悪戯猫と箱入り猫・その4
「忍ってさー、弱点とかあるの?」
「あっても教えると思うか?まあ、別に教えてもいいけど」
「マジで?」
「ああ。とりあえず粉々にされたら死ぬ」
「大抵みんなそうなったら死ぬと思うよ」
「さてと、まずはどうするか」
シャルの目的はこの豪華客船「TNN号」に使われている筈の自分の術式の行方を探る事。イクスの目的は近づけもしない「神姫」の護衛。普通に考えれば優先するのはシャルの件だ。
っつーか、イクスの仕事を俺達が手伝う理由がまず無いしな。
「リヴァイア産業の人に直接聞いてみる…ってのが駄目なら聞くんじゃなくて直接見てみる、ってのは?」
「動力室で直接現物を見てみるって訳か?もし人に言えないような事やってるなら見ても分からないようにしてるか、それ以前に近づかせないと思うがな」
「そもそも、まだリヴァイア産業が本当に何か企んでるって決まった訳じゃないものね」
お、イクスにしては冷静な分析だ。その意見には今のところ俺も同感。現時点では疑うだけの理由が弱い。「なんか、悪いことたくらんでる気がするっぽいかもしれない予感」って感じだもんな。
「むぅ…ならどうすればいいってのさ」
「そうだな…」
どうしたものかと、良い手は無いかと考え始めたところで…。
「あらあら、奇遇ですね。こんなところでお会いするなんて」
ホールの片隅でパーティーそっちのけで怪しい作戦会議を続けている俺とシャルと業務放棄中のパーティースタッフの元にどこか気の抜ける、おっとりとした声がかけられた。
振り返ったところにいたのは、真っ赤なカクテルドレスに身を包んだ見覚えのある女性。そしてその後ろに愛想のかけらも無く無表情で立っているタキシード姿の男。
「そういえば、この手の催しにいてもおかしくないか。『ファランクス財団』の社長さん」
「あらあら、ここではスポンサーの『クロス社』として招待されているだけですよ?まるで私がいつもいつも何か企んでいるように思ってません?」
思っています。オルドで『ロキの尖兵』と1.2を争う闇ギルドのトップが何を血迷ったことを仰っているのやら。
シャルとは大違いの大人の女性としての自身の見た目を完全に自覚してチョイスしたとしか思えない、それでいて決して目立ちすぎずあくまで来賓の1人としての立場を弁えている派手すぎず地味すぎないドレス姿の金髪ロングの20代半ばと思わしき女性、彼女こそこのオルド有数の大企業『クロス社』の会長兼闇ギルド『ファランクス財団』のギルドマスター、アーシア・ファランクスその人だ。
ほら、悪役の大玉が出てきたからシャルもイクスもリアクショんに困ってるじゃないか。
「お久しぶりですねシャルトリューさん。それに大上さん」
「どうも」
「ど、どうも」
面識のある俺とシャルに会釈してから、アーシア会長の視線がイクスに移る。
「そちらの方は?ご友人ですか?」
「仕事サボって客とダベッているスタッフさんです。お気になさらず」
「ちょっ!?」
何だよ事実じゃないか。
「えーっと…、『財団』が一体どうしてここに?」
恐る恐る、突然接触してきたアーシア会長に小さく手を上げて質問を投げかける。パーティーの主催が胡散臭い事してそうだって話をしているところに有名な悪人(?)がフレンドリーにトコトコやってきたんだから警戒するのが当たり前っちゃあ当たり前なんだが。
「もちろん招待されたからですよ。さっきも言いましたがあくまで今日は『クロス社』として来ているつもりですから。ねえ?」
そう言って自分の後ろにいる男、多分ボディガードか何かだろう男に同意を求めるアーシア会長。
だが求められた男は特に肯定も否定もせず黙っているだけ。…愛想無いな、目つき悪いし。
「ブレードさん、フォローしてくださいよ」
「…主催に挨拶にいくんだろう?待たせるのは失礼だと思うが」
「ああ、もう。真面目なところは蓮華ちゃんとおんなじなんですねぇ」
刀と呼ばれた男はポツリと呟くように冷淡な突っ込みを入れる。名前の通り、切れ味のいい突っ込みだなおい。
パーティーの場に合わせた黒のタキシード。背丈は俺と同じぐらいだろうか、黒髪を無造作に切りそろえているが前髪がやや長いので若干目元が隠れている。そして、特徴的なのは珍しい銀色の瞳。
(…もしかして、この男…)
「確かに、そろそろマヨル支部長とのお約束の時間ですね…。折角こんな場所で会えたんですし、ゆっくりお話したかったんですけど…また次の機会のお楽しみ、ということにしましょうか。ねえ」
「ねえ、と言われても…」
シャルはどうやらまだアーシア会長のこの人柄で闇ギルドのマスターという事実が現実味を感じられていないのだろう。フランクに話しかけられてもぎこちない反応しか取れずにいる。
「アーシア、子供をあまりからかうな」
「別にそんなつもりはないですよ、私は純粋に一度お茶でも、って…ブレードさん私を置いていきます?普通っ!」
アーシア会長が振り返ると既に付き添いの男はスタスタと自分の雇い主を置いて結構な距離まで遠ざかっている。
『ファランクス財団』だよな、『お笑い事務所ふぁらんくす』じゃないよな、アンタ達。
「ああもう、本当に行っちゃうなんて冷たい人…。よかったらまた後で時間が出来たらお話しましょうねっ。シャルトリューさん。…ちょっとブレードさんっ、私ヒールだから早く歩けないんですけど…っ!」
置いてけぼりにされたアーシア会長は早口でシャルにそう言ってから、慌てて連れの後を追いかけていく。本人の言葉通り歩きにくい靴なのでチョコチョコと小刻みに足を動かして必死に追っていく。
靴以前に、会長さん本人あんまり運動神経良くないみたいだな…。
「黒髪黒服で愛想の無い男に雑な扱いされてる姿って、何故か共感を感じるんだよねえ…」
アーシア会長の後姿を生温い目で見送りながらシャルがポツリと呟く。確かにあの連れの男と俺は髪の色も同じだし髪型も近いし黒ずくめの服だが俺はもっと紳士的じゃないか。
「お陰で私、なんかあの会長さんのこと本当に悪い人に思えないんだよね」
「実際悪巧みばっかりしてる正真正銘の悪人だけどな、アレでも」
「アタシ、『財団』の会長なんて初めて見たけど感想に困る印象なんだけど…」
初対面がコレだと確かにそうかもな。しかしまあ、『ファランクス財団』まで1枚噛んでたりすると益々厄介な事になりそうだな…。実際『財団』が絡んでいるかはさておき、あまり一緒の場所にいてほしくない人種ではあるわな。
「さてとシャル介、どうするよ」
「支部長さんと今から会う、って言ってたね会長さん。…ってなると主催側から話を聞くのは益々持って無理そうだし…よしっ」
「ん、何か思いついたか?」
「とりあえず船全体サクッと魔力探知してみるよ」
この船の規模といい乗っている人数といい、サクッとで出来るシロモノでは無いはずなんだが。
「いくらなんでも、それは雑と言うか…」
「ていっ、探知術式起動」
ツッコミも途中にシャルが早速とばかりに術式を構築し始める。シャルを中心に薄い膜のような光が周囲に広がり、段々大きくなっていく。4.5秒もしないうちにその光は俺達がいる通路を簡単に包み込み、そのまま更に広がっていく。
「…あ、見つけた。上の階に結界が張られてるエリアがあるよ。怪しくない?絶対怪しいよ」
「10秒掛からずこの豪華客船の内蔵探索したのかよキメェ」
「便利とか凄いとか通り越して逆に引くわね」
「私今普通に凄い事したのに何そのドン引きリアクション!?」
「お嬢様ー、着替えはベッドの上に置いてありますからねー。プライベートタイムだからってだらしない格好しないでくださいねー。佐里江さんあたりが泣きますから」
「そこまでだらしなくないですよぅ」
ドア越しにカーリーさんの意地悪な声が届く。前に一度、寒かったから上着を着ずに毛布を羽織って部屋の中で寛いでいるところを目撃されてから身嗜みにはこうしてちょくちょく釘をさされてます。
「神姫ともあろう人が自室では布団のオバケみたいになってるなんて私がうっかりツィッターに載せちゃったらどうするんですか」とお説教されましたけど、3日ぐらい経ってから「載せないで下さいよ、そんなツィート」と反論したら「何の話ですか」と言われてしまいました。なんででしょう?
部屋着に着替えようと緩めてあったドレスを脱ぎ足元に落とす。ベッドの上に置いてもらっていた普段着に手をかけた瞬間、ガチャ、というドアが開く音がしたので音のした方向。つまり館内通路に直通しているドアのほうを振り向いたのと、開かれたドアのノブを片手で握ったままポカンとした顔をしている黒服の男の人と視線が合ったのはほとんど同時でした。
「…。」
「…えーっ、と…」
少しのあいだ、私は状況がよく分かっていませんでした。そもそもこの辺りの区域は貸切にしているはずですし、それ以前に関係者以外は近づけないように結界が張られている筈ですから。
だから、初めて会う人がここにいる筈はないんですけど…。
「…まあ、なんだ。ノックをしなかったのは確かに悪かった。謝ろう」
謝る、と言いながらその人はあまり悪びれた様子はありません。まるで厄介な事になったとでも言いたそうな、そんな苦い顔です。
「とりあえず、何か着たほうがいいぞ。風邪引いちまうしな」
「…え?」
そう言ってゆっくりと開けたばかりのドアを閉めて、突如現れた男の人の姿がドアに隠れます。
「…………え?」
下着姿で、部屋着を掴んだままの格好でしばらく硬直していた私の思考回路が正常に回復するのに、それから約5分ほどかかりました。
「おー、いたいた忍ー。そっちはどうだった?」
リヴァイア産業に直接聞いても教えてくれないだろうからと、怪しそうなところを勝手に調べ始めたのは良いけど、だだっ広いこの客船の中を闇雲に走り回っても仕方ないと、不自然な区域を回る事にして私達。有能シャルちゃんの探索魔術でざっとTNN号の全体を探知してみた結果、パーティー会場である大ホールの上階の奥、つまりここの区域だけ人が近づかないように結界が張られている事が分かった。
しかもご丁寧に「結界が張られて近づけないという事すら認識できない」レベルの、かなり高度な術式で。これは怪しい。怪しすぎる。
「天然結界ブレイカー忍なら関係なく進入できるもんね。いやあ、こういう時便利だね、アンタの体質って」
「俺はスパイカメラか何かか」
結界が張られている区域の境目近くで待っていた私とイクスさんのところに忍が戻ってきた。心なしか、何かゲンナリしているような…?どしたのさ。
「何て言うかなぁ…。結界張ってる中ってああいう光景ばっかりなのか?…俺の落ち度じゃないよな」
「何をブツブツと…。もしかしてビンゴだった?怪しいモノあった?」
「お前と初めて会った光景を思い出したわ」
忍と初めて会った時?ああ、私が引き篭もっててまだ自宅に結界張り巡らせて誰も近づけないようにしてて…そんな中誰かさんが結界素通りしてドアを開けて…って。
「何で今思い出すのさ!!あれは忘れてよ、忘れなさいよ!!」
「あーはいはい忘れた忘れた。カギもかけずにだらしない格好で部屋ほっつき歩いてたオタク娘の裸なんて忘れた」
「思い切り覚えてるじゃないさっ!?」
「…どういう初対面だったのよ、アンタ達って」
イクスの呆れ果てた視線が突き刺さる。やめてくれ。まるで俺まで同類扱いするような態度は。
「って、何か騒がしくない?」
言われてみれば。ついさっきまで俺が様子を見に行っていた結界の向こうから大勢の、賑やかな声が聞こえる。と言うか声が聞こえるって事は…。
シャルに視線を送り指でジェスチャー。ポンコツの癖に察しは良いらしくさっきシャルが探し当てた結界の境目(と言っても俺には認識も出来ないが)に手を伸ばし、パタパタと2.3度腕を振ると両手を交差させてバツ印を作る。
「結界、いつの間にか解除されてる。怪しい侵入者でも発見したんじゃない?」
「どうやら、そうみたいだな」
騒々しい複数の声がどんどんこちらに近づいてくる。耳を澄ませていると段々、少しずつ騒音同然の声が解読できるようになってくる。
「誰だ姫様泣かせたヤロウはっ!!簀巻きだっ、簀巻きにしたらぁ!!」
「バカ野郎っ!生きたまま火炙りに決まってるだろ少しは考えろ!」
「熱くなりすぎるなお前達、賊に目的を吐かせるのが先決だ」
「って、あのメイド爆笑しすぎだろ…」
「…ロクな事になりそうにないな」
頭の上に「ウンザリ」って文字が見えそうなぐらいな忍の表情。どうやら、結界の中でロクな事しなかったみたい。
何をしてきたのか、いちいち聞きたくないから聞かないけどさ。
「どうする、逃げる?」
「んー…、身の安全の保証が出来ないから気は進まないが…、お前がいるなら多分大丈夫だろ」
「何企んでるのさ?」
顎に手を当てて数秒何か考えるような素振りを見せてからチラッ、とこちらを横目で一瞥する忍。何か思いついたみたいだから一応聞くよ?一応はね。
「いたぞっ!こいつらだっ!」
「兵を集めろっ、取り囲め!」
「簀巻きじゃ簀巻きじゃあ!!」
忍の作戦(?)を聞く前に、真っ黒なスーツに身を包んだガタイの良い、屈強そうな、ついでに言えばいかつい顔つきばかりの人たちが結界の内側からざっと見ても10人近く押し寄せてくる。
とにかく逃げようと振り返ると、私達が来た道からも同じように大人数の黒服男たちがバタバタと怒涛の勢いで迫ってくる。
完全に、挟み撃ちにされた形。もしかしてピンチだったりする?
「…どうするの?蹴散らす?」
「ゴリラパワーのヤンキーと火力無制限の固定砲台がいるから出来なくはないだろうが…」
「この状況でよく言えるね」
ま、実際私なら前後に1発ずつ魔術ぶっ飛ばせば片付けられるだろうけど。こんな狭い通路の中じゃ船体まで傷つけかねない。ここはやっぱり「怪しい人捕まえました」って忍を差し出すのがベストだろうか?
「お前、今俺を生贄にして助かろうと思ってるだろ」
「…マサカ」
「アタシは、半分本気で考えてるけど」
「薄情な奴らだ…泣けてくる」
台詞とは裏腹にしれっとした表情で、私達を完全に取り囲んだ鼻息荒い男たちの前で両手を挙げる忍。それを見て合わせる様にして私とイクスさんも、同じように抵抗の意思は無いという事をアピールする。
「よぅし大人しくしとけよ…。姫様泣かせた罪はヨコハマ湾より深いからな」
ヨコハマ湾ってそこまで深度無いと思うんだけど。
「とにかく簀巻きじゃ、簀巻きにしたらぁ!」
「炙りだ炙り!おい、誰かオリーブオイルもってこい!」
「ヤ〇ザか、お前ら」
左右から両手を掴まれ屈強な男たちにそのまま床の上に組み倒され、押さえ込まれているのに自分を囲んで息巻く男達に冷静なツッコミを入れる余裕はある様子の忍。
かく言う私とイクスさんも、女の子ということもあってか忍ほど荒っぽい扱いではないけど両手を掴まれ後ろ手に押さえられてる。…ちょっと痛いからやっぱりブッ飛ばしちゃおうかな…。
「神妙にしろ賊めがっ。ここを神姫様のお膝元と知っての狼藉か!」
「知らなかった上に狼藉働いてるのはお前らのほうじゃねえの?この状況」
「えっと、そこの真っ黒クロスケが何やらかしたのかは知らないけど、一応こっちの話も聞いて欲しいんですけど…」
押さえ込まれてるのに挑発するような忍の態度に黒服さん達がエキサイトする前になんとかこちらの事情を伝えないとなんだけど…駄目かもしれない。
半分諦めて、もういいから通路丸ごと吹き飛ばしかねないけど魔術かまそうかと思った矢先に、興奮している黒服さん達の後ろから、また新しく黒服姿の男がやってきた。
「落ち着けお前達。それでも誇り高き教会騎士か。恥を知れ」
「で、ですが隊長。こいつら姫様に狼藉を…」
「簀巻きに、簀巻きにするべきではっ!」
何でか1人だけやたら簀巻き押ししてる人がいるのが凄く気になるけど、後から来た人はどうやらこの人たちを束ねる立場の様子。屈強な男達とは違いスラッとしたスマートな体型に着こなされた黒いスーツは教会騎士と言うより商社マンみたい。
最も、それを取り囲むのが黒スーツに統一されたガタイの良すぎるイカつい男たちだから商社マンと言うよりインテリヤ〇ザみたいに見えてしまうけどね…。
「3人とも、見たことのある顔だな。…そっちにいるのは先日星界の皇女経由で姫の護衛依頼を受けたという何でも屋だったな」
「どうも、その節は」
隊長と呼ばれた男性はイクスさんから、私の方に視線を移す。
「そちらは魔術技巧専門学園のシャルトリュー・コラット嬢ですね。書類上ではありますが拝見した事がありましたので、すぐにわかりましたよ」
「はあ、それはどうも」
とりあえず掴まれてる私の手を解放していただけると有難いんですけど。
「…そちらも見たことのある顔ですね。なるほど、噂通り今はコラット嬢の御付、という訳ですか」
「生憎こっちは見覚えの無い顔なんだが…」
忍に面識が無いといわれた瞬間ピクッ、と隊長さんの口元がヒクついたのを見逃さなかったよ、私は。
やめてよね、過去に何か因縁がある人だったりするのは。コイツ過去に何やらかしてるか誰に恨み買ってるか全然わからない上にやらかしててもおかしくないから怖いんだよ。
「どうやら、姫様目当てと言う様子でも無いようだ。…まぁ、今宵この船に姫様がいらっしゃている事を知っているのは極々限られているのだしな」
そうそう、だからもう離してもらえません?私達は神姫さんに用は無いので…って言おうとする前に隊長さんは銀縁の眼鏡を指でクイッと上げながら、どこか意地の悪い声で私の希望を打ち崩す言葉を投げつけてきた。
「とは言え、結果的に姫様がここにいらっしゃる事を知られてしまった訳だ、このまま帰す訳にもいかないのでね。…3人とも連れて行け。特にその男は厳重に拘束しておけ」
「イエッサ、隊長」
「よし、やっぱり簀巻きだ」
忍が担ぎ上げられ、まるで荷物のようにエッサホイサと連れて行かれる。続いて私とイクスさんも腕を掴まれたまま、その後を追うように後ろに立つ黒服男達に歩かされる。
「しないとは思いますが、下手な抵抗はしないように。我々は神姫様の警護の為ならばある程度の権限を与えられている身ですので」
「こっちの話をちゃんと聞いて貰えるなら暴れたりしませんってば…」
「それは話を聞かなければ力ずくで打破する、という事でしょうか?」
「うん」
「…流石に我々もオルド最強の魔術師を敵に回すのは避けたいところです。もちろん、そちらの事情はきちんとお聞きしますのでご安心を」
そう言って携帯を取り出し、なにやら部下達に結界の再構築やら今のどたばた騒ぎに関する主催側や来賓達へのフォローの指示を出していく隊長さん。
連行されながら後ろを歩くイクスさんに、耳元で小さく囁かれる。
「上手くやったわね。ほとんど脅迫みたいなやり方だったけど一応これでこっちの言い分を聞いてもらえるわね。神姫相手じゃ、下手すれば問答無用で牢屋行きになってもおかしくないし」
「…え?別に本気でそう思ってただけなんだけど…」
そりゃあ、周りを気にしなかったら教会騎士相手だろうと負ける気は全然無いし…。
でもイクスさんは私の返事に大きく溜息をついてから、漏らすようにボソッ、と呟いた。
「大上も大上だけど、アナタも結構大概ね…実は結構似た者同士じゃない?」
「うぅ…もうお嫁にいけません…」
「まあまあ、そう落ち込まないで。安穏としているだけの日常にちょっとしたスパイスが効いてよかったじゃないですか?」
「ピリ辛どころかブートジョロキア位の刺激ですっ刺激強すぎますっ」
突然のショッキングな出来事からようやく立ち直りかけたところなのにカーリーさんはさっきから凄く楽しそうです。
堅苦しいドレスからワンピースに着替えた私はカーリーさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら焼きたてホクホクのビスケットにたっぷりとクリームチーズを塗っているところです。
美味しいおやつとお茶でさっきの衝撃的な出来事を忘れようと思っていたのに、そんな私の気持ちなんかおもいっきり無視してドアをノックする音と、それからすぐに佐里江さんの声が隣の部屋から聞こえてきました。
「センリ様」
「あ、はい?入ってますよ」
「お嬢様、トイレじゃないんですから…」
佐里江さんは身嗜みや立ち振る舞いに厳しい人なので、とりあえず口に入っているビスケットを紅茶で流し込んで呑み込んで、口の中を空にしてから、改めてお返事を。
「どうしました?」
「先程の賊を捕らえました。魔術技巧専門学園の者と先日ギルド経由で外部から雇われた何でも屋、如何いたしましょうか」
「学園、の…?」
思いがけない言葉が出てきました。来賓リストに書かれていた印象深い名前。本当に船に来ていたんですね。
「一応話は聞くつもりですが、姫様が仰られるのでしたら火炙りにしてしまおうかと我々で話ていたところなのですが」
「え、なにそれ物騒すぎ」
ほんとです。着替えを見られたからって火炙り…えっと、やりすぎ、ですよね?ちがいます?
「さすがにそれは駄目です佐里江さんやりすぎですっ!」
火炙りはやりすぎです。そもそも部屋の中でそんなことしたら火事になってしまいます。
慌ててドアを開けると佐里江さんたち、私の護衛をしてくれている教会騎士の人たちに囲まれて床に座らされている、ロープで縛られている見かけない人達の姿が。
両手を縛られている金髪の女の子と赤髪の女性。金髪の子は私と同じぐらいの年頃でしょうか。赤い髪の人は少し年上かもしれません。
「…えっと」
そして、そんな2人の間にグルグル巻きにされて床に転がされているのは、私がさっきほんの数秒だけ対面した、黒い服の男の人。
ええ、グルグル巻きです。他の2人が両手を縛られているだけなのに対して男の人だけ首から下、足首から上がミッチリとロープで巻かれてます。
なんとなく、エビフライを思い浮かべてしまいました。いくらなんでもこれはやりすぎじゃないでしょうか…。
「あ、もしかしてこの娘が神姫…?」
「え、あ、はい。センリ・トライファーです」
「姫様、不用意に人前に出てこないで頂きたい。貴女の存在は基本機密事項なのですから」
うぇ~…?でも、佐里江さんがさっき「センリ様」ってこの人達の前で呼んだんじゃないですか…もう、今更な気がするんですけど。
「えーと…とりあえず、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
このままだとこの人たちを何とお呼びすればいいか分からないので、まずはそこから。金髪の子と赤髪の女性は一度顔を見合わせてから。
「私はシャルトリュー・コラット。魔術技巧専門学園の学生です。この船には技術提供をしていたのでその縁で、ね」
「アタシはイクス。イクス・ブラーエ。とあるギルド経由で神姫の護衛依頼をされてた何でも屋です」
「で、床の上でジタバタしているコレは…」
シャルトリューと名乗った金髪の子が自分の隣で小刻みに転がっている男の人を何とも言えない微妙な表情で見下ろしてます。自己紹介の順番が回ってきたと、男の人も私のほうに振り向いて(と言っても体制が体制なのでうつ伏せの姿勢から見上げるような…首痛そう)、ついさっき聞いたのと同じ、今の状況に特に動じた様子も無い落ち着いた声で、一言。
「どうも、エビフライです」
「あ、やっぱり自分でもそう思っちゃってたんですね」
「やれやれ、簀巻きも炙りも免れたと思ったら人間エビフライにされるとは」
全身くまなくロープで巻かれていたせいであちこち縄の跡が残ってしまっている。俺、そう言う趣味は無いんだが。自分で言うのも何だが純度170%Sだと思うんだが。
「年頃の女の子が着替えているところにノックもせずにドアを開けたりするからそういう目にあうんだよ、因果応報。天罰覿面。自業自得」
「どこが何の部屋かもわからねぇし、いちいちノックなんかするかよ。コッソリ調べてたのに」
とりあえずはこちらの事情は伝え、俺やイクスの身元はともかくシャルの社会的地位(あったんだな。世の中狂ってやがる)が大きかったようで拘束も解かれた状態で3人揃って神姫と同じテーブルを囲んでメイドさんが淹れてくれた紅茶を啜っているところだ。
「お話は、大体わかりました。…佐里江さん。リヴァイア産業の方たちにも話を聞かせて頂くべきでは…」
「承知しております。すぐに行って参ります」
そう言って神姫センリの後ろに突っ立っていたイヤミそうな眼鏡男が神姫に一礼し、早速部屋を出て行こうとして…。
「部屋の外には部下を残してある。コラット嬢を信用はしているものの、くれぐれも粗相の無いように。…いいな?」
特に、その視線と言葉は俺に向けられたようだ。オルド史上俺ほど紳士的な男もいないと言うのに失礼な奴だ…よし、理不尽にこの姫さんおちょくろう。
「しかし思いもよらずシャルが役に立つな」
「見直した?」
「ポンコツなお前が楽しかったのに…もうあの頃のお前は居ないんだな…」
「え、やめてよ本気でガッカリするの。あ、でも遠回しにポンコツじゃないって褒めてくれてるってこと?」
「どれだけ難易度の高いツンデレなの、それ…」
ツンデレ呼ばわりされるのは心外なのでイクスのカップソーサーの上から添えられていた角砂糖を奪い取り自分のカップの中に放り込む。「まだ入れるの…」と若干引いてるような呟きが聞こえたが、無視しよう。
毎日家事全般をオレのような聖人君子に押し付けて自室に篭って怪しい作業をしているかと思えばそれなりに社会に貢献しているらしいシャル。
知る限り最近の発明品は「紙詰まりしにくいコピー機」だの「毛玉に引っかからないヘアブラシ」だの、1ヶ月もしたら100均ショップに並びそうなクオリティだが、確かに実績を積み重ねているようで他方から今回のようにある程度の信頼が置かれているようだ。
(肝心の本人の人間性と性格の難点は知らぬが花、ってヤツだけどな)
「しかし、まさかこうして神姫と顔合わせてお茶する機会があるなんてね。普通一生無い経験だよね、これ」
紅茶を啜りながらシャルはまだジロジロと向かい側に座っている神姫、センリに無遠慮な視線を送っている。まあ、スピーチのときはヴェールで顔もまともに見えなかったしな。
大ホールの壇上で見たときとは違いドレスではなく白いワンピース姿だしヴェールも無いので顔も当然丸出しだ。
見た感じだけならシャルと同じか、1.2つほど上ぐらいだろうか。青と言うより水色と青の中間色…しいて言うなら洗濯物がよく乾きそうな空色、とでも言うべきだろうか。長いか。じゃあ天色で。
何年伸ばしてるんだとばかりに腰まで伸びたその髪を襟足で2つに束ねており、初対面の得体の知れない面々と一緒にお茶しているというのに、自分の神姫という立場の重大さを理解しているのかしていないのか、どこか「ぽえっ」とした顔つきで緊張感は自宅の玄関にでも忘れてきているようだ。
「こちらも、こうして身の回りのお世話をしてくれる人たち以外と接する機会なんて、今まで数える程も無かったので凄く嬉しいです。特にシャルトリューさん。貴女が学園からの招待客だったなんて。一度お会いしたいと思っていたんです」
おやシャルの事を知っているとは、シャルが意外と有名なのかこの姫さんが好奇心旺盛なのか…ま、多分両方だろうが。
護衛や世話係以外と接触する機会が無いから嬉しい、と言いながらさっきから何度かこっちと目が合うと露骨に視線を逸らされるのは何でなんだろうな?
「シャルトリューさんの作った「毛玉に引っかからないヘアブラシ」。愛用しています。わたし髪長いので今までよく櫛をかけると引っかかっていたんですよ」
思わぬところで誰に需要があるんだって商品が供給されていたよ。流石にシャルもオルドの最高権力者が地味な発明品の愛用者と面と向かって告白されて「あ、はい」としかリアクション出来ないでいる。
「…過程はどうあれ、アタシはこれで神姫に直接接触出来た訳だし本来の仕事がやりやすくなりそうね」
「こっちはこれからどうなることやら…。神姫の権力で主催側が何企んでるのか暴ければ楽できるんだけどな」
「雅代さん、シゲマサ、ワシの杖どこにやったか知らんかのぉ~」
「…執事長の瀬葉さん、でしたっけ?持ってますよ、今。ご自分の手に」
「誰と間違えてるのか知らんがよりによってその名前はやめてくれ」
「…説明は以上だ。作動の際にはこちらから電話で合図を出す。いつでも起動できるように準備を整えておいてくれ」
俺の上司、尾居場班長にそう偉そうに指示しているのは、実際偉いのだろうパーティーの主催者であるリヴァイア産業支部長、マヨルとか言う魚顔のオッサン。
わざわざこんな船底の機械室までやってきてご苦労様なことで。
とは言え、整備員として乗船している俺達も船底に動力室とは別にこんな機械室があるなんて支部長に呼ばれて来て見て初めて知ったんだけどな。
「んで、この装置がどういうシロモノかって説明は聞かせてもらえないって訳ですかい?」
「企業秘密という奴でな。君達は指示通りにしてくれればいい。これは雇い主としての命令だと思ってくれ」
「得体の知れない装置がこんなところに隠すように積まれてたかと思えば胡散臭い指示たぁ。俺ぁ悪事の片棒担ぐ気はねぇぞ?」
製造スタッフの一員でしかない筈の尾居場班長は本来自分より遥かに立場の高い支部長相手にもいつも通りのべらんめぇ口調で食って掛かる。凄ぇな、あの人。ちなみに俺は給料下げられたりでもしたら困るので藪を突かない様に後ろで黙っている事にしている。文句あるか。
「心配しなくても、そんな不穏なモノではない。来賓に送るサプライズの1つ、とまでしか言えないが」
「…なら、いいんだけどよぉ」
「そちらの君…、君もよろしく頼むよ。上手く事が進めば手当ても付ける」
「マジで?了解ボス万事お任せを」
「アル公、お前なぁ」
こちとらしがない日雇いバイトだ。貰えるモノなら病気とコーヒー以外は何でも貰う気概で働いてるんだよ文句あるかげっ歯類オヤジ。
「頼んだよ。…そうだ、名前を聞いていなかったね。知っているかもしれないが私は今回のイベントの責任者をしているバグルス。マヨルだ」
「ああ、どうもご丁寧に。しがない日雇い風情に」
やれやれ、ようやくちゃんと名乗れる。チラッと一応尾居場班長を一瞥したけどアッチは納得して無いって顔でムスっとしている。
「俺はアルファ。苗字はまあ…家庭の事情って事で。もし呼びにくかったら気軽にこう呼んでもらって構いませんぜ」
「R、ってね」
ジワジワと豪華客船のクルージングの雲行きが怪しくなってきました。怪しい人たちがいっぱい乗ってますからねえ。むしろ怪しく無い人は乗ってるのでしょうか、カオスな船旅ですね。
ようやく対面した大上、シャルコンビと神姫センリ。相変わらずのファーストコンタクトとフラグブレイク。ブレません。
ちなみに整備班長の尾居場さんは定期的に何かを齧らないとイライラしてしまう種族特有の体質らしく船内に閉じ込められる形での作業についつい手に持っていたスパナを齧ってしまうそうです。
現時点で多めに予備を用意していたスパナも4本ダメになっています。すげぇ前歯だなオイ。




