学園来訪・その1
(2駅先で乗換え。この時間帯だと混みそうだな…メンドクセ)
午前9時半。約束の10時前には着きそうだが流石は大都市。人の量が半端じゃない。
混雑した車両の中、人混みを掻き分けて下車すると向かい側のホームで別の電車に乗り換える。
これで後はしばらく揺られていれば目的地って訳だ。
(それにしても、まぁ……)
ドア前でぼんやりと、雑誌も何ももってきていないので着くまで時間を持て余すので何となく外を眺める。
瓦屋根の住宅街、そこから道路を挟んで鬱蒼と茂る広大な森。その森の真ん中あたりに世界観をブチ壊す銀色に輝くメタリックなビルが何本も伸びている。
よくみるとそのビル郡の少し上に漂っているのは鳥や飛行機の類ではなく城のようだ。地面から繰り抜かれて空に放り投げられたような光景だが、周囲のチグハグすぎる光景の一つとして悪い意味で溶け込んでいる。
(世界観、か……「この世界」でそんなセリフは馬鹿馬鹿しいな)
ここは統合統一世界「オルド」
魔法が存在し、精霊が在り、機械文明と獣人が共存し、天使や悪魔が普通にコンビニでおでんを選んでいたりするのが当たり前の世界。
テレビをつければ大天使長とエルフロードの離婚会見が流れていたり脱サラして有機野菜農家を始めたロボットがインタビューを受けていたり。
この電車の中でも学生服に身を包んだドワーフ種の娘とウンディーネの娘が昨夜のアニメの話題で盛り上がっているし、朝早く出勤してきたのだろう、ワイシャツのボタンを掛け違えたままハンカチで汗を拭いて吊り革を掴んでいるドラゴン中年の尻尾の先がさっきからチマチマとこちらのカバンにあたってる。
世界が「こう」なったのも今から3000年ほど前の話。
ある日、「世界中」が一つになった。
事実をそのまま端的に言うとこんな意味不明な文章になるが、実際本当にこういうことだから困る。
要するに、「色々な世界が繋がった」のだ。
ファンタジー感バリバリの幻想世界も巨大ロボットバトルでもやってそうなメカニカルな世界も、一時期ある種の層に大ウケしそうな獣耳娘達が住む世界も、いろいろな世界が一つに繋がったのだ。
「一つになった」のではなく「一つに繋がった」と言ったのは、まぁ後々語られるとして…
ようするに、ジャンル別を要求されたら非常に困りそうなおかしな世界が出来上がってから今に至り、こうして現在は誰も今の世界に疑問すら持たず当たり前に暮らすようになっている。
どんな状況になっても時が経てば慣れてしまうと言うのは、人間も魔族も鬼もサイボーグもみんな一緒のようだ。
(……っと、ようやく到着か)
辺境の片田舎から一転して大都市に手荷物一つで出てきたおのぼりさんには都会の電車から降りるだけでも一苦労だ。途中でカバンが隣に居たドラゴンのオッサンの尾に引っ掛かり、危うくズボンの尻尾穴を広げて公衆の面前で辱めるところだった。
昨日まで住んでいた土地とは比べ物にならない規模の駅、行き交う人々も更に多種多様。流石は首都。
到着早々なのについどの電車に乗ったら引き返せるだろう、なんて思ってしまう。うん、メンドクサイ。
「でも、まぁ仕方ないよな。諦めて行くとしますか」
荷物は最小限の着替えが入ったカバンと竿袋だけ。必要な物はこの規模の都市なら難なく取り揃えられるだろう。宿泊先の手はずも整っている。
(問題は……)
駅を出てまず第一の問題点に遭遇する。ある程度は想定していた事態だったが、如何せん相手はこちらの予想を超えた難敵だったようだ。
眼前のバスターミナルにはざっと数えるだけで20以上の乗り場がある。地図は貰ってあったので広げて現在地を確認し照らし合わせて目的地を探そうとするが、どうやら地図だと思って手渡されたのは去年産まれたお子さんのラクガキのようだ。間違えたな、あのオッサン。
…いや実際は絵も字も汚すぎて読めないだけなのだが、あの人確か独身だし。
「えっと……」
道を聞こうにもさすが大都会。通行人たちの歩行速度の速い事。偏見かもしれないが都会の人って冷たいイメージだし聞いても無視されそうだもんな…。
(本当に……)
ラクガキを畳むと思わず溜息が洩れる。
「タクシー代、請求できるよな……?」
「遅かったなぁ、道にでも迷ったか?それとも初めての大都会に寄り道でもしてたか?」
目的地に着いた途端、出迎えに来てくれた無骨な中年男から益々気が滅入る言葉がかけられる。
結局タクシーで運転手に目的地を伝えて無難に(料金はバスの倍以上かかったが)到着したのは約束の時間の数分前、ギリギリだった。
到着したのは駅からタクシーで約5分程度の「とある施設」。
駅から5分と言ったが、「ここ」は全施設合わせるとその規模は一駅区間近くあるため、待ち合わせの場所についても今度は広大な敷地のどこに相手がいるのか、という話になる。
指定された場所に着き、自分をここに呼んだ(そして危うく迷子にさせかけた)相手の姿を確認した途端に今日二度目の溜息が思わず出てしまう。
「遅刻はしていないだろ。それに俺はてっきり地図を貰ったと思ってたんだが、まさか餞別に受け取ったのが古代文明の古文書だとは思わなかった。自力で判読できなかったからつい鑑定所を探そうと思ってたところだ」
顔見知りの中年男にほんの少しのイヤミを込めてそう返す。もちろん、こういう返しに本気で怒るタイプではないので予想通り大きな声で笑っている。字の汚さは直してくれよ、本気で。
「相変わらずの口の悪さだな。皮肉と毒しか吐けないのは変わっていないようで何よりだよ」
「俺は毒トカゲか。……とりあえずこうして来たが、本当に大丈夫なのか?『俺』がここに入るなんて……、常識的に考えれば無理があると思うんだが」
「まあ確かに、カレー嫌いがカレー屋に就職するようなモンだよな。でも心配するな。ここはお前みたいな『特別な存在』ほど歓迎する場所だよ。名目や目的は人それぞれだけどな」
その比喩は上手いこと言ったつもりなんだろうか、俺に任せろ!とばかりのドヤ顔を浮かべ肩を叩く中年男。オッサンのドヤ顔…需要がなさ過ぎる…
「とにかく話は中で。学園長も理事長もお待ちかねだ」
中年男が俺のカバンを勝手に奪い取って目の前の建物へと入って行く。
扉を開け、中に入ろうとしたところでこちらを振り返り
「おっといかんいかん、忘れるところだった」
「魔術技巧専門学園『エレメンティア』へようこそ。実技担当教官ウルス・グリーズが歓迎するぞ、大上忍。」
-この日から俺の学園生活が始まった-
-厳ついオッサンに誘われやってきたこの学園で俺を待ち受けていたのは、予想も出来なかった慌しい日々と、とんでもなくアクの強いおかしな連中。そして、この世界の行く末を左右する事になる一人の少女-
-この時はまだ、誰も気付いていなかったんだ-
-この世界の成り立ちに、この世界の根底に-
-俺だけが、このオルドの真実を知っていた-
1話はとりあえず世界観の説明になります。わかりにくいかな、カナ?