学園来訪・その3
前回のあらすじ。
「何をするにもまず魔力ありき」なこの世界でなぜか魔力の無い俺、大上忍は全世界でも随一の魔術機関であるここ、魔術技巧専門学園『エレメンティア』に呼ばれ、「ある女子生徒の世話係になってくれ」と頼まれた。
あれ、ここってハウスキーパーや執事を育成する場所だったっけ…?俺はいつの間にか来た場所を間違えてしまっていたようだ。いかんいかん。
「おい、どこいくんだよ。お前が寝泊りするのはこっちだぞ?」
来た道を戻って帰ろうとした俺を引き止めたのは人里に下りてきたツキノワグマが教員服を着たようなこの学園の実技教官の一人、ウルス・グリーズ。俺をココに呼んだ張本人である。
理事長は結局最後まで明確なせつめいをしないまま「仕事があるから後の話はヨロシク」と説明係には恐ろしく向かないクマに後を押し付け、俺達はとりあえず用意されているという寝床をまずは確認するために本館を出て庭園を歩いているところだ。
中庭という名目らしいがここだけでも野球グラウンド2.3つ分はあるんじゃないだろうか。
花壇や噴水、ベンチと庭園らしい光景が並ぶが時折屋台が当たり前のように建てられているのが物凄く気になって仕方ない。
「分かってるとは思うが…俺はまだ全然話が見えない上に納得も理解もしていないんだが?」
イザヤ理事長からあの後教えられたのは俺がこの件を引き受けた場合によるメリット、報酬といった内容の話だった。
この首都で生活するにあたり、住居として学園内の離れの一つを提供。家賃は不要とのこと。
名目はあくまで「学生」としての所属だが教習の参加に至っての強制は無いとのこと。
依頼に対する報酬は毎月「成果」に合わせて支払われる。もし成果が上げられない場合は当面の生活費の工面として学園内で仕事を斡旋するとのこと。
(家賃無しで仕事も紹介してもらえる上に授業への参加も自由、か。確かに聞くだけなら好条件なんだが…)
「ほら、ついたぞ。とりあえずここに住めや」
字面だけ見れば非常に都合のいい条件の提案な分、その裏にどんなトンデモナイ事が隠されているのか甚だ疑問を拭えない。そんな事を考えているうちに案内されたのは学園本館の裏側、施設が揃う中央部から徒歩で約20分程歩いたところにある数件の小さな民家のような建物が並ぶ区域だった。
見た限り居住目的に作られたように見える住居が2つ並んでおり、その少し奥に木造の随分古い印象を感じる建物が見える。
手前に並ぶ建物が住居なのだろう。外見から見る限りは街中でごく一般的にあるアパート1部屋分といった大きさだろう。ご丁寧に外には物干し竿まである。
奥にある木造の建造物はオルドでもなかなか見ない珍しい建物だ。今時木造というだけでも骨董品扱いなのに扉は引き戸になっている。
(人間界の東方文化の「道場」って感じだな…。手前の家みたいなのも人間界の造りだし)
「裏手はちょっとした森になってるぞ。ちよっとした果実や野菜も原生してるし、ここから少し右手にいけば川があるから釣りもできるぞ。好きだろ?わざわざ竿袋なんか持ってきてたもんな」
なるほど、もし依頼が滞っても飢える心配もあまりないようだ。家賃要らずと言われた時はどれだけボロいホラーハウスを差し出されるのかと思ったが…
「なぁ、これ普通に快適じゃないか?街の不動産屋いったら結構な値がつきそうだぞ」
「いきなり提供された場所を売ろうとするな…。まぁ、それだけお前に頼むモノが重要なものだってことだよ」
「なるほど、ね…」
とりあえず2つ並ぶ建物の左側が俺に提供された住居らしい。扉を開けて中を覗き込み、ざっと部屋を一通り確認。
キッチン、広い。合格。
バス、トイレは別。合格。
エアコン、ベッド、テレビ完備。俺は布団派だ。ベッドは後で撤去しよう。
台所スペースを除いて部屋は2つ。一人で住むには十分すぎるぐらいだ。
壁に貼り付けられているペナントはすこぶる不愉快だ。今すぐ剥がす。
「気に入ったみたいだな、お前は人間界の日系種だからこういう感じが気に入ると思ったんだ…ってうわぁっ!!てめぇいきなり剥がしてんじゃねえよ!!」
やっぱりお前の仕業か…どれだけコレを押してるんだよ。
壁から引き剥がしたペナントを丸めて投げつけてやる。さてと、そろそろこちらからも切り出すとしますか。
「学生身分としてこうして恵まれた環境をもらえる上にこのままここで過ごしていけば俺みたいな野良犬にも『エレメンティア』出身、なんて最高レベルの「箔」がつく訳だ。美味い話もあったもんだ」
「皮肉たっぷりに、よくもまぁ…。何が気に入らない?」
別に皮肉を吐いているつもりは無いんだが…誰だってここまで都合のいい好条件を差し出されればそれに見合うか、それ以上の「デメリット」がある筈だと勘ぐるのは当然だと思うぞ。
「別に、とりあえずそっちからの報酬については文句無いさ。今までの暮らしに比べたら何倍もいい。そうだなぁ…じゃあ、早速一つ聞こうか」
もしかしたらウルスは全てを聞かされていないかもしれないが、とりあえずは軽いジャブからいってみようか。人差し指を立ててまずは1つめの質問。
「俺のこの「依頼」で、一体「誰」が得をするんだ?学園か?それともあの理事長様か?」
予想していた質問ではなかったらしい。分かりやすくウルスが「ウッ」と顔を顰めるのがわかる。
どうやらある程度までこの件についてこのオッサンも知らされているらしい。あの食えない理事長と違ってこちらは腹芸も出来ない分かりやすい性格だが…
「オーライ、その反応で大方想像できる。じゃあ次の質問だ」
中指も立てて指を2本にして次の質問。ウルスの稚拙な誤魔化しなど聞く気は無いし。
「俺が世話をするって女子生徒だっけか。…単刀直入に聞くが、何者だよ?」
「むぐっ…」
また分かりやすい反応。但し今度は少し反応が違う。さっきは「言えない」といった様子だったが今は「言いにくい」といった様子だ。…おいおい、不安が増してきたぞ。
「なんか、とんでもないモノを俺に押し付けようとしてないか、この学園…」
「ま、まぁ心配するな!命の危機がある訳じゃあ無いしな!!」
「あってたまるか」
このオッサンは動揺すると直ぐ声が大きくなる。典型的な脳キン(脳みそキングコングレベル)ってヤツだな…。
「おっと、悪いが俺はここに案内するまでなんでな。他にも仕事があって忙しいんだよ、教官様は」
うわ、露骨に逃げやがった。忙しい教官様は昼食に人を連れ回してラーメン屋の行列に30分付き合せるのかよ…。美味かったけど。
「お前がこれから世話をする娘については本館のラウンジで別の案内役を用意してあるから安心しろ。じゃあ、これから楽しい学園生活になることを祈ってるぞ、転入生」
シュッ、と片手を上げて早口でまくし立てると追求される前に、とばかりに駆け足で去っていくウルス。さすが実技教官、足が早い。あっという間にもう豆粒ぐらいにしか見えなくなっている。
(さぁて、本格的に面倒臭くなってきたぞ…)
逃亡したクマはさておき、とりあえず俺の今後の「仕事相手」について、また別の人から話を聞かなくてはならない。
また本館に戻ってラウンジにいって案内役って人から話の続きを聞かないとな…。
面倒だが仕方ない。また本館に戻ってラウンジの場所を探さないと…。
ガタンッ
「--っ!」
不意に背後から物音が。とっさに振り返るが…特に何も見えない。建物の中で何か倒れたか落ちたかしたんだろうか。荷物などまだ無い筈だが…。辺りを見回しても特にこれといった不審なものも無い。
ココに来てからずっと警戒しっぱなしだし、気のせいかもしれないな…。
裏手に森があるらしいし、野生動物でもいるんだろうな…。
俺はまだこの時、ここにいるのが野生動物でも不審者でもなく、もっともっと厄介な「怪物」だと言うことを知らなかった…。
物陰がらこちらを伺っていた「それ」が、今後の俺の人生を大きく変えてしまうことになるのは、まだもう少し先の話…。
-『エレメンティア』本館1階、ラウンジ前-
思えば今日初めてやってきた土地で名称だけ言われて「そこにいってこい」って投げっぱなしにも程があると思うのは俺だけじゃあ無い筈だ。危うく日に2度も迷いかけるところだった。
「案内板」という救世主のお陰でどうやら「方向音痴主人公」なんてレッテルを貼られずに済みそうだ。
「さて、と…。そういや案内役とやらの名前も特徴も聞いてないが…」
「ご心配なく。こちらは貴方の事を聞いているので」
うおっ、と思わず声を出しそうになった。ラウンジに来て周囲を見回しているところでいきなり一番近くのテーブルでコーヒーを啜っていた女性に声をかけられた。
「今日から当学園に編入する大上さんですね?はじめまして。貴方が今後「彼女」のお世話係を務めるにあたっての説明をさせていただくウリと申します」
飲みかけのコーヒーカップを置き、律儀に立ち上がって此方にペコリと一礼する女性。
見た感じ自分と同じぐらいの年頃だろうか。いや、でも外見で年齢は判断できないのはこの世界の常識だ。
(例によって翼が見えてるしな…)
こちらの視線が翼に向いているのを察したのだろう、ウリと名乗った女性はバサ、と純白の翼を広げてみせる。
羽根が広げられた際の風で肩口で切り揃えられた白銀の髪が揺れる。白い羽に銀の髪。室内なのに気のせいか向かい合ってると何となく眩しい。
思わず目を細めると、睨んでいるとでも勘違いしたのか広げた羽根をすぐに下ろす少女(?)。
天使だけあって非常に整った顔立ちで誰に聞いても「美少女」という言葉がピッタリ当てはまると答えるだろう。そもそも天使族は総じてルックス抜群な「外見勝ち組種族」なのだが…。
「ご覧の通り、天使です。ちなみにさきほどフワフワとした説明を貴方にした理事長は一応私の父にあたります」
「へぇ、理事長の娘さんが直々にこんな雑用を?物好きなもんだ」
よく見ると彼女の服装は教員服ではなく学生服だ。さっきまで学園内を歩き回った時には一度も見なかった赤い制服。どうやら学生枠の中でも特殊な生徒なのかもしれない。
銀髪と白い羽根が真っ赤な制服のせいで強調されていてラウンジにいるほかの職員や学生達に比べてもやたら目立つ。
実際特に学生達はさっきからやたらとこちらにチラチラと視線を向けてくる。目立っているのは私服姿の余所者か、この天使娘か。多分、両方なんだろうな。
「…父、いえ、理事長はああいう方なので誰かがきちんとした説明をしないといつまでも不明瞭なまま話が進んでしまうでしょう?嫌いなんです。いい加減なものが」
「よく出来た娘さんでよかった。早速ちゃんとした説明を頼めるかな。今のところ話を聞くうちにどんどん胡散臭さしか感じないんでね」
「ええ、そのつもりです。ではとりあえずお掛け下さい。お茶でも飲みながら説明させていただきます。多少長い話になるかもしれないので…」
言われるままに向かいに座る。このラウンジは簡単な喫茶コーナーでもあるらしい。ウリがメニュー表を渡してくれるが生憎こちらはついさっきむさ苦しい中年と隣あってラーメンを啜ってきたばかりなので
取り合えずコーヒーを1つ頼むだけにする。
「で、その女子生徒っていうのは?手に負えない問題児の更正でもしろと?もしくは引きこもり生徒の説得だったりするのか?」
どう考えてもインスタントの早さで運ばれてきたコーヒーに角砂糖を1つ.2つと放り込みながら彼女の言葉を促す。こちらとしては他愛の無いジョークのつもりで言ったセリフだったが、ウリはほんの少しだけさっきより大きく目を開いて無言でこちらを見ている。え、なにその反応。
もしかして、それ驚いてるリアクションなのか?
「…正直に言ってしまえば、両方正解です。彼女はある意味学園最大の問題生徒である上に、現在はとある場所に完全に引きこもってしまっています。篭城、といっても過言ではないでしょうか」
「…言うんじゃなかった」
冗談が真実とか勘弁してくれ…。要するに生徒を更正させるために俺をわざわざ呼んだのか?
熱血教師じゃあるまいし…。
当然、これだけでは説明不足なので彼女の言葉の続きを待つ。
「貴方が必要とされたのは、現在彼女は結界を張って自室に閉じこもってしまっているからなのです。
彼女は「かなり」強力な魔術師でして。教員も、理事長ですらまともに近付く事が出来ずにいます。
電話などの通信手段は繋がるのですが全く応答してもらえなくて…」
「なるほど、ね…」
これで疑問点が2つ氷解した。「何故魔力の無い俺」でなければならないのか。
結界だけに限らず魔術というのは攻撃魔法のような物理現象に干渉し、操作する類のものでなければ対象の魔力に干渉して効果を現すものだ。人避けの結界ということは近付いてきた相手の魔力が結界の魔力に反発して弾かれる、という仕組みなのだ。つまり最初から反発するモノが無ければ結界も反応を起こさない。原因が無ければ事象は起こらない、って事だ。
そして、もう1点…。
「それで。その女生徒っていうのはよっぽど学園にとって重要な人物みたいだな。わざわざ田舎町から俺みたいなのを引っ張り出して家まで用意してくれるんだ。つまり、俺に払う対価なんかより遥かにずっと大きなメリットがその娘が今の状況から抜け出すと有るってことだろ?」
ウリは俺の言葉にハァ…とギリギリこちらに聞こえるか聞こえないか程度の小さな溜息をつき、一度置いたコーヒーカップを再び手に取り、一口啜る。
「察しがよくて非常に助かります。…ええ、大上さんの仰るとおりです。彼女が表に出てきてくれる
ようになれば学園は勿論、オルド全体に大きなプラスになるんです」
「オルド全体とは、また大きな話になったな」
「誇張ではなく事実です。先程の説明には一つだけ嘘がありました。彼女のことを強力な魔術師だと、そういいましたが実際は少し違います」
彼女、ウリはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、一息ついて続きの言葉を紡ぐ。
さすがにそれは、俺も全く予想することができなかったが…
「彼女、シャルトリュー・コラットは大袈裟でも何でもなく、オルド1の魔術師です。最高、最強と言い換えても良いかもしれません。」
「…は?」
思いもしていなかった答えに7つめの角砂糖を入れようとしていた手が止まってしまう。
本日2度目だ、こんな間抜けな返事をしてしまったのは。やっぱり父娘だな…。
「大上さん。貴方がこれから相手をするのは、たった一人で世界を左右しかねない程の娘なんです」
ウリの表情に、言葉に嘘も冗談も一切感じられない。それにこんな大袈裟な嘘をつく必要が無い。
冷静に、淡々と事実をそのまま口にしているだけ、といった様子だ。別にこちらもそれについて疑うようなつもりはないが…。
俺が呼ばれた理由は分かった、納得した。そしてここまでするだけの価値がある娘だということも、まあとりあえずは分かった。
スプーンでカップの中身を混ぜて、取り合えずこちらも一息つかせてもらう。うん、甘い。
「帰っていいかな」
出来る限りにこやかに、爽やかに笑顔を作って言って見る。ウリも口元を僅かに緩ませ小首を傾げてみせながら(多分、コレが本人の精一杯の笑顔のつもりなのだろう)
「では早速彼女の部屋に向かいましょうか。話の続きはまたそちらで」
「やっぱ親子だな、おい」
-シャルトリュー・コラット。これから決して忘れられなくなる名前-
-昨日までの生活からは想像もできない出来事ばかりになる慌しい日々はこうして幕を開けていった-
-「世界を左右するする娘」が言葉通り、この世界を、そして俺の「これから」を大きく変えていく事になるとは、流石にまだ考えもしなかった-
-だがスポットライトがそこに当たるのはもう少し先の話。ここから始まったのは決して人々の平和の為の戦いでも、運命的に再開した男女のラブコメでもなく、只々騒々しく馬鹿馬鹿しい日常の話-
-忘れられたセカイは、まだ忘れられたまま…-
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