歌姫の選択・その1
前世のあらすじ
「南国でフクロモモンガとして生活してました。郵便配達の仕事をしながら」
「思いつきのデマカセを…って、前回じゃなくて前世のあらすじって何さ!遡り過ぎでしょ!」
何だかんだと、危うく無理やり連れ去られそうになったボクを助け(?)に何でも屋の女性、イクスと剣を交える大上。柄から切っ先まで黒一色の剣を振るうイクスに対し忍は刀を片手に持ったまま構えもせずにヒラヒラと相手の剣戟を軽々と避け続けている。
戦闘なんかとは無縁だし、知識も無いボクだけど既に両者の間の実力の差というものぐらいは何となく分かってきたよ。
「ああ、もう!すばしっこいたらありゃしない!じっとしてなさい、じっと」
「んな無茶な」
とうとう理不尽に怒り始めたイクス。大上も呆れてやけくそ気味に振り回された黒剣の一撃を刀で弾こうと初めて刃を振るい…。
ガキン、と鈍い金属音を響かせて逆に、大上の刀が腕ごと大きく弾き飛ばされた。
「痛って。…まさかとは思ったけどそれ、『黒金』製かよ」
弾かれた刀が刃こぼれしていないかチェックしてから、弾かれた衝撃で痺れたらしい片手をヒラヒラと振りながら大上が愚痴っぽく漏らす。
「ご名答。硬度が高すぎてまともに精錬もできないって言うレアな鉱石よ。ま、その分重量はちょっとばかり掛るけどね…」
そう言って足元にズン、と剣を突き刺すイクス。片手で軽々しく振り回していたけど、剣の切っ先は簡単にフスファルトの地面に突き刺さっている。…下手したらあれ、キロ数3桁いくんじゃないかい?
「細身に見えて随分マッシヴな娘だな…。人間、じゃないよな」
手の痺れが取れたらしく改めて刀を握りなおす大上。
「地精霊の端くれなんでね。腕力にはちょっと自信がある訳よ。ほら、本格的に怪我しないうちにその娘を置いて逃げたほうがいいんじゃないっ?」
イクスが黒剣を振り上げ、力任せに忍目掛けて振り下ろす。単調な軌道なので当然のように後ろに体を引いて避けられるけど空振りした黒剣が叩きつけられた地面は大きな音と砂煙を立てて、大きな亀裂を走らせて陥没してしまっている。
あんなのを生身で受けたら流石に怪我じゃ済まないんじゃないかい…?
「力自慢か。お転婆も過ぎると男が寄らなくなるぞ?」
「余計なお世話よっ!」
図星だったのかな、イクスが益々ヒートアップしてしまったよ。力任せに超重量の黒剣を振り回すけど、大上にはかすりもせず次々にコンクリートの駐車場の地面を凹ませるばかりだ。
「駐車場ボロボロだな。弁償しろよ?」
「アンタを黙らせてから考えるわよ…!」
イクスが両手で黒剣を水平に構えて切っ先を大上に向け、そのまま足元目掛けて勢いよく突き刺す。足を狙った突きも大上は片足を上げて簡単に回避してしまうけど、イクスの狙いはここからだったようで…。
「ぉぉおりゃあっ!!」
アスファルトに突き刺さった切っ先はそのままに、剣を持ち上げるイクス。地面に刺さったままの剣はアスファルトの中で、まるでスコップのように地表部分をバキバキと砕きながら持ち上げられていく。
要するに、大上の足元一帯を丸ごと救い上げる形で、数平方Mほど地面が捲り上げられる。
当然大上も足元ごと持ち上げられる形になって…。
「うおっとと…、凄ぇな。ゴリラかあんた」
「地精霊だって…言ったでしょうが!」
力任せに剣に刺さった地盤を振り上げ、切っ先から抜けたアスファルトの巨大な塊は空中でバラバラに砕けて雨のように破片が降ってくる。そしてもちろん、捲り上げられた地面に乗っていた大上も当然…。
あれ、彼の姿は上に見当たらない…?
「腕力自慢は大したモンだが、隙だらけすぎだろ」
地盤ごと跳ね上げられる前に降りていたらしい大上。力任せに剣を振り上げた体制のままだったイクスは大上が空中に跳ね上げられたと思っていたため意識を上に向けていたようで、既に目の前にまで接近されていることにようやく気が付いた様子。でも、もちろんもう既に手遅れだよね…。
慌てて後ずさり、振り上げた剣をそのまま大上に振り下ろそうとしたイクスはジャケットの胸倉を掴まれると足元に向けて引き落とされるように引っ張られ、同時に前足を踵で払われ完全にバランスを崩してしまったところを今度は胸倉から片手を掴まれる。手首を捻られながら地面に押し付けられる形であっという間に押さえ込まれてしまう。
余りにスムーズに、流れるような自然な動きで取り押さえられてしまい、イクス本人も何が起こったのか理解できないといった様子で片手は間接を決められて腰の後ろで捻られ、顔の前に抜き身の刀を突きつけられてしまっている。
どうやら決着がついたみたいだね…。
「どうする?まだ抵抗するって言うなら付き合うが。殺るか殺られるか、までする気は無いんだろ?」
「くぅ…!」
押さえ込まれた状態で何度か体を捩じらせて抵抗するそぶりを見せるイクスだったけど、完全に抑え込まれてしまっているようで、すぐに諦めて剣を手放してしまう。
「…わかったわよ、参った降参」
「で、誰に言われてこのオレンジ娘を狙った?」
「言う訳無いでしょ?」
「なるほど。やっぱり誰かからの依頼って訳か」
カマをかけられた事に気付いたイクスが押さえ込まれたまま、自分の上にいる大上に何とか視線だけを向けて睨みつけるけど、当の大上は意に介さずといった様子のまま。
「こんな状況で意地張るのは利口じゃないぞ。白状したほうが身の為だと思うが」
「こんな家業してれば覚悟なんて出来てるわよ。煮るなり焼くなり、好きになさいな」
「よし、オレンジ娘。油性マジック持ってるか?無かったら練りワサビでもいいんだが」
「ちょっとちょっと!え、なにそのチョイス何する気!?」
ボクは危うくあの女性に連れ去られそうだったんだけど流石に同情してしまうよ。…と言うか、ボクが普段から油性マジックやワサビを常備しているとでも思っているのかい、彼は。
「年頃の娘さんが見せるにはあまりにもアレな姿にされたくなかったら洗いざらい白状するんだな。俺だって女の子の鼻にチューブ辛子を流し込む趣味は無いんだ。ああ、ワサビ無かったら辛子でもいいぞ」
「だから持ってないってば。それにどうしてだろうね。ボクには今キミがとても楽しそうに見えるんだが気のせいなのかい?」
「ちょっと止めてコイツ止めて!何なのさっ、アンタ何なのさっ!!」
さっきまでとは別の意味で緊迫感漂う声でボクにまで助けを求め始めるイクス。さぁてどうしよう。困った事に収拾付かない状況になってきたよ。
「何やら騒ぎが起こっていると思って来てみれば…」
「姉さんっ?」
グダグダな状況になりかけていたところに救いの手とばかりに誰よりも見知った人物…マネージャー兼実姉のヒメロ姉さんがボロボロにされた駐車場の入場口の方からやってくる。さっきまで出かけていたのに、誰も彼もタイミングがいいよね。
「…状況の説明をお願いします」
「見ての通りだ」
「それで理解出来ないので訪ねたんですが」
「ワサビか辛子が無いか相談してたところだ」
「…すいません。数段階レベルアップして状況理解が困難になりました」
姉さんが頭を抱えるのも仕方ない。と言うか、ワザとやってるよね、大上臨時マネージャーも。
「シレーナ。あなたはもうすぐ次の収録でしょう?戻っていなさい。私は彼に説明を聞いてから戻ります」
「え、でも…」
ボクだけ除け者みたいだね、それ。確かにそろそろ次の打ち合わせの時間なんだけど…。狙われた当人としては犯人の動機も黒幕も分からないままこの場を離れるのは到底スッキリしないと言うか…。子供扱いしているのか、何かとすぐボクを関与させないように遠ざけるのは姉さんの悪癖だと思うよ。子供なのは確かだけど、流石に若干過保護だと思うけどね…。
「いいから。局に戻りなさい」
「わかったよ。…後で説明してもらうからね」
「はいはい。いい子だから、行きなさい」
「必ず説明して貰うからねっ!」
姉さんに、大上にどちらへともなくそう言って、言われたとおりに放送局へと戻ることにする。
チラッ、と一回だけ振り返ったけど相変わらず組み伏せられたままのイクスとそれを押さえ込んでる大上。そして無言のまま「さっさといきなさい」とばかりに手を払うようなジェスチャーをしている姉さん。
(怪我も無く無事だっただけでも幸運だと思うべきなんだろうけど、やっぱり自分の知らないところでボクに関して何かしらの思惑が働いていると思うと、気持ち悪いんだけどね…)
「ラジオの公開収録は今日の17時。放送時間は30分。警備時間は出演者が撤収する18時まで。何か質問は?」
ビャッコ放送局についた私達は現地に先に来ていた警備員さんに説明を受ける事から始まった。
「ま、たまーに熱狂的なファンが押しかけようとする事があるけどな。特に今回のゲストは割と有名なアイドルらしいし。まあ俺ぁ知らねーけど」
「警備員としてそれはいいので?」
「やる事やりゃあいいんだよ。ウダウダ考えると腹減るだけだ」
「斬新ナ勤労態度でスね」
「と言うかテンション低いですね」
若干猫背で私達職業体験の学生達への今日の説明事項が書かれている様子の書類を片手に社会に出て立派に働いている人生の先輩である大人から実に為になる勤労態度を教わっている真っ最中だ。
もちろん皮肉だよ?反面教師ってやつだよ?
私達3人を迎えた警備員さんは忍よりも頭1つほど背の高い、肩幅も広くガッチリとした体格の男性だった。青い髪を短く乱雑に切っており、両頬には目元まで走る刺青にも似た紋様があるので人間種ではないみたいだけど。
「ま、短い時間だけどしっかりなー。じゃ、俺は今のうちに4度目の昼飯に行ってくるから各自時間まで自由行動っ」
「ア、すいマセん警備長。1つ、質問ガ」
マキナさんが食事に向かおうとする警備員さんを引き止める。…今、4度目のナントカって聞こえた気がするけど気のせいだよね、だよね?
「あん?」
「1日だケとは言え、お名前ぐライは聞かセて貰エマすか?」
「んっ、あー?そっか。そう言や名乗ってなかったな」
警備員さんは若干面倒くさそうだけど、帽子を脱いで振り返ってマキナさんに指摘されたように随分遅れた自己紹介をしてくれる。
「レックス。家名は無いから勘弁してくれ。俺の名前はレックスだ。んじゃまた後でな。1日限りの同僚さんたち」
それだけ言うと今度は本当に、そのまま食堂目掛けて早足で去っていくレックス警備員。
「…何と言うか、色々アレな人だね。大丈夫?ここの警備体制」
「あの人、多分竜族…です、たぶん、ですけど」
ずっと私の後ろに隠れるようにして説明を聞いていたモプシーが漸く口を開く。人見知りの激しいモプシーだから初対面の相手に警戒してたんだと思ってたけど、見るところは見てるっぽい。
「竜族って、オルドでも割と珍しい種族だよね。獣界にも精霊界にも天界にも存在するっていう他に聞かない特徴もあるしね」
「機界にも機甲竜ガいまスけドネ」
ああ、そうそう。人間界以外を除けば5大世界のほとんどに存在が確認されている希少種だ。たまにドラゴンっぽい人は見かけるけど大抵はリザードマンだったり鰐族だったりするしね。
「でもモプシー。どうしてわかるの、そんなこと」
「ど、竜族は人化する時に、体表の紋様が皮膚に残る特徴があるんです…。さっきの人の顔にも、ありました…。獣界の竜の、螺旋紋様の…です」
「同じ獣界なんだ?通りで詳しいわけだね。…それにしてもマキナさん珍しいね」
「何がデス?」
「いあ、わざわざ名前なんて聞いてさ。忍の事以外一切合財どうでもいいってスタンスなのにさ」
「否定はシマせん。でスガ…」
そこは否定しないと駄目なところだよマキナさん。でも、珍しくマキナさんの歯切れが悪い。レックス警備員が出て行った方向を見据えたままだし…。
「…どこカで、見たこトがあるヨウな気がシタんでスが…」
「さて、と。とりあえずは彼女を放してあげてくれますか?」
「はいよ」
シレーナが立ち去ってから、彼女が完全に見えなくなるのを見計らってヒメロマネージャーが何でも屋を取り押さえたままだった俺にそう言ってくるので、言われたとおりに手を放し、離れてやる。
「あいたた…。あやうく乙女の顔に刺激物を投与されるとこだったわよ…」
捻り上げられていた腕をグルグル回して若干痛めた様子の腕や肩の調子を確認しながら恨めしそうにこちらをジロ、と睨みながら立ち上がる何でも屋。
「随分あっさり開放するのね。アタシがいきなり仕返しするとは思わないの?」
「どうせこのマネージャーがお前さんの雇い主だろ?この状況でそんなことしてお前さんにどんなメリットがあるんだよ」
「少なくても、アタシの気が晴れるわね」
「じゃ、やり返すわ」
どうにもこの赤茶髪女はアッサリ負けた事が悔しいらしい。敗者は敗者らしくスッキリサッパリ「私は負け犬だワン」と現実を受け止めればいいのに。
「…それで、どうして私が彼女の雇い主だと?」
今度はヒメロマネージャーが。どうして、と言われても…なあ?」
「タイミングが良すぎだ。アンタが出かけてシレーナがフラフラしてこの女が拉致りに来て、コレが負けたらアンタが助けに来る。…偶然って事もあるだろうがシレーナの行動パターンをよく知ってる人物じゃないと、「偶然じゃなかった場合」こんな手口は使えない」
「…もしかしてアタシに非道な行いをしようとしたのも、彼女をおびき出すのが目的だったとか?」
「3割はそういう目論見もあったな」
「半分以上本気だったとか鬼か悪魔かっ、アンタ!」
鬼も悪魔もあっちでまだ気絶してるだろ…。まあ、俺がシレーナが襲われそうな場面に現れたのは俺を探しているシレーナを俺自身が後ろからこっそり尾行してただけだ。マネージャーが外出した隙に狙われる可能性が高いと思ったら案の定だったしな。
「なるほど…。要するに、最初からある程度疑われていたんですね」
「いやいや、アンタを疑ったのはこいつらに会ってからだよ」
こいつらはシレーナに危害を加えるのが目的じゃなかったようだし、かと言って身代金と言うにはシレーナの知名度は中途半端だ。『ロキの尖兵』や『ファランクス財団』の回し者にしては…些かマヌケすぎるしな。
「それで、貴方はどこまで「彼女」の事情をご存知なので?」
含みのある言葉で探るようにヒメロマネージャーが。もちろん、その言葉の意味はこちらはもう知っているけどな…。
「そっちの茶髪は、事情を知ってるのか?」
「あちらで倒れている2人は何も知らないけどね。ざっとは聞いてるわよ」
「へぇ、『真祖』を目の前にして律儀に仕事してたってか。そのまま拉致って売り飛ばすなり悪用するなり出来たのに」
どうやらこの何でも屋もシレーナの素性は知っているようだ。
「…姉の目の前でよくそういう事言えますね…。まあ、彼女には彼女なりに2大闇ギルドとは因縁あって、そういった点では信頼できる人ですので」
「アンタの事は全然信用できないけどね。…で、アンタは何処でその情報を?」
「ああ、『ファランクス財団』から直接な」
「益々信用出来なくなったわ」
「とりあえず、いつまでもここにいても何ですし、場所を変えてお話しましょうか」
同感だ。こちらとしてもこの2人がこちらにとって敵になるか味方になるか判断できないままではどうにもならない。
「シレーナはリハの収録でまだしばらくかかるだろ。『モフモフ』あたりで情報交換としないか?」
「ええ、異存はいりません。…ああ、イクス。駐車場の修繕費は、依頼料から引いておきますので」
「ちょっ!それ完全に赤字じゃない!」
自業自得。…笑ったらまた睨まれた。後先考えずに怪力振りかざすからだろ。
「…で、あの鬼と悪魔はどうするんだ?」
「ああ、そのうち目を覚ますでしょ。無駄に丈夫なのだけが取りえみたいな奴らだし」
「仲間じゃないのか?」
「別にギルド組んでる訳じゃないし、昔ボコったら懐かれて付きまとってくるから便利なパシリにしてるだけよ」
そう言いながらイクスと呼ばれた何でも屋はヒョイ、と片手でそれぞれ鬼人と悪魔を襟首を掴んで持ち上げ、そのままポイッ、と駐車場の隅に放り投げる。
「ひでぇ」
「アタシの鼻に練りワサビ流し込もうとした男には絶対言われたくないセリフだわ」
「ほいさ今夜もやってまいりましたDJシグナの『威風堂々・電撃パープルラジオ』。司会は当然この俺、昨夜炊飯器のスイッチを入れ忘れてライス無しカレーという虚しい夕飯だった魔狼シグナ・ガディフォール。そして今宵のゲストは昨日に続きアイドル、歌手活動で割りとジワジワ人気を集めてる通称「歩く黒歴史」、シレーナ・カンタンテだ」
「やぁ、昨日の紹介より随分パワーアップしているね。放送開始10秒経たずに心が挫けそうだよ」
「ちなみにこの紹介文は今日1日遠征祭でこのラジオ局のスタッフとして職業体験に来てる魔術技巧専門学園の学生さんと打ち合わせして作成したものだ。クールだろ?」
「スパイシーすぎるよ。と言うかやっぱり彼が噛んでたんだね。何となくそんなことだろうと第六感が働いていたところだよ」
「さぁ早速盛り上がってきたところでまずはオープニングの1曲といこうか。今日流すのはつい昨日発売されたダウナー系女性歌手レイリア・シオンの新曲「パハムート・コロッケパン・ラプソディー」。タイトルからして意味不明だがどうぞっ」
「へぇー、これが生放送ってやつなんだねえ」
初めて見たけど、正直ラジオの収録って聞くとイメージ的にはもっと地味で音しか届けられないしテレビの劣化版とか思ってたけど、ナマでこうして間近で見ると中々に妙な感動を覚えてしまう。
「あの娘がシレーナ・カンタンテかぁ。見てよ見てよモプシー。あの娘が『海鮮戦士シゲマサ』のOPを歌った歌手だよ。なんか、そう思うとジワジワテンション上がってきたかもだよ。聞いてる?ねえ」
「モプシーさンなラ、多分今何モ聞こえテいナイ状況カと」
私達3人は今、ラジオ局正面口のすぐ脇に設置されている公開放送部屋の前に立っている。ガラス張りで天井からマイクを下げたテーブルに向かい合ってDJシグナとゲストであるシレーナ・カンタンテが生放送中。当然、ファンが殺到して局の入り口付近は大混雑状態。最初はマキナさんに魔力シールドを張って貰って楽しようかと思ったけど、当の本人とモプシーから「流石にそれは人として…」とか「そんナんだカラ、ニートとかポンコツとカ言われルのでハ?」とか、割と真顔で注意された。くすん。
「あばばばばばばばば」
あ、ホントだ。モプシーは目の前で大勢の人が押し寄せているので人見知りマキシマムな彼女はすっかり目を回してパニックになってしまってる。「ヒャッハァー!!」にならないように念のために警備服の帽子をキチッとキツめに被せて耳を押さえつけていたのは正解だったみたい。
って言うか耳押さえとけばパニクッてもテンションチェンジしないんだね…分かりやすいスイッチだね。
『…はい、本日1曲目、レイリア・シオンの「パハムート・コロッケパン・ラプソディー」。天然不思議ちゃんキャラなのになかなかアップテンポな歌を歌うもんだ。そして異様にソースたっぷりかけたコロッケパンが食べたくなるよな、なにこれステマ?』
『ステルス感全くないよ、ダイレクトすぎないかい?…お腹すいてきたのは同感だけど』
『オープニング曲も終わったことだし一旦CM挟んでトークスタートだ、リスナーのみんなも今のうちにトイレ、宿題、敵討ち済ませておきな。俺達ぁこれからランチタイムだからな』
『是非にコロッケパンの差し入れを期待するよ。ふふ…流石にそれは都合が良すぎる願望かな?ささやかな希望すら摘み取っていく現世の常だ、期待は所詮願望に留めておくのが妥当な選択なんだろうね』
『ちよっと何言ってんのかわかんないのでCMだー』
-貴方の職場、人材は足りていますか?オルタネート派遣は様々な分野の技術者を取り揃えた優秀なスタッフぞろいです。急な社員の欠員、突然のイベント事で人手が欲しい。そんな時には是非ご一報。24時間スタッフが電話受付しております電話番号…-
「CM入りマシたね。おヤ、本当に昼食のヨうで」
ほんとだ、しかも実際コロッケパン持ってきたし、スタッフさん。…って言うか物凄い見覚えのある人がシレーナさんに差し入れ渡してるんだけど、気のせい?ねえ気のせい?
「ウリさンじゃないデすカ。あア、あちラの今日の職業は局のスタッフでシタっけ」
スタッフと言うにはシレーナさんに昼食を渡して、メモ帳を取り出して何だかスケジュールの打ち合わせでもしてるみたい。あれ、スタッフって言うより…。
「おー、仕事してるか学生どもー」
ランチタイムでモキュモキュとコロッケパンをほおばるシレーナさんをもっとよく見ようと正面から側面へとファンの群れがズサーッ、と大移動していき、そのタイミングをまるで見計らったようにレックス警備長が紙袋を片手にノソノソとやってくる。…今までちゃんと仕事してたんでしょうね、アンタ。
「流石人気だなあ、シレーナ・カンタンテ。今注目のアイドル歌手だもんな。踊れはしないけど独特なキャラクターと歌唱力でこのとおり、ファンは多い」
抱えた紙袋に手を突っ込んでパンを頬張りながら説明されても…って言うかアンタもコロッケパンかい。
「そう言や今日は局のスタッフとしてもお前さんらと同じ学生達が体験実習してるんだっけか。聞いたところシレーナ・カンタンテの名指しで収録スタッフの予定が1日マネージャーに抜擢されたんだと」
「はい?」
「あラ」
「あばばばばば」
モプシー、もう人ごみは遠ざかったんだよ。いつまで混乱してるの…。それにしても、何だか聞き捨てならない話を聞いたような…。
「あの銀髪の…ああほら、今手帳広げてる美人さん。あの娘。あともう1人、何かやったら目つきが悪くて口はもっと悪くて目が合うとトラウマになるって言われてる男が…って、何でそんなのをマネージャーにするかね」
「心の底から同感しますよ、そのセリフ、一言一句に」
シレーナ・カンタンテが名指しでウリと忍をマネージャーに…?なんだろ、また私達の知らないところで変なことに巻き込まれてるような気がしてならない…。
「そう言えバ、マスターのお姿が見えまセンね。折角お近くニ来られタかラ会えルと思っタンですガ…」
「あばばばばば…ハッ!た、タマネギ盗ってません!わたしじゃないですっ、ピーターです、それ!」
あ、モプシーが復活した。と言うか何さ、何が見えていたのさ、あなたには。
「あ、あれ?ここは…」
「おはよモプシー。お仕事中だよ。今は丁度収録の休憩中」
「あぅ…、沢山人がワーッて来て、戸惑っちゃいました…です」
「戸惑ウと言うカ、思考回路オーバーヒートしてマシたよネ」
我に返って、自分が全く役に立たないとしょげてしまっているモプシーの頭を帽子の上からポムポムしながら、改めてガラス張りのスタジオの中に視線を向ける。ウリがこちらに気付いて、小さく手を振ってくれたのでこちらも手を…振ろうとしてモプシーの頭に置いたままなのでモプシーをユサユサ振ってしまう。
(なんだろ…別に会いたい訳じゃないけど、アイツがここに居ないのがミョーに、嫌な予感がするんだよねぇ…。多分、また何か抱え込んでそうな気がする…)
「っぴすっ」
いきなり鼻がムズムズした。誰か噂でもしてるのか?誰だよ勝手に人のこと話題にするのは。著作権の侵害で賠償請求してやろうか。…多分シャルだろうけど。
「で、チンピラ雇って自分の妹襲わせた目的ってのは?」
「開口一番容赦ないですね」
喫茶店『モフモフ』に場所を移し黒幕のマネージャー、ヒメロとその手先イクスとテーブルを囲み注文の品が来るのを待たずに早速本題を切り出したところでいきなり文句を付けられた。
「事実だろ?まあ、こんな爪の甘いマヌケをけしかけたんだから本気で危害を加えさせるつもりじゃなかったんだろうが」
「ちょっと、マヌケってアタシの事?」
「黙ってろヤンキー娘」
椅子から立ち上がって噛み付いてきたイクスにはそれだけ言って無視。ぶっちゃけお前さんじゃ話が進みそうにない。イクスはそれでも何か言いたそうにしているが、ヒメロがそんな彼女を宥めて改めて、話を切り出し始める。
「お察しの通りです。もちろん私も実の妹に危ない目にあってほしくなんかありませんから。…むしろ、だからこそ、といったところですが」
「それも『真祖』絡みか?」
「…ええ、大上さんは精霊の『回帰』はご存知ですか?」
「一般知識程度には、な。砕いて言うとアレだろ?所謂『人生の分岐点』ってヤツだ」
「砕きすぎて粉微塵になってる気がしますけど、まあ妥当ですね」
『回帰』。精霊界の種族にはそこそこ珍しくもないものだ。一定年齢に達した精霊の通過儀礼のようなイベント行事のようなもので、精霊ではない俺にはいまいちピンと来ないが、要は進路希望のようなものらしい。
例えば…向かい合う形でテーブルに座っている目の前の地精霊、イクスを例に例えれば地精霊なら、当初はもっと大雑把に種族分類されており基は土精霊として生まれてくる。その後一定年齢、平均的に14.5歳あたりでもっと細分化された属性精霊になる選択を問われる。
イクスの場合なら地精霊の他にも花精霊や岩精霊、結晶精霊などの選択肢があった筈だ。
「なるほど、何となくアンタの意図が読めてきた気がするな…」
「察しが良くて助かります」
「アタシはみっちり説明されるまでピンと来なかったけど」
「そりゃ頭が悪いからだろ」
にゃにおぅっ!とイクスが再び立ち上がり飛び掛ってきそうなところでタイミングよく、ウェイターが注文の品を持ってきた。
「お待たせしました。アイスレモンティーにホットコーヒーとケーキのセットが2つ。レタス抜きのベーコンサンド。以上でご注文はよろしいでしょうか?」
「ああ、良いタイミングで助かったよ」
「いえいえ」
注文の品を運んできた顔馴染みのトカゲ獣人のウェイターに軽く手を振って、レモンティーのグラスにストローを刺す。えっと、どこまで話したっけ?
「つまり、マネージャーさんはシレーナを『魔歌種』ではなくもっと別の、極力『真祖』としての力を大きく使えないような種族になってほしい…て事だろ?」
程ほどに危険な目に合わせて脅かそうとしたのも「力」そのものに恐怖心を抱かせる意図があったのかもしれない。
「大体はそれで合ってます。出来れば、一番一般的な黒吸血鬼になってもらうのが一番姉としては嬉しいんですが…2つ、大きな問題があるので」
「…なーんか嫌な予感しかしないけど一応聞くぞ?」
ストローでグラスの中の輪切りレモンを掻き回し果汁を混ぜながらヒメロの言葉の続きを促す。
「1つ、あの娘…トマトが物凄く嫌いなんです。私達吸血鬼種はもちろん血液が一番のご馳走ですが、その次に種族として魔力補給に最適なモノがトマトなのですが…。黒吸血鬼はより一層、他種族よりトマトの栄養価を必要とする種族なので…」
「ケチャップでも流し込んでやれ、ンなモン」
悪い予感に限って当たるのをマーフィーの法則って言うんだっけ?ああほら、イクスですら流石に呆れてるじゃないか。
「で、もう1つの問題ってのは?」
テーブルに常備されているガムシロップの小瓶の蓋を開け、ドクドクとグラスに注ぎながら聞きたくないけど一応もう1つの理由も聞いておくことにする。
「何と言えばいいでしょうか…ほら、あの娘ってちょっと変にキャラを作る傾向があると言いますか、非日常的な事に過剰に憧れを抱く年頃といいますか…」
「ああ、確かにイタい頃だよな」
「姉が言葉を濁してるのにバッサリいったわ、この男…」
「ヤンキー黙れ」
「何でアタシにだけそんな辛辣なのっ!?」
さっきからいちいち五月蝿いイクスがバンッ、とテーブルを叩く。目の前の皿のレアチーズケーキが衝撃で落ちそうになって慌てて皿を押さえる。何やってんだコイツ。つーかこっちの茶も毀れるだろうが。
「…話を続けますね」
「どうぞ」
「まあ、そう言う訳でして、あの娘はこのままだと特に何の変哲もない黒吸血鬼では無く魔歌種になる道を選ぶのは目に見えています。…そうなれば」
「『ロキの尖兵』や『ファランクス財団』は放っておかないだろうな、確実に」
「ええ、ですからイクスさんに依頼したのですが…」
「思った以上に役立たずでした、と」
「アンタ、アタシに何か恨みあるの?」
無視します。
「…で、俺にどうしろと?」
「無視すんな極悪目つきっ!」
「店内で騒ぐなフリフリの制服着せて働かせるぞ」
「どういう嫌がらせよっ!」
「話の続きをしても?」
「どうぞ」
コホン、と一旦咳払いをして台無しになった空気を改め、ヒメロが続ける。
「幸いと言うか何と言うか、イクスさんに依頼したこちらの目論見は失敗しましたが結果、シレーナは大上さんに強い関心を持ったようなんです」
「持たれても困るんだが」
「諦めてください。それで、今度は貴方にシレーナの事を説得して頂けないでしょうか?当然、報酬はお支払いします」
「そう言われてもなあ…」
確かにあのオレンジ娘は妙にこっちに興味を持ってるみたいだが…俺はコレでもポンコツへっぽこニートの介護任務(?)という仕事中の身。今は学生と言う立場だが仕事のブッキングというのは正直気が進まない。
(けど、『真祖』が『ロキ』の手に渡ったりでもしたら、それこそ一大事だもんな…さてさてやれやれ、どうしたもんか)
「…もちろんお返事は今すぐでなくても構いません。でも、貴方は夕方には職業体験が終了してしまうのでしょう?出来ればこちらとしては早い返事を期待します」
「まあ、考えとくさ」
「お願いします。…では、そろそろあの娘の収録も終わる頃ですので私は局に戻りますね。失礼します」
そう言いながらちゃっかり伝票を持って席を立つヒメロ。奢られてしまったが、これって一応借りが出来た事になるのだろうか…?
「やれやれ…また面倒な事になってきたな…」
「アンタのせいで仕事が台無しになった身としては溜飲が下る気分だけど」
そう言いながらイクスもヒメロに続いて席を立つ。自分の不手際を他人のせいにするとか最低だぞ。まるで俺が邪魔をしたみたいじゃないか。邪魔したんだけど。
「アタシは依頼主の意向に添えなかった訳だし、この件からもう手を引くわよ。アンタは勝手にすれば?」
「もちろん最初から勝手にするさ」
3割ガムシロップのグラスの中身をストローで一口啜って、イクスの刺々しい捨て台詞に雑に返す。
まあ、実際本当に勝手にするさ。他人の失敗した仕事を押し付けられる筋合いも無いしシレーナにそこまで肩入れする義理も無い。
ただ…。
(これもどうせお前の悪巧みだろ?オグロ…)
今思ったんですがまだこの作品って主人公とヒロインが一緒に何かをする、ってシーンがほとんど無いんですよね…お互いそれぞれ別場面別シーンでドタバタして…。まあ、ふと思いついただけで別にそれほど気にしてないですが。
最近正ヒロインのはずのシャルが影薄いなあ…と。でも、いっか。別に
「え、ひどくない?」
余談ですが忍達が遠征祭に行っている間、忍、シャル横のモプシーのニンジン畑の世話や家周辺の草むしり、窓拭きなどを何故かウルス教官が押し付けられたそうです。
「まあどうせ暇だろ?暇すぎるとどうせ冬眠するだろ?お土産にハチミツっぽい何か買ってきてやるからよろしく暇人」
返事も聞かずに一方的にそう言われるだけ言われて仕方なく今日もせっせと畑の土を耕し、窓を布巾で磨いている教官でした。
「俺、一応教員職なんだけどなぁ…」




