学園来訪・その4
久々投稿。誤字脱字には気をつけてるつもりですがもし発見されたら作者は布団の中に逃げ込みます
学園のラウンジで理事長の娘、ウリから更に詳しい話を聞いた後、早速俺達は例の「女子生徒」が引きこもっていると言う部屋へと向かった。
一度本館を出て中庭を通り裏手に回り…気のせいか、ついさっきも全く同じ道を通ったような…。
「着きました。ここです」
そう言って彼女、ウリが立ち止まる。そうして彼女に連れられた場所はほんの10分前ぐらいにウルスに案内された自分の住居だった。
「ここが彼女の自宅になっています。ちなみに、貴方に宛がわれた住居は元々は彼女の「離れ」をリフォームしました。部屋から出てこなくなってしまったので、もうこちらは必要ないと思いまして」
「…まさかお隣さんとは」
だったらさっきの物音は、その噂の「彼女」だった、って事か…?しかし、まさか世話係を横に住まわせるとは…ここまでするか、普通。
世界最強の魔術師様に対してこの学園は随分色んな配慮をするものだ…。それほどまでの価値が彼女にあるということなんだろうが、これからそんな相手を社会復帰させなきゃいけないコッチの気も少しは考えて欲しいもんだ。気遣いのレベルに随分な格差があるじゃあないか…。
「建物自体に結界が張られているので中にいる彼女以外は入るどころか触れることもできないんです。ほら、ご覧のとおり…」
そう言ってウリは徐に手を伸ばし、俺の家の隣にあった住居、シャルトリューの家のドアノブに指をかけようとする。
するとバチッ、と静電気のような音と小さな火花を発して彼女の細く綺麗な指が見えない力に文字通り弾かれる。確かに聞いたとおり結界が張られているようだ。引きこもりにしては随分力の入った篭り方だな…。この労力を他に回せよ…。
「…貴方も試してみてもらえませんか?魔力がなければ結界も作用しないというはあくまで理論的な話ですし、これで貴方まで結界に阻まれるようでは今回の話は無かった事にしなくてはならなくなります」
実際、結構痛かったのだろう。さり気無く手を後ろに回しているが指を擦っているのがバレバレだ。
わざわざ実践して見せなくてもいいのに…痛い思いをしてまで目の前で証明しないと気が済まないタイプだろうか?つくづくあの父親とは正反対の娘さんだ。
「自宅まで用意されていて今更無しにできるのか?…まあ、言ってることはごもっともだけど、な」
俺としても引きこもり一人引きずり出せば家賃免除の住まいをもらえる上に報酬まで貰えるのだから出来ることならこの話を受けたい、というのが本音だ。今までの根無し草のその日暮らし生活は嫌いではなかったが安定して寝泊りできる場所が手に入るのなら多少相手に問題があろうが目を瞑ろう。
今度は俺がドアに手を伸ばし、ノブを握る。ウリのときのような反応は無く、結界など存在しないかのようにあっさりとドアノブを握る事が出来る。試しに手を離してもう一度握る。反応なし。今度はドアだけでなく壁や窓にも手を伸ばす。反応なし。
「おー、どうやら俺は本当に平気みたいだな。結界が張られてるなんて全然感じないぞ?」
「…本当に平気のようですね。個人的には正直魔力のない人がいる、という話を信じていなかったのですが…」
おい、まずその点から信じてなかったのかよ…もしかして今、俺は普通にモルモットにされた?
「この様子なら、貴方に任せてよさそうですね。彼女、シャルトリューは自室に篭るためだけにこのような小規模結界を作成してしまうような術者なんです。彼女がその気になれば他にも幾らでも、魔力科学の進歩に繋がる発明や新術式を開発できるでしょう」
確かに。実際この「自宅警備結界」も防犯術式として売り出せそうなシロモノだしな。所謂「天才とナントカは紙一重」ってヤツか…。この件は引き受けるつもりだし、ウルスと理事長、そしてウリの話で大体の事は理解した。…益々このドアの向こうにいる人物が一体どんなとんでもない変人なのか益々恐ろしくなってきているが、ウリはもう後の事は俺に任せてしまうつもりのようだ。
「では、早速お願いします。私は普段は本館の生徒会室にいると思うので何かあったらいつでも来て下さい。出来る限り力になるつもりです」
「ああ、その制服、生徒会なのか」
生真面目そうな彼女にはピッタリな役職だな。もしかして生徒会長だったりして。
「生徒会長です」
…コエニダシテナイゾ、マダ
「では、私はこれで失礼します。大上さん、シャルのことよろしくお願いします」
ぺこり、とこちらに向き直って一礼してから背を向けて去っていくウリ。事務的と言うか素っ気無いと言うか、別段こちらが個人的に嫌われている訳ではないのだろう。たぶん、ああいう性格なのだ。多分。
(シャル、ね…)
天使娘の後姿をいつまでも眺めている趣味も無いので、取り合えずこちらはこちらで早速任務開始だ。
取り合えず結界で弾き飛ばされる心配は無いことが分かったが、まずはどうしようか…。
引きこもりの相手など初めてだし、とりあえずはドア横のチャイムを鳴らしてみる。
ピンポーン
…数秒経過。反応なし。室内にいるのは多分間違いないはずなんだが…部屋にいなかったら引きこもりとは言えないよな、普通。
ピンポーンピンポーン
2連打。反応は無し。完全無視するつもりなんだろうな。自分の部屋の真横に勝手に見知らぬ他人を住まわされたりしているんだし、さっきもこの部屋の中からこちらの様子を覗いていたんだろう。
オーライ、こっちも退くわけにはいかない。そっちがそのつもりならきっちりヤリ合おうじゃないか。
ピンポーンピンポーンピンポーン
3連打。反応無し。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
1つ飛ばして5連打。だが反応を待つつもりは無い。俺は今からクライマックスだぜ。
ピンポーンピンポーンピンポーンピピピピンポーピンポピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピピピピピピピピピピピピピピ
適当極まりない連打。むしろ乱打。どうせ他人の家のインターホンだ、気にかける必要は無い。
どれ、更にエキサイトしていこうか
ピンピンピンポーンピンポーンピンポーンピピピピンポーピンポピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピピピピピピピピンピンピンピピピピピンポーンピンポーンピンポーンピピピピンポーピンポピンポーンピンポピンポピンポーブヅッ
『ウルサイよバカ!!何、ナンなのその無駄なリズム。人ん家のチャイムで演奏しないでよバカなの!?ねぇバカなの!?』
お、反応があった。次は百烈拳といこうとしたところで室内からインターホン越しに怒声が聞こえてくる。引きこもり娘にしては随分元気がいいな。てっきりスナック菓子三昧で病人みたいなヤツをイメージ
していたんだが…。
「おー、威勢がいいな。理事長から何か話聞いてるか?俺は…」
『知らない、興味ない。騒がしくしないでよね』
ブツッ
人のセリフを途中で遮って切りやがった。
よろしい、ならば戦争だ。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
ドンドンガチャガチャ
ピンポーンピンポーンピンポーンドンガチャガンッガンッ
ピンポーンピンポーンピンポチュドンッ
『うるさいし!!てゆーか叩くな!!ドア揺らすなっ!!と言うか最後の音なによっ!?完全に壊したでしょアンタ!!』
「蹴りもしたぞ」
『要らないっ!!その追加情報すっごくいらない!!なんなの?何のつもり?』
「人の話も聞かないようなヤツにはノイローゼになる寸前からしばらく時間をかけて嫌がらせしてやろうかと」
『それ確実にノイローゼになってる!』
思った以上に元気な娘だな。足跡まみれになったドアからインターホン腰に聞こえてくる声は想像していたよりずっと若…もとい、幼い印象だ。まさかロリ天才娘とかいうオチか?幼女趣味は無いから困るんだが…。
ちなみにもう一回押してみたが本当に壊れたみたいだ。やれやれ、ご愁傷様です。
『はぁ…、で?何なの?話ぐらいは聞いてあげるけど』
「最初からそう言えばいいんだよ。理事長から頼まれてお前さんを自堕落なグズニート生活から無理矢理にでも引きずり出して外の世界に放り投げるために来た。ドア開けろ」
『誰が開けるかそんなセリフ聞いて!!何なの上から目線すぎる上に人のこといきなりボロクソに貶めて言いたい放題とか、アンタ嫌がらせに来たの、それとも怒らせにきたの!?』
「お前さんの出方次第で両方だ。いいから出て来い。クッキー1枚やるから」
『安っ!!』
インターホン越しにゼェゼェと息を荒げているのが聞こえる。閉じこもっているから体力無いんだろうな…不健康な暮らしをしていると若いうちからこんなに衰えるんだぞ?
『…はぁ、ま、いいわ。引きずり出したいなら好きにすれば?勝手に入ってくればいいじゃない。私は逃げも隠れもしないから』
「引きこもってる時点で現実と社会から逃げてるし隠れてるよな」
『いちいち人の神経クリティカルさせるヤツねぇ、アンタ!!』
まぁ、本人がこう言ってるんだし、勝手に中に灰って物理的にズルズルと引きずり出せば任務完了、でいいんだろうか…?
このままもう少しおちょくっているのも正直ちょっと楽しいがやることやってさっさと済ませてしまおうか。
『ま、私の部屋に入れるもんなら入って…』
ガチャッ
「…あれ?そう言えばどうやってインターホンに触っ…」
「おじゃまシマス」
「…ふへ?」
彼女の言葉通りドアを開けて入る。結界を張ってたせいか、カギも掛けていなかったので簡単に扉が開く。室内は…昼間なのにカーテンを閉め切っており明かりもつけていないので薄暗いがそれでも十分一目で分かるほど…汚かった。
まずイメージ通りのスナック菓子の袋があちこちに散乱しているしキッチンは出前のピザや弁当の空き箱が山積み。ペットボトルも床に転がりっぱなしだ。ゴキ〇リとか普通にいそうで入りたくないな…ここ。
インターホン越しに散々怒鳴り散らしていた声の主は部屋の奥で付けっぱなしのテレビ画面の光に取らされ、呆けた表情でこちらを見ている。彼女がいる部屋も恐ろしく散らかっており俺の背丈ほどまで積み上げられた雑誌やマンガの山が幾つも建てられており、脱ぎ散らかした衣類がソファや雑誌の上などに放り投げられている。年頃の娘の部屋と言うには、余りにもこの部屋の中はカオスすぎた。かろうじて救いだったのは百鬼夜行のような室内の参上に対して悪臭を感じないところだ。もしかしたらコレも彼女の術式の仕業かもしれない。
匂いに気をつけるなら「自動片付け術式」とか作れよ。
脱ぎ散らかされた衣類と言えば、パチクリとやたら瞬きの回数を増やしてこちらを見ている彼女だが、なぜかタオルを肩にかけているだけで服を着ていなかった。
それから彼女の髪が濡れている事に気付き、風呂上りなんだな、と彼女の格好に納得したところで、その彼女自身の顔色が見る見るうちに真っ赤になっていき、体を震わせ始める。気のせいか濡れ髪が逆立ってきているようにも見えるが…。
「……まぁ、その、なんだ」
コホン、とまずは一つ咳払い。掌を前に「落ち着け」のポーズ。こう見えて俺は紳士だ、それにまだこのぐらいでは慌てるような状況ではない。
「きゃー、すけべー」
「こっちのセリフよっ!!!!」
軽いジョークで和ませようとしたところで怒声と共に大量の雑誌、空のボトルが投げつけられてきたので素早くドアから外に避難する。
ドアを閉めてもしばらく中から大声で何か喚き散らしながら物をドアに向かって投げ続けている音が続く。そんなに怒らなくても気にしてないのにな、こっちは。
「…落ち着いたか?」
コンコン、とドアをノックして物音がしなくなった頃合に彼女に声を掛けてみる。
「ねぇ…」
おお、落ち着いたみたいだな、よかったよかった。改めてドアを(念のためゆっくり)開けて様子を覗いてみる。
彼女、シャルトリューは毛布に包まって顔だけ出してこちらをきつく睨みつけていた。まだ顔が真っ赤なままだし手近な物を投げつけまくったせいで部屋の中はさっきより大惨事だ。あれ、もしかして世話って部屋の掃除とかもしなきゃならないのか?
毛布から顔だけ出した状態の妖怪・布団包みは涙目、涙声のままこちらを睨み続けている。…いや、着替えろよ。
「お願いがあるんだけど」
「おー、言うだけ言ってみ」
すぅ、と彼女が一呼吸。目を擦り、鼻を啜って、静かに、一言。
「今すぐ死んでくれない?」
「いやだ、俺は生きる」
「最悪よ、最低よ、色々言いたいことはごまんとあるんだけど怒りで言葉が上手く出てこないわ…」
「何の問題も無いファーストコンタクトだったな」
「これほど問題しかない初対面が他にあるっていうの!?」
再びペットボトルが飛んでくる。空なので低スピードだから簡単にキャッチできる。投げ返してやるとコツン、と毛布から唯一出ている顔に当たった。ナイスヒット。
「取り合えず服を着ろよ。年頃の娘がはしたない」
「ならドアを閉めろ!そしてもう二度と来るな!!」
再び泣き出したシャルトリューにこれ以上何か投げつけられたら堪らない。言われるままにドアを閉めて外に避難。
「さあて…どうするか、これから」
思わず独り言が洩れてしまう。只でさえ厄介な仕事なのにハードルが初日で天高く上がってしまった気がする。フレンドリーに接したつもりなんだが…
こうして俺とシャルトリュー・コレットのファーストコンタクトは見事「最低最悪」な結果に終わった。
思春期の女の子は扱いが難しいから困る…。
-『エレメンティア』本館5階、生徒会室-
「…とまぁ、こんな感じだ」
着替えも済んだ頃だろうと改めて声を掛けたが、結局あれからシャルトリューは完全に機嫌を損ねてしまったようで「うるさい」「あっちいけ」と取り付く島の無い状態になってしまい、仕方なくこうしてウリに相談しようと生徒会室にやってきた。
訪ねてみると部屋の中には彼女一人しかおらず、他の役員達は近々行われる「遠征祭」の準備にあちこち駆けずり回っているらしい。
…そんな時期なのに会長様は一人の引きこもり生徒の案件のためにこうしてわざわざ居てくれるのか。
彼女がどれだけこの学園で贔屓されているのか痛感させられる限りだ。世の中って不平等だよなぁ…
テーブルに向かい合うように座り、出された紅茶に14杯目の砂糖を入れているところに露骨にウリが溜息をついてくる。冷たい印象の彼女の視線が心なしかさっきより格段に冷たい。
「よくもまあ、そこまで見事に悪印象を与えられたものですね…。ここまでいくと感心します」
「タイミングが悪かった、ってこともあるけどな」
「…貴方の性格、物言いが一般的に考えてもややトゲがあるのはさっきお会いした時にある程度理解したつもりでしたが…ここまでとは」
「魔力がないから彼女の家に近づける、ってだけで選んだんだろうけど、人選の際には人となりまでしっかりリサーチするべきだぞ」
「痛感しています。…後で理事長に報告しなければいけませんね」
そう言ってウリはミルクも砂糖も入れず紅茶を一口。冷たい視線は相変わらずだが、元々突然こんな事を頼まれた俺に何を期待しろと言うんだ?
「とりあえず、まずは謝罪からでしょうかね。当面は信頼を得るために人間関係の構築でしょうか」
「信頼、ねぇ…」
思わず、小さく笑ってしまった事にウリまで機嫌を損ねたようだ。静かにカップを置いて表情を硬くする。勘定的にならないところは引きこもり娘とは大違いだな。
「貴方にとっては彼女やこちらの事情など、所詮は住居と報酬の為の物なのでしょうが、あまりいい加減な態度で取り組まれるのも迷惑です。どうしてもお願いしたい、という話でもないので気に入らないのなら全て白紙にしても構いませんが」
冷たい口調、表情のままだが彼女の言葉には明らかに「熱」が篭っている。…流石に少し意地悪すぎるみたいだな…。
「言葉を返すようだが、俺も引きこもり娘のご機嫌取りにそこまでなりふり構わず必死になりたい、と思うほどの話じゃあない。そっちが俺なんか必要ないって言うなら構わないさ」
「…では、理事長には私のほうから伝えておきます。ここまでご足労頂いてありがとうございました」
「最後まで聞けって」
立ち上がるウリを呼び止めながら俺も紅茶を一口。うん、甘い。
「言い方が悪かった。そうだな…別にシャルトリューの子守なんて依頼が気に入らないんじゃないさ。
もっと馬鹿馬鹿しい仕事なんて幾らでもしてきたし、こんな事でいちいち文句を言うような裕福な生活はしてきてないしな」
「…その口振りだと、気に入らない点は他にあるみたいですね」
ウリも、こちらの言葉に腰を下ろして座りなおす。冷静な相手だとコッチも話が進め易い。
もっとも、こちらのことを軽蔑しているような冷たい目は相変わらずだが…。
「正直、俺も他人事なんて興味ないし誰がどんな事情を抱えていようが、そんなのそいつの勝手だからあんまりこういう事を言いたくも無いんだが…」
一応、こうして前置きをしておく。嘘は「1つしか」つかないのが俺のポリシーだ。いや、1つぐらいはつけさせてくれよ。
「学園にとってシャルトリューの復帰がとんでもない利益になるのは理解した。で?必要なのはなんなんだ?「世界最強の魔術師」か?それとも「シャルトリュー・コレット」という女生徒か?」
ウリは、俺の口からこんな質問が来る事など考えていなかったのだろう。今日一番驚いた表情だ。
まぁ、俺もこんなセリフを吐くキャラクターだとは思われていないことなど分かってるつもりだが。
「ああ、別に彼女を能力の有無じゃなくて個人として見てやれ、なんて教師みたいな事を言うつもりはないさ。
実際人間性なんて関係なく高い能力があって、それが利益を齎すなら手段を問わず彼女の力を利用できるようにしたいと考えるのは当たり前だ。実際、学園もそういうスタンスなんだろ?」
「ええ、そう…ですね」
こういう言い方をしたせいか、自分の父親を批難されているように思ったのだろうか、初めてウリがどこか悲しそうな、つらそうな表情を見せる。…よく見ないと変化が分からない程度だが。
「…気に入らないのは、君の態度だよ。生徒会長さん」
矛先が理事長ではなく自分に来たことも意外だったのだろう。ウリがまた驚いた顔を見せる。元々あまり口数が多くない娘なのだろうか、そうやってほんの少しだけ表情を変えて返事代わりにされても変化に気付けなかったらリアクションに困るんだが…。
「会長サマは、一体何を望んでるんだ?「シャル」に戻ってきて欲しいのか、それともこのままそっとしておいてあげたいのか。生徒会長として、理事長の娘として、なんて子守唄にもならない戯言は抜きにして教えてくれよ」
「…察しがいいんですね」
「ま、無駄に人生経験が豊富なんでね、周りよりちょっとだけ」
ウリが苦笑する。なんだ笑えるのか。さすが天使。ラノベで流行の草食系男子ならコロッといきそうな笑顔だ。苦笑顔なのが残念なところだが。
「…ええ、多分貴方の考えている通りです。シャルトリュー、…シャルがああして閉じこもってしまう前は彼女とは友人でした。…少なくても、私は今でもそう思ってますが」
「だろうな」
ワザとらしく俺の前で「シャル」と愛称を使ったのも、初対面でトラブルになってもすぐに相談に乗れるように忙しい時期にも拘らず生徒会室に一人待機していたのも、俺ではなくシャルトリューのためだ。
「私が彼女を友人として大切にしていると、どうして分かったんですか?」
「決定的なのはさっきの君の態度かな。俺が世話係りとしての仕事に不真面目な態度を取って見せたら思った以上に君が怒りを見せたから、真面目な性格だから俺みたいな奴が気に入らない、ってだけじゃあそこまでの反応は見せないと思って、ね」
「…ワザとだったんですか。何というか、食えない人ですね」
ウリがまた溜息をつく。だがさっきと違いどこか呆れたような、肩の力の抜けた印象だ。
「貴方の言うとおりですよ。私はシャルにまた学園に戻ってきて欲しいと思っている。けどそれは技術や力を搾取され、利用されるだけの道具としてではなく友人として、です」
そう言ってようやく生徒会長とししではなく、個人としての心情を吐露するウリは今までで一番落ち着いていて、優しい声だった。今、俺の目の前に座っているのはさっきまでの堅物天使会長ではなく、ウリという一人の女の子なのだろう。特異な存在であるが為に一人学園の隅で閉じこもってしまった友人を心配し、その友人を部屋から出せるかもしれない人物の為に結界の存在を自分の指を痛めてまで実際に見せるほどに、彼女は静かに落ち着いて見えるが、必死なのだろう。
紅茶のカップを持つ指には、さっき結界に触れたせいで焼けたのだろう、真新しい包帯が巻かれている。彼女に同情するような感傷は無いし、ウリやシャルトリューに下心がある訳でも無いが、不本意ながらここまで彼女の心中を察してしまうと、逆に「それでなにも感じるものがない自分」というものが許せなくなる。
「オーライ。なら、そういう方向でやればいいんだな」
カップの中の残りの紅茶を煽り、立ち上がる。一方のウリは突然こちらがやる気を出した事が理解できず戸惑っているのだろう。座ったままポカン、とこちらを見上げたままだ。
「言っておくが、俺は俺のやり方でやらせてもらうし、シャルトリューの意思を無理矢理捻じ曲げてまで引きずり出すような面倒臭い事は御免だ。けどまぁ、周りから逃げて閉じこもっている臆病娘の背中を軽く押す程度の事は出来るさ」
俺は基本的に引きこもりは甘やかさない主義だ。本人が篭っていたいなら好きなだけ現実逃避していればいい。だが、その結果周囲が何を思い、また思われているかは知っておかなければならない。
見ない振り、聞こえない振りをするならまずは全てを見て、聞いておくべきだろう。そうでなければ一方的に逃げ込むのはアンフェアというものだ。
「一体、貴方は何をするつもりですか・・・?」
ウリはまだ目の前の胡散臭く、口の悪い男の事を信用できないのだろう。どこか不安そうな声だ。
もちろん彼女に「安心しろ」「俺を信じてくれ」なんて薄っぺらい言葉を吐くつもりはない。
「君の言うとおり、先ずはある程度の関係を築く事からはじめるさ。それから外に引きずり出して、彼女をどう扱っていくか決めさせていけばいい」
パチン、と指を鳴らし、その指先をウリに向ける。俺が何をするのかまだ不安そうな彼女にさっき思いついた「引きこもり引きずり出し作戦」の秘密兵器を懐から出してみせる。
「まぁ、見ておきな。これからのスポットライトは俺のものだ」
「学園来訪」編はこれで終了。次話からは忍とシャルの壮絶バトル(?)開始です。
ちなみに学園中庭にある噴水にはたまにコインが投げ込まれますが恋愛成就の逸話はありません。また夏場は水浴びをする生徒が多発しますが校則違反なのでやめましょう。