悪戯猫と箱入り猫・その3
Q.「無人島に1つだけもっていくとしたら?」
・シャルの答え・
「自宅」
「無人島で引き篭もる気か」
・マキナの答え・
「マスター」
「俺を道連れにするな」
・モプシーの答え・
「えっと…いきたくないです…です」
「質問を完全否定しやがった」
・ウリの答え・
「飛んで帰れると思いますから…」
「せめてボケろよ」
「けほっ…、本当にありがとうございました。結局ここまで手を貸して頂いてしまって。なんとお礼を言えばよいか…」
鈴蘭と名乗った露骨なぐらい病弱そうな娘を連れてホールに戻ってくると、丁度パーティーが始まる頃合だったみたい。
「あんなフラフラな娘を放っておけないって。気にしないで。…それより本当に大丈夫?医務室とか行った方がいいんじゃ…」
「いいえ、ちょっと頭痛と眩暈と倦怠感と咳が止まらないだけですので…」
「もう一度言うよ本当に大丈夫?」
「ええ、私いつもこのような調子ですので…。今日はむしろ体調は良い方ですよ、吐血もまだしてませんし」
「もっかい言うけど本当に大丈夫!?」
聞けば聞くけど不安要素をモサモサと広げてくれる娘だ。ちょっと押したらそのままポッキリ折れてしまいそうな儚い雰囲気。…さっき一瞬感じた異様な気配は気のせいだったみたいだね…。
「ものっそい心配だけど…もうパーティー始まるみたいだし私も連れと合流しないと。…そっちは誰かと一緒に来たの?」
「お気遣いなく。私も会わなければならない人がいますので。…重ね重ね、本当にありがとうございました」
「気にしないでいいってば。じゃあ、よかったらまた会おうね」
彼女の事は気がかりだけど、あっちも連れがいるだろうし、私は私で確かめなければいけない事もある。…ついでに忍とも合流しないと。
チラッと振り返ると鈴蘭は細い腕をフリフリとまだ振って微笑みながら見送ってくれている。…良い娘だなぁ。このセレモニーに出席しているんだからきっと彼女もどこかの企業か何かの関係者なんだろうけど。
(上品な振る舞いだったし、重役の令嬢とか、そんなところかな?正にお淑やかって感じで。まるで黙ってるマキナさんみたいな)
「みふしゅっ」
「あぅっ…!び、びっくりしました…風邪ですか…ですか?」
「いフぇ…、噂されタヨうふぁ…もひゅモひゅ…」
「忍さんのシーツ、あんまり齧らないほうが…」
「ふふ…、そうですか、彼女が件の「猫」ですか…」
彼女と別れた後、すぐに船内ホールの照明が落とされアタリが突然真っ暗になってしまう。どうやらパーティーが始まる様子…。だけど、私がここに来た目的はもちろんこのまま只楽しむ事ではありません。
「あの方」から与えられた私の今日の任務は2つ。だけど思わぬところで会いたかった人に会えました。これも運命、なのでしょうかね。
(シャルトリュー・コラット。「あの人」の興味を引く娘…。そう、あの娘が、…ね)
携帯電話の画面を開いて前以て保存しておいた「猫」の記録写真を開く。間違いない。ついさっきまで言葉を交わしていた、あの娘だ。
(「あの人」の心を占めて良いのは主様だけ…。駄目ですよぉ…あの人を誑かしては…そんな悪い、悪い泥棒猫さんには、お仕置きしないといけなくなっちゃうじゃないですか…)
任務ではないけれど、仕方ないですよねぇ?だって、悪いのはあの娘なんですから…。これはあの人の為、延いてはあの人が崇拝する主様の為にもなるんです。
だから、仕方ないですよねぇ…?
「ちょっと、「事故」が起きても…「アクシデント」があっても、不可抗力ですよねぇ…?そうですよね、ふふ…、むふ、むふふふふふふふふふ…」
「むふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…」
「ちょ、そろそろパーティー始まるからってステージ前に来て下さいってあそこの娘に伝えにいけよ…!」
「無理っすよ…!なんか虚ろな目でブツブツ言いながらトリップしてるし…センパイ、俺マジ怖いっす! なまじ美人だからなお怖いっす!」
「このビビリ野郎が…、仕方ない、俺たちは見なかった事にして他の来賓のところに回るぞ!」
「センパイ、マジ格好悪っす…」
「あ、そろそろ始まるみたいね」
「早めに解放されて助かった。折角の豪華客船のパーティーなのにあのまま人気の無い倉庫にでも監禁されるかと思ったぞ」
「アンタねぇ…」
〔皆様方、長らくお待たせ致しました。これより主催、リヴァイア産業より開幕の挨拶をさせて頂きます〕
イクスの不満声に割り込むようにしてホール中に響くマイクの音声。どうやらようやく開始みたいだな。やれやれ、あやうくこちとらヤンキースタッフにカツアゲされるところだったじゃないか。
照明の落ちたホールで、壇上にライトが当てられ照らされる。灯りの下、来賓達の前に姿を現したのはこのパーティーの主催者であろう、黒いスーツ姿の3.40代といった感じの小太りの中年。さすが海運業で有名な企業だ、社員も海生系統で揃えているのか知らないが壇上の男には耳の部分にエラが、手にはヒレがついておりよく見てみれば肌にもうっすら赤みがかった鱗が生えている。
ついでにその部下なのか秘書なのか、ありきたりな言葉を並べてスピーチし始めた魚親父の後ろにヒョロッとした細身の、当然だろうがこれもまたスーツ姿でタブレットを両手で腹の前あたりに抱えた、こちらは30代前半といった見た目の男。
どうやらこの2人が今回のパーティーの主催側のメインキャストのようだな。
「あれが今回の主催者。リヴァイア産業クルージング部門の責任者、魚人のパグルス・マヨル支部長。後ろに居るのは支部長補佐のウルメ係長。どちらも短期間で新規に進出したクルージング商売で売り上げを引き上げているやり手って噂よ」
「説明どうも。…要するに商売上手な真鯛と鰯って事か」
「直火で焼いても美味しそうには見えないけどね。不自然なぐらいの羽振りの良さだから裏で何やってるんだか、っていうのがもっぱらの噂よ」
そりゃあ新分野に手ぇ出してこれといったトラブルも起こさず異様なスピードで業績上げてたら黒い噂ぐらい立つだろ。妬み半分に同業者が流すデマってのが大体のオチだが。
「ま、実際只の凄腕商売人ってだけかも知れないだろ。第一、実は悪人だったりしようが俺には関係ない話だ。それとも、お前の依頼内容ってのはあの魚親父に関することか?」
「…それぐらいなら、よっぽど良かったんだけどね…」
何やらイクスは憂鬱そうだ。どんだけ面倒な仕事なんだよ。まあ、それこそ俺には関係ないけどな。…くれぐれも巻き込むなよ?
「まあいいわ。この際だから教えてあげる。だから…」
「手を貸せ、なんて寝言言うつもりならまずは布団に入って寝てから言えよ?」
「…。…あー、えっと…。ち、違うわよ、そんな事言う訳ないでしょ!」
だとしたら、数秒の妙な間は何だったのか教えてください。気になります。
〔本日は本船、『TNN号』にお越し頂き真に感謝の限り。早速船はヨコハマ港を出港、ヨコハマ湾内を一周する形で12時前には戻る予定になっております。短い時間ではありますが、今宵は皆様御緩りと、我が社が誇る最新鋭の客船をお楽しみいただければ幸いであります〕
「…なあ、『TNN号』って何の略称だ?」
「ああ、人間界に昔実在して事故にあって沈没した有名な客船から取ったらしいわよ」
何でよりによって沈没した船の名前を採用するんだよ…。
「ちなみに正式名称は『タイタニックのようにはなりたくない号』だってさ」
「願望かよ」
やばい、俺もうここから降りたい。とは言えガクンと大きく船体が揺れ、どうやら一足遅く本当に船が港を出航してしまったようだ。
主催であるリヴァイア産業のマヨル支部長のスピーチが終わり、魚親父が壇上から身を引く。パーティー開始かと照明が戻るのを予想していたが、まだ灯りが戻らない。なんだ、闇鍋ならぬ闇宴か?
〔と、まぁ。私のようなむさ苦しい中年の話などこれぐらいに。本日はこの場にサプライズゲストをお招きしております。もうしばしの間、お足元の暗いままご容赦ください〕
「サプライズゲスト?」
「…ま、すぐに分かるわよ。誰でも知ってる人物だと思うし」
イクスはどうやら知っている様子だ。何となく嫌な予感がするので、ゲストと言われてどよめく会場中の来賓達の超えにまぎれるように小声でイクスに耳打ちする。
「まさか、シレーナ・カンタンテとか言わないよな」
「彼女だったら、どれだけ気が楽だったか…。ああ、でも、ヒメロの事を考えるとシレーナの方が気が重いか…」
「お前、前から聞きたかったがヒメロとどんな関係だったんだよ」
「…別に、ちょっとした知り合いってだけよ」
どうやら詳しい話をする気は無いようだ。こちらとしても別にどうしても知りたいって程の事じゃないのでそれ以上問いただす気は無いが。
「ああほら。そんな事よりご登場よ。「彼女」が、私が依頼された仕事相手よ」
イクスの言葉に壇上に視線を戻す。一旦切られたライトが再び壇上に灯され、小太りの磯臭そうな魚人中年とは打って変わり、そこに立っていたのは若い女性の姿。
淡い水色の、幅広の裾が印象的なドレス。肩やスカートにラインを走らせるようにレースが縫いつけられている。頭の上から顔を覆うように被せられたヴェールからはドレスと合わせたような水色の髪と、口元しか見えず女性である事と精々20代ぐらいかと予想するぐらいしかできない。
しかしそれでも、そんな全く顔も分からない姿でも、あのままの姿を俺はあちこちで見かけた事がある。いや、多分オルドに済む者なら誰もが1度は見た事がある筈だろう。
「…サプライズゲストって言うには、聊か気張り過ぎじゃないか?リヴァイア産業」
「全くよね。どんなコネがあるんだか…」
『神姫』センリ・トライファー。事実上、この世界においての現最高権力者と言っても過言ではない人物が、縁起でもない名前を付けられた客船の大ホールに姿を現した。
〔ご紹介に預かりました、センリ・トライファーです。この場をお借りして皆様のお時間を取らせてしまうご無礼を、まずはご容赦ください〕
神姫の登場にホール中がどよめき始める。照明の落とされたパーティー会場の中、唯一ライトに照らされる壇上の上に姿を現したその人物は、誰もが雑誌やTVで見たことのある姿。
様々な世界が混ざり合って成り立っているこの世界。統合世界として今のように纏まるまでに一番論議が続いたのが「統治者」についてだった。
王族制がある世界もあれば民主制の世界もあるし、何より「どの種族が上に立つか」という問題になれば当然激しい争いになる。世界の逆徒という共通の敵のお陰で一時は纏まり掛けた5大世界も、この論争で再び大戦争になりかけたほどだしね。
戦争寸前までに至ったこの問題を解決したのが他でもない、この『神姫』だった。
「どの世界の者が統治者になっても角が立つのなら、どの世界のものでもない人物にすればいい」
長い月日をかけて話し合われて出された結果、出された結論がそれだった。
様々な世界が繋がってしまい、異世界同士の架け橋むとなる境界線。今で言う門にはオルド設立時から今に至るまで解決されていない、ある「問題」が1つだけ存在する。
それが1000年以上もの間、社会問題となっている『イレギュラー』問題。
イレギュラーとは名前の通り「異端者」。繋がった5つの世界、そのどこからでもない世界から迷い込んできてしまった者の事を呼ぶ名称。
9割方は知恵も言葉も持たない魔物だったり妖魔だったりするのでイレギュラーと言えば『魔獣』というのが専らの一般人の認識だろう。
けど、極稀に。それこそ数十年に1度ぐらいの頻度でだが私達と全く同じ「人」が門からオルドへと迷い込んで来てしまう事件がある。
オルドの門は様々な手順が必要ではあるが、繋がっている各世界の行き来は可能になっている。けどこういったイレギュラーの場合、元の世界に戻してあげる事は現実的にほぼ不可能というのが現状だったりする。
それもその筈、5大世界以外の何処に繋がっているかもわからない異空間に放り込んでしまって元の世界に戻れる確立なんて、限りなく0に近い。
そういう事情もあり、迷い込んでしまったイレギュラーは各世界の代表が集められた居住区、今で言う「王都」にて丁重に保護されていた。
そのイレギュラーを統治者に祭り上げる事で各世界どこに対しても波風を立たせることなく長年オルドを悩ませていた問題を解決した、と言うのが教科書にも記載されているこの世界の歴史だ。
以来、オルドに迷い込んでしまったイレギュラーはオルドという世界に呼ばれた「神姫」として神格化され、各世界の代表者達の力添えもあり代々オルドという世界の代表、統治者として祀り上げられている。どういう理屈か分からないけどオルドに迷い込んでしまった「神姫」は今まで1人として例外無く全員「女性」だという事実もあり、オルド住人達からの支持もより集めやすかったみたい。
本人達からしたらいきなり見ず知らずの世界に放り出されて勝手に宣伝広告扱いされるのだから、どれだけ好待遇でも内心ではどう思っているのか怪しいところだけど。
(要するに、そんな偉い人が豪華客船の中とは言えノコノコ人前に出て来ちゃってる訳だよ)
ろくに顔もわからないけど、多分私とあんまり変わらない年齢っぽい。ヴェールで顔が隠れてるので髪の色ぐらいしか分からない。「神姫」はメディアにも素顔を全く見せないしね…。ミステリアスなイメージを保ちたいのか、それとも実はルックスに自信が無い…とか?
…おっとと、思わぬサプライズゲストに確かに驚かされたけど、ホール中が暗い内に忍をさっさと見つけないと。またろくに知らない人たちに囲まれてもみくちゃにされるのなんて御免だしね。
周囲に注目されないように、手の中に小さく、ごく小さく近くを照らせる程度の光球を魔力で作る。普通なら魔力を探知すれば一発なんだけど…。魔力の波長どころか魔力そのものが探知できない忍はこういう時に本当につくづく面倒だよ。お陰で足元も覚束ない中視認で探さないといけないんだからさ。
来賓客達がステージ上のセンリ・トライファーに気を向けている内に小さな灯りを頼りにホール内のテーブルを回っていく。
何というか、面倒な事にならないようにするために忍を連れてきたのに私、今物凄く面倒な事になってるんだけどこれはどういう事なのかな?とりあえず見つけたら蹴飛ばしてやろう。…蹴り返されるんだろうけどさぁ、どうせ。
「おー、パーティー始まったみたいだなぁ」
何やら上の方が騒がしくなってきた。時間からいって予定通りホールでパーティーが開始されたようだな。
今頃招待されたVIPは豪勢なメシやら酒やらはたまたコンパニオンやらで楽しくやってるんだろうな、なんて考えると逸れに比べて自分はこんな薄暗くて油臭くて湿ったところで何やってんだろうって思っちまう。
「狭っくるしいしゴウゴウと音は煩ぇし微妙に肌寒い上に中腰で作業するから腰痛になりそうだし…パーティー参加者と雲泥の差すぎだろ。世の中どうしてこんな不公平なんだよ責任者出て来い簀巻きにしてやるコノヤロー」
「口より手ぇ動かさんかボンクラ。さっきからウダウダうるせぇ!」
「…しかもこんな偏屈なムッサいオッサンと2人きりだしよ…」
ここは何処かって?客船『TNN号』の船底にある動力ルームだよ。エンジンや制御装置がある場所だな。
お前は誰かって?見ての通りの整備員だよ。…日雇いだけどな。日当4万に目が眩んだ結果がこの状況だよ。
「アル公、そこのチェックが終わったら第2タービンにいくぞ。工具置き忘れたりするんじゃねぇぞ」
「そのテキトーな呼び方やめろっつのオヤっさん」
俺より一足先に作業を終えて工具を箱に片付け、次のチェック場所に移動していくのは本日の俺の上司でありパートナーの尾居場整備班長(御歳40歳。魔鼠族ビーバー種)。俺と同じ緑色の作業ツナギに身を包んだ首から上だけげっ歯類の職人気質オヤジだ。
「目上のモンにタメ口叩くわ愚痴ばっかり喚なガキには上等すぎる呼び方だろうが、ボンクラ」
「あー畜生、今からでもホールスタッフに回して貰えないか頼みにいくかね…同僚のネズミーオヤジが横暴すぎますって言って」
「俺の権限で日当下げてやろうか」
「よっしゃ終わりましたぜ班長。この調子でバリバリ労働の汗を流しましょうか」
「現金なヤツめ」
放っておいて下さい。いろいろと入り用なんだよこっちは。嫁もいない独り身のガンコオヤジと違ってなぁ。
ま、俺も彼女とかいないけど。
「しっかしまあ、最新式の船って聞いてたからどんなモンかと思ったけど」
周囲を見回せばどこの船でも使われている、特に変哲のないエンジンや動力パイプ、確かにこの巨大な豪華客船を運航させるだけあってなかなかお目にかかれない規模のモノではあるが、これといって特別なモノが載せられている風でも無い。
「どれだけ技術が進歩しても、こうして直接人の手をかけなきゃならんモンさ。若ぇモンは直ぐ楽したがるからいけねぇ」
「俺もそれほど楽して生きてる訳でも無いんだけどなぁ…」
「ほれアル公。まだ4箇所回らないとならねぇんだ。さっさと手ぇ動かせ」
「だからそのテキトーな呼び方やめろって。いいか俺の名前はなあ…」
「タービンは俺が見るからお前はそっちのモニターで起動魔力の数値をチェックしてろ」
「名前ぐらい言わせろよ!」
「ふぇぇえうぇぇえ~…」
振り仮名たっぷり振られたカンペの内容をただ読み上げただけでしたが、なんとか終わりました。壇上でたくさんの人たちの視線を一斉に浴びるのは、何度経験しても慣れません…。
「あーらら、今にもソファの上で蕩けてジャムになっちゃいそうな声ですねえ」
メイドのカーリーさんがクスクスと楽しそうに笑いながらTNN号の船内の一室、貸しきった区画の1つにある私にあてがわれた控え室兼自室に戻ってきた私を労うお茶を出してくれる。
ああ、暖かい…。空調は利いてるけど露出の多いドレスでしたし、少し体が冷えていたみたいです。窓から見える外の景色は既に出航しているせいで夜の真っ暗な海しか見えず、遠くに街の灯りが見えるぐらい。
「無事に終わって何よりですね。動物園のパンダみたいな晒し者スピーチも終わったことですし、後はゆっくりしていればいいですよ。ほら、厨房のオーブンを借りてビスケット焼いてきましたから」
「チーズ、乗せてもらえます?」
「はいはい。クリームチーズもちゃんとありますよ」
「わーい」
さっきまでずっとたくさんの人たちの前で緊張しながら必死にカンペに注がれる視線をヴェールで隠してスピーチしてたのでお腹も空いたし喉も渇いてます。さっきカーリーさんの口から割とひどい物言いが聞こえた気がしますけど、いいです。
無事に終わったと言ってましたけどよりによって最後の〆の言葉をちょっとだけ噛んでしまったことは、流石に内緒にしておきます。
「あ、そうそう聞きましたよ。よりによって最後の最後で噛んだんですってね」
「にゅふぅっ!?」
熱いです…ビックリして淹れてもらったばかりの紅茶を零すところでした…。
「この後もパーティーを楽しんでくだしゃい、とか言っちゃったんですってね。ドジっ娘神姫って来賓の方々からも割りとウケが良いって佐里江さんが言ってましたよ」
「どうして喋っちゃうんですかぁ!?」
「え、面白いから…では?」
真面目に考えてこたえないでください…。みんな私に良くしてくれるのは嬉しいんですけど時々微妙に意地悪な気がします…。
「まあ、神姫としてのパフォーマンスも終えたことですし、後は自由時間じゃないですか」
「貸切にした区域の中以外には出歩けない、狭い自由ですけどね」
「ま、それは仕方ない事でしょ。今更言ったところで。…はい、焼き立てビスケットのクリームチーズ乗せですよ。太らない程度にどうぞ」
「最後の一言はたぶんいらないと思いますけど、いただきます」
カーリーさんがビスケットの乗ったお皿をソファの前のテーブルに置いてくれる。焼きたての香ばしいにおいを漂わせるカリカリのビスケットの上に真っ白なクリームチーズがたっぷり塗られてビスケットと接している部分が早速ほんのり溶け始めてる。
「ああ、そうそう。食べるなら先に着替えたらどうです?折角のドレスが汚れちゃいますし、食べにくいでしょ」
「それもそうですね」
確かに、コルセットでお腹と腰ぎっちり締め付けられてますし、幅の広いスカートは座るのにもじゃまですし。
「では、部屋で着替えてきますね」
「はいはい。お1人で大丈夫ですか?」
「それぐらいできますよ。さすがに」
いくらなんでも着替えぐらいは1人でできますよ…私のこと何にも出来ない子だと思ってません?…まあ、確かに出来ないこといっぱいありますけど。
ソファの上に外したヴェールを置いて控え室の奥にある部屋、自室としてあてがわれたところへと移動する。
控え室に使っている部屋だけでなく船内通路に直接つながっているドアもあるけれど、貸切にしている区域な上に念を押して関係者以外が近づけないように結界まで張られているので、無用心だと怒られそうですけど鍵はかけずにおいてます。
まあ、万が一外に出られたりするチャンスがあった時にすぐに外に出られるように、という意図なんですけど。
「お、いたいた。どこほっつき歩いてやがった野良猫」
「いきなりいなくなったのはそっちでしょ野良犬!」
『神姫』の演説が終わりホール内に灯りが戻るとすぐに忍と合流できた。さっき忍を連れていった客船のスタッフと一緒に、まるで私の方がはぐれたような言い方をしてくる。むかつく。
「お前基本的に人見知りで引き篭もりでビビリで臆病でチキンでアッパラパーなんだから介護者から離れるなよ。首にリードでもつけておくか、ん?」
「オブラードに包みようがない規模の暴言が脊椎反射で乱射されるよね、忍の口って。エビフライでも突っ込んであげようか」
さっき近くのテーブルから取り寄せた揚げたてホクホクのエビフライを突き刺したフォークを向けてあげる。隣にいるスタッフの女性が、なんとも言えない表情で私たちのやりとりを見てるけど、気にしない。これが私達の日常会話なのです。
「…ふむ、悪くはないな。まあいい、それよりお前がこの船に来た目的ってのをそろそろ喋れよ」
突きつけたフォークに刺さったエビフライを顔を寄せて躊躇なく「おぐっ」と一口した忍。
…これじゃあまるで私が「あーん」したみたいじゃないのさ。
「…確かめたい事がある、って言ったでしょ?」
「だから何をだよ」
「この船の機能に関して、よ」
TNN号の建設に私もちょっとだけ関与しているという事までは忍には説明済みだったけど、もう一度、もっと詳しい話をしておこう。
「ああ、お前が動力炉部分の補助術式を提供した、ってヤツか」
「そ。運転動力に転換する効率をスムーズにするぐらいの本当に補助的なモノだけどね。その際にリヴァイア産業の人から提供されたこの船の予定スペックにも目を通してたんだけどさ…」
「…あー、なんか予想出来る展開だな」
流石は無意味に察しの良い狂犬。もう気付いたみたい。
「実際完成したこの船のスペック、おかしいんだよ」
「って言うと、具体的には?」
と、今度は今までずっと黙って聞いていただけだったスタッフの女性が口を挟んでくる。思わず忍に目配せすると「構わず続けろ」と無言で小さく頷かれた。
「私の作った補助術式を使えば、もっと出力が出る筈なんだよ。さっきだって出航の際に船が揺れたでしょ?あんな事すら起きない筈なんだけどさ…」
「そう言や、最新鋭の豪華客船って大風呂敷掲げた割りにグラッと来たよな」
「予定していた船体機能に追いつかなかっただけかな、と思ってリヴァイア産業の企業内サーバーに入ってデータを確認してみたりしたんだけどさ」
「ははっ、サラッと犯罪自白してやがる」
「大丈夫だよ、バレてないし痕跡消したし」
「そういう問題なんだ?」
本題はこれからなんだから細かい事にいちいち突っ込まない。
「設計は何の問題なく、予定通り全部出来てるんだよ。でも私の術式が使われていない。でも確かに私は補助術式を渡してある。つまり…」
「普通に考えれば、「全く別の意図に使われている」って事だな。お前の作った作品がカスすぎて使い物にならなかった、って言う事も考えられるけど」
「何言ってんのさ、天才美少女魔術師の私が作ったんだよ?完璧最強最高無敵国士無双に決まってるじゃないさ」
「あはは、妄想は口に出すものじゃないぞ」
「哀れみに満ちた言葉を母親のような優しい声で言うんじゃないよ!その口にミートボール押し込んであげようか!」
エビフライと一緒に盛り皿から装っておいた肉汁たっぷり甘辛タレのミートボールをフォークに突き刺して突きつけてやる。あ、食べられた。
「…ふむ、なかなか。要するに自分が折角提供したモノが得体の知れない使われ方してそうだからわざわざ来たって訳か」
「船体完成の報告メールが入ってたから何となく出来を確認する程度にデータを覗いただけなんだけどね。そうしたら、ちょっと不可解な事になってた、って訳よ」
「意外と真面目というか意外と職人気質と言うか意外と熱意持って仕事してたと言うか…」
どれだけ私に意外性を抱いてたのさ?アンタが勝手に人の事をニートだのポンコツだのレッテル貼り付けてるだけじゃないのさ。本気で感心されてるから尚更ムカつく。
「で、この船の設計の責任者がパーティーの主催でもある、さっきスピーチしてたバグルス・マヨル支部長。直接聞いてみたかったんだけど挨拶が済んだらどこにも姿が見えなくてさ…」
「もしお前の術式を使って何か企んでるなら、本人来てれば鉢合わせないようにするだろ。それに会っても正直に教えてくれる保障は無いと思うがな」
「…成る程、ね。それがそっちの目的なんだ」
一通りこちらの話しを聞き終えたスタッフさんが、まるで少し安心したように小さく呟いた。
「そっちは『神姫』絡みじゃないって事ね。…主催側が何か企んでる節があるとなると益々厄介になりそうね、こっちの仕事は…」
「それ以前に、どうやってオルド随一の権力者に接触するんだか。どこのアホだよ、そんな無茶振り注文したの」
「えっと…そろそろそっちの女性、紹介して欲しいんだけど」
忍とスタッフさんの間だけで私の知らない話が進んでいる。あの、その狂犬ウチのなんですけどー。一応私の連れなんですけどー。
「ああ、そう言えばそうだったな。「前の一件」ではお前ら面識無かったよな」
忍が咳払いして、私とスタッフさんを向き合わせる。私より頭一つぐらい背の高い、それでいて胸元に至っては2周り3周りぐらい差のある美人さん。ちょっと性格キツそうな雰囲気もあるけど、横に居る誰かさんがキツいなんて次元をフルスロットルで振り切っているからそれほど気にならない。
なんだ、胸か?重要視されるのはそこなのかっ?
「コレはシャルトリュー・コラット。割と有名らしいがぶっちゃけ俺にとっては日常生活退廃しきったオタ趣味全開の通称ポンコツだ」
「おいこらちょっとまて」
「で、コッチはイクス・ブラーエ。シレーナの件に絡んでた何でも屋を装ったヤンキー娘だ」
「簡潔かつ毒を混入した紹介の仕方ね。ハッ倒していい?」
「いやはや、よもやコラット嬢が直接やってくるとは思いませんでしたな」
「ああ、全くだ。自宅に篭ってばかりで目立った場所に出たがらない事で有名だったしな」
「如何しますか支部長。「あれ」に感づいて来た、という事も考えられますし…」
「あまり迂闊な真似もできない。何せ今この船には「神姫」まで乗っておられるのだ。今は、まだしばらく様子を見ておけ」
「今は、ですか」
「万一の事態になれば「例の物」を使う事になるだろう。「神姫」を巻き込む事になってしまうが厄介者達を一掃出来るのなら仕方が無い」
「そうですね…。『第三工房』にまで手を貸して頂いてる以上、失態は犯せませんし…」
「その通りだ。ウルメ、念のためにいつでも「起動」できる用意を整えておけ」
「御意のままに」
とりあえずシャルにはイクスと知り合った経緯と彼女が「神姫」の護衛依頼を受けている事を教え、お互いこの船に乗った目的を確認しあった。
イクスは自分に依頼が来た事を「神姫」の護衛を担当している『教会』に伝えたところ、パーティースタッフとして紛れ込んで船内警備を、と指示されたらしい。
…それって遠回しに「邪魔にならないところで適当にやってろ」って意味じゃねえの?
「でもおかしくないか?護衛を依頼しておいて肝心の護衛対象に近づけさせないってのも。…まあ胡散臭いヤンキーを「神姫」の側にやったら教育上悪影響だろうけど」
「アンタいい加減にしないとアタシだって流石に泣くよ?」
「忍は誰に対しても一言無駄に心に突き刺さる言葉を付け足すのが悪い癖だよね」
自覚はしている。つい意識的に言ってしまいます反省はしない。
「ああ、それとアタシに依頼をしたのは教会でも「神姫」でも無いわよ。妙な事なんだけどさ」
「意味わからん。「神姫」の関係者以外が勝手に護衛を頼んだってのか?」
「依頼主を聞いたら、アンタ達もビックリすると思うけど」
自分がどれだけ厄介な仕事を注文されたか思い知れ、とでも言いたそうに口元を歪めるイクス。てか何だ、その嫌な前フリ。『ロキ』からでも注文受けたか?
「『星界の皇女』よ、アタシに依頼をしたのは」
「ぶっ」
流石に予想してなかった名前が出て思わず変な声が出た。畜生。
「オルド1.2を争う大ギルドからの直接の依頼なんて、イクスさんてそんなに優秀な何でも屋なの?」
「そうは思えないけどな。前に仕事失敗してたじゃないか」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
「もちろん俺のせいだが?」
「窓の外から海に放り投げてあげようか」
胸倉を掴もうとしてくるイクスの手をぺちっ、と払う。しかしまあ、今日は「神姫」と良いポンポンとビッグタイトルが出てくる日だな…。
「それ、本当に『星界の皇女』からなのか?名前だけ語った悪戯ってオチじゃないのかよ」
「アタシだってそう思ったわよ。でも依頼メールが送られた翌日、証明だとばかりにアタシの所に直接ギルドの人が来てね。ギルド証明書も見せてもらったし」
それも偽造なんじゃないか?そもそもお前さんみたいな特に有名でも優秀でもない中途半端な何でも屋を名指しするんだか。その時点で胡散臭さ全開すぎだろ…。
「ほら、その時名刺も貰ったし。ギルド組合に尋ねたら確かに在籍している人物だって」
そう言ってその時渡されたと思わしき名刺をポケットから取り出してみせるイクス。どれどれ、と俺とシャルが同時に覗き込んで…。
「ぶっ」
「忍、汚いっ」
「悪い」
また変な声が出たじゃないか。…ああ成る程。確かにこれは「本物」だよ。「元団員」が保障する。
名刺に書かれていた名前は、俺もよく知る男の名前だった。とは言えあまり好意的な記憶の無い相手だが…。
ギルド『星界の皇女』団長補佐。フウ・マエカド。
ギルドの事実上NO3だった男。
そして、俺が『星界の皇女』を抜ける事になった要因の一つでもある男。
シャルの付き添いで乗船したこの「TNN号」で、既にシャルだけでなく俺自身まで水面下で始まっていた「事件」に巻き込まれていた事など、この時点ではまだ知る術も無かった。
登場人物が増えると話が長くなりそうなのでマキナやモプシーをお留守番させたのに結局登場人物がゴロゴロと増えてしまいますね、どうしようこのジレンマ。
今回初登場したのはリヴァイア産業のマヨル支部長とウルメ係長。そして整備スタッフの尾居場班長と日雇いバイトのアル公(仮名)。はたして本筋に絡むのか?絡まないのか?どうしよう。
置き去りにされたマキナはしばらく大上のベッドでゴロゴロモフモフした後シーツを抱きかかえたままメソメソしながら不貞寝してしまいました。
一方モプシーは普段どおり畑の手入れをして自室に戻り、やっぱりこちらも寂しくなってメールを送ったら「圏外」とメールが返ってきてしまい、結局不貞寝したそうな。




