海上の異端者達・その1
「忍の『孤狼』って二つ名カッコいいよね」
「二つ名言うな。中二病みたいだろ」
「マキナさんにもそういうの、あったの?」
「まあ、あったな」
「へぇー、どんなの?」
「『大上の犬』」
「…あ、はい」
出航のときと同じぐらいの大きな揺れが、この巨大な豪華客船全体に響き渡る。振動でテーブルからカップが零れ床に落ちる。カーペットの上だったので割れずによかった。中身が空になっていたので零して汚す事にならずにも済んだしね。
「う~ん…、普通こういう客船って揺れたりしないはずなんだけどね…乗客が不安がるし、こんなに大きく揺れるって危ないし」
「なにかにぶつかったりでもしたんでしょうか?…氷山とか?」
やめてやめて、それ洒落にならない。私聞いたよ?この『TNN号』の名前の由来。人間界で大昔氷山に激突して沈没した客船の名前から取ったらしいじゃないさ。
不吉度フルスロットルなネーミングセンスだよね。しかもそんな由来ならせめて外部に漏らさないで欲しいよ。初めて聞いた時は今すぐ帰ろうかと思ったじゃないさ。
「曲りなりにも最新鋭の船なんだから多少の事でビクついたりしないと思うけど…。と言うかヨコハマ港に氷山はもちろん特にぶつかるようなモノは無いし潮の流れも普通だし…今日の天気も特に変わった様子は無いから外的要因じゃあなさそうだよねえ」
そう、だからこの揺れの原因として考えられそうな事は船内部に原因がある、と思うのが賢明だろうね。
(私が関わった船なんだから変な欠陥とか残したまま運用してないでしょうね…)
なんて考えても居るけど、本当に気がかりなのはこの不自然な揺れと、私の提供した術式の用途が不明なままだという事。この2つがどうにも私には無関係だとは思えない。
「やっぱり、何かこの船きな臭い気がする」
「臭います?紅茶とビスケットの匂いしかしませんけど」
「いやそうじゃなくてさね?」
うん、ツッコミも足りないし、とりあえず忍が戻ってくるのを待って自分で直接確認に行く事にしよう。教会騎士を信用しない訳じゃないけど、自分の術式が得体の知れない事に利用されてるかもしれないと思うと物凄い胸の中がモシャモシャする。落ち着かない。
「…と言うか、お茶淹れ直しておやつ暖めるだけなのに随分時間かかるね、アイツは」
「あ、もしかしてポットのボタンがわからないとか」
「分からない人がいるの、それ」
「わたし、先週までわかりませんでした」
つい最近過ぎじゃない、それ。え、もしかして神姫ともなると「湯沸しポットのボタンを押す係」とかいたりするの?うわっ、人件費無駄っ!!
「不気味なぐらい家事スキル高いヤツだから他所の台所だからって手間取るようには思えないけど…」
まあ、どうせサボってるかつまみ食いでもしてるんでしょ。何せ神姫様のお部屋だし、何か珍しい器具とかめったに出会えない高級食材でも見つけたのかも。
いい加減、様子でも見てこようかと席を立ちかけたところでようやくキッチンから人影が出てきた。
「ご歓談中、允に恐縮ではありますが」
キッチンから出てきたのは忍ではなく、神姫様の執事をしているお爺さん。確か瀬葉さん、とか言ったっけ。執事だけに瀬葉…とか考えたら駄目かな、やっぱり。
「姫様。急ではありますが少々ご足労願えますか?」
「どうしたんです瀬葉さん?」
神姫様は相変わらずのほほんとしているけど私は何と無く、ついさっきまでプルプル小刻みに震えて痴呆に明け暮れていた人とはまるで別人のような威圧感をかもし出している目の前の老人に対して本能的な危険を感じていた。
「コラット嬢、姫様の御前です。くれぐれも軽率な行動はなさらぬように」
とっさに椅子から立ち上がり、背後に飛びのいて瀬葉さんから距離を取って魔術式を構築しようとしたところで、見透かしたような静かな声に制される。
「瀬葉さん、一体何を…?」
「どうか、今しばらく勝手をお許しください」
神姫様はまだテーブルについたまま、状況が分からず私と瀬葉さんに交互に視線を向けてパチクリしてる。まあ無理も無いか。私もぶっちゃけ何、この状況?って感じだし。
「さて、とりあえず貴女には少々大人しくしていてもらいたいのですが…」
「素直な聞き分けの良い子だと思ってます?」
「はてさて。お連れのように手荒な真似はしたくありませんのですが…」
そういわれて、瀬葉さんが出てきたキッチンには、忍が居た筈だったことを思い出す。こんな騒ぎになってるのに姿を見せないヤツじゃあない。もしかしてだけど…。
「忍に、何をしたの?」
「少々お休みいただいているだけです。ご安心を」
「アイツ相手に、それはまた…」
信じられない。忍の強さは目の前で何度か見たことがあるから知ってるつもりだったけど。とは言え実際こうして目の前に立っているだけのお爺さん1人相手に、私は一歩も動けずにいる。ヘタに魔術を撃ったりすればそれこそ神姫様を巻き込みかねないし、多分だけど、撃つ前に私はやられちゃうだろうね…。
「…で、私はどうすれば?」
「なに、先程も申し上げたとおり大人しくして頂ければ。…さぁ、姫様は私と一緒にご足労頂けますか?」
「せ、瀬葉さん…?あの、一体何を…」
神姫様は突然の執事長さんの乱心に未だ状況が飲み込めていないという風にパニックになっている。そりゃあ長年自分のお世話をしてくれていた人が突然こんな風になったら無理も無い話だけど。
「姫様はほんのひと時ご辛抱頂ければ。…ではコラット嬢。申し訳ありませんがその身を拘束させて頂きます」
「ったく…、これだから最近の若ぇモンってのは…。シブチョーだかモンシロチョーだか知らねえが威張り散らして偉そうに命令するばっかで現場のモンの事を考えようともしねぇ」
さっきから我が上司、尾居場班長のフラストレーションはどんどん募っていく一方だ。ついさっき「合図」があったんで言われた通りに「得体の知れない機械」を起動させたものの、この巨大な客船全体を一回ガクンと大きく揺らしただけで後はひたすらウォンウォン耳障りな音を鳴らしてるだけ。っつーか本当に何なんだ、これ。
「説明もせず小間使いにしやがってるのは気に食わねぇが仕事は仕事だ。これでやる事はやった。オラッ、作業に戻るぞアル公」
「あいよ。っつかその呼び名止めてくれっての。気さくにRとでも」
「ンな胡散臭ぇアダ名、こっ恥ずかしくて口に出せるかアホゥ。そもそもなんだ、アルファって。お前絶対ェ偽名だろ」
「失礼なっ!人の本名をキラキラネームみたいに言いやがって」
こっちの不平不満なんざ知ったこっちゃねえやバーローと言った様子の尾居場班長。ジェネレーションギャップってヤツなんだろうか、ホントこのオッサンとは話が合わない。首から上はファンシーな癖に、おのれ見た目詐欺親父め。
「ほれ、本社が何やらかそうがどうでもいいわな。現場は現場のやる事やるだけだ。次行くぞチンタラすんな」
「…何やらされたんだろうな、本当に」
「知るかって。どうせこのクルージングが済んだら止めるだろ、この妙ちくりんな装置も…」
既に班長はこの謎の装置への興味は無いみたいだ。仕事熱心なのは良いが今、何も無いところで蹴躓いたぞダッセェ。
「…ってぇ」
「どうしたオヤっさん。歳か?老いか?寿命か?」
「うるせぇクソガキ」
班長がこちらに勢いよくスパナをブン投げてくるんですがやめてください、当たるとリアルに死んでしまいます。俺の優れた運動神経が無かったら避けられなかったぞ、おい。
「ちょいと足元がフラついただけだ、人を年寄り扱いするんじゃねぇよ」
「十分良い歳だろ。どうした、また船揺れたか?」
「俺が整備してる船がそうそう揺れて堪るかボケ」
そう言いながら尾居場のオッサンはどうにも調子が悪そうだ。歳か?ホントに歳か?
「肩でも叩いてやろうか、おじいちゃん」
「やってみろ。ドタマかち割ってやらぁ」
かち割られたくは無いんで、からかうのはこのぐらいにしておこう。まだ若干足腰フラついてる尾居場班長と俺は支部長に支持されて起動させた謎の装置をそのままにして本来の持ち場へと向かう事にした。
俺達が起動させたモノがどういった代物で、これからどれだけの事件になるかなんて、当然この時点では知る由も無い話で…。
瀬葉さんにロープで手足を縛り上げられ、神姫様に宛がわれた個室のキッチンの床に体育座りの姿勢で真横でピクリともせず転がっている連れと並んで放置されている私。さあ、どうしよ、この状況。
瀬葉さんはすでに神姫様を連れてどこかへ行ってしまったし、全く何がどうなってるのかサッパリなんだけど。リヴァイア産業が何か企んでそうだと思ったらいきなり神姫様の執事が反乱起こすとか…偶然じゃないよね、これって。
「…起きてるんでしょ?」
きつく両手首、両足首を縛られ執事長瀬葉さんも神姫様もいなくなった室内に置き去りにされた私は、とりあえず真横で同じく手足を拘束されて転がっている忍に声を掛ける。
案の定、忍は縛られたままの足を真上に伸ばし、反動を付けて腹筋の要領で体を起こすと2.3回首を捻ってゴキゴキと骨を鳴らす。
「おはようさん」
「おはよ。朝食を頼みたいところだけど…状況は掴んでる?」
「あのジイさんがトチ狂って神姫人質にして逃げてったってところまでだな」
「全部把握してるよね、それ」
コイツが大人しくやられるようには思えなかったのでカマをかけて声をかけてみたら案の定だよ。
「あのジイさん何者だよ、半分本気で気を失ってたぞ」
首を叩かれたのかな。さっきから何度も首を捻りながらぼやく忍。そのまま今度は後ろ手に縛られている両手をモソモソと動かして…10秒もしないうちに忍は両手を自由にさせ、片手には自分の手首に巻かれていたロープを持っている。
「…大概何でも出来て時々気持ち悪いよね、アンタって」
「魔術の類が使えない不遇な身としてはな、魔力が無くても出来そうな事は何でも出来るようにしておく必要があるんだよ」
自由になった両手で今度は足のロープを解いていく忍。目の前でちょっとしたイリュージョンマジックを見ている気分だよ。
「…さて、と。リヴァイア産業どころか神姫の周囲も厄介な事になってきたな。…予想は出来るけど一応聞くぞ?」
「予想してるなら聞かなくてもいいけどなにさ?」
「シャル。お前これからどうする気だ?」
縛られたせいで皺になった制服の襟元を正しながら、忍はまるで今夜の夕飯のリクエストを聞くかのような口調で訊ねてくる。一々こうして聞いてくるところが、らしいと言うか何というか。
「もちろん、助けるよ。神姫様を」
「で、リヴァイア産業の件もきっちり白黒つける、と」
「わかってるじゃないさ」
「人見知りな癖に人懐っこくてお節介だもんな、お前」
「そして、そんな私の世話係としての立場上、付き合わなきゃならないよね、忍も」
「不本意ながらな。放っておけばいいだろ。どうせ教会騎士が何とかするだろうし」
やっぱり忍は乗り気じゃないみたい。まあ、コイツから自発的に「人助けしようぜ!!」とか言い出されたら多分私はまず真っ先に自分の頬っぺたを抓るだろう。
「だからっと見てみぬフリ?ついさっきまで一緒にお菓子食べておしゃべりして笑いあってた人をもう他人事にするの?」
「出会ってそれだけの相手にそこまで入れ込む方がどうかしてるだろ」
「薄情物」
「現実主義と言え」
「冷血漢」
「リアリストと言え」
「意味同じじゃん」
ああもう、やっぱコイツむかつく。手足が縛られてなかったら蹴りの1発2発はお見舞いするのに。
…そしてその後倍返しされるんだろうけど。
「あのな…今更俺に正義感だの義侠心だの求めるなよ」
「そりゃあ求めて無いけどさぁ、最初から無いものを要求しないよ私だって」
「…自分から言った事だがほんのり傷つくぞ?」
やれやれ、と露骨に首を振って溜息をつく忍。私は私で縛られた足をバタバタ動かすぐらいしか出来ないまま。そりゃあね、数ヶ月も付き合いが続けば流石にコイツの人間性は多少理解出来かけてるけどさ。
だから、私は言い方を変える。
「忍。私は神姫様を助けたい。勿論リヴァイア産業の件も。だから手伝ってよ、世話係さん」
「…最初からそれで済ませりゃいいだろ。どの道お前が首突っ込むなら自動的に俺も巻き込まれるんだから」
「このツンデレめ」
「ツン100%だけどな」
忍はそう言い捨てると露骨に頭を振って面倒だと言う「風」な態度を取って、その癖さほど気にもしていなさそうに普段通りの仏頂面で私の「頼み」に応えてくれる。
「了解だポンコツ。じゃ、まずは社会的な重要度から神姫の方からいくか」
「ん」
「って、私も解いてよ!!」
縛られたままの私をガン無視して1人で部屋を出て行こうとする忍の背中に私は全力で非難の声を浴びせた。
「おのれ…このままでは済まさんぞ、絶対に」
「支部長、今はとにかく教会騎士から逃げるのが最優先かと。装置は作動しています。効果が現れるには若干時間がかかるでしょうが、万一には乗員全員の口を封じる事も出来ます」
「あら、それはそれは随分物騒なお話ですわね」
良かった。教会騎士の皆さんよりも先にマヨル支部長達を見つけられたようです。
『TNN号』の船内、来賓者達がいるホールの真下の階の通路で何処かへと急いでいる最中のリヴァイア産業のマヨル支部長とウルメ係長を発見です。どうやら、私達が一番先みたいですね。
「これはこれは…アーシア会長」
「どちらに行かれるので?マヨル支部長。パーティーはまだ続いているのに主催者がこんなところにいては折角のお客様方に失礼というものですよ?」
「いやいや、耳が痛いですな。申し訳ない、こちらも急な用事が出来てしまい来賓の方々を疎かにする形になり、心苦しくは思っているのですが…」
「で、その『装置』というのは?大変興味をそそられるお話でしたので是非、お聞きしたいのですが」
こちらとしては努めてにこやかに、友好的にしているつもりです。けれどもマヨル支部長の表情はさっきまでの愛想笑いから一転して険しいものになっていきます。あらら、嫌われちゃいましたかね。
「その興味とは、『ファランクス財団』として、ですかな?」
「あら、『財団』の関心を得てしまうような代物をお抱えでしたか?」
こちらへの牽制の意味を含めた皮肉だったのでしょうが、それでは自白しているようなものですよ、マヨル支部長。…どうもこの方は腹芸が不得意なご様子で。もう少し聡明な方だったら、こちらとしても平和的にビジネスの話が出来たのですが…。
「支部長。ここで足を止めていては「奴」に追いつかれます。…お先に」
まるで私を悪者扱いするようにマヨルさんを庇うようにしてウルメ係長が一歩、前に。営業職に似合わない、隙の無い立ち姿と鋭い視線で真っ向から、私の前に立ち塞がる。
「只の係長さん、という訳では無いみたいですね。さしずめ、支部長のボディガードでしょうか」
「そちらの黒服の彼と同じと思っていただければ」
そう言ってウルメ係長は小さく手首を振るい、スーツの袖から手のひらの中に滑らせるように鈍い輝きを放つ銀色のナイフを取り出す。
「…だ、そうだ。商談は無理そうだな」
「ですね。では仕方ありません。お任せしてよろしいですか?」
「ああ」
ウルメ係長曰くの「黒服の彼」、私のボディガードのブレードさんがウルメ係長を真似るように私の前に立つ。
乗船時、入り口でボディチェックがあったのでブレードさんは現在丸腰の筈ですが、特にこれといって私には不安も心配もありません。
「これが俺の仕事だ」
そう、私の方を振り向き返事を返すブレードさん。視線が外れた瞬間ウルメ係長が投げたナイフを見もせずにキャッチボールでもするかのように軽々しく柄を掴んで捕らえてしまう。普通に人間業ではないと思いますけど。
「ではお願いします。出来れば早急に支部長の身柄を確保したいので」
「了解した」
「そうはいくか!」
ウルメ係長が更に袖から新たに細身のナイフを、今度は左右の手に1本ずつ併せて2本同時に投擲する。それを今しがた捕った相手のナイフを投げ返すブレードさん。両者の投げたナイフが丁度2人の間合いの真ん中あたりでぶつかり、通路の床の上に3本のナイフが甲高い金属音を立てて落下する。
ウルメ係長に足止めを任せてマヨル支部長が背を向けて大急ぎで私達から逃げようと走り出す。それを追おうとブレードさんが駆け出すのとウルメ係長がまた新たにナイフを投げつけるのはほとんど同時でした。
「只でさえこちらは立て込んでいましてね。これ以上横槍を入れないでもらえますか?」
ブレードさんの足元、靴の爪先をほんの少し掠める位置に床の上にナイフを投げつけたウルメ係長は両手首を振り、また袖からナイフを両手に構える。
…一体その袖どうなってるんですか?腕を動かすたびに服の中で腕がズタズタになりません?
「そうはいきませんよ。だって、このままだと貴方達…私達は勿論神姫まで犠牲にするおつもりでしょう?」
「ビジネス上、致し方ない事です」
「はぁ…、お話になりませんね。思っていた程の方々では無かったようです」
ウルメ係長がどこまで「今回の件」に関与しているかは知りませんが、マヨル支部長が先程見せた度量の程度から考えても、小悪党というのが関の山でしょうか。
流石に『ロキの尖兵』レベルとは期待していませんでしたが、この様子だと『R』も彼らとは無関係でしょうかね。
「ブレードさん」
そう名前を呼んだだけですが、私の声のトーンとイントネーションで察したようにブレードさんが小さく頷きます。
「ああ、もう終わらせる」
ブレードさんがウルメ係長に向き直り、膝を曲げて身を屈める。それに反応してウルメ係長が再び腕を振るいナイフを投げつけ…。
「…なっ…!」
ウルメ係長が腕を振り抜くよりも前に、ブレードさんはウルメ係長の眼前まで飛び込んでいました。私の目からはもはや瞬間移動の類です。
ブレードさんはそのまま拳を握った右手をトン、と当てると言うより添えるような形でウルメ係長の胸板に当てると小さく、けれど深く息を吸い込み…。
「『無拍子』…」
ダンッ、と床を踏みしめる大きな音を立ててブレードさんが右手を引くのと同時にウルメ係長の体がまるで刎ね飛ばされたように勢いよく、数Mは殴り飛ばされて通路の壁に叩き付けられ、そのままズルズルと床の上に崩れ落ちてしまいました。
「…『断罪」
前にも目の当たりにしたことがありますが、何度見ても不可思議で物騒な技です…。パンチでも衝撃魔術でも無い、ブレードさん曰く「寸剄」と呼ばれる技法だそうですけど、原理を聞いてもちんぷんかんぷんでしたので理解する事は諦めました。
「かっ…、っげふ…」
勢いよく壁にたたきつけられたウルメ係長は咽り、その度に吐血を繰り返す。どうやら一撃で勝負は付いたようです。
ほんと、この人が味方でよかったと思いますねぇ…。
「さて、まだお話できるは出来ますよね。…聞かせてもらえますか?」
「ぐふっ…そう、言われて素直にお答えするとでも…?」
身を起こす余力も無い様子のウルメさんですが、お仕事熱心なのか忠誠心が強いのか、中々強情な方のようです。
「困りましたねぇ…」
「…拷問でもする気か?」
「私を何だと思ってるんですか!」
「…悪の結社の親玉だろ」
…いや、まあ?キッパリそう言われてしまうと違うとも言い難いですけど。それでもこんな見目麗しき女の子に対してあんまりな扱いではないですか?一応私、雇い主なんですけど。
「どうやら、拷問する暇は無さそうだ」
「だからしませんって…って、あら」
ブレードさんの言うとおり、ウルメさんとお話する時間はどうやら無さそうです。彼に遅れて私も、こちらに近づいてくる大勢の足音に気が付きました。
「教会騎士の皆さんでしょうか」
「他にいないだろ」
でしょうね。…とか言っているうちに通路の曲がり角から揃いの制服に身を包んだ方々の姿が視認できました。あちらもどうやら私達に気付いた様子。
案の定、やってきたのはパーティー会場でも見かけた教会騎士達。神姫の護衛で『TNN号』に乗船している人達。
「…これはこれは、かの有名な『財団』のトップにお目にかかれるとは」
「嫌ですねぇ、誰もかれも。私、一応今夜は『クロス社』として来たつもりですよ?」
「では、この状況は?」
眼鏡をかけた、ちょっと神経質そうな教会騎士さんが棘のある物言いで私と、後ろで倒れているウルメ係長に交互に視線を向ける。
「道に迷っていたところに偶然リヴァイア産業の支部長さんと係長さんにお会いしまして。ホールに戻る道をお聞きしようとしましたの。…ですがなにやらとてもお急ぎだったようで」
「それで、倒したと?」
「あら、いきなり襲い掛かってきたのはあちらですよ?どうやら、あまり人様に知られたくない事をされていたようですわね。生憎支部長さんは逃げてしまいましたけど」
嘘は言ってません。ねぇ?と同意を求めるように私の直ぐ背後に立っているブレードさんに振り返ると彼は教会騎士の皆さんを威嚇するように見据えて、私の事なんか一瞥もしてくれません。…仕事熱心なのでしょうけど、寂しいです。
「…成る程、コラット嬢の言っていた通りだな…。分かりました。彼の身柄は我々教会騎士で拘束します」
「もしよろしければ、私達にお任せ頂いてもよろしいのですが」
間違いなく断られるでしょうけど、とりあえず言ってみます。案の定眼鏡の教会騎士さん(どうやらこの人が隊長さんのようですね)は露骨に不愉快そうな表情になっていきます。
「いえ、これは教会騎士の職務です。マヨル支部長も大至急我々が捕まえますので、『クロス社』殿はパーティーを楽しんでいて貰いたい」
こっちのほうが楽しめそうなんですけどねぇ…とは、流石に言えないので営業スマイルで微笑んで小さく頷く。ブレードさんに叩き伏せられたウルメ係長は教会騎士の人達に腕を捕まれ、連行されていきます。
「…では、我々はこれにて」
そう言って私達に一礼して、教会騎士の人達はウルメ係長を連れて去っていきました。…さてさて、これからどうしましょう。
「…支部長を追うか?」
「そちらは教会騎士の皆さんにお任せしましょう」
「なら、「もう一方」か」
「そういうことです」
さて、では早速参りましょうか。とは言っても「彼」がどこにいるのかは皆目検討がつきませんが…。
突然豹変した瀬葉さんに連れられてもうどれだけ歩いたでしょうか。たぶん、貸切にしていた区画の外まで来てしまっているとは思いますけど…。
「あ、あの…瀬葉さん、瀬葉さんってば」
私の腕を握って引っ張るようにして先を進む瀬葉さんは、いくら呼びかけても応えてくれません。
私がこの世界に来てからこれまでずっと身の回りのお世話をしてくれてきたのは瀬葉さんです。家族どころか知り合いも、知っている物すら何一つ無かったこの世界で瀬葉さんはいわば本当の親のような存在です。
だからこそ、突然のこの行動にも私はただひたすら困惑する事しかできませんでした。
腕を引っ張られている形ですが握られている手にも、引っ張られている腕にもあんまり痛みはありません。本気で乱心してしまったのなら、もっと乱暴にされてもおかしくないのに…。
もちろん、神姫の利用価値故の扱いなのかもしれませんが。
「瀬葉さんっ、お話してください。一体どうしたんですか、どこに連れて行く気なんですか?」
瀬葉さんはやっぱり答えてくれません。時々振り向くのも私ではなく、その後ろから誰かが追いかけてくるのを警戒しているだけみたいで…。
「瀬葉さんっ!本当に…どうしちゃったんですか?今までずっと一緒にいたじゃないですか、訳ぐらい教えてください」
瀬葉さんの足が止まりました。私達がいた客室から既にどれだけ歩いてきたのかわかりらないので今、船のどのあたりにいるのかも検討がつきませんが周囲には全く人気が無く、今夜の航海では未使用の区画みたいです。
「…先程もお伝えしましたが私は姫様に危害を加えるつもりはありません」
普段のノンビリとした口調しか知らない私は瀬葉さんの真剣な声を今、初めて聞きました。
瀬葉さんは執事服の胸元から何か…あ、携帯電話です。電話を取り出すと画面を開いて何かを確認しています。本体のランプが点滅しているので電話かメールの着信でもあったのでしょうか。
「瀬葉さん…一体何がどうなっているのか、教えて頂けませんか?」
「お教えしたいのは山々ですが、少々姫様にお伝えするには心苦しい内容でして…」
瀬葉さんの声が、私の良く知る優しい声に少しだけ戻った気がします。でも、その表情はより一層険しく、怖いものになってしまって…。
「それに、残念ながらゆっくりお話をする時間は無さそうです」
私達が来た道とは違う角から、そして正面から2人、3人、と次々に私達を囲むようにして黒服に身を包んだ男の方達が姿を現してきます。
その服装は佐里江さん達と同じ教会騎士が乗船時に揃えていた礼服と同じものでしたが、どの方も私の知らない顔…。真っ黒なサングラスのせいだけで無く、どこか感情を感じさせない表情が、何故かとても怖く感じました。
「教会騎士…の方ですよね?」
「格好はそうですが、どれも私の存ぜぬ者達ですな。…目当ては姫様、という訳か?」
瀬葉さんの問い掛けにも、教会騎士の方々(?)は何も答えません。只、無言で少しずつこちらに近づいてきます。狭い船内通路で前後を塞がれている形です。
「あ、あのっ…!瀬葉さんを捕まえないで下さいっ。私は何もされていません。瀬葉さんにも何か考えがあってこんな事をしたんだと…」
「姫様、残念ですが話の通じる相手では無いようです」
そう言った瀬葉さんの手が、ずっと握られていた私の手から離されました。
次の瞬間、黒服の方の1人が勢いよく通路の床の上に倒れ込み、足元にドスン、と鈍い振動が響きます。
瀬葉さんが手に持っていた杖で、一番近づいてきていた方を倒したのだと私が理解したのは、振り返った瀬葉さんが目にも留まらぬ速さで私の方に振り返り、今度は私の背後に接近してきていた2人目を同じように打ち倒してからでした。
「…っこの感触。姫様、この者らは…」
瀬葉さんが普段から愛用している杖は、その2回の殴打で半ばから大きく曲がってしまっていました。それだけの力で殴られたのに、たった今瀬葉さんが打ち倒した2人はゆっくりと立ち上がり、何も無かったかのように再び近づいてきます。
「教会騎士の方じゃあ…ないんですか?では、この方々は一体…」
「…おそらくは、「奴」の手の者かと」
瀬葉さんはどうやら心当たりがあるようですが、それを訊ねる暇も無く背後から伸びてきた手に、腕をつかまれて引っ張られます。
瀬葉さんと違い締め上げるような力で腕を握られて乱暴に引き寄せられ腕に痛みが走ります。
「あぅっ!」
「姫様っ!この…狼藉者がっ!」
折れた杖を投げ捨てて瀬葉さんが私の腕を掴む黒服さんに殴りかかります。瀬葉さんの拳を顔に受けた黒服さんはサングラスを弾き飛ばされ、首を曲げただけで声も上げず、無表情のままにすぐ姿勢を整えました。
「っ…やはり、こやつ、こやつ等は…」
感情を全く感じさせない無機質で不気味な雰囲気の原因が、ようやくわかりました。サングラスが通路の床に転がり露になった黒服さんの素顔、その瞳。腕をつかまれ、捕まえられた形になって間近にいると僅かにキシキシと機械的な駆動音のようなものが黒服さんの体から聞こえてきます。
そしてサングラスで隠されていた、私を見下ろす瞳は、小刻みに右に、左に回転を繰り返しピントを合わせているカメラレンズでした。
「機甲兵士…いや、精神回路を持たない自動人形、か…?」
瀬葉さんに殴られた黒服さんは何ともないのに逆に殴った瀬葉さんの拳から痛々しく血がポタポタと流れています。一体、何がどうなっているのでしょう、この状況は…。
そんな時に、黒服さんの一人に捕まえられた私と、瀬葉さんの丁度反対側で通路を塞いでいた黒服さん達が道を明けるように左右に避け、今度はよく見知った人が姿を表しました。
「やはり…貴様か」
「自動人形と見抜くとは、流石ですね。「瀬葉准将」殿」
瀬葉さんと同じぐらいよく知っているその人…、神姫の護衛役を務めて下さっている教会騎士の佐里江さんは、いつもと同じ柔和な笑みを浮かべて険しい顔をしている瀬葉さんと、何がなんだかわからないままの私に交互に視線を送ってから、ペコリと一礼して。
「ご機嫌麗しゅう、姫様。無作法な部下の無礼、どうかご容赦頂きたい。何分簡易なプログラムに基づいて行動している者達でして」
「…どういうつもりですかな。他の教会騎士もいると言うのに、無断でこのような者共を引き連れているとは」
「これはこれは。神姫様を無断で部屋から連れ出し、身勝手に連れまわしている貴方の方こそ、査問会にかけられる覚悟はおありなので?」
「質問に答えろ、佐里江」
瀬葉さんの声が荒くなります。怒気を含んだその言葉に、佐里江さんも笑みを消して、代わりに今まで見たことも無いような冷たい目になって…腰に下げていた剣に手を掛けます。
「佐里江さんっ、一体何を…」
「ご安心を、姫様。乱心した執事長は今すぐに処しますので」
「そんなっ…、待って下さい。瀬葉さんにも何か訳が…」
「神姫様への反乱、そう見てよろしいですね?瀬葉執事長」
瀬葉さんは黒服さんたちに左右から腕をつかまれて押えつけられてしまいます。いくら瀬葉さんが強くてもこんな大勢に囲まれていたら太刀打ちできません。
「佐里江さんっ、お願いですから待って下さい!」
「姫様はお優しいから、逆賊にそうやって情けをかけてしまうのです。汚れ役は、私共が務めますので…」
剣を抜いた佐里江さんが、その切っ先を黒服さん達煮押さえ付けられている瀬葉さんに向けます。
「瀬葉さんっ!佐里江さん!やめてくださいっ!お願いですから…」
「そうだな。いくらなんでもお姫様連れ出したぐらいで問答無用で斬り捨て御免、は無いだろ」
瀬葉さんに剣を向けていた佐里江さんの手が止まり、瀬葉さんと佐里江さん、そして送れて私も、突如聞こえた第3者の声の主のほうに振り返ります。
「ねぇ…どういう状況なの?これ」
「さぁな、ただあの胡散臭いメイドの言ってた通り面倒な事になってるのは確かだな」
「…とりあえず、神姫様以外ブッ飛ばす?」
「後でな」
数秒前までの切羽詰った緊迫した空気を打ち崩すような掛け合い。そこにいたのは、私がついさっきまで自室でテーブルを囲んでお茶を共にしていた魔術技巧専門学園のお2人…。
「シャルトリューさん、おおがみさん…?」
思わぬ人達の登場に益々困惑している私にシャルトリューさんが小さく手を振り、おおがみさんは瀬葉さんや佐里江さん達の方へと。
「で、ウチの広域破壊兵器に吹き飛ばされる奴は誰だ?自主的に挙手したら加減してもらえるかもしれないかもしれないぞ」
「勝手に私を凶悪な火力兵器みたいに言わないでよ!!」
ずいぶん間が空いてしまいましたね。別に新作ゲームやってた訳じゃないんですよ?本当ですよ、嘘じゃないですよ?嘘だけど。
神姫様の周りがどんどんゴタゴタしてきました。一体誰が敵で味方で誰を信じればいいのか疑えばいいのか…作者自身も混乱しそうです。とりあえず目つきの悪い人は信用しないようにしたほうがいいでしょうけど。
ちなみに神姫センリの大好物クリームチーズ。当然カロリーが高く周囲のお世話係からも制限かけられています。
あまりに空きすぎて以前夜中にこっそりつまみ食いしようとしたところ、間違えてシチュールーを齧ってしまった事があり、以来乳製品関係で唯一シチューだけは食べられなくなってしまったという心底どうでもいい逸話を持つセンリさんでした。




