宅でやってくれ。はい続き言え、クマ」


 本格的に落ち込み始めたムサ苦しいクマオヤジ(ウルス)が本当に泣き出す前にさっさと話を終わらせねば。俺の安らかなる就寝の為にも。


 「相変わらずの態度と言うか何というか、とことん「嫌われる態度」を取るんだな、お前は」


 「別に女子学生と仲良しになる為に来たんじゃない。生活と金の為だ」


 もちろん本心だ。俺は自分自身俗物的だとも独善的だとも自覚している。かと言って女に見境無く下心を抱くような紳士としてあるまじき行いをする程腐っているつもりもない。


 「変わらずの偽悪主義(ヒール)ぶりか。冒険者組合(ギルド)でも散々トラブル起こしてきた癖にそこだけは改善しないんだな。マキナやカタリナはまだお前の事を気にかけてるって言うのに」


 「余計なお世話な上に要らない気遣いだ。分かってるだろ?俺の行動理念ってやつ」


 昔なじみの名前が出てきたので、このまま昔話なんてされたら長くなりそうだ。さっさと無駄話を切り上げるために強引に言い捨てる形でウルスを置いて、玄関のドアに手をかける。


 「『信頼せず、信頼されず』だったっけか?」


 「わかってるじゃないか」


 流石、無駄に2.3年の付き合いじゃないな。分かっているなら、言わせるなよ。

話はここまでだと言わんばかりにドアを開けて、ウルスを一瞥して自宅に戻る。やれやれ、ようやく帰宅だ。後はこのまま寝るだけだ…。ああ、毛布は備え付けのものが用意されているが本格的に布団が必要だな、明日にでも買いに行くか。日用品も色々必要だし、俺としてもずっとニート娘にばかり構っていられる訳じゃあ無い。





 「自分は「信頼」を信じていない癖に、他人の信頼は信じてるんだもんな、お前は。」




 家の外から、ウルスがもらすように呟いたその言葉は、とりあえず聞こえなかった事にした。







 理事長から連絡があったのは結局それから2日後の話だった。お陰でこちらはそれまでの間丸々暇だったので街に出て必要最低限の家具やら日用品を揃える事が出来た。


 「なんか、久し振りに着ると落ち着かないなぁ。しかもわざわざ新しいデザインにしなくても、ねえ」


 「ジャージで映像通信に出る気だったのか、そのうちキノコ生えるぞ、お前の普段着」


 理事長室へと向かう道中。擦れ違う学生や職員達の視線を痛いぐらいに感じる。悪目立ちしてるんだろうなあ、今の俺達。


 「アンタも孫に衣装ってヤツね。似合ってるよ。胡散臭いところとかガラの悪いところとか」


 「馬子、な。お前今絶対字違っただろ」


 途中、窓やガラス戸を姿見変わりに2人揃って慣れない格好をチェックする。シャルトリューはともかく何で俺までわざわざこんな事に…。この服、誰の趣味だよ。


 「…で。今更確認だけど、上手くいくの?」


 「上手くいかせるんだよ。お前が。頼るな」


 髪を整える習慣も無かったので、とりあえず撫で付けただけにした所為か所々跳ねてしまっているが仕方ない。寝癖じゃないぞ、元々こういう癖毛なんだ。

 エレベーターに乗り、理事長室まで一直線。到着、さてと、相変わらず無駄にデカい扉を開けて入ろうとしたところで、隣のニート娘が緊張した様子で立ち止まっていたので、背中を叩く。あ、咽た。

 無理も無いか。2年近くずっと自室に閉じこもっていたんだ。着替えたニート娘(コレ)を家から引きずり出しただけで壮絶にガタガタ震えていた上に昼間の日差しを浴びただけで立ち眩んで結局本館に入るまでの道のりで1時間近く要した。こうして学園の中を連れて歩いている間もさっきから俺の服の裾を掴んでいるし。一応新品なんだから、生地を伸ばさないでくれ。後懐かれてるように見られるから離れろ。

お前とフラグを立てるつもりはサラサラ無いぞ。








 「し、ししししし失礼しまふ!!」


 「ある意味ほんとに失礼だな」


 久し振りに外に出て外界に触れるせいか、物凄い緊張ぶりを見せるシャル。どもった上に噛んだ。

ああ、結構強く舌を噛んだみたい。痛みに震えている彼女の横の大上さんが物凄い目で見下ろしている。

彼が学園に着てからまだ3日目だけど、あのシャルをこうしてここに連れて来てくれているだけでも奇跡の代行者のように思える。しかも人見知りの強いシャルがああして袖を掴んで…って。

 大神さんがシャルの手を振り払って手刀を彼女の頭に落とす。ええ…結局信頼関係は作れたんですか、無いんですか、あなたたち…。


 「ウリ。君も同席するのか」


 「ええ、私も当事者の一人ですし、ね」


 そう言って大上さんの次に、彼女に視線を向ける。一瞬目が合うけど、まだ何かバツが悪そうにすぐ目を逸らされる。無理も無いかもしれないけど、少しだけ寂しい。でも、コレが本当に上手くいけば昔のような日常に戻れるのかな…。


 「さて、これで揃ったね」


 私と一緒に2人を待っていた父、理事長がシャルと大上さんに声をかける。理事長が用意した新しい制服に身を包んだ、2人に。


 ブレザースタイルの基本的なデザインは同一に、一般学生(緑色)でも生徒会(赤色)でも無い、真紅のリボンタイと黒のベルト以外を純白に染め上げた鮮やかな制服に身を包み、ずっと引きこもっていた娘とは思えない艶やかなセミロングのプラチナブロンドは左側だけのサイドポニーにされている。

髪を束ねているリボンはタイと色を合わせているみたい。上着は何故か脱いで袖を縛って腰に巻いている。代わりに上着代わりにフード付きのグレー&ブラック(サバトラ模様)のパーカーを着込んでいる。

…どんなファッションなんだろう。とりあえず、校則違反には引っ掛かってないので黙っておくことに。


 それに対になるように、隣の大上さんもまた、他の学生とは違う真っ黒なカラーリングの制服姿になっている。こちらは元々アレンジされているようで、ブレザーの裾がやや長くなっている。赤い

ネクタイを締めていれば学生服と言うより燕尾服のように見えたかもしれないけど、大上さんは何故かネクタイは締めずに解いたまま内のカッターシャツの襟に通すだけで首から提げる形で既に着崩している。髪は…寝癖なのか癖毛なのか、私には判断できない。


 「おお、よく似合ってるじゃないか。どうだウリ。パパのデザインセンスは」


 「そうですね。コスプレのようにも思えますが」


 冷たく返したつもりは無いのに、父…理事長が露骨に落ち込む。あの、一応生徒の目の前なんですが。


 「理事長の個人的な趣味はこの際まあ、どうでもいいとして、だ」


 大神さんが一歩、前に出る。少しして、シャルが続かない事に気づいて彼女の背中を乱暴に押して、彼女の事も前に。…もう少し優しくしてあげてください。

 理事長と、そして私に順に視線を向けて大神さんがシャルの頭に手を置きながら、私の気のせいかもしれないけど、どこか楽しそうな風にも見える様子で、言葉を続ける。


 「早速悪巧みといこうぜ。ここからが俺の…いいや」


 「お前らのスポットライト(見せ場)だ」



ニート、自室を出るの会。そして大上節全開。自分の好感度とか気にも止めない主人公です。


予断ですが学園生徒会に最近届いた案件は『食堂の串カツ定職のタレ2度付け禁止ルールが守られていない』という苦情でした。平和ですね

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