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魔術師と神姫とチーズアップルパイ

「前回までのー」


「シャルの無様な姿総集編ー」


「誰がさせるかぁ!」

 甲板に降り立った巨大なドラゴンの背から船に降りて来た良く知った顔2名。いやぁ助かった。このまま『ファランクス財団』に連れ去られて尋問やら拷問やら改造人間手術やらされると思っていたところだ。


 「…出迎えと思ったら、どういう状況だ」


 銀髪に蒼と赤のオッドアイという目立つ風貌の男、ヴァイツが俺の縛られている両手に気づいて抑揚のない声で呟く。いや、気づいたなら先ずはこれを解いてくれよ。


 「こっちにも色々あったんだよ。ほら、いいからコレ、なんとかしてくれ」


 「…わかった」


 ヴァイツの手の平にボッ、と薄暗く燃える黒い炎が灯る。黒炎は俺の両手首を拘束していたロープを熱も感じさせず簡単に焼き尽くし、ようやく両手が自由になる。やれやれ。


 「で、どうなってんの?あんたにはわたしの可愛い作品(子供)の駆動実験の観測を頼んでた筈だけど」


 「うん、頼まれてたけどどんな装置かぐらいは事前に伝えておいてくれ。俺まで巻き込まれてたらどうするつもりだっんだよ」


 「あんたには効果が無いだろうとは思ってたしね」


 ああ、もうヤダこの事業提携主。確かにこの娘とは仲間ではないけど今のところ敵でも無い筈なんだけどなぁ…。

 薄紫色の流れるような長髪を無造作に風に靡かせブラウスにハーフパンツというラフな格好の上から白衣をこれまた無造作に着込んだ、俺より頭半分ほど小さな少女。…歳の頃も俺とあんまり変わらないはずなんだけど、どうしてこんなにナマイ…もとい高圧的なんだろ。


 「一応俺とお前は利害が一致した協力者だろ?もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないと思うんだけどなぁ、ルリ」


 「人前で本名呼ぶなっつってるでしょーが!」


 「あ、ちなみにコイツ、「ラピス・アルトベル」なんて大層な名前名乗ってるけど本名は「古鐘(ふるかね)ルリ」だから。古鐘さん。覚えておいてあげてな」


 「せいやっ!」


 「おぅふ!?」


 向こうでポカンとした顔でいる『ファランクス財団』の社長さん達に向かってちょっとした意趣返しとばかりにラピス…もといルリ曰く「トップシークレット」をバラしてやった。ざまあみろ。

 …まあ、こうして思い切りケツを蹴り上げられたんだけどね。畜生ケツ割れたじゃねえか。


 「ブレードさん」


 「…無理だな、あの2人はともかく、その後ろの魔竜王(バハムート)には隙が無い」


 『財団』の社長さんとそのボディガードの男のやり取りが聞こえたので、俺とルリの少し後ろに立っていたヴァイツに振り返る。

 …隙が無い?俺には相変わらずボーッと突っ立っているようにしか見えないが。

唯でさえ悪目立ちするド銀髪に蒼い右目、赤い左目。更に半袖のレザージャケット、レザーズボンというヴィジュアルバンドのようなルックスをしているコイツだが、一見クールに物静かな印象を抱くこの佇まいの実像が只の「ド天然」だと言う事を俺はとっくに知っている。


 まあ、ヴァイツとしばらく接していると大抵すぐバレるんだけどな。


 「さてと。実験結果もこの船で何があったのかも、後でちゃんと話してやるから、まずはこの場を退散しようぜ。ヴァイツ」


 「…ん、そうだな」


 またボケッとしていたのか、ヴァイツは数秒遅れてそう返事をする。ただ、その視線は『財団』の方に…。特に、社長さんの後ろに居るスタッフ制服姿の、やたら胸のデカい赤茶色ショートヘアの娘に…。

 なんだ、ああいうのがタイプか、と言おうとする前にあちらのほうから口を開いた。


 「…ヴァイツ?」


 心底意外だ、というような口振りで、表情でイクスとか名乗ったか、赤茶髪の娘がヴァイツを見つめていた。

 …イクス。ああ、誰かに似ているかと思ったら、「彼女」の身内…か?


 「…元気そうで何よりだ。安心した」


 「何をっ…!突然アタシ達の前から、村からいなくなったと思ったらこんな所で…!」


 「…すまない」


 なにやらこの2人、ちょっと訳ありみたいだな。思わず事情を知らないルりと顔を見合わせて、首を傾げてしまう。


 「ねえ、痴話喧嘩なら余所でやってよ。わたしもデータを持ち帰って早く今回の実験結果を見直したいんだからさ」


 「…そうだな、長居は無用か」


 ヴァイツが背後に鎮座していた巨大なドラゴンに向けて片手を挙げ、合図する。ドラゴンはまるでよく躾けられたペットのように従順に、その巨体を屈めて首を下ろし、その背中に乗りやすいように体勢を作ってくれる。


 「…どうにかできます?」


 「無理、だな。せめて1対1なら、やりようはあるかもしれないが」


 いつの間にかブレードと名乗った社長さんのボディガードの手には数本の細身のナイフが握られており、いつでもこちらに投げつけられそうな状態だ。うわ、全然気づかなかったやべぇ。


 まあ、こちらもこちらでヴァイツが右手に黒い炎を纏わせてそんなブレードと視線をそらさず睨み合い、牽制してくれてたんだけど。


 首を下げたドラゴンの鱗に手をかけて、まずは俺が上り、その次に運動神経の悪いルリの手を掴んで引っ張り上げる。そして最後にこのドラゴンタクシーの運転手さんが飛び乗って、出発準備は完了だ。


 「ちょっと、待ってよヴァイツ!何が何だか…説明ぐらいしてよ!」


 大きな翼をゆっくりと上下に動かし始め、その巨体を浮かせ始めるドラゴン。イクスが慌てて駆け寄るが既にこちらは空に飛び上がっている状態だ。


 「そのうち、いつか必ず説明はする。…それまで、あの娘を頼む」


 「…っ!なにを、勝手なことばっかり…!」


 「そうですねぇ、それはいくらなんでも身勝手というものでは?」


 そういって今度は『ファランクス財団』の女社長さん、アーシア社長が口を挟んできた。


 「私達はまだ、貴方の名前すら聞いてないのですが?大方「本物の(アール)さん」をおびき出す為に名前を使っていたのでしょう。…何者なんです?貴方は」


 「俺も「R」なのは正直間違いではないんだけどなぁ…。ま、いいか。丁度いい機会だし自己紹介はちゃんとしておくか」


 横に立っているヴァイツと顔を見合わせて、既に豪華客船『TNN号』かの甲板から大分上空まで上がった状態でずっと着ていた整備員としての作業着と帽子を脱ぐ。

 愛着している水色のカンフーシャツに裾口の広いカンフーズボンという私服姿を晒し、ずっと帽子の中に収めていたトレードマークでもある襟足で束ね細長く腰元まで伸ばした「尻尾毛」を開放する。


 「ご存知のとおりコイツは俺の相棒、魔竜王(バハムート)のヴァイツ・クロフォード。有名人だもんな、歴史の教科書にも名前が載ってるぐらいだし」


 「…俺は4代目だが」


 分かってるよ。こっちは一応格好付けて名乗ってるんだから律儀に突っ込むな。帰ったらコロッケパン奢ってやるから。いい子だから。


 「コイツと俺の2人だけだが一応ギルドをやってる。ま、正式登録もしてないアンタらと同じ「闇ギルド」ってヤツだけどな」


 「…わたしは只の技術提供者だからね。頭数に勝手に入れないでね」


 ルリ、お前もちょいと黙っててくれ。格好つかない。ああほら、下でこっちを見上げている人たちの視線が生温いものになってきてるじゃないか。


 「ゴホン…、まあ、そのうちまた顔を合わせることもあるだろ。ギルド『終末歌(ラストソング)』とギルドマスターの俺、ルシア・アルシオン。以後お見知りおきを、『財団』さん」











 『ロキの尖兵」という素性を明かし、私を連れ去ろうとした鈴蘭を忍が夜の海にドボーンしてから約1時間後、ようやく「TNN号」に救援がやってきた。

 甲板に着陸したヘリから降りて来た騎士団員達にって真っ先にセンリが保護され、私と忍も事情聴取の為に別のヘリに乗せられ、ほんの数時間の乗船だった筈なのに何日も過ぎたような気さえする、濃密過ぎる時間を過ごした豪華客船から、ようやく私達は降りることが出来た。


 「ふぇぇ~…」


 「どっかのお姫様の口癖が移ってるぞ」


 「うっさい」


 ヨコハマ港のヘリポートに着陸し、数時間ぶりに地面に足をつけたところで妙な安心感を覚えて思わず伸びをしたところで、後ろから皮肉が聞こえてくる。


 「流石にクタクタだ。さっさと帰ってポンコツしばいて風呂入ってポンコツしばいて休みたいところだな」


 「何で合間合間に私はしばかれるんだろ」


 「CMみたいなもんだろ」


 一発叩こうかと思ったけど、流石にもうそんな気力も体力も無い。…ていっ、やっぱり殴っておく。


 「おう、戻ってきたか」


 忍の背中を叩いて、その報復に髪をグシャグシャにされているところに、知った顔の巨体の騎士団員がやってきた。


 「まだ退団(クビ)になってなかったのか山賊顔」


 「貴様にだけは面構えを言われたくは無いわい」


 確か、騎士団第4部隊の隊長さん、レガーシーさん、だったっけ。忍とはギルド時代からの知り合いらしい。…良好な関係じゃないのは確実だろうけど。


 「ゴホン、…今回はとんだ災難でしたな、コラット殿。(ゲート)の件にシレーナ・カンタンテの件と言い、貴女には世話になってばかりで心苦しい」


 「そう云うときは払うモン払うと気が晴れるぞ。例えば礼金とか、あと礼金とか」


 「貴様は黙っておれ、野良犬!」


 「わふん」


 あはは…レガーシーさん、あんまり話はしたこと無いけどちょっと親近感沸くかも。…被害者仲間として。


 「毎回偶然巻き込まれて結果的にって感じですよ。こっちとしては。ねえ?」


 …今まではそうだったけど、今回、鈴蘭に関しては私を明確に狙ってきた。とは言え『悪戯猫(チェシャキャット)』だの何だのって、私自身に狙われる心当たりも無い現状で騎士団に余計なことは言わない方がいいよね。


 「隊長サンが乗客の聴取でいいのか?神姫(ティアマト)様のほうはいいのかよ」


 「そちらは本来の担当が既にやっておる」


 「…教会、か」


 そう言えば、神姫(ティアマト)に関してのみ、騎士団より教会のほうが立場が上なんだよね。それ以外は教会騎士(クルセイダー)と言えば騎士団の下請け組織みたいな印象が世間に広まってるけど。


 「その教会騎士も今回とんでもない事してくれたな。益々教会の立場が悪くなるんじゃないか?」


 「それは向こうの話だ。我々は我々の仕事をするだけだ。…佐里江隊長も運が無かったとしか言いようが無い。貴様が乗船していた事は彼にとって唯一にして最大の計算違いだったろう」


 「その結果お姫様も乗客も無事なんだろ」


 「それ以前に彼がああも墜ちたのはそもそも貴様が…まぁいい。今更だ、こんな話は」


 何かを言おうとして、言葉を途中で頭を振るレガーシーさん。その佐里江って教会騎士さんと忍が昔因縁があった事、そしてセンリを裏切っていた事、忍に倒された事は聞いてるけど。そんな簡単な話という訳でもないみたい。


 「詳しい事情聴取は翌日に執り行う。詳しくはまた連絡をする。コラット殿も、ご足労願いますぞ」


 「え、あ、はい。それは別に…」


 「珍しいな、気を使ってくれるのか」


 「貴様にではなく、コラット殿にだ。ほれ、揃ってボロボロなのだし今日のところはゆっくり休むがいい。…迎えもきたようだ」


 レガーシーさんがそう言って後ろを振り返ると…丁度ヘリポートに入ってきた騎士団の専用車両が停車し、ドアを開けて勢いよく数人が飛び出してくる。


 「マスタァーーーーーッ!!」


 「シャルっ!」


 ヘリポートのライトで闇夜から照らされ、見えたのはよく知った面々の姿。

銀髪ショートの生徒会長天使、桜色の着物とロングヘアの機甲兵士メタロイド、そして垂れ耳兎(ロップス)の少女…。


 「ウリっ!マキナさんにモプシーまで…」


 「ああ、あちこち傷だらけじゃないですか…ニュースでも大騒ぎだったんですからね。2人が乗っている船で大パニックになってると」


 「あぅ…で、でも、無事で…よかった、です…無事、ですよね?」


 「擦り傷は結構あるけど、それぐらいだよ。ドレスはボロボロだけどねぇ…」


 汚れ、あちこち裂けたり敗れたりしているパーティードレスはもう使い物にはならないね…腕や膝にも痣や擦り傷が出来てるけど、大した事じゃないよ。安心させるためにウリに笑いかけて、モプシーの頭をワシャワシャする。うわ、フワッフワだ…。


 「マスター、マスタァー!ボロボロではナいですカぁ!だカラ言ったのニ!連れテいって下サッたらこんナお姿にハさせマセんでシたのにぃぃぃィイ…」


 「放せ、死ぬ…」


 あっちでは大泣きするマキナさんに忍が抱きしめられている。あんな美女からの熱烈な抱擁に顔を真っ赤に…どころか締め上げられすぎて顔が青くなってますよマキナさーん、もっとやれ…違った、もっとやっちまえー。


 「…ハッ!失礼シマした…。マスターの事デスから無駄な心配だトは思っテいまシたガ…よもヤ、ここマでボロボロにナッていルとは思わズ、つイ…」


 「げふっ…、その「つい」で折角生きて戻って来れたのにトドメ刺されるところだったぞ」


 「とにかく、お2人とも無事で何よりです…。時間も時間ですし学園に戻るのは明日にして、今夜はこのままホテルで休みましょう。騎士団の方が手配して下さってます」


 「きゅ、救助された乗客の人たちも…皆さんホテルで医療スタッフの治療を受けてますから…シャルさんと忍さんも、怪我してますし…です」


 まあ、確かに。治療はともかく私は早くシャワーを浴びて着替えたい。…忍のほうにチラッと視線を送ると、改めてみるとコイツのほうは私に比べて随分痛々しい…。忍の方はセンリを守りながら大変だったみたいだしね…。


 「ん?なんだよ」


 「別にぃ…ま、お疲れ様?」


 「おう」









 そして翌朝…。昨日は色々あったせいかベッドに乗った途端即落ちしたよ…。帰ったら昨夜の分のスレ巡回しないと…。


 「シャルさん!」


 「えっ…わぷっ?」


 騎士団が手配してくれたヨコハマ港近辺のホテルで治療を受け、提供された部屋で疲れた体をベッドの上に放り投げたと思ったらいつの間にか翌朝になっていたよ…。取りあえず事情聴取の為に呼び出されたので通路を歩いていると後ろから声を掛けられ、振り返った瞬間タックルされた。体重軽っ。しかも柔らかい…。


 「あいたた…えっと、センリ?」


 「はい、センリです。ご無事で何よりです」


 まさこの世界(オルド)の最高権力者に背後からタックルされる日が来るなんて人生って何が起こるかわかんないね。


 「改めまして、この度は本当にありがとうございました」


 おーい最高権力者ー。簡単に頭下げないで。いくらなんでも気まずい。センリの後ろに居る執事のお爺さん…瀬葉さんだっけ?ああほら…ってニヤニヤ笑ってるよ!


 「いやいや私は何もしてないよ。私は唯自分の都合であの船に乗って、自分のために戦っただけだから。…まあ、途中で気絶しちゃったし、気が付いたらダンボール詰めされて輸送されそうになって、ねぇ…」


 危うく『ロキの尖兵』に誘拐(宅配?)されるところを忍の下衆い策略に救われたんだけど…うん、何か思い出したらまたイラッとしてきた。


 「でも、私を助けようとしてくださったのは事実です。ですから、こうしてお礼を申し上げるのは当然です」


 そう言ってもう一度頭を下げるセンリ。ああもう、腰の低いお姫様だなあ、撫でるよ?


 「おお、神姫(ティアマト)に頭下げさせるとは、偉くなったなポンコツ」


 ほら、良いタイミングで聞き慣れた皮肉が聞こえてきたし。


 「おはよ、女たらし」


 「…日を跨いで引っ張るのかよそのネタ。ってか何をそんな不貞腐れてんだ」


 顔のあちこちに湿布や絆創膏を貼り付けた忍が私たちの後ろからやってきた。昨日の事件で制服がボロボロになったのでシャツにジーンズという久しぶりに見る私服姿だ。


 「べっつにぃー?私はいつも通りのラブリーキューティーシャルちゃんですよー」


 「え?ドメスティックバイオレンスシャルちゃん?」


 「誰が家庭内暴力だ!むしろ普段家の中で被害受けてるのは私!被害者私!」


 「ああ、おはようお姫様と執事サン」


 「スルー!?」


 抗議の右ストレートもアッサリ掴まれ逆に頬っぺたをプニプニ引っ張られる。ものすごく心外ながらすっかり日常的になってしまったこの光景だけど、初めて目にするセンリや瀬葉さんは流石に目を丸くしてポカンとしてる。

 ってかいつまで乙女の頬をぷにってるのさ、離せぃ!


 「ほっほっ、仲良き事で」


 「そう、ですか?シャルさん怒ってる気がしますけど…」


 執事さん私怒ってますから。センリの言う通り怒ってますから!執事なんだからお姫様に間違った見識を植えつけないであげてっお願い!


 「お姫様と執爺も事情聴取かい」


 「はい。一応、当事者ですので」


 「あれ、そう言えばメイドさんは一緒じゃないんだ?」


 センリの側に執事さんしかいないことにようやく気が付いて、そう指摘すると瀬葉さんは何故か忍のほうに一度視線を向けて苦笑いを浮かべ、片やセンリは寂しそうに。


 「カーリーさんは昨夜のうちに退職してしまいました。元々短期の雇用でしたし、「王都」から新しいメイドさんが手配されるそうです」


 …このタイミングで辞めるとか怪しすぎない…?護衛だった教会騎士さんもアレだった事だし、センリの身の回り、もうちょっとしっかり身辺調査したほうがいいんじゃないかな…ついでに、私の横にいるこの凶悪目付き男も。


 「…部屋の前で騒がしいと思えば」


 すぐ近くの部屋の扉が開いて、中からドアの縁に頭が当たりそうな巨漢の騎士団員、レガーシー隊長さんが姿を現した。ああ、いつの間にか呼びだされた指定の部屋の前まで来てたんだ。


 「神姫(ティアマト)様、本日はご足労頂き申し訳ありません。…それと、そちらの野良犬にはあまり関わらないよう」


 「え?あ、はい…?」


 レガーシーさんはジロリ、と私たちの方…まあ、忍にだろうけど厳しい視線を送ってからセンリと瀬葉さんを丁寧に部屋の中へと案内する。あ、私たちは勝手に入れと。








 「…なるほど、そういう経緯か」


 センリ達はともかく、俺とシャルは今回は完全に偶然巻き込まれただけの話だったので『TNN号』に乗船した理由をあらかた説明するとレガーシーも一応は納得したようだ。

 まあ、俺が言っても信用しないだろうから全部シャルに説明させたんだけどな。


 「で、結局今回の騒動は何がどうなってるんだよ。もうあらかた調べはついたんだろ?さっさと報告しろ」


 「貴様はどうしてそこまで高圧的な態度が取れるのだ」


 「相手を見てやってるから気にするな」


 「なお悪い!」


 「しかし…とんでもない事考えてたんだな、マヨルは」


 魔力吸収装置(アブゾーバー)の影響を全く受けなかったのでそんなモノの存在には全く気づかなかったが、シャルの方はとんだ災難だったろうな。


 「ポンコツ(シャル)を利用してやろうとしていた事が、よりによって軍事利用目的とはなぁ…」


 「生体動力…思い返すだけでまたムカついてきた」


 希少な魔石ではなく、言葉通り「生きた燃料」で動力を賄おうという人の道から随分コースアウトした発想だが、マヨルがリヴァイア産業でクルージング部門を立ち上げたのも、最初からこの生態動力計画の為だったんだろうな。


 「燃料になる人材なんざ、いくらでも転がってるもんな」


 身寄りの無い者はもちろん、ニュースにも載らない失踪事件なんざ数え切れない。もしかしたら既に実際に「実験」していたのかもしれないが。


 「…あんまりです。人の命をなんだと思っているのでしょう…」


 だから燃料だと思ってるんだろ?とは、流石に口に出さないでおこう。またお姫様に泣かれてもジイさんにシメられるのも御免だしな。


 「そして、今回の『TNN号』は大規模な実験だったって訳だ」


 「それだけではありませんよ」


 そう言って、今度は横からセンリの執事、瀬葉の爺さんが口を挟んできた。


 「リヴァイア産業…もといマヨル支部長の計画は事前に知られ、それを逆に利用しようとした輩がいたことで、今回の一件はより面倒な事になったのですよ」


 「それが、教会騎士(クルセイダー)…」


 「おそらくは佐里江1人の独断だろうがな」


 「今回、姫様をあの船に乗せることになったのは本当に只の偶然でした。当然事前に船も、イベントを取り仕切る企業のことも調査はしたのですが…その時に佐里江はマヨル支部長の企みを察知したのでしょう。そして、その計画を見逃す代わりに利用した…」


 だから、船中の乗客が魔力を吸い上げられて倒れていく中、佐里江はピンピンしていたんだろうな。シャルから聞いた話じゃ魔力を吸い取る対象種族を任意に区別出来る機能があったらしい。

それを聞いて改めて乗員、乗客名簿を見返してみたら案の定、天使族は佐里江1人しか昨夜乗船していなかった。


 「でも、わざわざセンリを危ない目に合わせて何をしようとしてたの?人質にしようとしてた、とか?」


 「そんな分かりやすい目的だったらマシだったんだろうが…大方あれだろ。騎士団は陸の上、神姫(ティアマト)を守れるのは自分達教会騎士だけ、プロモーションのつもりだったんじゃないか?」


 「恐らく、そのようなところでしょう」


 元々、人間界で言うところの「警察組織」としての役割は騎士団が担っている。教会と言えば聞こえは良いものの、人種の数ほど宗教があるのに多世界が混合しているこの世界(オルド)においては神姫(ティアマト)の護衛係としての職務しか無いのが実情だ。


 (まあ、最高権力者の護衛を一任させているだけでも騎士団も随分譲歩しているとは思うが…それでも教会側としては肩身が狭いんだろうな)


 「つまり、今回の事件はリヴァイア産業のマヨル支部長と、教会騎士(クルセイダー)佐里江両者が共犯関係にあり、お互い別途の目的で行動していた訳ですな」


 「それだけではありませんよ」


 瀬葉のジイさんの説明に付け加えるように、レガーシーが言葉の続きを引き継ぐ。


 「挙句、昨夜あの船には『ファランクス財団』と『ロキの尖兵』まで搭乗しておりました。『財団』のほうは今回は見の姿勢だったようですが、『ロキ』の方はコラット嬢を狙い行動に移した」


 「更に2つのギルドまで別々に企んで来てたって訳か…ねぇ忍。私もうこんがらがってきたんだけど」


 シャルの泣き言は無視するとして、今回の一件…もう1つ裏で関与していたギルドがいるんだけどな…取りあえずこの場は黙っておこう。


 リヴァイア産業は「生体動力」の実験場として今回のクルージングを企画。

佐里江はそれを利用し神姫センリを敢えて窮地に追いやり、それを守ることにより教会、ひいては自身のオルドでの地位の向上を狙い。

 『ロキの尖兵』はあの鈴蘭と言う娘の言葉を鵜呑みにするなら、マヨル達の計画の観察。偶然同乗していたシャルを誘拐しようとしたのは咄嗟の判断だったようだしな。


 後は『ファランクス財団』だが、あの女社長サンが今回何を企んでいたのかまでは流石に判らない。案外本人に聞いたら教えてくれそうだが。


 「…瀬葉さんは、知っていたんですか?」


 センリのそんなぼやけた疑問に対しても何について聞いているのか察したようで、瀬葉のジイさんはコホン、と前置きのように咳払いを一つしてから。


 「私が気付いていたのは佐里江が何か良からぬことを企んでおり、姫様を利用しようとしている事まででしたので具体的にいつ、何処で何をするのかまでは」


 「んで、佐里江を警戒、監視してたら案の定不穏な動きを始めたから、多少強引にでも佐里江より先にお姫様の身柄を確保しようとした、って訳か」


 「いやはや、あのような乱暴な手段しかとれず、我が身のこととは言え、こうも無力な老体を嘆きたくなりますな」


 苦笑するジイさんだが、自称「無力な老体」なんてどの口がほざくんだか…。こちとらその「無力な老体」にノされたんだけどなぁ。


 「リヴァイア産業のマヨル支部長と、その片腕のウルメ係長。それに教会騎士佐里江は既に騎士団で身柄を拘束、取調べ中だ。近いうちに今回の一件の全貌も判る事だろう」


 大方今の話の内容のままだとは思うが。肝心なことを抜かしたまま話を締めようとしているレガーシーに、一応こちらから突っ込んでやることにする。ありがたく思え山賊顔。


 「…逮捕者はそれだけか?」


 「佐里江以外の教会騎士は今回の事件に関与はしていないようだしな。あくまで彼1人の…」


 「そうじゃねぇよ。『ロキ』の娘がいるだろ」


 シャルを拉致ろうとしていた、あの鈴蘭と名乗った毒花娘だ。海に放り落とした後せめてもの情けで浮き輪も落としてやったんだ、漂流したとは思えないが…。


 「…その件については、後日貴様に聞きたい事がある」


 「おい、また逃げられたのか?」


 「人聞きの悪い言い方をするな!後日、こちらから学園に赴くので首を洗って待っていろ!」


 「せいぜい洗ってるのは洗濯物と食器ぐらいだがな」


 「忍…そういう軽口ばっかり叩くから嫌われるんじゃないの…?」








 「えっと…私もご相伴に預かって宜しいんでしょうか?」


 「大丈夫大丈夫、美味しいものはみんなで共有するほうが良いものだよ」


 「そう、なんですか?私、あまり誰かと一緒に食事を取ることが無いので…」


 騎士団の方からの事情聴取の後、私はシャルさんに誘われこうして彼女の部屋にいるのですが…。

私はこの後は「王都」に戻り、また窮屈な生活に戻るだけなので折角のお誘いを断る理由がありません。今回このような事件に合ってしまった事ですし、今後はより一層厳しく管理された生活になってしまいそうですし…。


 「大丈夫、忍は目つきと性格と目つきと口の悪さと目つき以外は大体有能だから」


 「どうして目つきの悪さをサブリミナルみたいに差し込むんでしょうか」


 確かに、おおがみさんの目つきは否定できませんけど…。とは、流石に言えません。


 「随分な言い様だなポンコツ猫」


 何故なら、シャルさんの後ろにいつの間にか湯気を立てるお皿を片手におおがみさん本人が立っているのですから。瀬葉さんは先ほど「お若い者同士でご親睦を深めるのがよいかと。老人はロビーでコーヒーでも啜っております」と席をはずしています。居て下さっていいのに…。


 「小腹が空いたから何か作れって無様に施しを請うから、こうしてわざわざホテルのキッチン借りてオヤツ作ってきてやったのに、恩人様に向かってなんだその態度は。摩り下ろすぞ」


 「ちょっと頼んだだけなのにどういう脳内変換してるのさっ!そっちこそどれだけ尊大な態度だよっ何様!?」


 「俺様」


 「納得だよ!」


 何と言えばいいのか…お二人方は否定するのでしょうけど、こうして傍から見ている限りでは仲が良いようにしか見えません。きっと実際良いのでしょう。


 「ほれ、せめてもの慈悲で施してやるから神と俺に感謝しながら食え。熱いから急いで食べて火傷しても構わないからな」


 「私自身が構うよ!ゆっくり食べるよどうもありがとう程々に感謝するよ!」


 えっと…実際、仲が良いんでしょう…どうなんでしょう?

結局、私にはおおがみさんが良い人なのか悪い人なのかも、お二人が仲良しなのか違うのかもわかりませんが、おおがみさんが美味しいものを持ってきて下さったということは、見た目と匂いだけでも十分理解できます。


 「冷めない内に食え。ま、お姫様の口に合うかは知らねえけど」


 「そう言いながら、ちゃんとセンリの分も作ってくれるところが忍クオリティだよね」


 「なんだそれ」


 おおがみさんは呆れた風にシャルさんと、そして私の前にそれぞれお皿を置いてくれます。出来立てで湯気が立ち上っているのは香ばしい匂いと艶やかに表面が光るパイ生地が目にも鼻にも食欲を刺激される、熱々のアップルパイ。

 切り分けられた断面には色と形が残る程度に煮込まれたリンゴのコンポートと、白いクリームが入っています。うわ…失礼かもしれませんが、おおがみさんの印象がちょっと変わります。


 「珍しいね、忍がこんなわかりやすいデザート作ってくれるの。普段はもっと簡単なモノだったりするのに」


 「お前1人ならもうちょい雑なモンでも良いんだけどな。今回はお姫様(ゲスト)がいるからな」


 フォークと、空のカップにトクトクと甘い匂いのする紅茶を注いでくれるおおがみさん。あ、この紅茶もリンゴの匂いがします…。


 「ほら、遠慮なくどうぞ。日頃から良いモン食ってるだろうから気に入るかどうかはわからんが」


 「い、いえ、そんな事は…凄くおいしそうですし。あと…」


 「ん?」


 「私のことは、センリと呼んで頂いて結構ですよ。ずいぶんお世話になってしまいましたし。シャルさんもそうですが、そのほうが親しみがあって嬉しいですし」


 「善処するよ、お姫様」


 目も合わさず、そう言って即答するおおがみさん。嫌われている訳では無いのでしょうし、私も別におおがみさんが嫌いという事でも無いのですが…何なのでしょうか、何か、何処かが決定的に噛み合わない様な感覚がするのは…。


 「ツンデレ狂犬は放って置いて食べようよセンリ。色々そっちの話も聞きたいし。アレと2人きりで大丈夫だったかも心配だしねえ」


 「お前、明日の3食全部アップルパイにしてやろうか」


 「わぁい確実に太る」


 …本当に、仲が良いのか悪いのかわからないです。不思議な人たち…。

サクサクのパイ生地にフォークを入れるとパリパリと心地の良い音を立てて生地が割れ、その直ぐ下のリンゴのコンポートのシロップを吸ってふっくらとしたてる生地に到達します。

 形を保つ程度に煮込まれたリンゴはフォークを入れるとスッと切れる絶妙の火の通し具合で、一口大に切り取ったパイを口に含むと香ばしい香りとパイ生地のサクサク感、そしてリンゴのしっとりとした甘さがテンポよく順番に口の中に広がってきます。


 「おいしい…、こんなアップルパイ、私初めて食べます!」


 「よかったね、神姫様のお墨付きだよ」


 「大袈裟な…神姫(ティアマト)ってどんな食生活してんだよ」


 「ふ、普通ですよ」


 物心ついた頃から「王都」で暮らしているので、世間一般の「普通」は実際知らないですけど…。

あ、今気づきました。リンゴで包むような形に中に入れられている白いクリーム。これ、クリームチーズです。ほんのりとした酸味と濃厚な乳脂肪分が甘酸っぱいリンゴにもサクサクのパイ生地にもとてもマッチしてます。熱々のパイの中に入っている為クリームチーズも半溶けの状態で、フォークを入れるとトロリとまるでソースのようにお皿の上に広がっていきます。


 「うわぁ、チーズ入れてる。これ太るよ。絶対太るよ」


 「なら食うなよ」


 「でも食べるよ」


 あ、またじゃれてます。やっぱり仲良しなんでしょうか。


シャルさんはとてもフレンドリーに接してくれますし、おおがみさんは冷たいところもありますがこうして色々とお世話を焼いてくださいます。

 何より、お2人とも私の神姫(ティアマト)という立場をぜんぜん気にする素振りがないのが、私にはとても嬉しかったです。





 だからこそ、昨日視えた「あの光景」は、きっと何かの間違いなのでしょう。





 この時の私はそうやって、考えたくない未来から目を背けていただけなのかもしれません。

けど、もしこの時私が何かをしていたら、あんな未来は変わったのでしょうか。





 そう遠くない先の話、このお2人がこの国を…いえ、この世界そのものを揺るがす大事件を引き起こすことになることも



 その時この2人が、互いに刃を向け合うことになるのも…。

やったらめったら長くなってしまった「TNN号」編、完結です。いろいろな方面に意味深な余韻を残しまくってるので終わった感が全くないですが…。畜生、登場人物どいつもこいつも悪巧みしすぎなんだよ誰だよこんなの考えてるの俺だよ!!



 騎士団が提供したホテルに宿泊中、シャル達のオヤツ作りのために材料調達に出た大上ですが、瀬葉さんから「そういうことなら是非に」とセンリ用の食料を提供されました。

7割がクリームチーズだった事にマジ引きし、王都市には神姫専用のチーズ工房がある事を聞いてドン引きしたのは言うまでもないこと。

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