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魔術師と歌姫と温泉卵のせうどん

「いい加減その刀に名前つけようよ」


「いらないだろ別に」


「いるよっ、文章的に」


「メタい。…例えばどんな?」


「アルティネイションクリティカルセイバー」


「長くてイタい。むしろそれ必殺技名だろ」

 「…報告は以上です。今後は如何いますか、社長。『歌姫』は力を失った以上我々も『ロキの尖兵』も今回は完全に無駄足になってしまいましたが」


 蓮華ちゃんの事後報告を湯上りに聞きながら目の前の御盆に並べられた旅館自慢の海鮮料理に、どれから箸をつけようかと考えていると、案の定「聞いてますか社長」と蓮華ちゃんに怒られました。


 「ええ、もちろん聞いてますよ。あ、やっぱりお刺身からいくのが無難でしょうかね。お鍋のほうはまだ熱いでしょうし…ねぇ」


 「社長、いち早く報告を聞きたいから、なんて言って本当は温泉旅行に来てますよね、普通に」


 「あらあら、そんなことはありませんよ?ちゃんと聞いてますってば。…海老はお醤油より塩がいいんでしたっけ?」


 「…その辺にしておけ。話が進まない」


 あら、今度はブレードさんに怒られました。…2人とも折角の温泉宿なんだしもっとリラックスすればいいのに…。蓮華ちゃんも今は浴衣姿(無理やり着せましたけど)でくつろいで(?)いるのに、もう1人の護衛役さんは相変らず無骨で無粋な黒コート姿で部屋の隅に鎮座してるし…。あ、お鍋が噴きそう。もう蓋取っちゃっていいんですよね。


 「…『歌姫』の力を奪ったのは多分(アール)さんでしょうね。どんな思惑かは分かりませんが『歌姫』を利用できなくなったのはどちらも同じ。確かに残念ではありますがあちらの手に渡る事にならなかったと考えれば悪くない結末じゃないですか?」


 「結局、わざわざ精霊地区まで来て『ロキ』の邪魔をするだけでしたか。折角『孤狼(ベオウルフ)』を嗾けたというのに」


 「まぁ、そう悲観しないで。得ならあるじゃないですか、ほら。美味しい料理に温泉、これ以上欲を搔くのは贅沢ですよ」


 「やっぱり社長、観光目当てで来たんじゃないですか!」


 「…鍋、噴いてるぞ?」










 「おかえりなさい」


 宿泊先に戻って早々、ロビー横の土産物コーナーで何故か木刀を物色しているウリに出迎えられる形になった。


 「シーナはどうしました?」


 「あいつは近所に自宅があるんだ。送っていった。ラジオ局の面々が気にかけてるようだし、大丈夫だろ」


 「なら、いいんですけど」


 なにやら含みのある物言いだな…。そもそも俺達は数日限りここに滞在するだけの部外者なんだ。あんまり首を突っ込みすぎるのも野暮ったいってもんだ。


 「で、そんなもの土産に買って帰る気か?理事長にでも渡すつもりかよ」


 「割と本気でこういうので喜ぶんです、父は」


 …なるほど、シレーナで多少慣れた気がしてたが良い歳こいてまで拗らせ続ける中二病って想像以上に第3者からしてもこっ恥ずかしいな…。うわ、想像したら本当に喜びそうでいやだ、あのオッサン何歳だよ。


 「ほんの数日の付き合いとは言え随分懐かれたようですし、何なら大上さんだけしばらくここに残ったらどうです?」


 「馬鹿言うなよ、そんなことしたらあのポンコツの介護は誰がするんだ」


 「…即答するならその介護相手にもう少し優しくしてあげたらどうですか…」


 どこまで本気か分からないウリの小言はスルーして、明日は学園に帰るだけのスケジュールだし最後に温泉で明日からのポンコツ世話任務の為に英気を養うとしよう。


 「優しくするのはお前の役目だろ?俺はそういうキャラじゃねぇよ」


 「シーナの為に、あれだけの啖呵を切っていた癖に…」


 ウリの横を通り抜けて浴場に向かおうとした所でポツリとすれ違い様にウリの口から嫌味が漏れる。


 「『妹の為に命を掛けた姉に託されたんだ、命を張るには十分だ』でしたっけ?格好いい事言うじゃないですか。そういう事サラッと言えるタイプなんですね、意外と」


 「…お前な」


 「シーナは本当にお気の毒としか言いようがありませんが大上さんの人となりが少し分かって良かったです。…私からはただ1つだけ、もう少し、ほんの少しでいいのでシャルに歩み寄っていただけませんか?」


 ウリの視線が真っ直ぐにこちらを見据えたまま、真摯な声で「お願い」される。真面目な話をしているつもりなのだろうが、浴衣姿で片手に木刀握ってそんなセリフを言われても折角の雰囲気が台無しだと思うが…そんな事を言ったらそれこそ無粋だよな。


 「…ま、甘めのパンケーキを焼いてやるぐらいには、な」


 「頼みましたよ。あの娘はああ見えて割と貴方の事を気に入っているんですから」


 「嬉しくないなぁ…」


 「本気で言っているから質が悪いですね、つくづく貴方って人は…」


 「コソコソ覗き見してるようなヤツに言われたくねぇな」









 枕投げでもしようと思っていたのにモプシーは「もう眠いです…」とモソモソと毛布をかき集めて潜り込んでしまい、ウリもマキナさんも見当たらないので温泉でも入って今日1日の疲れを取ろうとタオルを持って大浴場に向かう最中で何故か旅館のロビーに置かれているソファの上でぐて~、っとしているマキナさんを発見。

 姿を見かけないと思ったら、なにしてるのさ。


 「どしたのマキナさん。のぼせた?それとも錆びた?」


 「ヒトを耐水機能も持たナい旧式家電みタイに言わなイデ下さイ…」


 こちらに気付いてチラッ、と視線を向けてまたすぐにソファの上でだらーんと伸びるマキナさん。浴衣、肌蹴てるよ?


 「どうしたのさ、忍と一緒にお風呂に入ろうとして断られて不貞腐れてるとか?」


 「とウとう心を読ム魔術を開発シマしたか?」


 「うわっ図星だったよ当てたく無かったよ」


 「今回ワタシも大活躍したノに、マスターは相変らズ素っ気無いでス。アレでスか、放置プレイといウやつでスか。それなラそウト言ってくれレバ…」


 「戻ってきてマキナさん。それは何の含みも無い純粋な放置だと思うよ」


 「今回モ知らなイ内に何やらトラブル抱えテまた違ウ女の子誑かシてキましタシねェ。マスター流石と言いまショうかスケコマシと言イましョウか」


 マキナさんって忍を盲信してるようで案外キツい事言うよねぇ…。忍第一と言うより「忍が大好きな自分の欲望第一」なのがマキナさんという人となりだと、最近になってようやくわかってきたよ。


 「よりによって、まさか「あの」シレーナ・カンタンテと関わってたなんてね。ウリから聞いたけど昨日の段階で『ファランクス財団』に接触を受けて今回の件に巻き込まれたみたいだよ」


 「ワタシ達はスッカリ今回蚊帳の外デしたね…。マスターの為にナレたのなら本望でスガ…」


 「どうせ、巻き込まないようにって思ってたんだろうけどさ。…今更文句言っても仕方ないしね。湯冷めしないうちに部屋に戻りナよ、マキナさん」


 善処しマス、と今回忍に戦力として頼られる事もなく終始放置されていたマキナさんは本当に拗ねている様子で、気の無い返事を返してそのままソファの上で再びグテーっ、と溶けるように伸びてる。


 (…さてと。私もチャッチャとお風呂入ってサッパリして寝るとしましょ)


 余計な事を頭の中でグルグル考えないように、マキナさんを置いて当初の目的地である大浴場に向かう。


 頼りにも当てにもされず、放置されていたのは私だって同じなのだから。








 温泉宿『犬乃湯』の名は伊達じゃあない。昨日も入ったけどここの名物でもある大浴場は広さで言えば私の自宅の倍ぐらいあるんじゃないだろうか。

 天然石を積み上げて作られた湯船は、浴槽の中にもあちこちにオブジェ代わりのように置かれている。

…温泉の熱でかなーり熱くなってるんじゃない?あれ。


 「うぅ…、露天風呂って風情はバッチリだけど入るまで寒いよね…」


 ついさっき有名歌手の身内が殺されるなんて大事件があったせいか、折角の露天風呂は夕食後の時刻にも関わらず他に誰もいない様子。つまり、この空間を貸しきり状態。

 ああ、流石にタオル1枚だと寒い。早く入ろ入ろ。


 「…うひぃ、体冷えたからお湯があっつぃ…」


 湯気がモコモコ立つ湯船に爪先をちょこんと入れると外気に晒されて冷えた体と温泉の温度差に一瞬火傷しそうな熱を感じるけど、ちゃんと温まり始めれば何てことはなく、すぐにちょっと熱め程度の温泉らしい「適温」が伝わってくる。


 足首まで入れてゆっくり湯船の中に体を沈める。寒くてついつい体を流さずに入っちゃったけど、旅館に帰ってきてから直ぐに部屋に備え付けのシャワーで体は洗ったし、大丈夫だよね?他に目撃者も居ないし。


 「…ふぇへぇ~…」


 肩まで漬かると、お湯の熱がジックリと体の奥まで染み込んで来る様な感覚。思い切り手足を伸ばしても有り余って仕方ない湯船のスペース。この開放感は温泉ならではだよね、やっぱり。

 …家、改造して温泉でも設置しちゃおうかな…。「また」バレないようにすれば、出来上がった後で見つかっても大丈夫だよね…。


 「それにしても、この大きなお風呂を独り占めなんて贅沢すぎるよねぇ…あれかな、今なら泳いじゃったりしてもオッケーだったりするのかな?」


 「オッケーな訳無いだろ」


 「あはは、そりゃそうだよね。流石にそこまではしないって」


 18にもなって大浴場でバタ足してる姿を、万が一にも誰かに見られたりしたら私、もう二度と精霊地区に来れなくなる。私にだって人並みの羞恥心っていうものがあるんだから。


 「ま、こうしてゆっくりじっくり浸かってるのが、温泉の醍醐味ってやつだもんねぇ…」


 「ゆっくり浸かる以外の利用法があるのかよ。…卵茹でるぐらいか?」


 「あ、いいねぇ。温泉卵。ここにあったっけ。夕飯食べたのにお腹空いちゃうな…」


 食欲をくすぐる話題にグゥ、と小さくお腹が鳴る。そして今更、私は今、誰と話しているんだろう、なんて間抜けすぎる疑問に気が付く。


 「…えっと、さ。1つ聞いていい?」


 「内容によりけりだが、どうぞ?」


 「誰?」


 「お前の飼い主大上さんだ」


 「…ここは何処?」


 「温泉だな」


 「にぇええええええええええい!!」


 声の主目掛けて力いっぱい両手でお湯を叩きつける。思い切りやったつもりだけど素手じゃ大した量も掬い上げられず少量のお湯が忍の頭上に飛び散るだけだった。


 「他に客が居ないからって騒ぐなよ。迷惑だぞ。沈めたろか」


 「なんでアンタがここにいるのさっ!えっ覗き?覗きなのっ、忍がっ!?」


 「湯船でこんなリラックスしてる覗きがこの世にいるのか」


 私が浴びせたお湯で頭の上に乗せていた手拭が濡れた忍が、ギュウッと手拭を絞りながら普段と何ら変わりない様子で、口調で、むしろ可哀想な人を見るような目でこちらを見ている。


 「って言うかこっち見んな!」


 「…心配しなくてもお前の裸なんか興味ねぇって」


 水分を絞った手拭を再び頭に乗っけて「ふぅ」と小さく息をついて湯船に肩まで浸かる忍。


 「えっ、なんで?っていうかほんとに何で?」


 「…知らないで入ったのかよ…大浴場は混浴だぞ?」


 「知らないよ!誰も教えてくれなかったし!」


 「いや入口に書いてあるだろうが。…ったく、のんびり出来ると思ったのに喧しいのが来やがった」


 うわぁ心底人の事を邪魔者扱いしてるコイツ。年頃の絶世の美少女がタオル1枚でこんな至近距離にいるのに何なの、この枯れた反応。僧侶か、アンタは。


 「…騒ぐなら出るぞ?俺だってお前と一緒に風呂なんて本意じゃないし」


 「うわぁ女の子のプライドを悉く抉って切り裂いて叩き潰す発言のオンパレードだぁ。どうしよう、本気でこの人ぶっ飛ばしたい」


 「それはともかく温泉卵って本当に売ってないもんかな。本当に食べたくなってきたんだが」


 「こっちの怒りも憤りも受け流すどころか受け投げ飛ばしてるよコイツ」


 「シャル助さっきからうるさい」


 バシャ、と忍がお湯を手でこちらに向けて跳ね上げる。あばばっ、は、鼻に入った。


 「ぷぇっ、ぷしっ…!ああ、もう…!」


 「なんだ、出ていかないのか」


 「…いーよ別に。アンタのせいで私が温泉諦めるのも癪だし」


 「時間変えて入りゃいいのに」


 「…ま、話したいこともあるし、ね」


 浴槽に背中を預けてじっと浸かっている忍から、2Mほど離れた所で私も習うようにお湯の中に肩まで入る。

 タオル巻いてるし、湯気モコモコ立ってるしお湯は濁り湯だし、…大丈夫でしょ。多分。


 「んで、話って?」


 目を瞑って顔をやや上向きに、こちらを見もせずに本気で温泉を満喫している様子のまま忍がいつも通りの変わらぬ口振りで聞いてくる。


 「えっ?えっ、と…。ああ、そうそう。シレーナさん、結局どうなるの?」


 「知らん」


 とりあえず本題以外の、妥当な話題を振ったつもりがバッサリ切り捨てられた。って言うか…。


 「知らんって、あんなに忍のこと頼ってたのに可哀想じゃない?」


 「あー、このままずっとマネージャーしててくれ、とか言われたけどな」


 「ぶっ」


思わぬ展開にお湯の中でバランスを崩して頭からドボンと入水(入湯?)してしまう。


 「けほっ、…で、で?何て答えたの?」


 「甘ったれるなクソガキ。的な事を」


 的な事じゃなくて絶対そっくりそのまま言ったよね、こいつなら…。唯一の肉親であるお姉さんを亡くして心細くて不安で仕方ないのに、そんな娘によくもまあそんな事を言えるね、この外道…。

 濡れてしまった髪をかきあげてブルブルと首を振って水気を飛ばす。まったく…お風呂でズッコケるなんて生まれて初めての経験だったよ…。


 「心配しなくてもシレーナには他にも世話をやいてくれる人はいそうだし、行きずりの俺達がとやかく言う話じゃないさ。それに…」


 「それに?」


 「マネージャーなんて出来る訳ないだろ」


 「そう?ウリから聞いたら普通に卒なくこなしてたみたいじゃない」


 そうじゃなくて、と手を振る忍。呆れたような視線をこちらに向けてくる。ってこっち見んな。


 「どこかのポンコツニートの介護やってるんだから重ね仕事(ブッキング)なんて真似できるかよ。こちとら今は手のかかるヘッポコ1匹の世話で十分手一杯だしな」


 「色々突っ込みたい単語がオンパレードしてるけど、まあ大目に見てあげる」


 「そりゃどうも」


 ズレかけた頭の上の手拭を左手で押さえながら感謝の色など微塵もない声色で忍が返す。

手拭を押さえる左手には、以前(ゲート)占拠事件でモプシーを助けるときについた大きな裂傷痕が痛々しく残っている。

 よく見ると右肩にも真新しい防水テーピングが巻かれている。シレーナさんを庇って負った火傷だろう。他にも温泉に浸かって暖められ血行がよくなったせいか、火照った体のあちこちに大小様々な古傷が見える。切傷、爪跡、裂傷痕、火傷痕、弾痕…。「自称」18歳とか絶対信じられない事言ってるけど、一体どんな人生送ってきたらこんな体になるんだか…。


 「…ジロジロ見るなよヘンタイ」


 「いや確かに着やせするって言うか脱ぐとガッチリしてるんだね…って誰がヘンタイか!」


 「人の裸体に熱い視線送る痴女がいますー誰か助けてーおーそわーれるー」


 「みゃぁあああああいっ!!」








 「…何やら奇声が聞こえますけど…大丈夫なんですか…ですか?」


 「マスターの事でスシ、問題なイでショう。大方シャコちゃんガおちょクられてイるだけカト」


 「本当に仲直り出来るんでしょうかね…この様子で」


 「わざわザ2人きりにシて「清掃中」看板立てトイて、何を今更」


 「いえ、年頃の男女をあんな状況で2人にするのも不安ですが…大上さんが大上さんなだけに」


 「マスターとオ風呂とカ羨ましスギですガ、この際仕方ナいでス。我慢しマシょう」


 「マキナさんが問題視してるのはそっちなんですね…ですね」


 「…お膳立てはしましたからね。これで益々拗らせたり怒らせたりしたら流石に許しませんよ」







 忍のペースにハマってると埒が明かないのはもう嫌と言うほど経験してる。…色々不平不満もあるし納得しきれないところもあるけれど、忍の思惑にまんまと乗るのは癪だから、このまま居座り続けることにする。


 「ケガ、あちこち凄いね」


 「ん?ああ、綺麗な体じゃないよな」


 「あっ、そういう意味で言った訳じゃ…」


 言い終える前に気が付く。そういえば(ゲート)事件のときも、今回も、忍が治癒魔術を受けている姿を見ていない。もしかして…。


 「忍って、もしかして治癒魔術も効かないの?」


 結界魔術の影響も受けず通過したり探知魔術でも察知されない、「魔力のない」忍。対象者の魔力に呼びかけて治癒能力を向上させる治癒魔術すら、忍には効果が無いのかもしれない。


 「ご明察。…ま、魔力が無いっていうのはメリットもデメリットも多々あるってことだ。お陰で今時古臭い直接的な医療術で治療されたわ。今時針と糸で傷口縫い付けるなんて誰もやらないもんな」


 痛々しく傷跡が残った左腕をパタパタと振りながら他人事のように笑い飛ばす忍。他の誰よりも回復手段が無い、ケガをしても一番危ない存在なのに誰よりも率先して危険に飛び込むこの男はいつだってこうして弱音も吐かず痛みを見せない。

 きっと今までも、モプシーやシレーナさんを助けたように傷を負い続けてきたんだろう。


 「…私、さ。8年前に両親が死んだんだ」


 「何をいきなり」


 忍のリアクションも当然だろうね。だけど、私は聞いて欲しかったんだ。


 「パパもママもオルドの歴史を専門にしていた研究者…歴史学者って言うのかな。だったんだけどさ。ある日、2人揃って殺されたんだ」


 忍は突然の私の身の上話にどう言葉を挟めばいいのか分からないのだろう。黙ったまま。いつもみたいにからかったりしてこないだけ人の心が残っているみたいで安心したけどさ。


 「…私も一時期『真祖(ノーブルレッド)』じゃないかって騒がれた時期があってさ。…まあぶっちゃけ今でもそうかどうかは分からないんだけど。…『真祖(ノーブルレッド)』って、自分以外の肉親の命を犠牲にして力を得るんでしょ?…それを聞いてから、さ…」


 「親が死んだのは自分のせいだ、と1人コソコソ悩んでたと?」


 「…ま、そゆこと」


 「ふぅん…」


 忍は特に変わった様子も見せずいつも通りに、2.3秒間を置いてから。


 「多分、違うだろ」


 「何でそう言えるのさ」


 「『真祖(ノーブルレッド)』は身内の命を蝕み、糧として力を得る。他の身内は病死、もしくは衰弱死らしい。ヒメロから聞いたが実際カンタンテ姉妹の両親は事故死だったらしいがそれ以前から随分体調を崩していたらしいからな」


 もう分かるだろ?と忍がそこで言葉を区切る。私が分からないフリをして黙っていると、どっちの意味で察したのかわからないが、忍がそのまま説明を続ける。


 「お前の両親は殺された。つまり死因が直接的過ぎる。『真祖(ノーブルレッド)』の「呪い」で第3者に命を奪われるなんていうのは、いくらなんでも理屈がおかしいだろ。まあ、ありえないって断言できる要素も無い上にお前が実際『真祖(ノーブルレッド)』なのかどうかってのも謎なんで「多分」って事だ」


 「…そう、だといいんだけどね…」


 「真相が分からない、考えても分かるはずが無いような事なんて自分に都合よく解釈しておけばいいんだよ。特にお前みたいな能天気なヤツは」


 「慰めてくれてると解釈すればいいの?それ。ねぇ、だとしたら物凄く難易度の高いツンデレだよねぇ。うわー、忍にツンデレって高尚な単語を当て嵌めたくないっ、穢れるっ!」


 「言いたい放題かコノヤロウ」


 バシャ、と再びお湯をかけられたので今度は桶でガード。ふふ、甘いよ。


 「…ありがと。少しだけスッキリしたかも」


 「そりゃなによりだ」


 「…で?」


 「あン?」


 「忍の昔話は、聞かせてくれないの?」


 「お前は勝手に喋ったんだろうが」


 チッ…、やっぱり釣られないか。警戒心強いというか心の壁が硬いというか…それともよっぽど後ろ暗い事をして生きてきたんだろうかね、この男ってば。

 最初からあんまり期待してなかったし、別にこっちが話したからそっちも話せなんて無理強いする気も無いからいいんだけどね。


 「…『星界の皇女(エンプレシア)』ってギルドでサブマスやってたってだけだ」


 「…ふぇ?」


 「流石に熱くなってきたな…逆上せる前に俺は出るからな」


 「ちょっ、ちょっとちょっと!今何て言ったの?リピートアフタミー!えっ、て言うかマジレス!?」



 聞き捨てなら無いセリフを身勝手に言い残して湯船から出て行く忍。お湯から上がって腰にタオル1枚巻いただけの忍を直視する事も出来ずこちらも慌てて立ち上がるわけにも行かない格好で…。




 








 「…ちゃんと仲直りできたみたいですね」


 旅館の厨房を借りて大きな鍋を火にかけている大上さんに背後から声をかけると本人はこちらを振り返る事も無く、グツグツと沸騰している鍋の中のお湯に細く切りそろえた生地を投下する。


 「あんまり周りが余計な世話焼いてばっかりいると本人が成長できないぞ?過保護も程々にしときな」


 「こちらとしても不本意ですよ。…誰かさんがもう少し優しくしてあげてくれたら最初から何の手間も無いんですけどね」


 「はっはっ、そりゃ無理だ。これからも頑張れ保護者」


 生地を茹でながら隣の鍋に御玉を入れて平行して煮ていた出汁の味を確認しながら、大上さんはそう言って改善する気を微塵も見せない様子で一笑する。

 お風呂から戻ってきたシャルが機嫌を直していたから、てっきり大上さんがそれとなくフォローでも入れたのだと思っていたけど、この様子だとどうやらこちらの見込み違いだったみたい…。


 「それにしても、よかったんですか?シャルには自分の過去の経歴を隠そうとしていたように思ってましたが」


 「ああいう言われ方したらどうせ半信半疑だろ。いつもの冗談の1つと捕らえられてオシマイってとこじゃないか?」


 大きな鍋の方にザルを入れて茹で上がった生地を上げ、シンクの中で湯きりをする大上さん。


 「用は構ってほしかったってだけだろ、あのポンコツは。俺は別にアレの家族でも保護者でも無いっての」


 「割と懐かれている自覚はあるんですね」


 「甚だ不本意ではあるけどな。…ほら、仕上がりだ。部屋に持っていくからさっさと退いてくれ」


 水を切った、茹でた生地と出汁の入った鍋をそれぞれ片手に持って台所の入口に立っていた私を邪険に扱う大上さん。


 「それにしても、ご機嫌取りとは言え貴方が自分から自分の事を喋るなんて思ってませんでしたよ。…少し、変わりましたか?」


 当然、一番変わったシャルと比べようはないけど。口でどう言いながらもちゃんとシャルのことを気にかけてくれて、こうしてちゃんと対処してくれるのは素直にありがたい。

 そんな事を思っていた矢先に鍋とザルを抱えたままの大上さんが、こちらを振り返って唇の端を歪め底意地の悪そうな笑みを浮かべて…。


 「誰かさんのアドバイスどおり、ちょっと「割り切ってみた」だけだぜ?」









 「いただきます」


 「いただきます」


 「いただけ」


 旅館の夕食だけでは今ひとつ物足りなかったので小腹を満たすのにお土産コーナーでお菓子でも買おうと思ったら忍がわざわざ夜食を用意してくれた。

 この男、日ごろは悪鬼羅刹も「やめろよ、かわいそうだろ!」って言うぐらいの鬼畜な癖に食事に関してはどこまでも真っ当だ。

 ま、お陰で美味しい夜食にありつけるんだけど。


 「夕飯食ったのにまだ足りないとか、太るぞお前」


 「いいんだよ、今日は色々あってお腹空いてたんだし。食べ盛り育ち盛りなんだからさ」


 「18にもなって、腹周り以外どこが育つってんだ」


 丼に装われたシンプルに出汁だけの釜揚げうどんを箸で持ち上げてコシの強さを指伝いに感じる。

本人曰く「基本中の基本の味付けしかしてないからな」と言ってたけど鰹節の香りが湯気と一緒に勢いよく立ち昇ってきて夜食なのにさっき食べた旅館のお膳より美味しそうに見えてしまう。


 「他のみんなも食べればよかったのに…。遠慮しなくていいのにねぇ」


 「作るのは俺だろ。それに、他の連中は誰かさんと違って体重を気にするんじゃないのか?ブクブク太って1人だけ明日のバスの行き先が学園じゃなくて養豚所なんて事になりそうだ」


 「夜に食べた1杯のうどんで劇的ビフォーアフターすぎでしょ、それ!」


 ああもう、意地悪せず普通に美味しいものを作ってくれるんだから食べてる時も同じようにちょっかい出さずに普通に心静かに味合わせてよ…あ、おいしい。


 「…いつもこんな騒々しい食卓なのかな、キミ達って」


 「ああ、大体間違っちゃないな。気にせず食え。そして太れ」


 「心静かに食べさせて欲しいというのはボクも同意見だね」


 旅館で私たちが宿泊している部屋の中、ちゃぶ台の上に置かれた2つの丼をそれぞれ手にとってうどんを啜る私と、向かい側に座っているシレーナ・カンタンテさん。


 私が夜食をリクエストしたのとほぼ同じ頃、こんな夜にも関わらずわざわざ忍を訪ねにここにやってきたので「欠食児童が増えた」と半分強引に夜食に付き合わされている。


 「正直、夕飯がまだだったからありがたいけどね…。んっ、凄い歯ごたえだね…噛む度に歯が跳ね返されそうな感じだよ。「はなまれうどん」とは全然違うね」


 「全国チェーン展開してる激安店と比較されても褒め言葉にならないって学習しとけ」


 「んぐっ、んぐ…、んっ、シンプルなダシと醤油だけの汁に唯一の具である温泉卵の食感と濃厚な黄身の味がまた…」


 「人の話は聞けー」


 「…で、どうしたのシレーナさん。こんな時間にこの狂犬に何か用事?」


 忍のうどんに素直に舌鼓を打ってるシレーナさんがハッと我に返って箸をおく。…口の中のモノをちゃんと飲み込んでからでいいよ。別に意地悪して急かしてる訳じゃないんだし。


 「ああ、そうだったね。…とは言うものの、もう半分以上用は済んだも同然なんだけどね」


 温泉卵の黄身が口元についてるよ。ああ違う違う、そっちじゃない。ああもう。ずっとファンだったのに実物は思っていたよりずっと幼くて、幻滅なんてしてないけど、ほんのちょっぴり夢が砕けた感じっていうのかな、複雑な気分だなぁ…。


 さっき貰ったサイン色紙はもちろん帰ったら額に入れて飾るけどね?


 「…明日からしばらくあわただしくなりそうだし、君たちの見送りはできそうにないから今夜のうちに、改めてお礼と…というのは陳腐な建前として単純にもう一度会いたかったんだ」


 もちろん誰に、なんて聞くのは野暮だろうね。どんな経緯があって2人がこの遠征祭の間にどんな話をして、何があったのかは知らないけどシレーナさんはすっかり忍がお気に入りみたい。


 「大上。本当にありがとう。君がいなかったら今頃ボクはどうなっていたか、想像も出来ないよ」


 「俺は特に何もしてないだろ。お前さんが無事だった、ってだけで助けられた訳じゃない」


 忍はいつも通りの口調で喋っているけど横から見ていると一瞬だけ、ほんのちょっとだけ眉を顰めたのに気がついた。

 多分、忍は忍で結局シレーナさんのお姉さんを助けられなかったことを気にしているんだと思う。


 「そんなことないよ。キミのお陰でボクはこうして無事なんだし、姉さんがいなくなってもふさぎ込んだり泣き喚いていたりせずにいられるのは、間違いなくキミのお陰なんだからさ」


 「どうせ後々嫌と言うほど泣いたり落ち込んだり後悔したりするんだ。そんな妄言吐いていられるのは今だけだぞ」


 「それでもだよ。ボクが今、こうして面と向かってお礼が言えるのは魔術技巧専門学園(エレメンティア)の人達のお陰…大上に救われたからなんだ」


 そう言ってチラッ、とシレーナさんの視線がこちらに向いた。目と目が合うとフフッ、と何やら意味深な含み笑いを浮かべられる。えっ、何?怖い。何の意図?最近の若い娘怖いっ。


 「…そっか、貴女が「先約」なんだね。ふふっ、流石というか、仲が良いみたいで羨ましいよ」


 「「えっ、仲が良いって?どこが」」


 全く同時に一言一句違わずハモってしまったけどこちらとしてはそんな風に見られるのは凄く心外なんですけど?仲が良いっていうのは日常的に虐待されたりセーブしてないゲームデータをリセットされたり作りかけのプラモにパテでご丁寧にウサギ耳作って接着して「メカモプシーだウサ」とかシュールな作品に作り変えたりされる毎日の事を指すの?精霊界ではそれが「仲が良い」なの?


 「…うん、ボクの用事は済んだよ。シャルトリューさんとも、今度ゆっくりお話できると嬉しいな」


 「えっ?ああ、もちろんそれはこっちこそ喜んで。…あ、出来れば今度発売のアルバムにもサイン入れてもらえると…」


 「お安い御用だよ、それぐらいね」


 丼に残っていた、ちょっと冷めた出汁を卵の白身と一緒にグイッ、と飲み干してふぅ、と一息ついてから、シレーナさんが立ち上がる。


 「夜分にお邪魔したね。…結局最後までファーストネームを教えてくれなかったね」


 「大上・ピエール・ポルナレフって名乗っただろ」


 「誰よピエールって」


 アンタ結局シレーナさんにまでそんな態度取ってたの…。ウリじゃないけど、流石に呆れるよ。


 「忍、名前ぐらい教えてあげればいいのに…どうせ特に何の意味もなく意地悪で教えないだけなんでしょうし」


 「失礼な、ちゃんとした理由があるんだよ」


 「へぇ、どんな?」


 「意地悪」


 「私2秒前に何て言った?ねぇ何て言ったか思い出してごらんよ!」


 忍に掴みかかろうとしたところでクスクスとシレーナさんが噴き出した。


 「ああ、ごめんごめん。…忍、だね。ようやくスッキリしたよ。長く引っ掛かっていたモノが取れた気分だ。ボクも、そう呼んでいいかな?」


 「このポンコツと被ってるから却下だ」


 またそういう意地悪を…。でもシレーナさんはまた、チラッと私の方を見て小さな声で「それもそうだね」と呟いてから改めて。


 「じゃあ、今までどおり大上って呼ぶよ。じゃあ、お2人さん。「またね」」


 最後の最後に一際意味深な含み笑いとセリフを残して、丼を丁寧に置いてシレーナさんは部屋を出て帰っていった。





 こうして、思わぬ事件に巻き込まれた私たちの遠征祭は最後の日を終えた。


 シレーナさんの言葉の意味を私たちが理解するのは、もう少し先の話…。

今までより長くなってしまった「遠征祭」編、ようやく終了です。歌姫シレーナに懐かれた忍。自分の物を取られた感でモヤモヤするシャル。ドタバタ劇の中にほんのちょっぴりフラグの匂いが…?


 「せいっ」ブチッ


 たった今踏み潰されました。

次回から新章突入です。新キャラがまだ出ます。そして前々から名前だけは時々出ていた「あの人」がようやく本格参戦…かも?



無事学園に戻った翌日、エアハルトフォトスタジオからシャル達の撮影写真やビデオが送られ、閲覧した大上にこれでもかというぐらい嘲笑されたシャルが遠征祭以上に機嫌を損ねてしまい、ウリはもちろんモプシーからも責められた大上がそれから3日間立て続けにメープルパンケーキをオヤツに作ったのは自業自得です。

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