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遠征祭・その2

前回の本編に全く関係ないあらすじワード


DJシグナの『威風堂々・電撃パープルラジオ』

 魔術技巧専門学園(エレメンティア)の毎年恒例行事「遠征祭」。

多種多様な世界、種族が入り混じるこのオルドにて学ぶ学生達に見聞を広めさせ、偏見を持たず正しい視点で物事を受け取れるようにといった意図で行われている目玉行事の一つ。とはいえ本当に別の世界に大人数の学生を連れて行く事は出来ないため、毎年首都を囲むようにして設立された5大地区に赴いている訳だが…。

 去年は獣人地区で、主に農作業や家畜の飼育などを実際に体験したり種族によって全く違う生態系を持つ獣人独特の風習や生活を肌で感じてきたそうだ。


 そして、今年は精霊地区。自然界に宿る自然魔力(マナ)が高純度に収束した際に極稀に生命を持って個体となる、それが精霊だ。そういった精霊たちの世界だから「精霊界」と括られているが、精霊界には他にも妖怪や神獣、幻獣といった高純度の自然魔力(マナ)によって生態系が変質した生物達が多数暮らしている。

 大雑把に言えば獣界が動物園なら精霊界はファンタジーゲームだ。


 そして俺達は今、そんな精霊界の住人達が暮らす首都中央を囲む5大地区の一つ、精霊地区(ガイストヴィレッジ)にやってきている。当然、魔術技巧専門学園(エレメンティア)の学生なので恒例である「職業体験」の真っ最中でもあるのだが…。








「おおぅ、いいよいいよぉ~。はい次っ、こっちに視線向けて。そうそう、それそれ。はい、もっと笑顔で。いいねえ、ほら、そこで軽く髪をかきあげたりしてみようか」


 真っ白な壁に囲まれた室内で私の後ろには港町が描かれた背景板が敷かれている。左右には大きな照明が立てかけられているし、さっきからひっきりなしにカメラのフラッシュが浴びせられて、正直目がチカチカする。


 「おっ?その呆れたような冷たい視線もいいねえ。そっち路線の読者の心も掴んじゃえそうだ。はい、少しあごを上げてカメラを見下ろすようにして「コイツ、バッカじゃないの?」って顔してみようか」


 ごめんなさい、今本気でそう思ってます。…グループ分けをくじ引きで決めたとは言え、まさかそれぞれの班の職業体験先までランダムでくじ分けされるとは思って無かったよ…。

 ちなみに私と同班になったマキナさん(何故かナース服)とモプシー(何故か浴衣姿)は私より先に撮影を終えて、スタジオ後ろの椅子に座ってグッタリしている。私も、そろそろそっちに混ざりたいんだけど…。


 「さっきのナイスバディな和服美女とウサ耳ロリ少女も最高だったけどサイドポニーのブロンド美少女っていうのも素晴らしいねえ。こんなにエキサイティングな仕事はひさしぶりだよ、いやあお兄さん力入っちゃうねえ」


 「えっと…あの、職業体験なんで、ほどほどにお願いします…ね?」


 「あはは、大丈夫大丈夫。君達なら本当にモデルとしてやっていけるよ。何なら正式に事務所と契約する?怪しいところじゃないから心配いらないよ」


 「いえ…本業が色々忙しいので、遠慮します」


 ついでにこの撮影も、もう遠慮したい。こんな姿を忍に見られたら何て言われることやら…。あ、想像しただけで背筋が凍りつきそうだよ…。


 「っよーし、まあ、こんなとこだろ」


 ああ、ようやくシャッターが止まった。思わずその場にペタン、と膝をついてしまう。ただ写真を撮られながら指示に従ってポーズを作ったり表情を変えたりしていただけなのに、物凄い疲れた気がする…。モデルって、ただ写真撮られるだけの楽な仕事だと今まで思ってたけど、尊敬するよ、本職の人。


 「お疲レ様でス。お茶でモお持ちシマしょうカ?お姫サマ」


 「お疲れさまです、です。えっと…、に、似合ってます、よ?」


 「うん、まあ、その…もう言い返す気力も無いよ…」


 撮影が終了した様子で、2人が寄ってくる。と言うか「雑誌に載せる写真のモデル」って、精霊界ならではの職業体験でも何でもなくなくないっ?

 確かに精霊地区と言うのはオルドでも随一の芸能関連施設が揃っている地域ではあるけど。

テレビ局にラジオ局、アニメスタジオからアイドル事務所まで、街中を歩いているだけで高確率で俳優やミュージシャンに遭遇する事も珍しくないような場所だったりする。


 「やたらカメラマンさンが熱心だっタお陰デ随分早ク終わりそウですね、ワタシ達の今日の仕事は。後でマスター達の所に行っテみませンか?シャコ(ドレス姿)ちゃン」


 「あ、わたしも、気になります…。シャルさん(ドレス姿)さえよければ、ですけど」


 「確かに私も気になるけどさ。…ね、まずは着替えない?」


 まるで貴族の舞踏会みたいなフリフリ全開の真っ赤なドレス姿で出歩きたくなんて絶対ないし。2人だってそんな格好で外に出たら…。あれ、精霊地区だと別に違和感ないのかな?


 「お待たせーっ。いやぁゴメンゴメン。次の衣装選びに迷いまくっちゃってねえ。ささ、これでラストだから、3人共着替えて着替えて。ああ別にここで着替えて貰っても個人的には構わないけど」


 「「「…」」」


 確か私達が引いた仕事内容は「人気カメラマン、ロナード・エアハルトに撮って貰える人気雑誌の表紙グラビアモデル」だった筈だけど…。何だろう、芸能界ってこうなの?こういうものなの?精霊界って芸能事務所とかアニメを収録してるスタジオとかあるからちょっとワクワクしてたのに、何この残酷な現実と残念なカメラマン。物凄く不服だけど、ちょっとだけ忍が恋しくなってきた。


 「シャコちゃんシャコちゃん。早く衣装選んデ下さイよ。マスターの所に行ケないジャないでスカ」


 「あ…、じゃあ、わたし次はこれで…です」


 「どうして2人はそんな躊躇なくこの状況を受け入れてるのかなぁっ!?」










 「お待たせしました。ご注文のローズヒップ・ティーとメープルトーストになります。お品物はこれでお揃いでしょうか?」


 「あ、は、はいっ…」


 「では、ごゆっくりお楽しみください」


 お客さんのテーブルにオーダーされた品を持っていくだけで、彼が去った後に黄色い声が聞こえてくる。極力ホールに出ないようにグラスやお皿を磨く作業を続けている私のところに、やたらそつなく仕事をこなす有能店員さんが戻ってくる。


 「まだそんな事してるのかよ。時間使いすぎだろ」


 あっ、あっ…。折角時間稼ぎに磨いていたのに、人の手からお皿を奪うと手際よく素早く、それでいて丁寧に磨いてあっという間に棚に戻していく。ついさっきまでお客の前で見せていた笑顔は既に跡形もなく、私のよく知る凶悪な目つきと棘にまみれた言葉に戻っている。


 「思った以上に制服のスカートが短くて人前に出るのが恥ずかしいって訳じゃあるまいし、腹くくれ。生徒会長ともあろう者が」


 「そこまでピンポイントに察しているならもう少しフォローしてくださいよ」


 シャルとマキナさん、モプシーさんが雑誌モデルとして精霊地区に到着早々別行動になった後、私と大上さんはこうして精霊地区でも有名な人気喫茶店『モフモフ』で従業員として働いている。

 当初は作ったことのない料理を任されるより接客業務なら、何とかなるかも。などと甘く見ていてしまったけど…数時間前の自分の認識の低さを戒めたい…。

 そしてもう一方の、くじ引きの結果今回の遠征祭で私が組むことになったパートナーの方はと言えば見ての通り、やたら慣れた様子で接客業務をこなしている。しかも、今まで見た事も無いような爽やかな笑顔で…。


 「お、また客だ。この店は女性店員のこの制服も売りなんだし、それ目当てで来る下心むき出しの客も多いんだ。生足ぐらい晒してやれよ」


 「せめてもう少しオブラードに包んで言ってください。改めて言われると益々出ていけないじゃないですか…!」


 思わずスカートの裾を掴んで引っ張ってしまうけど、あんまり引っ張ると今度は後ろのほうが見えてしまいそうになりそう…。当の大上さんはと言えば、さっさと来店したお客のところに行ってしまい私がこんなに困惑しているウェイトレス姿に微塵も興味を抱いていない様子。


 (いえ、それはまあ…見て欲しい訳ではないですけど…。ここまで無関心にされると何故か悔しいんですよね…)


 「いらっしゃいませ。2名様ですね?ではこちらのテーブルにどうぞ。只今中庭のガーデニングがよく見える席が空きましたので」


 「ご注文お伺いします。…はい、こちら本日のタルトは今が旬のオレンジを生地の上にもクリームにもふんだんに使用したものになっております。ただ今の時間でしたらドリンクとのセットがお勧めとなっておりますので、よろしければご検討ください」


 「ケーキセットと抹茶白玉パフェ、お待たせいたしました。…はい?写真ですか?…ご容赦ください。私は只のウェイターですので。どうせならウェイトレスの娘とご一緒に如何ですか?」


 「ありがとうございました。またのご来店心よりお待ちしております」


 …何と言えばいいのか。知り合ってから1ヶ月少しだけど本能的に私の中で警鐘が鳴り響き続いている。「気をつけろ、この男はこうじゃない。こうじゃないって知っているだろう。騙されたらあかんぜよ」って…。


 「ありがとうございました。…って、いつまでカウンターの裏に隠れてるんだ。客寄せパンダになってこい、おらっ」


 油断すると顔の周りにキラキラとした効果演出(エフェクト)が見え出しそうな接客スマイルから、こちらに戻ってくるとガラリと一変して今までどおりの言動に戻る大上さん。モプシーさんを二重人格とか、どの口が言うんでしょうね…。


 (でも、確かにこのまま逃げ隠れしていてはお店にも迷惑でしょうし、お客さんにも失礼ですし…。いい加減、覚悟を決めるべきでしょうか、ね…)


 パンパン、と軽く頬を叩いて気合を入れて、トレーを両手で体の前で持って極力スカートを隠すようにして、店に出る。すると、ちょうどタイミングよく来店者が…。


 「いらっしゃいませ。何名様でしょう…か…?」


 「………えと、3人で、お願いします…」(サンタ姿)


 「あラ、珍シいお姿ですネ」(チャイナドレス姿)


 「え、あの…お互い様、です…?」(メイド服姿)


 「…3名様、ご案内いたします」(ウェイトレス姿)







 「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらメニューになっております」


 ウリと入れ替わって忍がテーブルに着いた私達の接客につく。ウェイトレスは丈の短いスカートがやたら目に付く衣装だけどウェイターはまるで上着を脱いだ執事のような格好だね。忍の場合、いつもの制服姿のネクタイをきちんと結んだだけにも見えるけど。


 「ご注文がお決まりになられたらお呼び下さい。では、ごゆっくりどうぞ」


…なんて見事な営業スマイル…。でも、凄く残念、目が全然笑ってないから視線が合うとものっっ凄い怖いんですけどあの店員さん…。


 「マスターのアンなお姿、滅多に見らレまセン、レアでスよ、レア。カメラ持って来れバ良かったでス…」


 忍のウェイター姿にやたらウキウキして興奮気味のマキナさん。さっきのナース服から一転して今は深いスリットが印象的なピンクのチャイナドレス姿になっている。スタイルの良さを強調するような格好だけど、当の忍には当然のように完全スルーされた。凹むかと思ったけど本人は大好きなマスターの珍しい姿にときめいていて忙しい様子。


 「カメラなら、さっき嫌と言うほど向けられましたけど…です」


 ポツリと小さな声でツッコミを淹れるのはメイド服姿のモプシー。気が小さいのに意外と言う事は言う娘なんだな、と言う事はもう随分分かってきた。こっちもさっきまでは夏祭りに親子で遊びに来た子供のような浴衣姿だったけど居間は白いフリルと黒の生地のコントラストが綺麗なメイド服姿。メイドカフェとかであるような肩が出てたりスカートが短いような「えせメイド服」では無く、無駄に装飾が拘って作られている本格的なタイプだ。自己主張の薄いモプシーには、意外なほどよく似合ってしまっている。

 …1日幾らでレンタルできるだろ?


 「あのロナードとか言うカメラマン…。「撮影中に着替えた服を洗濯してあげようと思ったら乾くのに間に合わなくってねえ、アハハ。」なんてどう考えても計画的犯行だよね。お陰でこんな衣装で街中歩くハメになったよ。学園の知り合いに見つからなかっただけマシだけどさぁ」


 「ナら着替えが乾くのヲ待ってから、来レバ良かっタのでは…?」


 …それだと忍やウリの愉快な姿が見られなくなるかもしれないじゃないのさ。…まあ、お陰で今回は痛み分け。ドローってところだけど。


 「ウリさん、ずっとカウンターの隅で座り込んじゃってます…です?」


 「ウリってああ見えてメンタル結構弱いというか、ウジウジしてるところあるからねえ…。スタイルいいし、可愛いから堂々とすればいいのに」


 「ご注文はお決まりでしょうかイベント帰りのコスプレイヤーご一行様」


 初対面だったらときめいていたかもしれない微笑を浮かべてウェイターさんが再びテーブルにやってくる。だから、こっちと目が合うたびに瞳から光を消すのやめて。ハイライトつけといてよ。私は自慢じゃないけどこう見えてホラー番組とか間違ってみただけで2.3日電気を消して眠れなくなるぐらい臆病なんだからねっ!


 「マスター、ワタシ、このお勧めの季節のタルトセットで、お願いシマす」


 「わ、わたし…木の実のパイと、アイスミルクで…」


 「畏まりました。おいそっちのドポンコツもさっさと注文しやがれ」


 「今1秒だけ素になったよねっ!?店員さんっ!」


 「季節はずれの格好しやがって。何か?プレゼントなら聞き分けと性格と態度と日頃の行いがいいシャルトリューを下さいサンタさん」


 「残念だけど交換不可ですー。シャルさんは世界に1人だけの掛け替えのないシャルさんなんです」


 「不良品の取替えも出来ないなんて駄目なサンタだな。むしろサタンだろお前の場合」


 「この店員さん態度悪すぎませんかっ!?」


 「お客様、立ち上がって大声はご遠慮ください。他のお客様のご迷惑になってしまいます。…伏せ、ポンコツ」


 「ぐぎきぎぎぎぎぃ…!!」


 撮影中フラッシュ漬けにされてたときは不覚にも忍にからかわれているほうがマシかも、なんて思ったけどそんな事は無かったよ。これがリアル。現実はいつも無慈悲なものだよねぇ!


 「しかしそれもスカート短いな、気をつけろよ?お前の下着なんて真っ平ごめんだからな」


 「その発言色々な意味でどうかと思うよっ!色んな人に対してさぁっ」


 確かに丈の短いスカートだけど。さっき見たウリのウェイトレス服ぐらい短いけど。ちなみに今来ているのは世間一般的なサンタクロース衣装じゃなくて、あざとくデフォルメされた、所謂ミニスカサンタってヤツ。…あのカメラマンの恐るべき趣味趣向…。残った衣装の中でこれが一番「マシに思えた」んだから、もしもう1日あのカメラマンにつき合わされていたら、どうなっていた事か…。






 喫茶『モフモフ』。

季節の素材を生かしたデザートとオリジナル配合の紅茶が売りの人気店。軽食も定番のサンドイッチやピザトーストなどからグラタン、日替わりカレーなどちょっと凝った品まであり現在オルドで本店を含め4店舗展開している、根強いファンを持つ人気店だ。

 女性従業員の制服目当てで来る男性客も少なくないので創業者の指示なのか、時々時期のイベントによって衣装が変わったりするのでその度にその時期だけしか見られないウェイトレスの姿を求めて遠方から遥々やってくるお客も毎年多い。あざとさと確かな味を併せ持つのが、このお店の特徴だと言える。


 「以上。宣伝終わり」


 「誰に対しテです?」









 休憩から戻るとウリはまだカウンターの隅っこでしゃがみこんで膝を抱えて丸まったままだった。

 えっと、これはビニール被せて店裏のゴミ置き場に持っていけばいいのかな?

 …まあ、流石にそれは(ちょっとだけ)可哀想だから適当な話題を振って反応をうかがってみる。


 「あいつら、モデルって聞いてたけど何がどうなったらあんな格好で商店街歩いて喫茶店に来る事になるんだ?」


 「しりません、もう、なにもしりません…」


 「ま、元々精霊地区ってファッションの流行発信源って言われるぐらいだし。多少奇抜な格好の奴が出歩いていても特に違和感無いんだが…知り合いがそういう姿だと、流石に笑いを通り過ぎて不安を感じるな」


 「もういいですもん…しりません、私、もうしりません…」


 駄目だこいつ。完全にスネた。意を決して、覚悟を決めていざ接客と思った矢先に知り合いと鉢合わせだもんな。同情はする。慰めはしないけど。


 「似合ってるって可愛いって絶賛されてたじゃないか。これから学園でもそういう格好でいたらどうだ?」


 「堕天しそうになるのでやめてください」


ああ、意気消沈して思わず出してしまっている羽根が心なしか黒ずんで見えるのは、気のせいじゃないみたいだな。…悪魔になったウリか…。グレた生徒会長、うーん…。


 「天使ウェイトレスと悪魔ウェイトレス、どっちが需要あるんだろうな」


 「落ち込んでいる女の子の横でフォロー一切無しに真剣にそんな事悩まないで下さい!」


 俺が慰めたって仕方ないだろ、それこそ誰に需要があるんだよ…。


 「ま、ここの仕事はどうせ今日1日なんだ。開き直っちまえよ。こういう機会が無ければ一生経験することの無いモノだろ?」


 「それはまあ、そうですけど…」


 「それが「遠征祭」の趣旨でもあるんだ。生徒会長なら率先してイベントの根幹を体験しろよ」


 「…はい、本音は?」


 「ウジウジしてるとウゼェ。働け給料ドロボー」


 ウリがトレーを振り上げて殴りかかろうとしたところで、タイミングよく「すいません、注文を頼めるかな」と客からお呼びが掛かる。


 「ほら、俺は行ってくるからお前さんもポンコツ達にエサ持って行ってやれよ」


 「このウェイター、接客技術と性格の高低さ酷すぎません?」











 「…じゃねえか、…ぐらい」


 …なんだ?こんな店の裏で。こっちにはゴミ置き場しか無いって言うのに…ホームレスって訳でもなさそうだ。

 『モフモフ』の裏手、ゴミ置き場から何やら話し声がする。近づくとゴミ袋を放り込むシャッターの前で図体の大きな男2人がまだ小さな少女1人相手に何か詰め寄っている様子だ。

 と言うか、あの2人組は確かさっき…。


 「そう言われてもね。ボクは今日オフなんだ、それにワザワザこんなところに連れ出してまで言うことかい?」


 「つれない事言うなよ。すぐに済むんだ、別に構わないだろ?」


 少女は見た感じの年頃に似合わない達観したような口調で男達をあしらおうとしているが、相手もなかなかしつこいようだ。今絡んでいる男は浅黒い肌に額から生える黒く、短い角からして悪魔族と判断できる。ヒョロ長く細い体系で、何となくゴボウをイメージさせる。…何故か片手にスマホを握り締めているのが気になるが。


 「構うか構わないかを決めるのはボクだよ。…悪いね、久しぶりの休日なんだ、ゆっくりさせてくれないかい?」


 「…チッ、有名人だからって、調子に乗りやがって」


 どうやら少女のほうは何かしらの有名人、芸能人らしい。生憎俺は知らないが男達はどうもファンとして話しかけたらこういう対応をされてしまい、憤っているという事の様だ。

 ちなみに今毒づいている男は頭部の左右から大きく円を描くように捩れの入った角を生やした、若干小太り気味で何となくジャガイモをイメージさせる。特徴的な角の形状、あれは確か精霊界に済む(オーガ)の類だった筈。何故か頭髪がやたらモサモサしてアフロってるのが随分気になるが。


 …あー、凄ぇ面倒臭いシーンに出くわしてしまった。店の裏で口論している3人。良い歳こいた男2人に絡まれている少女はさっき俺が注文をとった娘だ。やたらとジッパーが多いジャケットにトゲまみれのベルトを巻いたミニスカート。オレンジがかった髪は両サイドだけ金色に染められて長く伸ばされている。所謂パンクテイストだが、見たところまだ14.5歳程度の年頃なので、もしかしたら唯の「中〇病」の方なのかもしれない。


 「こちとらファンだって言ってんじゃねぇかっ!サインが欲しいっていうのがそんなに迷惑だっていうのか、あぁ?泣くぞ?大の大人が引くぐらい泣くぞ?」


 「おぅおぅあんまりコイツを怒らせないほうがいいぜぇ?今日の夜にでも「シレーナちゃんって意外とファンサービスしてくれない。でも実物はテレビで見るより可愛かったです」ってツィートされちまうかもしれないぜぇ?」


 「え、あ…それ、ボクにとってプラスとマイナスどっちのイメージになるんだい?」


 もれなく炎上するのが目に見えるな。…とりあえず、俺がこうして両手に抱えたゴミ袋を本来置く場所にいられると邪魔なんだが…。お取り込み中なら仕方ない。


 「すいませーん、ゴミ置きたいんでどいてもらえます?」


 「あん?こちとら今忙しいんだ後にしもっふぁっ!!」


 「ああっ!ブラザーが突然飛来したゴミ袋の下敷きにっ!?てめぇ、何者だコラッ!!」


 「通りすがりのウェイターだ、覚えておけ」


 何となくピッ、と手首を捻ってポーズをとってみる。ゴミ袋がヒットした方の男は、どうやらそのまま昏倒してしまったようだ。…ああ、そう言えば缶ゴミだったから結構な重量だったっけ…悪気は無かったんだから許してくれ。


 「店の裏とは言え、くだらねえ騒ぎ起こされるのは迷惑なんだ。さっさと失せるか、回収されるゴミの一部になるか、後者を選べ」


 「そこは「どっちか選べ」だろコラ!!てめぇ、鬼か、悪魔かっ!?」


 相方をノックアウトされたもう人の男は(何故か)臨戦態勢だ。別にこっちはケンカを売ってる訳じゃないんだが…。そして鬼も悪魔もお前らのほうだろ。種族的に。


 「ま、店の周りの掃除も業務のうちだ。仕方ないな。ああ、これは実に仕方ない」






 数ヶ月ぶりのオフで1人で今日は1日のんびりしてようと、まずは『モフモフ』でランチがてら静かにティータイムを楽しんでいたところで2人組に声を掛けられたと思えば、店の裏に連れて行かれてサインをせがまれた。…別に珍しいことでも無かったんだけど、今日のは割りとタチの悪い方だったね。思わずボクも身構えてしまっていたし、正直恐怖心もあった。

 けど、そんなものはすぐに目の前を勢いよく通り過ぎて言ったゴミ袋と、それを投げつけたウェイターのお陰でどこかに綺麗に消し飛んでしまったよ。


 「げふっ…て、てめぇ…オレを精霊地区でも10指に入る通信空手の使い手と知って…べふっ!」


 「うぇいたーぱーんち」


 さっきまでボクみたいな、いたいけな少女を2人がかりで恫喝(?)していた片割れが可哀想なぐらい一方的にボコボコにされている。ちなみに、もう一方の男性はまだ気絶したままだ。ゴミ袋の下でピクピクと小刻みに震えている。


 「わ、わかった、よくわかった。よーし、まずは話し合おう。一度落ち着いて冷静にお互いに幸せな解決策がもげふんっ!?」


 「うぇいたーきーっく」


 ボクに絡んできたほうの男性は精霊界の住人、妖怪の類だったらしく途中から爪やら出して本気モードになったけど、ウェイターさんの方はまったく意に介さずといった様子でヒラヒラと相手の攻撃は当たる可能性すら感じられないぐらい当たり前のように避けられて、逆にウェイターさんからの拳や蹴りは面白いようにヒットする。


 「ちょっ、タンマ!マジでタンマ!ストップっ!お前にも田舎に残したお袋さんがいぶぉっ!!」


 「うぇいたー地獄突きー」


 ウェイターさんの抜き手が綺麗に喉元に突き刺さる。セリフの途中で喉を潰されて、流石に膝を折って悶絶しちゃったよ…。


 「ほら、お仲間抱えてどっか行きな。それともその頭に着火してアフロ増量してやろうか」


 「げふっ…ち、畜生っ!鬼っ、悪魔っ!!姐さんに言いつけてやるからなぁーっ!!」


 「だから鬼はお前で悪魔はそっちでノビてるだろ」


 折角の親切なツッコミも無視してゴミ袋の下敷きになっていた相棒を担いで、フラフラとした足取りで逃げ去っていくジャガイモ(オーガ)


 …こんな事が現実にあるものなんだね…。


 悪者(と言うには若干物足りなさもあるけど)にからまれているところに颯爽と現れるヒーロー。

古典的だし陳腐なシチュエーションだけど、実体験となると想像以上にドキドキするものだね…半分ぐらいは恐怖刺激による吊橋効果みたいなものも含まれているかもしれないけど、仕事ばかりの日常では感じられなかった刺激に、ボクは今、これまで感じたことの無い興奮に昂ぶりを覚えていたんだ…。






 「やれやれ…これでようやくゴミ捨てできるってもんだ」


 「あ、あの…?」


 ああ、まだいたのか。とっとと逃げればよかったのに。大の男のケンカ(?)なんて子供がそうして見てるもんじゃないだろ。


 「またのご来店お待ちしてますお客様。それでは」


 「ちょっとちょっと。待ってくれないかい?」


 ゴミを捨てて少女の前を通り過ぎようとしたところでギュッ、と袖を掴まれる。何だ、カツアゲですか?


 「助けて貰ったお礼がしたいんだ。よかったら」


 「助けたつもりは無いですゴミを捨てたかっただけですはい論破さようなら」


 「だから待ってくれないかいっ!?」


 振り払って行こうとしたら今度は襟を掴まれた。ええい、何なんだこいつ、面倒くさい。


 「キミにそのつもりが無くても結果的にボクはあのままだったら身の危険すらあったかもしれないんだ、感謝の意を何か形にして表したいんだ」


 「ガキがつまらない事を気にしないでくださいお客様。もし気が治まらないと言うのでしたら是非また当店をご利用ください。それで十分です」


 「うん、出だしが素だったよね。…そう、だね。でもキミがこのお店にいるのは今日だけなんじゃないのかい?」


 …随分鋭い小娘だな。俺が立ち止まった事を図星と解釈したのか、フフン、と自分の推理が正解した事を誇るような笑みを浮かべる少女。業務時間外なら鼻でも摘んでやるんだが。どっかの誰かさんみたいに。




 「へぴちっ」


 「おヤ、風邪でスか?」


 「うーん…今何となくどっかで嫌な例に挙げられたような気が…」






 「『モフモフ』には結構通っててね。本来店員の胸にはネームプレートがあるはずなのにキミには無い。そしてこの時期だ。大方、キミは遠征祭の職業体験で『モフモフ』で働いている魔術技巧専門学園(エレメンティア)の学生…ってところじゃないかい?」


 お見事。とばかりにボクの洞察に拍手するウェイターさん。…ネームプレートが無いので何て呼べばいいのか分からないから不便だね。


 「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったね。ボクはシレーナ。シレーナ・カンタンテ。シーナって呼ぶ人もいるけどね」


 「通りすがりのウェイターです。覚えなくていいです。さようなら」


 「だから待ってってば。ぶれないなぁ、もう!」


 隙あらば背を向けてスタスタと立ち去ろうとするウェイターさん(結局名乗ってもらえてない)に慌てて手を伸ばす。でも今度は袖も襟もササッと身軽に避けられて掴めない。


 「…あのなぁ、俺がキミの自己満足に付き合う義理は無いんだ。ありがとう、の一言で十分だろ?あんまりしつこいと彼氏も出来ないぞ中二病娘」


 「うわぁ、それがキミの素かい?藪を突いたら蛇どころかヨルムンガンドが出てきた気分だよ」


 実を言えばさっき店の中でティータイムを楽しんでいる時に、このウェイターさんと、その仲間らしき女の子達の会話が聞こえてたからウェイターさんの毒気は知っていたけど、こうして直接自分に向けられると…こう、クるものがあるね。


 「とにかくだ。子供のワガママに付き合ってる暇は無いんだ、お家に帰りな」


 強引にそのまま帰ろうとしているウェイターさんに対して、立ちはだかるような形で表の通りの方からまた誰か別の人物が姿を見せた。


 「大上さん?ゴミ捨てにいつまで掛かってるんですか。シフトの交代までもうすぐなんですから…」


 「うげ」


 「…なんですか、そんな露骨に嫌がらなくても…って」


 やってきたのはウェイターさんと同じ『モフモフ』の制服姿のウェイトレスさん。この人もさっき店の中で見かけた。やたら恥ずかしそうに、ぎこちなく接客していたから逆に悪目立ちしてたしね…。ああ、そうか。つまりこの人も魔術技巧専門学園(エレメンティア)の学生さんって訳だね。


 「…仕事中にこんなところで女の子と何をしているんですか、貴方は」


 「丁度良かった。迎えが来たし仕事に戻らにゃ。じゃあそういう事で。縁は無いだろうが元気でな、お嬢ちゃん」


 ウェイターさんを探しに来たウェイトレスさんの登場に、立ち去る口実が出来たとばかりのウェイターさん。大上、って呼ばれてたっけ。名前の響きからして人間種かな。


 「知り合いですか?」


 「いいや、偶然そこでエンカウントしただけだ」


 人をフィールド上で一定確立で遭遇するモンスターみたいに言わないで欲しいんだけどね。遠征祭の職業体験は確か1日毎に場所を変えるそうだから、どうやら本当に、ちゃんとお礼をする機会はありそうにない。無作法みたいになってしまうのが心苦しいけど、ね…。


 「はぁ…。まあ、後少しで私達のシフトは終わりです。シャル達は一足先に宿泊先に戻りましたし、私達も終わり次第向かいましょう。明日はラジオ局のスタッフ業務だそうですから」


 「…うん?」


 ボクを残して去ろうとしていた店員さんたちの会話に聞き捨てなら無い単語が聞こえたような…。


 「ちょっと、もしかしてキミ達の明日の職業体験先って、ラジオ局なのかい?西区のビャッコ放送局かい?」


 「え?えぇ、その通りですけど…」


 突然声を掛けられて驚いている様子のウェイトレスさん。一方のウェイター…大上とか言う彼のほうは、まだ何か用があるのか?とばかりに呆れたような半眼でこちらを見ている。尤も、これが彼の本来(デフォルト)の目つきなのかもしれないけど。


 「奇遇だね、ボクの仕事先もそこなんだよ、明日は」


 その言葉にウェイトレスさんは静かに、小さく首をかしげてウェイターのほうを向いて無言のまま視線で「どちら様ですか?」と聞いているけど、大上店員の方もボクの素性は知らないようなので「何言ってんだこのガキ」と言わんばかりの視線を


 「何言ってんだこのガキ」


 …訂正、声に出して言ったね。


 「コホン、…えっと、そちらのウェイトレスさんにも自己紹介しておくね。ボクはシレーナ、シレーナ・カンタンテ。シーナって呼ぶ人もいるけどね」


 「さっき聞いた」


 急かさないで。説明不足だったし、改めて名乗ることにするよ。


 「こう見えても一応歌手というものをやらせてもらっているんだ。先週からラジオのゲストに呼ばれていてね。どうやら、明日は仕事相手になるみたいだね」


 どうやら縁はあるようだね。こんな偶然、縁と言うより運命とでも言うべきかな?

差し出した手には、ウェイトレスさんの方は事情が飲み込めない様子のままだったけど握り返してくれた。ウェイターのほうを見るけど、やれやれと首を振ってこれ見よがしに溜息なんてついてる。


 「…名前、改めて聞かせてもらえるかい?ウェイターさん。もう少し縁があるみたいだし、さ」


 「まあ、こういう事もあるのかも、な…」


 もう一回嘆息してから、諦めたようにボクのほうに向き直るウェイターさん。


 「ウルス・グリーズだ。明日はヨロシクな」


 「いや絶対嘘だよねそれ」


 「勝手に教官の名前を使わないであげてください」

 

職業体験編。爽やかウェイター、大上目当ての女性客と初々しさがたまらないミニスカウェイトレス、ウリ目当ての男性客で喫茶『モフモフ』はこの日だけやたら売り上げが良かったようです。

遠征祭編のヒロイン(?)シレーナ。名前だけなら第12部で既に出ていたりします。多感な14歳と言う年頃で盛大にこじらせた房二患者です。まだまだ大人しいですけど。



 一方でシャル達が表紙を飾ったファッション誌『フィラット』もその部だけやたら売り上げが伸びたそうです。

「目が死んでいるドレス娘が良い」だの「垂れ耳兎(ロップス)さん持って帰りたい」といった読者アンケートハガキも先月の倍近くに昇ったようで…

「本当に専属モデルにならない?」という話が後日届いたのは、また別のお話…。

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