獣の咆哮・その2
耳を立てた状態のモプシーを「裏モプシー」と呼ぶべきか「モプシー・真」と呼ぶべきか…それが問題だ
星一つ無い夜空の下、「彼女に」に呼び出された俺はいつものように待ち人がいるであろう例の場所へと足を運ぶ。
当たり一面の焼け野原。草木一つ生えず、未だに焔が燻っているほど。あちこちに瓦礫が散乱しているし焼け焦げたような匂いが漂うのも相変わらずだ。
「遅いじゃない。レディを待たせるなんて」
このあたりを一望できる一番高い場所、かつてここに建てられていた建物の瓦礫の山の上で「彼女」が腰を下ろしてこちらを見下ろしている。
相変わらず棘のある口調で、真紅の瞳でこちらを真っ直ぐに見下ろしてくる。星1つ無いのに不自然に大きく輝きを放つ満月だけが浮かぶ空に、月を背にして赤い瞳と髪、そして胸元と腰に同じく真っ赤なローブを巻いて口元に薄く笑みを浮かべている。
「急に呼び出すほうが悪い。で、何の用だ。暇つぶしなら他所を当たれ」
「可笑しなことを言うわね。他所って、どこを?」
首を傾げて人差し指を唇に当て、悪戯ぽく微笑む彼女。何も知らない男が見ればとても蠱惑的な仕草なのだろうが、本性を知っている身からすると「あざとい」としか思えない。
「用件をさっさと言ってくれレーヴァ。」
「せっかちねぇ。久しぶりにこうして話すんだからもう少しお喋りしない?」
腰をかけていた瓦礫からヒョイ、と飛び降りて俺の目の前に降り立つ彼女…レーヴァ。
瞳の色と同様の、燃え盛るような真っ赤な髪を靡かせて自重も感じさせない軽やかさで、まるで羽のように俺の前にフワッ、と着地する。当然、俺達の距離はとても近くなる。降りてきた際に空に靡くレーヴァのルビーのような髪が鼻先を掠めるほどだ。
「ふふ、「彼」が動き出したのがそんなに気になる?」
「当たり前だろ。アレをあんな風にしたのは俺の責任なんだ」
レーヴァはそんな俺の言葉にクスクスと心底可笑しそうに笑いながら、今度はその指を自分ではなく、俺の唇に当てながら、顔を寄せて囁きかけるように小さな声で、まるで誘うように。
「だったら、あなたも我慢なんかしないで欲望のままに本来の望みを叶えればいいじゃない。この歪みきった世界を滅茶苦茶に壊してしまえばいい」
レーヴァの唇が耳元に触れそうなほど近づき、誘惑するような言葉が囁かれる。彼女の吐息が耳にかかるが、多分ワザとやっているのだろう。
「私の事を、思う存分振るえばいい。私はあなたの剣。あなたの怒りを、憎悪を糧に燃える焔。いつだってあなたには「その権利」があるのだから、ね」
まるでこのまま口付けでもしようとするように、顔を寄せ続けるレーヴァの指を、体を押しのける。体を押されたレーヴァは残念、と小さく呟いて重力を無視するように宙を舞い、そのまま何も無い空中で静止し、まるで見えない椅子がそこにあるかのように足を組んで再びこちらを見下ろす。
「そういう、つれない所もあなたの魅力の1つだけど。まあいいわ。私はいつでも「ここ」にいるから。私が欲しいときはいつでもおいでなさいな。あなたがこの世界の破壊者になるのも、このまま傍観者でい続けるのも、別にどっちでも構わないしね」
相変わらず、一方的に自分の言いたいこと、やりたい事を押し付けておいて気が済んだらこの態度だ。マイペースという言葉を通り越して、これは唯の傍若無人だな。
「…ああ、そうそう。そう言えば、あの門とか言うオモチャにちょっかいを出すつもりらしいわね、彼。ふふ…やっぱり行くのかしら、「大上忍」も。久しぶりの再会じゃない?」
「「ヤツ」の方に対面する準備が出来ていなかったら、顔を合わせることは無いかもしれないけどな。…どうなるかは神のみぞ…ってやつだ」
俺のその言葉にレーヴァは今度は盛大に吹き出す。
「あははっ、神様なんてあなたが信じてるの?」
「まさか」
当たり前だ。只の言葉のあやってやつだよ。
「神なんて実際いたら、この手で八つ裂きにしてやるよ」
「ふふ…。これ以上煽るとわたしのほうが我慢出来なくなっちゃいそうだわ。誰かさんの「憎悪」で、すっかり体が熱くなってきちゃったじゃない」
知ったことか。そんな露出高いんだからすぐに冷めるだろ。勝手に燃えて勝手に冷めてろ。
「どうやら、まだまだわたしの出番は無さそうだし。しばらく退屈は続きそうね。また話相手が欲しくなったら呼ばせてもらうわよ」
こちらの返事も待たずに、そのまま溶け込むように、月だけが浮かぶ夜空に消えていくレーヴァ。
とことん自分勝手なもんだ、まったく…。
レーヴァが消えた途端、月明りと廃墟を燃やし続ける残り火に薄く照らされる荒野が、夜空が音も立てずに静かに崩れ始める。まるでガラスにヒビが入るように空が割れ、ひっくり返されたパズルのように地面がバラバラと散らばり、ついさっきまで立っていた場所はあっという間に何も無い虚無の空間へと変わっていく…。
「この世界」が消え行くのを眺めながらレーヴェの言葉を思い出す。自分勝手な癖にたらと人の心にいやに残る言葉を突き刺していくヤツだ…。ある意味才能なのかもな、ああいうのも。
-破壊者になるのも、このまま傍観者でい続けるのも…-
「俺は…」
さっきまでの風景が跡形も無く消え去り、あたり一面真っ黒の何も無い空間になった中、どちらが上で、右か左かも分からないまま片手を伸ばす。どこに手を伸ばすのか、手を伸ばして何を掴みたいのか、何も決められないまま闇雲に、求めるものも無いまま何かを得ようともがく、この世界で最も無様な男の姿だろう…。
「俺は、お前のようにはなれないさ…」
お前は道を選び、決めた。それに比べて俺はまだ、こんな有様だ。復讐者にもなりきれず、怒りと憎しみを捨てて生きることも出来ない。半端者のままだ。レーヴェに笑われるのも仕方ない。
真っ暗闇の空間にようやく光が刺し始め、「元の世界」に戻り始める。門拡張工事日、幾人もの不確定要素が集うであろうその日に何が起きるか、そしてどう変わるのか、もしくは何も変わらないのか…。
世界が戻り、いつもの見慣れた光景が視界に広がる。日頃生活をしている、愛すべき我が家だ。
ふと、すぐ傍にある壁に掛けてある姿見に視線が行く。鏡に映るのは、レーヴァに良く似た獄炎のような、深く濃い真紅の瞳…。
「もうしばらくは傍観者でいさせてもらうさ。なぁ---」
「ごめんなさいごめんなさいいきなり暴れだした上に気を失ってわざわざ運んでいただいておいて目が覚めたら知らない場所だったのでついビックリしてしまって動転してしまいまた大騒ぎしてしまってその上結局一晩泊めて貰った上に朝ごはんまでご馳走になってしまってせめてお皿ぐらいは洗おうとしたんですけどいつの間にか片付けまでされていて結局これといって何もしないままお世話になりっぱなしでご迷惑ですよね本当に申し訳ないですごめんなさい」
「うん、取り合えず落ち着こう、落ち着こう」
結局昨夜は色々ありすぎて気疲れしてしまったモプシーさんが完全にダウンしてしまい、私の部屋に泊めた。もふもふの耳を触りながらだと私もグッスリと良く眠れたので全然迷惑じゃあないんだけどね。
朝食を用意したのも、モプシーさんに何もさせずにさっさと片付けをしたのも全部忍だし。…その諸悪の根源はついさっき、ウリに呼び出されてどこかに行ってしまったようだけど…デート?
お陰で1人取り残されたマキナさんは未だにブツブツ文句を零しながら隣の家で洗濯物を干している。
「正直な話、最初から泊まっていって欲しかったしね。ほら、族長さんにも許可は貰ってるんだし、モプシーさんが気にする事なんて何もないよ」
「うぅ…」
そう言ってもやたら気ぃ使いなモプシーさんは恐縮しきってしまっている…うーん、もう少し打ち解けて欲しかったけど…忍のお陰で色々台無しだ、もう。
「そうだ、よかったら今から早速手伝って貰えない?そもそも最初からモプシーさんには技術協力で同行してもらってたんだし」
「あ、はい…あの、怖いことじゃあないのなら…」
怖くない怖くない。怖いのは一部の人物の目つきと性格と口と意地だけ。今あなたの目の前に居るのは只の美少女天才魔術師さんだから。
「大体のことは話してあるよね。門管理には草食系の、危険察知能力の高い獣人さんの力が必要だって」
「はい…でも、それだと、弱い獣人が、他の世界の人達の強い魔力に当てられて…えと、負担が強くて、体調を壊したりしてしまう、って…」
その通り。筋骨隆々のマッチョメンたちばかりの工事現場に1人だけ病弱なガリガリ君が混ざっているようなものだし。…えっと、自分でもこの例えはちょっと違うかな?
「だから、獣人さんが負担にならないように、いっそ門にいなくても獣人さんの力だけを利用できるように出来れば、って思ってね」
「…そんなこと、できるんですか?」
「出来るよ、天才だから」
あ、黙っちゃった。…うん、分かるよその顔。「言っちゃうんだ、それ。自分で、それ」って顔だねモプシーさん。気が弱いけど意外と良い性格してない?もしかして。
「色々難しいことは省くけど、ようは獣人さんの察知能力…野生のカンって言えばいいのかな?それを魔力波に算出してデータ化してシミュレートシステムにしようって話なの。当然1人2人のデータじゃ十分なシミュレートは出来ないだろうからもっと大勢の協力が必要だけど…それでもベースになる、長期間微調整に協力してくれる人が必要なの」
「…それで、わたし…なんですか?」
うん、と頷いてみせるとモプシーさんはまた俯いて顔を隠してしまう。
「大丈夫だよ怖くないよ。痛い事も全く無いし、ね」
そう言ってもモプシーさんの表情は全然優れない。…何か、もっと別の理由で躊躇しているような気がするけど…でも、だからってこっちから追及しても逆効果だろうから、とりあえずモプシーさんのほうから口を開いてくれるのを待つしかない。私は、忍とは違うのだよっ!
…おっとと、気付いたらモプシーさんが怪訝そうにこちらを見ている。「え、何?そのどや顔」って目だね、それ。…自己主張薄いけど本気で実は良い性格してない?
「わたしが選ばれたのは…わたしが家族の居ない身だから、ですか…?」
…ああ、そうか。モプシーさんは、きっと自分が都合よく使えるモルモットだと思われてるって捉えてるんだ…モルモットじゃなくてウサ…もとい、そんなつもりは全然無いんだけどなぁ。
「責任逃れするつもりはないけど、私はただ草食系の獣人さんで協力してくれそうな人はいないか、って学園の事務所に問い合わせてモプシーさんを紹介されただけだよ。…まあ、事務所がどういった意図でチョイスしたのかはわからないけどね。もしかしたら、モプシーさんの思ってる通りかもしれないし」
モプシーさんがモルモット扱いされているなんて思ってるとは気付きもしなかった。学園事務所もそんなつもりじゃなかったかもしれないけど、当の本人からしたらどちらも確かめようのない事。そっか…モプシーさんがずっと警戒してたのは、こういう「不信」もあったんだね…。
「…ね、前にも言ったけど私は別に強制はしないよ。この依頼はあくまでお願いなんだし」
そうは言っても協力して欲しいのが本音だけどね。…でも、本気で怯えている相手に言葉を選んでタブラカス的なやり方はしたくない。だから、こっちも本気で向かいあう。
「両親と離れて1人でオルドで暮らしているだけでも、毎日凄く不安だろうし。モプシーさんの平穏を壊したくはないしね。家族がいないっていう気持ちは、私もわかるつもりだから」
私の場合は、モプシーさんとはちょっと事情が違うけど、ね…。
「…私の両親はね、私がまだ10歳の頃にね…殺されたの」
ビクッ、と穏かじゃない単語にモプシーさんが身を竦める。そしてようやく、私の方に顔を向けてくれた。
「当時の事はショックであんまり覚えてないんだけどね。今思えば私の力も何か関係してたのかもしれない。…唯一覚えているのは、血まみれで倒れている両親の姿ぐらいなんだ」
その後、この学園に引き取られる形でここに来たんだけど…。未だに時々夢に見るぐらい、あの日の光景は忘れられない。
真っ赤に染まった床と、その上に倒れるママ。そして倒れるパパを見下ろすフードをかぶった人影…。
顔は見えなかったし、男か女かすらもわからないけど、両親の血とは別に、真っ赤に染まる剣と、同じぐらいの色をした、フードから唯一覗き見えた赤い瞳…。
「モプシーさんは、ちゃんと獣界に家族がいるんだし、私とは事情が違うだろうけどさ。1人でいるのってやっぱり色々不安だよね。だから、それ以上負担になるようなことは、私は個人的にはしたくない」
もしかしたら、忍は最初からそのつもりでモプシーさんを脅かしてこの話を無かった事にしようとしていたのかも…というのは、いくらなんでも考えすぎだよね。そこまで美化出来る相手じゃないし、アレは。
「だからもう一度言うね。私は強制はしない。気を使ったりしないでいいから、自分で決めて」
「…はい」
小さな声だけど、ちゃんと私と顔を向き合わせて、声に出して答えてくれた。それだけで随分な進歩だ。どうだ忍、これがコミュニケーション能力の差というものだよっ。
「はいっ、じゃあつまらないお仕事の話は一旦おしまいっ!折角だからもうちょっと親睦を深めようか、モプシーさんっ」
「え?あ、は、はい…えと、じゃあ…モプシー、でいいです。…呼び捨てで」
「オーライ、モプシー。じゃあ私のこともシャルでいいよ。友達はそう呼ぶから。…1人除いてね」
あれは間違っても友達じゃあない。高性能家事職人(言語機能にバグ多数)だ。
「は、はい…シャル……さん」
「シャルでいいのに…まあいいや。じゃあ、まずは地下室にご招待といきましょうか。やっぱりここは定番の鑑賞会かな?ねえねえ、モプシーは『シゲマサ』は観てる?有名なシリーズだから名前ぐらいは知ってると思うんだけど…」
「え、あ、ちょっ…シゲ…?」
怖くない怖くない。さあさあ自慢の地下室でブルーレイ全21巻が待ってるよ。工事の当日までまだ5日以上あるんだし、シリーズ全部観られる時間あるよ。
…一応、ちょっと強引に誘ったから念のためにモプシーの耳は押さえながら地下室にご招待した。
『骨董屋村雨堂』。板張りに筆文字でそう書かれたとある店にやってきた俺のこの店に対する第一印象は唯1つ。
「…胡散臭いな」
「貴方に言われるとこのお店も可愛そうですね」
オルド首都ホンカワゴエの一角、主に人間界に関する店や建物が集まるこの地区、カワゴエ横丁。人間界の、それも東方の文化で彩られたこの町並みはいつ来ても観光客で賑わっている。特に特大3Mふ菓子や紫芋シャーベットなどの名産品は人気が高く、あちこちで食べながら歩いている観光客を見かける。
そんなエリアのメイン通りを路地裏に入ったところに、この店はあった。
築100年は経っていそうな古びた概観は、骨董店としては趣があった好印象かもしれない。ただ、店頭に並ぶ3歳児がこねたモノを焼いたかのような前衛的過ぎるデザインの壷やら、やたら髪が伸びている「雛人形」というアンティークドール。果ては「権力を傘に来て世直しという名目の暴行旅行を行っていた古代の権力者が翳していた印籠」など、価値があるのか無いのか意味不明すぎる品々に囲まれているのでこの店全体が胡散臭い。ひたすら胡散臭い。
朝早くから人の家に訪ねてきたかと思えばボケーーッとした顔で「今から出かけまふよ。指定されていた装備を取り扱っていそうなお店に連絡をしておきましたです」だもんな…。せめてちゃんと喋れるぐらいに起きてから来い。
ノスタルジー溢れる造りの店舗が並ぶ町並みを並んで歩く。とは言え案内役のウリが数歩前を歩く形だが…。
しかも制服姿ではなく初めて見る私服姿。銀髪に似合う白のワンピース姿だ。
「個人的な都合による外出なので」
とはウリの言い分だが、几帳面なことだ…。お陰でこっちもつい久しぶりに私服を引っ張り出す羽目になった。
お互い私服で並んで歩いているとまるでデートみたいだが、流石にそんなことを口にはしない。ウリからの好感度が大分低いことは知っているつもりだし、それで良いと思っている。
気を取り直して…改めて、到着した目当ての店を眺めてみよう。
「胡散臭いな」
「それはさっき聞きました。…大上さんのリクエスト品はこの店ぐらいしか流通していないんですよ。唯でさえ大昔の骨董品なのに、やたらと注文が多くて…」
「道具に拘らないやつは2流だぞ」
「その通り」
店内に入り、ざっと中を物色していると店の奥から男の声が。従業員口の暖簾を捲って姿を現したのは薄緑色の甚平姿の、予想に反してまだ随分若い男だった。
「尤も、獲物のせいにするヤツは3流以下だがな。おたくは一体どっちだろうな」
甚平の袖に手を突っ込んで腕組しながら挨拶も無しに失礼な言葉を投げかけてくる店員だ。しかも目つきが悪い。無造作に切った黒の短髪、鋭い目つき。足元は草履なのにやたらと隙が無いのは気のせいじゃ無さそうだ。
「こんにちは村雨さん。昨夜電話したエレメンティアの者です」
「だろうな。こんなところにわざわざ来るモノズキなんて居ないしな。依頼人だろうよ、そりゃあ」
目つきも悪いが口も悪いな、こいつ。…何だウリ、その顔は。どうして俺を見てる。
「んで、そっちの目つきの悪い兄さんか?今時刀なんて欲しがってるのは」
「アンタにだけは目つきを言われたくないな」
「奇遇だな、俺も一目見たときからそう思ってるよ」
ニヤリ、と皮肉げな笑みを浮かべる村雨とやら。…ウリ、今すごく小さな声で「どっちもどっち」って言っただろ。聞こえてるからな。
「エレメンティアの大上忍だ。今度荒事がありそうなんでな、使い慣れた獲物が欲しい。ここは俺が欲しいような時代遅れの化石同然のガラクタも扱ってる、って聞いたんでね」
「村雨骨董店の当主、村雨霧斗だ。兄さんの眼鏡に叶うものがあるかどうかは知ったこっちゃないけどな」
「口の悪いやつだな」
「奇遇だな、俺も一言聞いた時からそう思ってるよ」
「どっちもどっちですね」
ウリ、開き直ってハッキリ声に出すな。案の定、目つき悪いコンビから同時に睨まれ、サッと目を背ける天使娘。
「まあ、貴重な客だ。…兄さん、ちょいと両手見せてみな」
なんだ、この店はセルフサービスで手相でも見るのか?…朝方ニンジン摺り卸しまくってたからまだ若干青臭いと思うぞ?
「…なるほど、な。…いいぜ、目当てのモノは奥にあるからついてきな」
言われたとおりにとりあえず両手を開いて村雨の前に突き出してやると、村雨は数秒人の手のひらを眺めて軽く頷き、今さっき自分が出てきた従業員口へと俺達を案内する。
「…今のはどういう意味ですか?」
「ま、いけばわかるさ」
暖簾を潜って怪しい店内を更に奥へと進む。…従業員用の事務室やら給湯室やらを通り越して、そのまま店の裏手に。裏口から一旦外に出ると店の裏に1つ別の小さな小屋が建てられている。周囲は塀で囲われているので、店内を通らないと見つけることも出来ない仕組みになっているようだ。所謂「離れ」ってヤツだな。
「ここだ。作業場兼任してるから多少散らかってるけど気にするなよ」
客相手に気を使うそぶりもまったく見せないまま離れの引き戸を開けて中に入っていく村雨。それを追うように俺とウリも中を覗くと…。
「凄い…」
思わずウリが呟くのも分かる。今時、こんな光景はまず他では見られない。
室内は真夏かと思うほど熱く、その熱の原因はすぐに室内の中央に置かれている巨大な「炉」である事に気付く。他にもあちこちに鉄槌やら砥石、そのほかにも博物館ぐらいでしか見られないようなロマン溢れる古式芸能の塊のような器具が散乱している。
室内の壁には入り口を除いて3方すべてに出来上がった「製品」が飾られており、その大きさや長さ、形状も1つとして同じものがない。
「どうだ?オルド唯一の刀工現場は」
自慢のコレクションを披露したがるマニアのような笑みを浮かべてこちらのリアクションを楽しんでいる村雨。確かに、この小さな小屋の中のあちこちに「見事」としか言いようの無い品々が並べられている。
「…実物を見ると、壮観ですね…村雨店主。いえ、オルド唯一の刀匠、村雨流17代目殿」
刀匠。ウリの言葉を聞いて思い出し、改めて村雨の手を見てみる。
両手とも満遍なく火傷痕で埋め尽くされており、更に無数の裂傷にまみれている。しかしそれ以上に気になったのは…。
「アンタ自身も完成品を実際「試して」いるみたいだな、その手のひらの胼胝は剣ダコだろ?」
俺の言葉に再びニヤリ、と悪党にしか見えない笑みを浮かべて手のひらを見せてくる村雨。目つきが悪いから笑うと凶悪だな。…だからウリ、何故俺を見る?
「あんたも同じタコがあるもんな。人差し指に銃の引き金で出来たと思わしきものが1つ。親指を除く4指の付け根の下部に。剣と銃を長年両用している証拠だ。特に剣の扱いは年季が入っていると見える。…違うかい?」
まあ、隠すつもりもないから、とりあえず頷いておく。と言うか、だからココに来たんだけどな、刀匠さん。
「好みの獲物は所謂両手剣じゃなくて刀だったな。…んで、面倒臭いことに魔力無し、と。それじゃあ術式付属の魔導剣は使えないな」
「用途に応じて長短1.2振りずつぐらいあればありがたいんだが…この様子だと、同じタイプのモノは無いみたいだな」
壁に並ぶ完成品達はどれも見事なものだが、作者の趣味なのかどうか知らないが全く同じ物がどれ1つとして存在しない。長さも太さも、そして見る限り材質もそれぞれ違うものが使われているようで、刀身の色も微妙に1振りずつ違う。おそらく独自に鋼や金属を調合して打っているのだろう。
「元々需要が無いんだ。そんな細かい要求にはすぐに応じられねえよ。今から作っても2ヶ月はかかるぜ?」
そりゃあ大変だ。テロが起こるであろう日は5日後だって言うのに。
「内蔵術式で形状変化が可能な物ならあるが、それだとお前さんみたいな奇特な輩には使えないしな。どうしたもんか」
奇特とか言うな。俺がまるで可哀想な子みたいじゃないか。
「この際だ、妥協して小太刀あたりを2本ぐらい調達することにしようか…」
テロがどんな形で起こるかわからないので威力重視にするか、立ち回り重視にするかも決められない。
ここは無難に短めのモノを購入してどんな状況になってもそれなりに対応できるサイズを選ぶのが妥当だろうな…。最悪、我侭を言わずにまた魔導銃やナイフを持参して行く手もあることだし。
「…実際ドンパチするのに使うんだっけか?確か」
「ん?ああ、多分と言うか、十中八九、そうなるだろうな」
「ふむ…」
村雨は腕を組んだまましかめっ面で何やら考え込んでいる。どうやら妥協で自分の作品を使われるのが我慢できない性質らしい。しばらく何言か唸ってから…。
「…かなりの曲者だがあんたにも使える面白い一品があるんだが、試しに見てみるか?」
何やら色々引っかかる物言いだが、それ以上に興味を引かれるな、それ。ウリは刃物に興味は無いようで、どちらかというと鍛冶道具に興味津々といった様子であちこち見て回ったり、時々軽く触ってみたりとこちらの事など気にもしていない。
「作るだけ作ったんだが色々ピーキーでな、マトモに使えるヤツがいないんだ。まあ元々こんな店に客自体が来ないんだがな」
「店主の口から次々とマシンガンのような問題発言が飛び出すもんだな」
「俺は飾り細工を作ってる訳じゃないんだ。刀なんざ結局どう言い繕っても人を斬る為に作られたモノだろ。本来の用途で、しっかり使えるヤツに使わせたいのが作者としての親心ってヤツだ」
まあ、言いたい事も気持ちも分からないではないが、今のご時勢思いっきり物騒な思考と発言だな。目つきと口が悪いと考え方まで危険になるのか?俺には縁の無い話だけど気をつけないとな…。
「要するに、あんたみたいな奇特な客は重宝するんだよ。…使えそうならそのまま使ってくれ。料金はその後で請求してやる」
「使い物にならなければ返品可って訳だ。…ああ、ようするに実験台が欲しいってだけだろ」
「そういうこった」
おぉ、悪びれもせず堂々とバラしやがった。ここまでくると清々しくて感心するわ。
村雨が小屋の隅に乱雑に積まれていた荷物の山から無造作に黒い袋に入れられた一振りの作品を差し出してくる。
「生憎、銘はまだつけてないんだ。それとこれが説明書だ。ざっと使い方を書いてあるから読んでおきな」
「説明書がいる刀って生まれて初めて聞いたな」
「奇遇だな、俺も生まれて初めて言ったな」
後ろでさっきまで黙って金槌をつついていたウリがボソッ、と「兄弟ですか、貴方たちは」と呟いたのは聞き逃していない。お前、後で覚えてろよ。
「…なら、お言葉に甘えて取り合えず使わせてもらうよ」
袋の口を塞いでいる紐を解き、中身を半分ほど出してみる。漆黒の漆塗りの鞘も良い仕事をしている。柄の長さは両手で握っても大分余裕があり、柄頭には装飾のつもりか無色の透明な宝玉が埋め込まれている。鍔飾りだけはやけに特徴的で刀に使われる一般的な円鍔では無く西洋剣のような拵えだ。何処と無く獣の口のようにも見える独特のレリーフが東洋風の刃に一点だけミスマッチしていて独創的とも悪趣味とも取れる。
「平均より若干長い刃だな…反りも無いし、実用的じゃないんじゃないか?」
「玉鋼を芯にして層を重ねるように柔軟性の強いルナニウムと硬度重視の黒鋼をブレンドしてある。仕上げは表面にコーティングの要領で重ねたオリハルコンだ。撓りも強度も問題ないぜ。反りが無いのは、まあコイツの「機能」を見たら気付くだろうさ」
この手の知識に疎いらしいウリが背後で首を傾げる気配がする…。まあ、年頃の女子学生が金属や鉱石、ましてや刀工に造詣が深かったら流石の俺でも引くけどな。
オリハルコンとは、それ自体が微弱ながら魔力を発する特殊な金属のことだ。昔は「永久不滅の鋼」なんて伝説もあったようだが、用は「鉱石自体に本来の形に戻ろうとする力がある」というだけだ。早い話が自己修復機能がある鉱石、と言えば分かりやすいか。
「知ってると思うがオリハルコンは加工すれば多少破損しても本来の形に戻ろうとする力が働いて自動的に修復する特性がある。機械兵器や騎士団、上位ギルドで使われている武器なんかにも流通しているな」
「手入れも修理もいらないから便利な世の中だよな。…なるほど、多少の刃こぼれなんて屁でも無いってか」
「ま、オリハルコンを使ったのはもっと別の理由だけどな」
後は使ってからのお楽しみ、とばかりにニヤリと笑ってそれ以上の説明をしない村雨。…まあ、この説明書を読めばわかると思うけど…。
「…マジか」
「マジだよ」
ざっと目を通してから数秒間をおいて、ようやく思いついたのは辛うじて、その程度の言葉だった。
「あんた、頭大丈夫か?」
「そうさな、自信は無いな。こんな商売だ」
だろうな。…正気じゃないぞ、これ。ある意味シャルと良い勝負かもしれない。
「…どうしたんですか。いったい何が…」
説明書を後ろから覗き込もうとしたウリの目に入らないように、咄嗟に閉じて懐にしまう。
「なんですか、その態度」
「なんでもない。いつもの大上さんだろ」
「何なんですか、そのリアクション」
そう言いながら、そこまで気になるほどでもないらしく、すぐウリの興味は逸れたようだ。
「…この電子音声ってのは、あんたの趣味か?」
「ははっ、まさかだろ?」
村雨は何をバカなことを、とばかりに一蹴するように笑い飛ばす。
「嫁の趣味だ」
「「結婚してるのか(んですか)っ!?」」
「色々驚かされたけど、目当てのモノも手に入ったし…まあ、上手く使えるかどうかは分からないけどな」
「なら何よりです。ご案内した甲斐はありましたね」
村雨堂の帰り道。バス停に向かう道のりを歩きながら何となくウリと談笑している。
「しかしちょっと意外だったな」
「なにがです?」
振り返るウリの手には、シャル達の土産としてこのエリアの名産である超ロングふ菓子と紫芋饅頭の入った紙袋が握られている。
まあ、その倍の量のその他のみやげ物が俺の両手に持たされているんだが。
「君がこうして、学園外のことで俺に自分から付き合うとは思わなかったからな」
「嫌われ者ぶっているのに、ですか?」
口元を小さく緩めて、ウリなりの笑みを浮かべながらワザとらしく意地の悪い言い方をしてくる。
「マキナさんから聞きましたよ。大上さんは色々面倒臭い人だから、言われたとおりに受け取るな、って」
「…ああ、あの時出かけていったのはそういうことか」
アイツ…帰ったらデコピンの刑だな。…いや、効かなそうだ。…頬でも引っ張るか。…いや、喜びそうだ。駄目だ、あいつの扱い面倒くせぇ。
「マキナさんは大上さんのことをいつも真摯に考えてくれている良い人じゃないですか。だから、マキナさんの顔を立てて、私もほんの少し歩み寄ってみようかと。そう思っただけですよ」
「立てなくていい寄らなくていい一切合財余計なお世話だ」
俺に付きまとうだけならいざしらず、どうして周囲を巻き込むかな…あれは。そして、どうしてそれを鵜呑みにするかな、この天使娘も…。人をホイホイ信用してると羽根毟られて手羽先にされちまうぞ?そのうち。
「そういわれてよくよく鑑みてみると、大上さんは所々ツメが甘いんですよ。ほら、それだって」
そう言ってウリが指を指したのは俺の両手に持たされた荷物袋だ。
「私の買ったお土産を持ってくれてますし。シャルのこともマキナさんのことも、意地悪はしてもいい加減な扱いはしないじゃないですか」
「女の子にだけ大量の荷物持たせてたら同行してる男を通行人がどう思う」
「結局マキナさんのことも自分の部屋に置いてあげてますし」
「ロボとは言え年頃の娘を野ざらしにしている外道なんて評判立てられたら居心地悪いだろ」
「さりげなくモプシーさんへのお土産も買ってますし」
「あのウサギだけハブにしたらまたウーサーッて騒ぎ出すだろ」
「ああ、やっぱり買ったんですか」
…初対面のときに比べて随分強かになったじゃないか、この娘も。迂闊にも、まんまと嵌められた訳だ。
「…まあ、貴方の本意は分かりませんし、言ってくれるとも思ってませんけど…」
ウリは羽根を広げもう一度、今度はさっきよりもっと頬を緩めて、笑いかける。
「大上さんは、自分で思っているほど嫌われきれていませんよ。マキナさんはもちろん、シャルもある意味今では随分懐いていますしね」
「騙されているって事は考えないのか?」
「私、一応天使ですよ?心を読んだりはできませんが、相手の感情ぐらい何となく読み取れます」
え、そうなの?…これからはウリの前では常にイライラしているようにしよう。…ストレス溜まりそうだな、それ。
「だから貴方が悪い人じゃないのは最初から分かっています。悪ぶっているのが気に入らないだけで」
…何だか、マキナだけじゃなくてウリも扱いにくくなってきたな…。
丁度、ウリに対してどう言い返してやろうかと考えているところに目的のバス停に到着。タイミング良く、学園行きのバスが来たところだ。
「さあ、歩き話も何ですし、帰りましょう。お土産を待ってますよ、モプシーさんも喜ぶと思います」
「…今までの仕返しのつもりか、もしかして」
「ええ、多少は」
にべもなくそう言い返すウリの表情は初めて見た時と比べて随分柔らかくなったものだったが、生憎それに比例するようにこっちの表情は硬くなってしまう。
(こうじゃないんだよな…、こうじゃ)
周囲に理解され始める。今の状況の居心地の良さが俺としては居心地が悪い。文法として成り立っていないだろうが、こうとしか言えない。
「…どうしました?乗らないんですか?」
「いや、もちろん乗るさ。歩いて帰れというのか?生徒会長サンは」
「…またそういう事を言う…」
はぁ、と呆れたように溜息をつくウリ。悪いが、溜息を漏らしたいのはこっちの方だ。
門機能拡張工事まで、後5日。
大上君武器を買いに天使とデートの回。
今回初登場の刀匠兼骨董屋当主、村雨霧斗。人間です。しかも初の既婚者です。実は作者の昔の別作品のキャラだったりします(どうでもいいですね)。
大上と並ぶとチンピラコンビですね、同属嫌悪でバトらないように。
骨董屋村雨堂は客足こそ少ないものの出張鑑定や修復業で生計は十分成り立っています。店主の乱暴さが逆に味があって良いとディープな顧客がいるようで意外と密かに評判の名店だったりします。




