獣の咆哮・その4
前回の補足説明
「サイクロン・トラクター」とはオルドで大人気のアニメ作品「魔導戦士」シリーズの17作目、「無農薬戦士ヨサク」に出てくる強風を発生させて敵機を破壊する主人公機の2クール目から追加された装備の名称です。
-シャルがもう片方の予備発電施設に到着したのと、ほぼ同時刻…大上忍、モプシー。門予備発電施設西エリア-
本当に無茶苦茶な事を言う。わたしがどれだけ臆病者か分かっていて、ここから飛び降りて、足元の機械を壊せなんて。こっちの気持ちなんてお構い無しに勝手な事を言う…。
無茶を押し付ける張本人はわたしが置き去りにされた建物の下で、テロリストの1人と戦ってる真っ最中。大きな体で大きな腕を振るって鋭い爪を突きたてる魔山羊族のテロリストの攻撃を、体を小さく捻ったり左右に立ち位置をずらして避けている大上さん。わたしは戦闘とか全然分からないけど、素人目でも2人の動きの違いは分かる。
魔山羊族の人のほうは身体能力に物を言わせた力任せといった感じ、けど大上さんはヒラヒラと片手をズボンのポケットに入れたまま避けたり時々足を出して相手の軸足を小突いてバランスを崩して、その隙に後ろに回り込んだりと思い切り余裕そう。たまにこっちに視線を向けて、まるで「さっさとしろ」と言うような目で見てくる。…うぅ、やっぱりこの人、怖い…。
「どうした、やれないのか?現状、それを壊せるのは君だけなんだが」
敵の攻撃を回避しながら大上さんが催促してくる。…わかってる。わたしのいるこの予備発電施設の庇にあたる場所に置かれている電子レンジぐらいの大きさの真っ黒い箱。あれを壊せば停止させられている門も、この周辺の機器も再起動できる。閉鎖されてしまっている出入り口も開いて騎士団の人達も来てくれると思う。
けど、それは分かっているけど、だからといってここから飛び降りる勇気も、すぐ真下に凶悪なテロリストがいるのに目の前で歯向かう度胸も、わたしには無い。大上さんの期待には…最初から、わたしに期待なんてしていないだろうけど。
「なあモプシー。弱いってのも臆病だっていうのも、言い訳にはならないぜ?」
その場にしゃがみこんでしまい、結局何も出来ずにただ目を瞑ってこんな状況が1秒でも早く終わってくれることを祈ってたわたしに、下からまた突き放すような言葉が飛んでくる。初対面の時からそうだったけど、この人の言葉はいちいちピンポイントに人の心に突き刺さる…。
「怖いから、そんな勇気がないから?目の前に自分だけが出来る事があるのに知らん顔して、自分は関係ないですって逃げ道を作って責任転嫁する度胸はあるのにな。可笑しな話だ」
「こっちの相手は片手間か?随分なめられたものだ」
「実際その程度だろ?」
素手では埒が明かないと、魔山羊族が施設の壁にかけてあった大きな、長い斧を手に取る。
「デカい図体で人質とった上に獲物まで構えて必死だな。そこまでしなきゃ人間種1人始末出来ないとは、随分お粗末なテロ屋なこった」
余計不利な状況になったのに、逆に大上さんの挑発はエスカレートしてる…。あ、またこっちを見た。
わたしが弱いのは、言い訳でも責任転嫁でもない、だって、実際わたしはなにもできないんだから…。
だけど、大上さんの言葉はそんな「だって」を片っ端から突き崩すようにわたしに降り注いでくる。
「なあウサギ。俺は別に君が絶対出来ない事を言ってるつもりはないんだぞ?」
振り回される、大きな斧をさっきより大きく動いて回避する大上さん。流石に視線はこちらに向けられないみたいだけど、その台詞は全部こっちに向けられている。まるで、わたしの考えていることを見透かしているように…。
「だってそうだろ?ビビりな癖に家族と離れて1人で異世界に来てまで自分のやりたいことをやろうとする行動力はあるのに。全く知らない世界に飛び込んで別の世界の連中の中に紛れ込むのと、そこから飛び降りるのと、どっちが勇気がいるんだ?」
「おしゃべりが盛り上がっているようだが、どうにかできると思っているのか?あんな脆弱な種族に」
「お前には聞いてねえよ黙ってろ角叩き折って代わりに枝刺してトナカイにしてやろうか」
斧の柄で殴りかかってきた魔山羊族に対して物凄く酷い返事を返しながら大上さんの手が受け止めるように斧の柄に触れて…次の瞬間、手品のように大上さんより遥かに体格の大きな魔山羊族のほうが数Mほど弾き飛ばされた。後ろに押し飛ばされる形で背中から強く私が屋上に乗っている発電施設の壁に巨体が激突して、揺れる。
「なあ、モプシー」
大上さんの言葉が、続く。散々挑発的な、攻撃的な言葉をかけ続けてくる大上さんと、初めて目が合う。鋭い視線だけど、わたしを睨む訳でも、怒りを向ける訳でもなく、ただ真っ直ぐにわたしを見ているその目に、わたしは顔を背けることが出来なかった。
「出来る出来ないじゃないだろ、やるかやらないか、だ」
姿勢を整えたテロリストが、不可解な技で自分を吹き飛ばした相手を警戒して距離をとり始めた。大上さんは視線を敵に向け、言葉だけをわたしに向け続ける。
「見て見ぬフリするか一泡吹かせてやるか、お前が選べ。こんなテロリストからも情けなくてひ弱な下等種族だと勝手に見下されて甘んじるか、それとも、自分の強さも弱さも、自分自身で決めるか。お前自身が勝手に決めろ」
冷たく突き放すような、強い口調。気付いたけど、いつの間にか「君」じゃなくて「お前」って呼ばれてる。…だけど、もう1つ気付いたことがある。
「オドオドしてるようで異世界に1人で飛び込んでくるなんて、随分勇気のあるヤツだって思ったよ。目つきの悪い男で生憎だが、きっちり受け止めてやるから踏み出してみな」
わたしが、何も知らないままビクビクし続けている間も、この人はわたしを、こんなわたしのことを弱いなんて思わず、認めていてくれてたんだ…。わたしが知ろうとしなかっただけで、わたしが勝手に1人で周りから可哀想な子だと、守られるのが当たり前だと思っていただけだったのに…。
「やれると思うか、我々の邪魔も。あの娘にそんな勇気もっ、貴様にも、何一つさせるものかよっ!」
「空気を読め」
刺し貫くようにまっすぐ突きつけられた斧の切っ先を体を捻ってかわし、手を添えて斧を、そしてそれを握っている腕の構えを崩す大上さん。そのまま片手の掌を魔山羊族の胸元に軽く触れて…また、次の瞬間ドンッ、と鈍い音と土埃を立てて大柄なテロリストの体を真後ろに吹き飛ばす。
「ウサギ娘の誇りと勇気を掛けた晴れ舞台だ。その第一歩を無粋な横槍で汚すんじゃねえよ」
「…っ!」
…そうだ、大上さんがココまでお膳立てしてくれているんだ。ここで何もしなかったら、わたしは一生ずっと、本当に周りからも、自分自身からも弱いままの存在として生きていかなきゃならなくなる…。
そんなのは、いやだ…っ!
「わたしは、かわいそうな子じゃあ、ない…!」
立ち上がる。足元を見ると数M下に例の機械がある。あれが魔力中和機。あれさえ壊せれば…。
機械のあるところから、更に数M下が地面。大上さんとテロリストが対峙したままのところに飛び込まなきゃならない。…だから、最後の最後に、もう一押しが欲しい。
頬に触れる耳の先を摘む。自分でするのは初めてだけど、うまくいくかはわからないけど、もう、勢い任せに頼るしかない…!
「うっ…」
わたしが何をしようとしているのか、大上さんは気付いた様子。一方のテロリストは、大上さんに吹き飛ばされた衝撃で軽く咽ながら、同じくこちらを見上げて何をするつもりなのかと思っているみたい。
摘んだ耳をそのまま思い切り引っ張る。ちょっと痛いけど我慢。そのまま前に向かってジャンプ。こんな高いところから飛んだことは無いけど…きっと大丈夫。下にいる人がなんとかしてくれる。
だから…。
「ヒャッハァァアアーーッ!!!イーーッツ、フィーーバァーータァーーーイムッ!!!!」
「な、なんだ、あれは…」
「悪い、あれは俺も未だにわからねぇ」
「ウサーーーーーーーッ!!!!」
モプシーの渾身の空中地団太が見事に魔力中和機に真上から命中。そのままモプシーは蹴った物を足場にして勢いをそのままにもう一度ジャンプし、そのままこちら目掛けて飛び降りてくる。
…つか、若干落下地点がズレてる。このままだとあっちのヤギ男の方が近い。案の定虎の子である中和機を破壊され激高したヤギ男がその根源であるウサギが落下してくるところに合わせるように手に持った戦斧を振り被る。同族相手に迷い無く殺しにかかるとか、とことんクズだなこいつ。
「垂れ耳兎が、よくも邪魔をっ!!」
「体を丸めろ、モプシー!」
ヤギ男と俺の声が重なる。中和機が壊れたせいで使用可能になった魔導銃を懐から抜き、ヤギ男の右足に1発、左に2発。魔力の出力調整が出来ないせいでそれだけで充電切れになった銃を放り捨てながら走る。足を撃たれて怯んだヤギ男だが、それでも計画を台無しにしたモプシーに向けて怒りに任せて斧を振るい…落ちてくるモプシーにタイミングを合わせて薙ぎ払われるのと、飛び込んでモプシーを抱きかかえダイビングキャッチで捕まえたのはほんの僅かな差だった。
ヤギ男とすれ違うようにして上から落ちてきたモプシーを捉えて両手に抱える形で転がり、すぐに体を起こして距離を取る。両足を撃たれたヤギ男も追撃は出来ないようで斧の柄を地面に突き杖代わりにして体を支え、こちらを睨んでいる。
「うっ、ウサッ、ウサッ…!」
「あー、はいはい落ち着け落ち着け。よくやった。えらいえらい」
予備発電室の屋上からの決死のダイビングだった上に中和機の破壊という大仕事。更に斧で真っ二つにされる間一髪の救出劇。モプシーじゃなくても普通は寿命が縮みまくるシチュエーションだ。俺だってお断りだ。抱きかかえるモプシーも心臓がバクバクいってるのも、過呼吸になるんじゃないかってぐらい息が激しいのも嫌というほど伝わってくる。とりあえず落ち着かせないとどうにもならないな、これ。
「よくやってくれたな。これでテロリストの計画は台無しだ。お前の手柄だよモプシー」
そう言ってポム、と頭を…と思ったがセクハラとか言われたら面倒なので、肩を軽く叩く。…ん、何かちょっと、手が痛い気がする…。
「ウサッ、ウサッ!!てっ、ててっ、てがっ!!手っ!!」
「だから落ち着けって」
おお、左手がバッサリいってる。切り落とされては無いけど肘ぐらいから手首あたりにかけて結構ザックリ斬られてる。どうやらさっき、斧を避け切れてなかったようだ。…すごくいたい。制服も上着とインナーシャツ両方見事に切り裂かれてる上に血で肘から下がベットリだ。畜生、自覚するとどんどん痛くなってきた。
「おー…悪いな、服汚して」
気付かず肩に左手を置いたせいでモプシーの上着にベットリと、綺麗に血の手形がついてる。…クリーニング代はテロ屋に請求してくれ。
落ち着くどころか益々パニックになるモプシー。とりあえず、上着を脱いで頭から被せてやる。何かの本で読んだことがあるが布を被せると動物って落ち着くんだよな。犬や猫の話だったっけか?
「ウサッ…!うさっ、あ、あう、ぁううう…」
上着を被せた拍子に立っていた耳が垂れて、普段通りのビビリ魔モードに戻るモプシー。…此の場合どっちのモードのほうが都合が良かったんだろう…。
「お前が今するべきなのは怯える事でも慌てることでもないだろ。…立てるか?」
日頃から結ばずに首下にかけてあるだけにしている制服のネクタイを外し、出血している左手の傷口を裂けたシャツごと縛り、簡易包帯代わりにする。
「立てるなら、全速力でここから逃げろ。もう一方の予備発電所にシャルがいる筈だから合流しな」
「させると思うか?貴様も、その垂れ耳兎も今この場で…」
「黙ってろ」
今こっちが話してるんだ。横からグダグダ割り込んでくるんじゃねえよ。
振り向きざまにヤギ男に脅しをかける。ビクン、と獣人2人が同時にタイミングを合わせたように震える。…また脅かしちまったな、悪い悪い。
「出来るか?モプシー」
地面に膝を付いたままの体制でいるモプシーに、今度は手を差し伸べる。そして、モプシーもおずおずと自分から手を伸ばし、俺の指を握ってヨロヨロと頼りなく立ち上がる。
「で、でも…ここ、お、おおがみさん、1人に…」
「ああ、問題ない」
「じゃ、じゃあ、一緒に逃げて、みんなのところに…」
「お前さんを抱えて走って逃げるのは非効率だ。…いいから行きな」
俺1人残すのが不安なのか、自分1人だと心細いのかモプシーはまだオロオロしている。仕方ないので汚れていない右手でグニッ、と頬を摘んで軽く引っ張ってやる。
「ふぇぇっ…!」
「お前さんはついさっき、あんな高いところから自分で飛び降りたんだ。そんなのに比べたら一人で走って逃げるなんて楽なモンだろ。あのヤギに後は追わせねえよ」
シャルよりプニプニしている頬を悪戯しながらニヤ、と笑って見せる。不安を煽る笑顔だって言うのは自分でも分かってるんだが、こういうときは笑顔を見せてやるもんだって田舎の爺さんが言っていたことにしておこう。
「…あんまり、こういうセリフは吐きたくないんだが」
頬から手を離して、代わりに今度は頭にポン、と手を置く。垂れ耳と同じ栗色のフワフワした髪が緩やかに揺れる。
「任せておきな」
それだけ言ってからモプシーの肩を軽く突き飛ばす。そのまま手で「行け」と払うようにジェスチャー。モプシーは2度.3度とやっぱり残るか、逃げるかと足踏みして戸惑っていたが…結局クルッと背中を向けて一度だけ俺の方に振り返り、モタモタと、お世辞にも速いとは言えない足並みで逃げていく。
「…さて、と。いい子で待ってたじゃねえか。関心関心」
改めて戦斧を携えたヤギ男に向き直る。制服のズボンのベルトにセットしてある鞘に右手を沿え、つい最近偏屈な店主から購入したばかりの無銘刀を抜く。
「ちゃんと「待て」が出来たご褒美だ。きっちり卸してるよ」
正直高いところから飛び降りた上によく分からない機械を踏みつけたから足が痛い。でもそんな泣き言は言っていられない。今はただ、とにかく必死に走る。思うように足が進まない、何度も転びそうになるけど何とか踏みとどまって、また走る。
…後ろを何度か振り返るけど、あの魔山羊族の人は追ってこない。大上さんが食い止めてくれているのか、もしかしたら今頃殺されていて、今にも追いついてくるのかも…。
-よくやった。えらいえらい-
あんな大怪我をしたのに、わたしの身を案じてくれた。ずっと意地悪な人だと思っていたのに、ずっと、あんなに露骨に怖がっていたのに。わたしを助けに来てくれた。
-出来る出来ないじゃないだろ、やるかやらないか、だ。見て見ぬフリするか一泡吹かせてやるか、お前が選べ-
わたしは、ずっと誰かに守られて生きてきた。獣界にいた時は両親に。オルドに来たら族長に。わたしは弱いから、ずっと誰かが守ってくれていた。いつの間にかわたしはそれが当たり前だと思ってしまっていた。
-出来るか?モプシー-
…初めてだった。守るんじゃなくて、自分で戦えって言った人は。出来るかって聞いたって事は、「お前なら出来る」って信じてくれたって意味だから。
-任せておきな-
だから、今は任せます。わたしは「まだ」弱いから、邪魔にならないように逃げることが今出来る事だから。わたしは弱くないって信じてくれた人を守るためにも、早くシャルさん達を見つけて助けを呼ばないといけないから。
(すぐに助けにいきますから、少しだけ待っていてください…!)
後ろのほうから、時々大きな金属がぶつかるような音が響く。振り返りたいけど、そんな時間は無い。
被せられた大上さんの上着を、血と汗の匂いがするそれをギュッ、と握りしめて地面を強く蹴って先を急ぐ。
今度はもう、転びそうにはならなかった。
全長2Mを有に超える戦斧が力任せに横なぎに振り抜かれる。当然、正面から受け止める筋力も無ければおそろくこの刀の強度も持たないだろうから、刃先を斧に対してやや斜めに構え、お互いの獲物同士が当たる瞬間、片足を一歩下げて後ろに半身下がるのと同時に刀の腹の上を滑らせるようにして斧の軌道を斜め上へ歪め、逸らす。
一瞬、全力で薙ぎ払った攻撃が何の手ごたえも無く自分の意思に反した軌道を描いて空振った事が理解できず、隙が出来たところに手首を返して切っ先を向け、そのまま右脇を狙って刃先をまっすぐに突き刺す。筋を狙って無力化するつもりだったが、強固な皮膚と筋肉量で思うように刃が通らない。刃が抜けなくなる前に素早く抜き、後方に飛び退いて一旦距離をとる。
たった今刀を突き刺した箇所は魔力光に包まれ、みるみるうちに傷口が塞がっていく。お陰でさっきから何度斬ってもジリ貧だ。こちとら割と出血しているんんだから長期戦は勘弁して欲しいんだが。
「厄介な技を使う…。魔術では無いようだが、なるほど。これでは他の連中では歯が立たない訳だ」
「そっちこそ、今までのザコ連中よりは多少マシだな。なるほど。流石リーダーって訳だ」
刀を垂直に構え、もう片方の手を峰に沿える。相手の攻撃は力任せなだけなのでそれほど脅威では無いが、如何せんこちらの攻撃力があまりに足りない。只でさえ硬い皮膚にムキムキの筋肉でまともに刃筋が通らないのに自動回復魔術まで使われているんだ。事実、さっき魔導銃で打ち抜いた両足の傷も既に塞がっている。やれやれ、どうしたものか…。
魔力中和機を無力化出来たと思ったら、こんな厄介な隠し玉を持っていたとは流石に思ってなかった。
随分大人しくモプシーをあやして逃がす間ちょっかいを出してこないと思ったら、中和機が無くなった不測の事態を逆手にとって術式を組み立ててやがった。
「人間、確か魔術技巧専門学園の学生だと言ったな。ギルドでも騎士団でも無い身で、割りにあわないと思わないのか?こんなことをして」
「御尤も。特別手当ぐらいは貰えるかも知れないがな」
「フン、金の為か。俗物だな」
鼻を鳴らして切っ先を向けるテログループリーダー。ウルスから聞いた名は確か…魔山羊族のバフォー、だったっけか?まあ、テロ屋の名前なんて超絶どうでもいいけど。
「何言ってんだ、金は大事だぞ。何をするにも要るものだしな。お前らの悪ふざけだって金が掛かるだろ」
「…貴様のような輩に我々の理想など理解できないか。なら、もう話す事は何もない」
煽り耐性の無いヤツ…。でも、俺も正直同意権だ。お前らの理想とやらにはこれっぽっちも興味が無い。
「一番短絡的な暴力って手段を選んだ時点でお前らには「正義」も「理想」も口にする権利はねぇんだよ」
モプシーはもう此の場から遠く逃げた。だからもう、何の遠慮も要らない。
ずっと抑えていたがそろそろ限界だ。いつも通りヘラヘラ笑って小馬鹿にしながらおちょくり倒してやりたかったが、無理そうだ。
胸の奥がざわつく。自分の目つきが只でさえ悪いのに益々尖っていくのが分かる。刀を握る指に力が込められ爪が柄に食い込む。
「目的の為に手段を「選んだ」程度の出来損ないが、中途半端な覚悟で何の関係も無いヤツらに血と涙を流させるんじゃねえ」
バフォーはこちらを睨んだままで、斬り掛かってこようとしない。構えたままの状態で油断なくこちらを警戒している様子だ。…ようやく気付いたんだな。
ああ、そうだよ。俺は、最初っから、とっくにキレてるんだよ。
「ウサギ娘の為だとか、門を守ってオルドの平和の為なんて理由を掲げるつもりは毛頭ねえよ」
底意地の悪さがにじみ出ていると評判の、普段のニヒルなスマイルも作れそうに無い。あんまりシリアスな空気にしたくないんだけどな…。けど、これは俺のせいじゃない。
「お前らが心底気に入らねぇ。お前らの邪魔して、ぶった斬るには十分な理由だ」
「なら、お前を叩き潰して押し通るまでだ」
腰溜めに斧を構えるバフォー。本気で目の前の敵を切り捨てる度胸はあるらしい。だが…。
「残念だが、そいつは無理だな」
お前らのやり口はこの温厚極まりない聖人君子様をムカつかせた。ついでに言えば、もう1つ。
「御託は聞き飽きた。さっさと始末させてもら…っ」
斬り掛かろうとしたバフォーが一歩足を踏み出し、そのまま止まってしまう。どうした、折角踏み出したのに後ずさってるぞ?
「貴様っ…、一体何者だ…?」
まるで「何かに怯えるように」、本人も気付いているのか知らないがジリジリと間合いを取りながらこちらを睨むヤギ男の顔には明らかに恐怖の色が見える。…何者だなんて聞かれると説明が面倒だから答えない。これからお前に与えられるのは納得のいく返事ではなく、お前らお得意の「理不尽な暴力」だ。
バフォーの問いには答えず、代わりにこう答えてやる。いつもの、例の如くの前口上。
「この見せ場は俺のものだ」
村雨から貰ったこの無銘刀の唾飾りに指をかける。西洋剣を髣髴させる紋章のようなデザインは獣の顔のようにも見える。そして、それは多分気のせいではないのだろう。実際ギミックはその顔に見える飾りの口の部分にあるらしい。
〈スタンバイ〉
鍔飾りを弄った途端、電子音声が響く。同時に刃紋も入れられていない色気の無い銀一色の刀身に淡い光が灯り始める。当然、魔力を持たない俺の力によるものじゃない。予め柄の中に内蔵されていた魔力電池によるものだ。
そして、「コレ」の真の機能はここからが本番だ…。最も、俺も実際試すのはこれが初めてなんだが。
「魔導武器か。面白い、どんな武器だろうがっ!!」
肉体に、自動治癒魔術に自身を持つバフォーが戦斧を振り上げながら突進してくる。力任せの攻撃だが、こちらは左手が使えない状態なのでさっきまでのように攻撃をいなし、あしらう事が難しい。
(ぶっつけ本番だ…ヘマこいたら恨むぜ、村雨…!)
同じ様にこちらも相手めがけて深く踏み込み、懐に飛び込むように接近する。膝を大きく曲げて地面に擦れるほど身を屈め、頭のすぐ上を通り過ぎる戦斧をやりすごし、身体を起こすと同時に、すれ違いざまに右脇腹を横薙ぎに斬り付ける。片手持ちなので大して力も込められず、相変わらず浅く斬るだけだが…。
「チッ…、ちょこまかと。どれだけ足掻いても、非力な人間の身では俺を倒す手段は無いだろう?」
切られた右腹の事も気にせず斧を両手に構えて再びこちらに向き直るバフォー。こちらも力は入らないものの、動かすだけなら苦の無い左手で地面に擦れて汚れたズボンの膝を払いながら「機能」が正しく作動しているかと、手に持っている刀を一瞥する。
(お…?)
よく見ると、柄頭に拵えてある宝玉がうっすらと緑色に光っている。平常なら無色で光もしないガラス球のような飾りだったのだが…。
「どうやら、もう少し「足りない」みたいだな…」
正常に作動しているようなので、今度はこちらから仕掛ける。重たい戦斧を振り上げる暇など与えない。無駄にデカい図体に飛び込むように接近すると一閃、更に続けて2度、3度と胸板に、肩に、太ももに刀を走らせ斬り付ける。3.4度斬られてからようやく反撃に出ようとするバフォーだが、それを待つほどこちらも呑気じゃない。追い討ちとばかりに斧を振り上げたその右腕を突き刺し、切りつけたばかりの胸元を蹴りつけてその反動を利用し、戦斧の射程から離れる。
「くっ…、まるで薮蚊のようなヤツだな…。この程度で俺を倒すつもりか?」
いちいち嫌味なヤツだな…。あちこちに付けられた刀傷はみるみるうちに回復していく。だが、それと同時にこちらも準備が整ったようだ。柄頭の宝玉は既に十分に光り輝いており、充電完了といった様子だ。
唾飾りをもう一度摘み、さっきやった用に再び獣の口のような形を模した装飾を引っ張る。今度はカチ、と何やら手ごたえをその指に感じ、宝玉と同じ色の輝きが刀身全体を包み始める。
〈ワイルドチャージ〉
再びの電子音。そして光が一際大きくなり…、1秒も経たずに収まるとそこに現れたのは、先ほどまでの面影の無い異形の刀身…。柄から上が、一瞬で全く別の物へと変化していた。
「おぉ…」
「なんだ、それは…」
使っている俺自身も、対峙するバフォーも同時に驚きの声が漏れてしまう。先ほどまでの一般的に知られる「東洋刀」は見る影も無く柄から上、その刃は完全に別物といった形に変わっている。
太さは2倍はありそうな大刀と化しており、刀身には細かなギザギザがついている。まるで刀というよりノコギリのような形状だ…。つーか凶悪な形だな、コレ…。完全に悪役の武器だろ。
「なるほど、ね…。これが「対獣人用」って訳だ…」
大振りとなった為、重力も多少増えたが片手でも何とか振り回せる範囲だ。さぁ、まだスポットライトは消えてないぜ?
変形した刀を掴む指に力を込め、切っ先を向ける。そのまま軽く剣先を上下に揺らして「掛かって来い」と挑発してみる。
「面白いオモチャを持っているようだが…?それで、結局問題は解決しているのか?」
「自分の身で確かめてみろよ、ヤギ野郎。刻んで鍋にしてやる」
自分の絶対的な優位は崩れていないとばかりに、両手でしっかりと斧を握り、振り上げながら襲い掛かってくるバフォー。
完全に斧が振り下ろされる前にこちらから刀を突き出し、斧の柄に唾を引っ掛ける形で攻手を阻害、そのまま斧の柄をなぞるようにして刀を滑らせ…逆にこちらが斧を握っている腕を斬りつける。
自分の攻撃が成立しないまま逆に反撃され、怯むバフォー。もちろん、斬られた腕のことなど気にしていない様子だが…すぐにそうは言っていられなくなる。
「なっ…!?」
そう、傷が治らない。さっきまで斬られた傍から塞がっていた傷が、未だにダラダラと血を流しているままだ。そして、これがこの刀の真骨頂なのだろう。
「貴様、一体何を…!」
いつの間にか効力を無くしていた自動回復魔術。慌てて再度掛けなおそうと斧を地面に突き刺し、両手で印を組んですぐさま術式を展開し始める。だが…。
「取り込み中悪いな、邪魔するぜっ!」
当然、それを待ってやる義理は無い。左肩から右脇にかけて斜めに一直線に袈裟懸けに斬り付け、おまけとして左頬に爪先を突き刺すように蹴りこんでやる。展開されかけていた術式は中断され、構築されようとしていた魔力はそのまま宙に光の粒子となって散乱し…そのまま、俺の右手に持たれた刀の柄頭の宝玉へと吸い込まれていく。
「貴様っ…それは、その武器は…!」
「なるほど、これなら確かに魔力の無い俺でも使えるわけだ」
魔力を吸収し、更に光を増す刀身。攻撃力を上げるだけでなく、相手の魔術をこうして妨害する事が出来るとは、確かに便利なシロモノだ。
「何せ、自分じゃなくて相手の魔力で発動するんだもんな」
「俺の、俺の回復魔術を奪ったのか…!」
正解。さあ、これでダメージを気にせず攻め立てるような戦い方は出来ないぜ。それにこちらも攻撃力が上がったんだ。これでもう、従来のスタイルで戦える。
戦闘中に露骨に動揺する馬鹿がいるか。無造作にその鼻先に切っ先を掠めてやる。ダメージ狙いではなく、鋭敏な鼻を切り付けられる異にって更に大きな隙を作らせることが狙いだ。予想通りにちょっと血が出る程度の切り傷に片手で鼻を押さえて身じろぐバフォー。
鼻を押さえる片手の上からこちらの掌を思い切り打ち付けてやり鼻腔に今度は打撃を入れる。更に大きく体を仰け反らせ、切り傷に加えて鼻血まで出してよろめく所を片手で持っている戦斧の柄を払うように蹴り上げてやる。反対側の切っ先が、刃の部分が梃子の原理で自然とバフォー自身の肩に突き刺さる形になる。
「ぐっ、ぁっ…!」
言いようにあしらわれ、弄ばれている事に気付いたのだろう。怒りの目でこちらを見返し血まみれの鼻から手を離しようやく身構えるヤギ男。
だが、反撃に出ようとしたところでビクン、と大きく体を震わせ、また後ずさり始める。…おいおい、どうした?殺す覚悟はあっても殺される覚悟は無かったか?それとも、目の前にそんなに怖いモノでもあるのかな…?
「さぁ、出番終了だ」
ヒュッ、と風を切る音を立てて片手で鋸状の大刀となった刀を一回転させ持ち直す。慌てて戦斧を持ち直し身構えるバフォーだが、生憎もうお前の出番はお仕舞いだ。もはやすっかり怯えた顔で、ヤケクソとばかりに突進してくる。
斧を振り上げようとした瞬間、真横に一閃。屈強な腹筋が真っ赤に一文字に切り裂かれる。続けて手首を返して斜め上にもう一振り。更にもう一度刀を返して斜め下に、真上に、右に、下に、水平に、バフォーが腕を振り上げきる間に斬れるだけ斬り付ける。
ダメージを瞬時にに治せなくなったため、全身を斬られた痛みに、出血に更に動きが鈍くなる。そうなったらもうこちらの独壇場だ。フラフラと振り下ろされる斧なんて傷ついた左手で弾き返し、大刀を突き刺し、今度はもっと速く、さっきの倍の回数斬り付け、刺し、薙ぎ払う。
「あっ…、が、は…っ…」
無数の斬撃に大きくよろめき、血を撒き散らすバフォー。だが可哀想だとは思わないぜ。お前らのしようとした事は、この何倍もの血を流す事になりかねなかったんだ。
自業自得、因果応報、身から出た錆ってヤツだ。
「マシな覚悟も無ぇヤツが…ステージに上がってくるんじゃねぇよ!」
鮮血を飛び散らせながら今にも背中から倒れそうになるバフォーに、追い討ちとばかりに刀を振り上げる。柄に左手も沿え、地を強く踏み込み刀を握る腕に力を込めつつ、柄を握る指には無駄な力を込めないように意識して…。
空に舞い上がったバフォーの血を撒き散らすように、そしてそれ以上の血渋きを上げさせ更にさっきの更に倍以上の手数で斬りかかる。そのまま大人しく地面に倒れこみたかったであろうバフォーは追い討ちというにはあまりに容赦の無い無数の斬撃に大きく後方に吹き飛ばされ、切り刻まれた姿で二転、三転と地面の上を転がり、まるでボロ雑巾のような姿で倒される。地面の上に大量の血を撒き散らして動かなくなるバフォー。アンコールは、必要ないよな。
「無限斬刀…。片手でよかったな。原型が残ってるんだから」
もちろん、もう俺の声など聞こえていないだろうが。パチンッ、と柄飾りを戻すと刀身と宝玉から粉雪のように魔力光が空に漏れ出し、そのまますぐに刀身が元の形に、宝玉の色が戻る。
(大したもんだ…。これなら確かに魔術に対抗できそうだな)
こういった便利なものがギルド時代にもあったら、もっと色々違ったかもしれないが…そんなことを今更言っても仕方ないか。反りが入っていないのは基礎形態を極力シンプルな形にして可変性を高める目的なんだろうな…。交戦する相手の種族に応じて形を変え、同時に相手の魔力を吸収する。攻撃強化と魔術妨害を同時に出来る逸品だ。掘り出し物という言葉じゃ片付かないシロモノだぞ、これ。
刀を軽く振って刀身にこびり付いた血を払い、ベルトに掛けていた鞘に仕舞う。ひと段落すると左腕の痛みを思い出す。…割と本気で痛い。格好つけなきゃよかったかな…。まだ1ヶ月しか着ていない制服が台無しだ。経費出るよな、これ。
「おーーい、生きてるーー!?」
「マスター、マスター、どこでスかー?どコニいるんでスかーっ?」
…何やら騒がしい声がしてきたな。さっき逃がしたモプシーがどうやら無事にシャル達と合流したらしい。ロボ娘が涙声で叫んでいる気がするが、聞き間違いだと思っておこう。思いたい。
「…さて、と」
遠目にシャル達の姿が確認できる。向こうもこっちに気付いたようで大急ぎで走ってくるマキナと、ホウキに跨って飛んでくるシャル。…なんだあれ。ホウキ?え、魔○の宅急便?
ともあれ、こっちもこのテログループのリーダー様を突き出してやらないとな。結局このゴタゴタのせいで本来の目的はまだ達成していないんだし。
…つい、しこたま切り刻んだけど死んでないよな…これ。
「やっぱり失敗に終わったか…。ま、あいつらには最初から何一つ期待してなかったけどな」
「ご苦労様でした」
「…っ!なんだ、アンタか…脅かすなよ。…何の用だ?」
「これは失礼。なに、大した事ではありませんよ。只、後始末をつけにきただけです」
「…?一体何…を…っ!?」
「改めて、ご苦労様でした。では、ごゆっくりお休みください。…永遠に、ね」
物言わぬ躯となった「それ」にはもう目もくれずに、門から離れたところから「彼ら」の活躍を見物していた私に、同じく上空で観戦していた他の2名が降りてくる。
「あれが噂の…ってヤツか?オグロ。中和機なんて無粋なモン使わせていたから実力はろくに測れなかったのが不満だが」
「野盗もどきにおもちゃを与えた程度ですからね。これでも十分すぎるほど助力したぐらいですよ。今のところはまだ、この程度のちょっかいが妥当ですから文句を言わないでください」
「へいへい。でも、そのうちタップリ暴れさせてもらうからな」
「それはRの御心次第ですが」
相変らず、この人の頭の中は荒事を楽しむ事しか無い様だ。はてさて、もう一方はさっきから随分大人しいですが…。
「ゲッシュ、貴女はどうでした?何か思う所はありましたか?」
「フヒッ?」
「いやお前に聞いてるんだよ。どうして後ろ見るんだよ。お前の背後に何かいるのかよマジ怖ぇからやめろよ」
「フヒヒ…そ、そうだね…。あの、機甲兵士…。あれ、キュロスと同系機だね…。あ、あと、あの垂れ耳兎。あれも…いい、凄くいい…フヒヒ」
「怖ぇよ。やっぱお前怖ぇよ…」
「はいはいゲッシュ。レックスが怯えているから目をかっ開くのはやめなさい。乾き目は眼球を痛めますよ?」
「フヒッ…」
「怯えてねーし。…でもまあ、しばらくはこうして様子見か。退屈は続きそうだな。結局今回も電車を横倒しにしたぐらいだし」
「まだ「その時」でないというだけですよ。さあ、帰りましょう。私も今日はこれから社長さんとの約束がありますし」
「あの「死の商人」とか。せいぜい殺されないようにな。臨時リーダーさんよ」
「ええもちろん。まだまだ死ねませんよ」
そう、私にはまだまだやる事が山ほどあるのだ。志半ばで死ぬというには、心残りがあまりにも多すぎる。
「この世界を混沌に陥れる。我が主の本願であり、私の願い。それに、そのうち「彼女」にもご挨拶をしなければなりませんし、ね…」
そう、劇的な再会にはまだ準備が足りない。まだ何も思い出せていないようだが、真実を知ったらどんな顔をするのだろうか…。
焼けるような真っ赤な右目に映るのは、門から出て行こうとしている「彼女」達の後姿。
(貴女も、ご両親の話を聞きたいでしょう?シャルトリュー・チェシャー)
前回のシャルやマキナの戦闘シーンとは大違いですね。大上忍は特殊能力皆無なので泥臭い物理戦闘になってしまうのが欠点です。地味というか何というか。
新兵器導入で今後は多少潤いが出せるかもしれませんが…。ちなみに魔力吸収刀の電子音声は無理やりオフにすると刀の機能も一緒にオフになってしまうそうです。「意地でもこのまま使え」という製作者の嫌がらせ精神が伺えますね。
ちなみにヘンテコ刀を作った村雨刀匠ですが電子音声や機能は完全に嫁の趣味です。嫁さんはシャルと違いアニメではなく特撮派なようで毎週日曜日の朝はテンション上がっています。




