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遠征祭・その4

温泉宿に宿泊しているのにサービスシーンがないだって?

逆に考えるんだ。


想像し放題だって

 遠征祭2日目早朝、各グループは指定された次の体験職業先に。終了時刻は19時を予定。翌日は昼過ぎには学園に帰宅。これで3日間に渡る遠足の終了だ。

 つまり後2日。最終日はほとんど帰宅するだけなので事実上、残り半分といったところか。


 「さてと、ならさっさと行ってさっさと終わらせてさっさと帰るとしますか」


 「そうですね。結局仲直りどころかフォローの言葉すらかけずに翌日になってしまいましたものね」


 宿泊地を出て早速今日の職業体験先であるラジオ局へと向かう俺と、その隣で朝からネチネチと小言をかけ続けてくる姑…もといウリ。


 「学園に帰ったらパンケーキでも焼いてやるさ」


 「…本気で子ども扱いしてますね。それで本当に機嫌を直しそうだから困り者ですけど」


 小言を受け流しながら宿を出て少し歩いた頃、繁華街エリアに入ろうとしたところで前方に見慣れた同学園の制服姿の3人組の姿を視認する。


 「むっ」


 「おヤ」


 「あっ」


 向こうもこちらに気付いた様子。一瞬視線が合って露骨に顔を背ける金髪片ポニテ娘とトテトテと早速近づいてくる着物女、ついでに小ウサギ。


 「そっちも今から出発か、トリオ・ザ・ポンコツ」


 「出会い頭にカナりの言わレようデスけど気にしマセん。マスターマスター、そちラに同行しテも宜しイですカ?」


 「よろしくない。決めた班分けに従え」


 「エー」


 「エー、とか言うな。キャラに似合わないぞ。ほら、俺みたいなのが一緒だとウサギさんも嫌だとさ」


 マキナに釣られるように近づいてきたモプシーに視線を向けて…ちょうど見下ろすような身長差だが、当のウサギさん(モプシー)はこちらの予想に反して同じように俺を見上げながら小さくクビを横にフルフルと動かして。


 「えっと、別に、わたしは…嫌ではない、です…です?」


 「です?って、疑問符を俺に向けられても」


 視線すら合わせなかった頃がもう懐かしく思えるな…と言うか刷り込み(インプリンティング)済みのマキナはともかく、ウサギ(モプシー)にまで懐かれる覚えは無いんだが。察知したフラグは瞬時にその場で踏み潰しているはずだし…。


 「マキナさん、モプシー。早くしないと遅れるよ」


 3人組の2人がチョコチョコとこっちに近づいてきたので1人取り残されたシャルが若干棘のある声をかけてくる。もちろん、俺にじゃなくてこの2人に、だが。

 シャルの横には早速ウリが寄り添いこちらからは聞こえないが、何やらボソボソと話している。どうせ、俺の悪口だろうけど。


 「機嫌が悪いみたいだな」


 「マスターのせいナンでしょウ?…大丈夫デす。シャコちゃンに見放さレテもワタシは生涯マスターの味方でスから」


 「重い。お前、重い」


 マキナは色んな意味で当てにならない。こっちはこっちで頼りないが、一応もう1人のほうにフォローを入れさせるようにしておこう。


 「ご機嫌斜めのポンコツと一緒でやりにくいかもしれないが、面倒事になってこっちに火の粉がかからないようにしてくれよな」


 要するに、体よく「あわよくばご機嫌取っておいてくれ」と言う含みを込めたつもりだったんだが、モプシーは察したのかどうか数秒、パチクリと瞬きしながら何かを思案するようにフリーズしてから…。


 「は、はいっ。わかりました。忍さんは本当は良い人なんだって、シャルさんに、言っておきますから。…です!」


 「おお、ありがとう。壮絶に曲解してくれたけどな」


 まあ、いちいち言い直すのもこちらの真意を伝えるのも好ましく無いのでモプシーにも期待しないでおこう。


 「ほら2人ともっ!あんまりソレの近くにいると大上ウイルスが感染して目尻が釣り上がるよっ!!」


 人を悪質な細菌兵器みたいに言うな。ほら、さっさと行けお前らも。ええいマキナ。「感染でスか。それハそレで」とか言って腕にしがみ付くな。鬱陶しい!


 「…いい機会だったんじゃなかったですか?どう思っていようが形だけでも謝っておけばあの娘もいつまでも意固地になっていないと思いますけど」


 こちらとは目的地が別方向な為、繁華街エリアの入り口で先に進んだシャル達にヒラヒラと小さく手を振って見送りながら視線はシャル達の後姿に向けたまま、声だけがこちらに向けられる。


 「折角の遠征祭で友達と一緒なのにいつまでも機嫌損ねたままでもいないだろ。アイツもそこまで空気の読めないスチャラカポンコツじゃないだろうし」


 「時間経過による自然回復待ちですか。意固地なのはある意味こちらの方かもしれませんね…」


 「何かウリと2人になるといつも小言を言われてばっかりな気がするな」


 「言わせているのは誰ですか?」


 誰だろう?わからない、わからないな…。









 「いい加減機嫌ヲ直したラどうでス?シャコちゃん」


 職業体験先に到着した私達は早速制服に着替えることになった。更衣室でもそもそと着物を解きながらマキナさんが宥めるように声をかけてくるけど、忍の為なら何でもしそうなマキナさんにフォローされても説得力は皆無だと思う。


 「マスターの(ねじ)れくネッた性格モ毒と棘にマみれタ物言いも平常運行ジャないでスか」


 「それはそうだけどね」


 「分かっテて怒っテいルのは、シャコちゃンはマスターとモッと仲良くなリたいって事でスヨね」


 何だか誤解されそうな言い方をしてくれる。そうだね…ぶっちゃけた話、私は最初の頃よりかはあれの事は嫌いじゃない。好意的、とまでは流石にいかないけど。

 嫌な奴だけど悪い奴じゃないのは分かってるし真意を見せず捻くれた言動で本心を煙に巻くやり口ももう分かってる。

 それでも心無い言葉に傷ついたのは、私自身が忍の事をもっと知りたいと思い始めてきたからなんだろうか…。


 「…前から聞きたかったんだけど」


 「はイ?」


 帯を解いて丁寧に着物の生地を畳んでロッカーにしまい、制服に袖を通しているマキナさんに今度はこちらから声を掛ける。


 「マキナさんって、どうしてそこまで忍にベッタリなの?心酔というか盲信と言うか…初めて動くものを見たヒヨコみたいな感じでさ」


 「上手い例えガ思いツカなかっタだけデしょウガ、なかナカ雑に言ってクレますね」


 そう言いながらもマキナさんは別段怒った様子でも無く…と言うかマキナさんが忍に対してテンションを上げている以外に感情の起伏を見せた事自体ほとんど無いけど。


 「シャコちゃンの言う通り、ワタシはマスターが全てデス。ワタシにトッてマスターは神様でモあり親でモあり、世界そのモノ、とさえ言えまスかラ」


 特に躊躇する事も照れることも無く、さも当然のように愛する(マスター)への思いを並べるマキナさん。


 「マスターはワタシに生きル理由を下さいマシた。生きル意思をくダさイマした。マスターがいナカったらワタシはここにハいませン。ワタシの行動原理ハ8割マスターの為、デすから」


 「試しに聞くけど、残りの2割は?」


 「…マスターの為デスかネ」


 「絶対8割とか適当な数字言ったでしょ後先考えずに勢いだけで言ったでしょ結局マキナさんの頭の中は忍の事しか考えてないじゃんマスター大好きすぎでしょ!」


 ああ駄目だ。マキナさんは忍ラブすぎて話の参考にもならない。ああもう。マスター自慢はいいから。携帯の待ちうけにしてるのも分かったから。着ボイスまで?…流石にソレは引くわ。


 「…えと、いい、です…です?」


 ぷはっ、とややサイズの大きかった制服のブラウスから頭を出して(ボタン外して着ればいいのに可愛いなもう)今度はモプシーが発言。頭を通した際に乱れた髪と垂れ耳を手櫛でモタモタと繕いながら。可愛いなあもう。


 「わたしも、忍さんは悪い人じゃないと思います…です。…口は悪いし、目つきも悪いし、愛想も悪いし…ですけど」


 「えっと、ただの悪口になってる。それフォローじゃないよモプシー。罵詈雑言だよ」


 「ああう、えと、違います。そうじゃなくて、いえ、それは間違ってないですけど、えと…」


 モプシーも最近分かってきたけど大人しさと気の弱さに隠れて目立たないだけで結構腹黒いというか、意外とちゃっかりしていると言うか図太いと言うか…。まあ可愛いからいいけど。可愛いから。


 「モプシーさンは実際マスターに直接助ケられてフラグ立っタんでスよねェ。颯爽とピンチを救わレテ胸キュンでスカ、そうデスか」


 「マキナさん、一先ず黙ってここはモプシーのターンだから」


 「エー」


 両手で片耳を撫でつけて毛並みを整えながらモプシーが続ける。一足先に着替え終わったマキナさんは、不服そうだけど素直に言われたとおりに沈黙。こういうところは実年齢(11歳)らしい素直さなんだよねえ。


 「フラグとか、わかりませんけど…。わたしの為に、助けてくれた訳じゃない、っていうのも分かります。…でも、実際わたしの背中を押してくれたのも、救ってくれたのも忍さんなんです…」


 救われた…か。それは、私も、そしてウリにも言える事。

私がこうして平然と外に出歩いていられるのも、ウリとまた普通に接することができるのも忍が茶釜組を矢面に立たせて実害を押し付けるという今考えても鬼畜すぎる手口で引きこもり問題を解決してくれたお陰なんだし…。

 今は普通に働いてるし引きこもっても無いのに未だにニート呼ばわりしてくるのは正直普通にムカつくけどね。


 「上手く言えないんですけど…忍さんは、本人の言う事が信用できない、というか…。あの人は言葉じゃなくて、態度じゃなくて、行動で本心を示している、ような気が…あぅぅ、上手く説明できません…」


 「まあ何となーく、ニュアンスは伝わるから大丈夫だよ」


 よしよし、口下手なのは分かってるから。あんまり自虐的にならないで。職業体験先で「ヒャッハァーー!!」されても困っちゃうしね?

 言葉でも態度でもなく行動で、ね…。何て言えばいいんだろう、ああ。単純に凄く面倒くさい、アイツ。


 「まあ、私だって流石にもう理解はしてるんだよ。アイツの一番信用できない点って、全然本心を見せずにおちょくり倒して煙に巻くやり口なんだよね…」


 「本音ヲ隠す為ニ多くを語ル人も居れバ必要ナ言葉すラ言わナイ人もいまスシ。他人ト距離を助走付キダッシュジャンプで取るようナ方もイマすよ」


 「…それ、忍さんのことです?」


 走り幅跳びレベルで距離取られてるの分かっててあれだけ崇拝してるマキナさんってある意味大物かもしれない。

 けどまあ、そうだね…冷静に考えれば「何を今更」って気がしてきたよ。


 「まっ、いつまでもあんなのの事でイライラしてても不健康だし。今日1日こなして精霊地区観光に行こ。終業時間から就寝まで空き時間あるしさ」


 「そウですね。マスターと合流シて広場のイルミネーション見に行キタいでス」


 「わ、わたし、お土産買いたいですっ…。忍さんと、ウリさんと、理事長さんと…」


 マキナさんブレないなあ…そしてモプシー。お土産って忍もウリも同じ場所に来てるんだってば。

あえて口にしないでおくけど。そしてようやく、私も2人に遅れて着替え終了。

 ダークブルーの生地に肩に黄色いラインが走る「ここ」の制服。幸い今度はスカートじゃなくてズボンスタイルなのが有難いかな。


 「しかシ、可愛い女の子ガ3人並んで警備員とハ…」


 「ま、いいじゃない?変に着せ替えられたり変な衣装で撮影されるよりは」


 着物姿以外のマキナさんは初めて見るけど、ゆったりとした着物じゃ目立たないけどやっぱりスタイルがいい。…ウリとどっちが大きいんだろ?あえて、「どこ」がとは言わないけどさ。言わないけどさ?


 「えっと、それで私達の担当場所ってどこだっけ?モプシー」


 事前に渡された警備担当地区(もちろん体験なのでアルバイト程度の警備だけどね)のプリントを持っていてくれていたモプシーに訪ねる。こっちはこっちで小柄なモプシーの為にわざわざオーダーメイドしてくれたかのようにジャストフィットしてる。…中学生の学園祭みたい、なんて言ったらヒャッハーされるかな…。小学生、とも思ったけど流石に実年齢23歳にそれは可哀想かな、と。

 私は忍とは違うんだ、言っちゃいけない事の分別ぐらいはつけられるさっ!




 「っぷし」


 「風邪ですか?気をつけてくださいね」


 「…今何となく金髪片方テール娘をしばき倒したくなった」


 「やめてください物騒な。思っても口に出さないで下さいよ」




 「えっと…わたし達3人の、警備場所…えと、しら、とら…?あぅ、精霊地区の「漢字」は、ちょっと苦手、です…」


 「ちょっと貸して。えと、どれどれ…?」


 「担当場所、ラジオ局。ビャッコ放送局…デスか。どこカで聞いた気ガしまスネ」




 





 精霊地区の西区。主に専門的な商店や事務所の入ったビルが並ぶエリアに俺達の今日の職業体験先がある。

 ラジオ塔ビャッコ放送局。首都ホンカワゴエなどには若干規模は劣るものの全国放送している番組も多数手がける、オルド有数のラジオ局の1つ。

 そして早速局の入り口の前に出迎えとばかりに立っている人影が2つ。その片方、小さいほうはつい昨日見た顔だが…。


 「やあ、よく来てくれたね待ってたよ。結局名前を教えてくれなかった大上何某(なにがし)とウリさん」


 相変らず妙にキャラを作った感が否めない口調で噂の『歌姫』シレーナ・カンタンテが馴れ馴れしく…もといフランクに声を掛けてくる。

 こいつ、自分が『真祖(ノーブルレッド)』だとか、その辺の事情を知ってるのか…?

そんなことを考えながら返事を保留しているとシレーナの横に立っていたスーツ姿の女性がゴツン、とシレーナの頭にゲンコツを入れてから俺達に対して小さく頭を下げる。


 「先日はうちのシレーナが大変お世話になったそうで。本当なら昨日のうちにお礼に伺うべきだったのですが仕事が立て込んでおりまして、遅くなりましたが…」


 「お構いなく。実際その娘を助けるつもりなんて無かったんで」


 ゴス、と横から小姑(ウリ)にわき腹を肘で突かれるが、無視する。この程度で俺は自分を曲げたりしない。


 「シレーナが助けられたのは事実ですから。その恩人が今日私達と同じ職場というのも、偶然にしては出来すぎな気がしますね」


 「そこは至極同意しますよ。…それで、貴女はその娘のマネージャーさんってことでいいので?」


 「ああ、失礼。自己紹介が遅れましたね」


 そう言いながらスーツの懐から名刺を出すマネージャー(?)。ゲンコツ食らったシレーナが小さな声で「そっちだって自己紹介してくれてないじゃないか」と言ったのは聞こえているが無視する。


 「私、シレーナ・カンタンテの私設マネージャーを勤めているヒメロ・カンタンテと申します」


 「カンタンテ、ってことは」


 「ええ、この娘の姉です」


 なるほど。律儀な礼はマネージャーとしてだけでなく肉親としての意味も兼ねて、って訳だ。


 「それでヒメロさん。貴女方がわざわざこうして出迎えて下さったのはそれだけじゃあ無いですよね」


 蚊帳の外だったウリが小さく手を上げてヒメロと名乗ったマネージャーに問う。そりゃそうだろ。何せさっきから思い切り嬉しそうにしてるシレーナの様子を見れば大体の予想はつく。


 「ええ。あなた方の今日の職業体験ですが、この放蕩娘…もといシレーナの1日専属になって頂きたいんです」


 …そりゃあまた、随分都合が良い話だな。一瞬ウリと顔を見合わせる。何せこちらはつい昨夜そこのオレンジ娘の素性と『ロキの尖兵』、『ファランクス財団』の2トップに狙われている事実を知らされたばかりだ。その翌日にその娘の専属…。


 「都合が良すぎないか?」


 「ですね。…あのマネージャーさんがどちらかのギルドと通じている、というのは考えすぎでしょうか」


 その可能性も無くは無いだろ。姉が妹を売るなんて話は聞かない訳でも無いしな。唯、口に出すと怒られそうだから黙っておく。大上君は成長する生き物なんだよ。


 「要は今日だけ君達2人にボクのマネージャーになってほしいという事だよ。姉さんは最近色々忙しくてね、なあに。今日はここでの収録しか無いから何の心配も要らな痛ぁ!」


 「あんたがフラフラと居なくなったりしなければいいだけでしょ。いつもこれぐらいやる気出してくれればどれだけ楽になるか…」


 「だからってすぐに暴力に訴えるのはどうだい?鬱屈した行動制限方法を取っていると人は益々反発するだけ…ああ、わかったわかった。拳を振り上げないで」


 あー、なんかこのマネージャーには親近感湧くな…。身近なところに手のかかる問題児がいると常識人は大変だよなあ。


 「兎にも角にも、好都合なのは確かです。シレーナさんを警護しながら今後どうするか考えましょう」


 「妥当な判断だ。ま、護衛対象はどうにもスチャラカみたいだが…。俺の介護相手と良い、対象に恵まれない運命でも背負わされてるんだろうかな、俺って」


 「日頃の行いじゃないですか?まあ、苦労すればいいですよ」


 「お前俺のこと嫌いだろ」


 「嫌いではないですよ。好きでもないですが」


 要するにどうでもいいって事か。ま、何でもいいけど。


 「了解だ(オーライ)。仕事内容は分かった。早速だけど俺達は何をすればいい?」


 その言葉を待っていたとばかりにマネージャーのヒメロではなく、最近もっぱら『真祖ノーブルレッド』と評判のシレーナが顔を輝かせる。


 「1日限りの臨時マネージャーとは言えよろしく頼むよ2人とも。詳しい段取りは追々伝えるとして、マネージャー業としてまず何よりやる事があるよね」


 「帰り支度か」


 「早っ!」


 「…自己紹介ぐらい、そろそろちゃんとしてあげたらどうです?」


 もはや恒例の呆れ顔(何故かマネージャーも同様な表情だが)でウリが一歩前に出てシレーナに向かって。


 「ウリエル・アクエリアスと言います。魔術技巧専門学園(エレメンティア)で生徒会長を勤めさせて頂いています」


 「へえ、生徒会長さんかい。凄いね」


 「へえ、お前フルネームそんなだったのか」


 そう言やウリのフルネームは初耳だな。と言うか「ウリ」って愛称だったのかよ。


 「私達天使族は固体名がありませんから。普段は愛称(ニックネーム)で通しているんですよ。さあ、大上さんも。いい加減意地悪しないで教えてあげればいいじゃないですか」


 ああ、なるほど。自分はちゃんと本名名乗ったからお前もやれ、と。そういう事か。こいつ意外と意地が悪いな…。長年ポンコツの世話してたから性格歪んだのか?


 「…まあ、減るもんじゃねえし。別にいいか」


 ウリに習ってシレーナに、ヒメロマネージャーに向かって姿勢を正して、ほんの少しだけ頭を下げて会釈しながら。


 「大上・ピエール・ポルナレフだ。よろしく」


 「絶対嘘だよねそれ」








 ラジオ局の裏の駐車場。さすがにこんなところにはいないとは思うけど、色々と規格外な彼の事だから本当に意外な場所にいるかもしれないので念のために探してみる。世の中ありえないと思っていた事が予期せずして実際に起こり得るものだしね。


 午前中の打ち合わせとリハーサルは滞りなく終わった。ウリと名乗った女性は非常に丁寧な仕事ぶりで姉さんばりにキッチリとスケジュール管理からスタッフとの打ち合わせをこなしていた。生徒会長さんスペック高すぎだよ。

 一方の大上ピエール(絶対嘘だよねこの名前)も音響機材のチェックと調整を担当していたけどこちらもこちらでやたら手際良く調整した上にDJシグナと選曲の相談までしていた程だった。


 …何故か常に「ここでボケて」と書かれたカンペを持ち歩いていたけど、本番で使う気満々なのは気のせいだと思っておくよ?気のせいだと思うからね?信じるよ?


 まあ、色々不安要素はあるけど2人の仕事ぶりは予想を遥かに超えた優秀さなので問題は無いだろう。姉さんもすっかり任せて別の仕事だと出かけてしまったし。その隙にボクはこうしてちょっとだけ外に出て未だに名前を教えてくれない大上何とか君を探している、という訳さ。


 「とは言え、流石にこんなところにいる訳は無いよね」


 駐車場はこの局に2箇所。主に使用されているのは正面玄関横手だ。実際裏側にあるこちらは大回りになってしまいし、駐車されている車などこの広さの割に2台しか見当たらない。

 休憩所、食堂、屋上と色々探してみたんだけどね…。もしかしてトイレだったりするのかな?

半分諦めて局内に引き返そうとしたところで、停めてあった車の影になにやら動くものが見えた気がする。もしかして、意外とここが正解だったりしたのかな。



 「はいチェックメイト。ごめんね、お目当ての相手じゃなくて」


 駐車されていたもう一台の車のドアが開いて、ボクの背後をとる形で車の中から女性が降りてくる。

腕と足に真っ赤な2本のラインが入ったライダースーツに身を包み、その上からジャケットを着込んだ女性。年の頃は20代前後といったところだろうか、少し赤みがかった茶髪を襟元で切りそろえたショートヘアとライダースーツと言う格好、それにやや気の強そうな顔立ちが活動的な印象を強く感じさせる。

 男装でもしたら凄く似合いそうだけど、残念なのかどうか本人にとって分からないが胸元は非情に豊かだ。ボクでさえ若干羨望の意を感じてしまうぐらいだよ。


 それでもボクは初対面の彼女に対して抱いたのは警戒の念と、まるで罠にかけられたかのような不安…。何故かって?だって彼女の腰には物騒にも大振りの刀剣が下げられているし、何よりボクが近づいた車の陰から現れたのは、つい昨日ボクに喫茶店で絡んできた悪魔族の男だったからさ…。


 「また会ったなお嬢ちゃん。今度こそ観念してもらうぜぇ。大人しく撮影されてオレのブログに乗せられちまうがいいさ」


 「やめなデビット。それ脅してるつもり?」


 「そうさねブラザー。まずはサインが先だぜ。ああ、でも色紙持って来てねぇ!あ、こ、このシャツに」


 「キジロウあんたも。…後でにしなよ」


 行為そのものを止めはしないんだね。えっと…この女性はこの2人組のボスか何かなのかな?昨日の報復(?)というつもりだろうか…。

 女性と一緒に車からおりてきた、こちらも昨日出会った横に幅広い体系が印象的な鬼族の男。


 「悪いね、コイツラ頭と顔と頭は悪いけど、本格的な悪い事出来る度胸もオツムも無いから程よく不安を残して安心しなよ。別に痛い目見せたいって訳じゃないしさ」


 「酷いでさ姐さんっ!」


 「むしろどうして頭が悪いことを2回も念を押して強調するんでさっ?」


 うん?えーっと…ごめん。この局で別番組に出演予定の漫才トリオだったりするのかな、もしかして。


 「…何者だい?と、聞いてみたら答えてくれるものなのかな?」


 「ああ、そりゃあもちろん。アタシはイクス。イクス・ブラーエ。フリーの冒険者(スワロウ)さ。もっぱら何でも屋(ジャッカル)家業だけどね」


 「オレはデビット。魔界出身。本業はスマホアプリのアイコンデザイナーさね」


 「そしてオレはここ精霊地区が地元の鬼人(オーガ)、キジロウ。好物は辛子味噌で食べる豚足だぜ」


 「ああ、うん。恐ろしく興味を惹かれないプライベート情報をありがとう、そっちのお二人さん」


 どうにもこの3人組はボクにこれといって危害を加える様子は無いみたいだけど、だったら尚更目的が読めない…。それほど悪人のようにも見えないし。

 まあ、善人にも見えないけどね。


 「話がそれたわね、昨日は悪かったわね。コイツらが迷惑かけて。本当はあなたに用事があってね。…ちょっと一緒に来てくれない?」


 「…若干興味はあるけど、生憎ボクはまだ仕事が残っていてね。夕方からまた収録があるんだよ」


 「すぐ済むから、ほら。それに、あなたにとって凄く重要な話だと思うけど?」


 ライダースーツの女性、イクスと名乗った女性がボクの手を掴む。細い指からは想像も付かない強い力で思わず痛みに手を振り払おうとしたけど、ビクともしない。


 「身の安全は保障するから。いい子だから言う通りにしてくれない?」


 「生憎、あまりボクはボク自身をいい子だと思っていないんでね。熱心なお誘いは有難いけど与えられた仕事を途中で投げ捨ててまで見ず知らずの人についていく程無邪気じゃないよ」


 掴まれた腕を振り払えないまま、それでもささやかながら抵抗の意思を見せ続ける。無駄な足掻きかもしれないけど、何もせずに第3者の意思に流されるような生き方なんて、ボクは遠慮蒙(えんりょこうむ)りたいからね。

 とは言え…。


 「もう面倒ですぜ姐さん。力ずくでこのまま連れてっちまいましょうや」


 「そうでさぁ、姐さんの腕力なら小娘1人小包運ぶのと変わらないでしょうぜ」


 「…アタシ一応多感な21歳なんだけど」


 そう言いながらも本気でボクをこのまま無理やり引きずり、どこかへ連れて行こうとする3人。

昨日みたいに都合よく、計ったようなタイミングで救いの手が来るなんて流石に夢を見たりしないけど、それでもやっぱり少しは期待してしまうよ。あの凶悪とすら言える鋭い眼光の、取り繕うような愛想とは一生無縁そうな、彼の事を…。


 「ソレも多感な14歳なんだ。大人が寄ってたかって格好悪い真似するなよ」


 …本当に、実はどこか物陰で隠れて狙っていたんじゃないかい?本気でそう言いたくなる、このタイミング。腕を組んで呆れたような顔でボクと、それから順番にボクを連れ去ろうとする3人組を見回して、小さく溜息をつく。


 「熱烈なファンは有難いんだろうがコイツはまだ仕事があるんで、それぐらいで遠慮して貰えないか?」


 キミにはこれがファンの行動に見えるのかい?まあ、唯の皮肉だろうけどもう少し緊迫感を持って心配をしてくれたっていいんじゃないかな。助けられた身(?)としては些か寂しい気がするよ。


 「ったく…、人がこっそり監視してる傍からトラブりやがって…」


 今、小さな声で何か言ったようだけどよく聞こえなかったよ。とは言え助けに来てくれたのは素直に感謝しないとね。流石に2日連続だと偶然と言う陳腐な言葉で片付けるには些か怖いね。運命…だったりするのかな?もしかしてだけどさ。


 「あ、姐さん姐さん、コイツですぜ!昨日オレ達を邪魔した奴って。なあブラザー?」


 「悪い、俺顔も見る暇も無くノックアウトされたから。…ああ、でもそうかお前か。人様にゴミ袋投げつけたような非常識な奴は!」


 「小娘に集ってガタガタ喚いているようなチンピラの粗悪品が常識なんて単語を使うな。何様だ。使用料払え」


 うわあ…、遥か頭上から真っ二つに両断するような切れ味鋭く芯まで響く罵り。自分に向けられたら涙目になりそうだよ。…ああ、鬼人と悪魔の2人組は早速目頭を震わせて後ずさってしまってる。


 「な、なんて滑らかに罵詈雑言を吐き出すんだこの野郎っ!言葉の暴力で傷害罪が成立するぞ、これっ!」


 「この鬼っ、悪魔!!」


 「鬼はお前で悪魔はお前だろ」


 心を傷つけられて泣きかけながら大声を上げる2人に対して機械的に冷淡かつ的確すぎるツッコミが入る。…えっと、か弱いヒロインが連れ去られる寸前だったシリアスムード、もうとっくに迷子になってしまったようだけど、どうするのかな、イクスとか言ってたっけ、この女性…。


 「まさか本当に同じ相手にまた邪魔されるなんて、ね。…どういう因果なんだか」


 「運が悪かったな、同情はしねえけど」


 「いらないわよ」


 掴まれていた腕が離される。その代わり、イクスの手は腰にかけられた剣の柄にかけられ…。

残りの2人も精神攻撃(?)から必死に立ち直り、大上の背後に回ってそれぞれ左右から挟むように、3人で大上を取り囲む形になる。


 「悪いけど2度も仕事の邪魔されたとあったらアタシの信用問題になるからね。押し通らせてもらうよ」


 「今度は3人がかりだぜ。菓子折り持って謝るなら今のうちだからなっ、コラ!」


 「程好くボコってから海岸に縦に埋めてやらぁ!」


 何か若干生温い脅し文句が聞こえたけど、地味にピンチじゃないのかい?これ。

囲まれている張本人は片手で頭を掻きながら、さも「面倒くさい」とでも言いたそうな顔で突っ立っているけど。


 「面倒くさいな、お前ら」


 ああ、本当に言ったね。えっと、この隙にボクは逃げたりしておいたほうがいいんだろうか?


 「サクッて片付けるからその辺でコソコソしてろ、オレンジ娘」


 まるで人の事を柑橘類の親類みたいな呼び方をしているけど、多分ボクの事なんだろうね。髪の色だけで思いついた短絡的な呼称だけど適確でもあるから感心するよ。とりあえず、言われたとおりに近くの車の後ろに隠れる事にしようか。

 大上の強さは昨日この目にしたしあの女性、イクスがどれだけの力量かは知らないが彼の余裕そうな態度を信用するとしよう。


 「よっしゃいくぜコノヤローが!」


 鬼族の、キジロウと名乗った男が懐に手を入れて鎖でつなげられた2本の棒、ヌンチャクと呼ばれる鈍器を振りかざして左方から飛び掛る。


 「今日のブログのネタにしてやるぜぇ!」


 悪魔族の、デビットと名乗った男が背中からスルスルとゴルフクラブを取り出し、右方から同じく襲い掛かる。どうでもいいけど両者とも武器のチョイスが何とも言えない。


 背後から2人同時に襲撃される大上だけど、特に後ろを振り返る事もせずに小さく背後にヒョイ、といった感じに飛び退く。そして、たったそれだけの事が凄惨な光景をこの場に生み出すことになる…。


 「え」


 「あ」


 ゴンッ、ゴツッ、と少し離れたここからでも十分聞こえる鈍い音を上げて、鉄製のヌンチャクを脳天に減り込ませた悪魔と、ゴルフクラブを延髄に叩きつけられた鬼。

 お互い振り下ろした武器が対象に回避され、結果的に同時に反対方向から飛び掛った2人は中間地点の目標が立ち位置をズラしたせいで数秒後、互いの武器をその身に減り込ませ仲良く、ほぼ同時に、白目を剥いてバッタリと地面に倒れる。


 「…笑えばいいのか?」


 「無かった事にしてくれるとアタシもやりやすいから、お願い」


 片手を剣の柄に当てたまま、もう片方の手で顔を覆って重々しく頭を振るイクス。大上も流石にどう言葉をかけていいのか分からないらしい。無言のまま小さくイクスに向けて「ご愁傷様です」とでも言うように頭を下げる。


 「…やり直すわね」


 「どうぞ」


 「コホン。…じゃ、改めて」


 小さく咳払いして、腰の剣を引き抜くイクス。柄だけじゃない、鍔飾りも刀身も真っ黒な、異様な剣を抜き放ち、忍に向ける。


 「悪いけど2度も仕事の邪魔されたとあったらアタシの信用問題になるからね。押し通らせてもらうよ」


 「通行止めだ諦めろ」


 同じように大上も腰に下げていた剣の鍔に指をかけ、そのまま親指で押し上げるようにして左手で逆手に持つ形で抜いていく。こちらは片刃の、所謂「刀」と呼ばれる珍しいタイプの刀剣だね。

尤も、2人ともわざわざ仕切りなおして対峙している時点で一部始終を見ている観客(ギャラリー)としては今一つこの場に緊迫感を抱けないんだけど…ね。


 「ここは俺の見せ…ああ、駄目だ。決め台詞が格好つかねえ、これじゃあ」


 「決め台詞っ!えっ、何それ凄く聞きたい!!」


 訂正。この状況に突然期待と興奮を感じ始めたよ。

遠征祭編、前半終了。シレーナの素性とソレを狙う2大闇ギルド。ちょっぴり不穏になった忍とシャル。特にいつも通りの他の面々。さてさて、どうなることやら。



 ちなみにラジオ放送の人気DJシグナ。フランクな語り口と軽快なトークでリスナーからの支持を集めていますがこれでも魔狼(フェンリル)なので怒るとラジオ局の1つや2つ、一瞬で消えます。噂では魔王の一族だとかニンジンが好物だとか、あやふやな噂話が飛び交っているので真偽は不明ですが。

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