機械仕掛けの神・その3
前回の一行あらすじ
潰せ~、叩きのめせ~、骨の髄まで~
絶体絶命。とはまさしくこういう状況の事を言うんだろう。
前方から迫る全長5M近い巨大な機械仕掛けの蜘蛛型機械兵器。そして後方に立塞がるのはこちらも巨大な、3Mはありそうな薄紅色の甲冑を模した機甲兵士。
機械兵器の鋭い前足が、機甲兵士の豪腕が、同時に逃げ場の無い狭い車内にいる俺達の頭上から振り下ろされようとしている。
(まあ、確かに絶体絶命だよな…)
何をトチ狂ったのか、必死になって俺の懐にしがみついているシャルの手で襟首を引っ張られているため、微妙に首が絞まっている事の方が、今の俺には身の危険だ。
この程度の一般車両の走行など簡単に貫き串刺しに出来そうなクモメカの足を掴み、そのままもう片方の手で拳を振りかぶり、眼前にまで接近してきたクモメカをそのまま殴り飛ばす、背後からやってきた思いもよらない来訪者。
「両方、敵だったら…な」
「…ふへ?」
絶体絶命の大ピンチだと、身を強張らせて震えていたシャルもようやく、いつまで経っても予想していた惨事にならないことに気付いたようだ。…とりあえず状況確認もしたいし、「今なら」あの機械兵器にも対処出来る。なら、アレもこの場で無力化しておくに越した事は無い。
〔ナイスタイミング、と言えヤツでしょウカ?マスター〕
若干聞き取りにくい旧式の電子音声は相変わらずか…まあ、機能特化なんだから特定用途以外の機能が若干残念でも仕方ないか。
「相も変わらずだなマキナ。あと、俺はお前の所有者じゃないってこれで何度目だ」
〔記録していル限り、通算240と飛んデ7回でス、マスター〕
飛んでない。それ、数字飛んでない。お前の計算能力は電卓以下なのか。
「…えっと、説明してもらえると助かるんだけど」
いつまでも狭い車内で逃げ場も無いままいるのもアレなので、一旦シャルを連れて車を降りる。まるでどこか物陰に隠れてこちらのピンチを待っていたかのようなタイミングでやってきた「昔なじみ」は、巨大な体躯を膝を着いて曲げ、右拳を地につけ、頭を垂れる仕草をとる。まるで騎士が忠誠を誓った主君に向けるような儀礼ぶった仕草。こういうところも相変わらずの「悪癖」というか何と言うか…。
「…ギルド時代の同僚、って言うのか?まあ、仕事仲間だった一人だ。マキナ、こっちは俺の今の仕事相手だ」
〔承知しておりまス、ミス・コラット。マスターが現在壊滅的な生活態度の改善ト堕落しきっタ勤労態度の治療に尽力していル保護対象ですネ〕
「うわあ凄い。初対面のロボットさんから忍みたいな評価を受けてる。…訴えたら勝てるよね」
「マキナ。事実だからって少しはオブラートに包んで言え。真実は時として嘘より相手を傷付けるんだぞ」
「あんたのその発言そのまま全部アンタ自身にブーメランしてるからねっ、してるからねっ!?」
〔失礼、ミス・コラット。アチラはまだやる気のよウですので。まずは厄介者を排除してかラ、と言うことでよろしいでしょウカ?〕
鋼鉄の騎士、薄紅色の機甲兵士の言うとおり、今し方殴り飛ばされたクモメカ君は8本ある足の一つをへし折られただけで、早くも起き上がり、今度はさっきより駆け足で、こちらに再び向かって来る。どんな行動目的を入力されているか知らないが、「生命」を持たない破壊活動しか能の無い無機物相手なら、遠慮も容赦も全く要らない訳だ。
「ああいうのは、お前の得意分野だろ?」
〔ご命令のままに。殲滅目標、補足。〕
機甲兵士、マキナが俺達の前に出る。クモメカと俺達の間に割り込むように鋼の盾が、俺が知る限り最も強く、頼れる鎧が目の前の機械の魔物の前に立つ。
〔個体ナンバーGPN-193、デウス・エクス・マキナ。作戦開始〕
マキナのバイザーの中の赤い瞳が強く輝く。両肩に装備された2Mはありそうな大きな板状の武装ユニット、「ウェポン・バインダ」が展開し、内部のエメラルドに輝く人工魔石が眩いばかりの光を周囲に放つ。そのままマキナの両肩のユニットから放たれた光は空中で半透明の翠色の板となり、射出され左右からクモメカを挟み込み、押し潰すようにその機体をミシミシと音を立てさせて締め上げる。濃密に凝縮された魔力の塊である光の板に挟み込まれ、巨大な機械兵器はたったそれだけで動きを封じられてしまう。
「あれって、魔力障壁…?」
「ああ、お前の結界と原理はほとんど同じだ。防衛機能特化のマキナの得意技だ。盾として対象を守るだけじゃなくああして敵を押さえ込む。防壁と武器を兼任してるマキナのオリジナルの武装だな」
〔お褒めに預かり光栄でス。ここは顔を赤くして照れてみせルべきでしょうか〕
「やれるもんならやってみろ」
実際こんなゴツいスーパーロボットが照れ顔見せてもどんな層にウケるんだよ。
誰の影響かは知らないが、マキナはどうにもこういった「おかしな知識」ばかりを独自に集めるクセがある。初対面のと気はもっと無感情で、それこそ「機械的」だったんだけどなあ…。
〔サてマスター。動きを封じる事には成功しましたガ、一つ問題が〕
マキナの両肩から放たれた魔力障壁に文字通り「板ばさみ」にされ、足は拉げ、胴体もヒビが割れ、今にも潰れそうなクモメカの、赤く光るモノアイが心なしか、段々その光を強め、周囲に熱風が吹き始める。
「おい、アレ…」
〔イエス。ご想像通り。目からビーム、の準備でしョウ。申し訳ありませんが、ワタシの出力でハ完全破壊するまでには至らないようデ…これ以上の破壊は困難かト〕
「トドメはこっちでやれ、と」
「マスターごめン。ボク、もっと頑張ルから〕
「まずはそのキャラが定まらなくなる無駄知識集めをやめろ!」
とは言え、放っておいたらクモメカのビームが発射されてしまう。避けたとしてもこんな森に囲まれた中では、木々に燃え広がって大惨事だ。マキナの攻撃で既に大破しているので、直ぐに発射される心配はないようだが、かと言ってこのまま射線上でボーッと撃たれるのを待つほどマヌケじゃあない。
(って言っても、こっちの手持ちは電磁警棒とさっきの振動ナイフしかないっつーのに…)
心もとない火力。そうしているうちにもどんどん光を強めていくクモメカ。…ああ、思い出した。飛び切り威力のある破壊兵器があるじゃないか、「ココ」に。
「シャル。お前の出番だ」
「ふぇっ?」
突然自分に矛先を向けられて間の抜けた声を上げる「思いついた火力」。もといシャル。
そうだ、ここにいるじゃないか、適材適所の存在が。無意味無駄に魔力を有り余らせているクセに使い道も無くヒビをダラダラと過ごしているボンクラ娘が。
「流石にあんな挟み潰されてジタバタしてるだけのポンコツメカになら魔術ぶち込んで壊せるだろ。それともお前はアレのあんな状態よりポンコツだと言うのか」
〔魔力障壁もいつまでも展開していられないので、出来るなラ早くお願いできまスカ?ミス・ポンコツ〕
「あ゛~、どんどんワタシの評判がだだ下がりしていく…」
元々お前の評価なんてこんなもんだろ…本性知ってれば。
「分かったわよやればいいんでしょ。丁度何も出番が無くてお荷物だなぁ、このままだと背景同然だなあ、って思ってたとこだし」
「よし、ならさっさとやれ。背景。モブ。通行人A」
「私ヒロインだよねぇ!?」
喚き散らすワガママ娘を抱き上げて、マキナの障壁に挟まれてまだジタバタしているクモメカの前に。距離にして約20Mといったところか。無抵抗の相手に、これだけ離れた距離からならどんなビビリでもできるだろ。
「…よぉーし、じゃあ、しっかり見せつけてあげるからね。私の本当の実力…」
相手があんな状態でようやく威勢を取り戻すシャル。…何て言うか、弱りに弱った相手にしか強気になれないヒロインって、需要ある?
シャルは片手を正面に突き出し、まずはそこに術式を描く。傍から見ても他者と全く比べ物にならない速度と精密さで複雑な術式が汲み上げられていき、みるみるうちに、その掌の前にマキナの障壁に負けない輝きを放つ、光の球体が出現する。
そのままもう片方の手でその球体を掴み、麺生地でも伸ばすかのように引っ張ると、球体だった魔力の塊はシャルの手の動きに合わせるように引き伸ばされ、あっという間に一本の光の線へと変化する。
「いくよっ、レーザー・ハープーン!!」
そのまま、槍投げのようなモーションで作り出した光線を真っ直ぐ、クモメカ目掛けて投げつける。腕力など関係ないのだろうが、まるで弾丸のようなスピードで一直線にクモメカに剥けて飛んでいき…
ザンッ、と小気味のいい音と共に、ビームを放つ準備を進めていたクモメカのモノアイは、その周辺ごと丸々シャルの投げつけた魔力の槍に貫かれ、大きな穴を開けられる。
数秒時間を置いて、バチバチと壊滅的なダメージを受けた巨大な機体は火花を散らし、各部のあちこちから焼ききれた回線から迸る電流を光らせ…。
次の瞬間には、周りを囲むようにドーム上に展開されたマキナの魔力障壁の中で、周囲に破片や残骸、火の粉はおろか、爆音すら漏らさずに隔離避けた状態のまま、爆発、四散した。
「魔術って、技名叫びながら放つ決まりでもあるのか?」
〔レーザーハープーン。現在テレビカワゴエで放送中の人気アニメ「海鮮戦士シゲマサ」の主人公タツオの搭乗ロボット、リンカイマルのメイン武装の名称でスネ〕
うわぁ、アニメの必殺技とか叫んじゃうんだ、今時の18歳って…。二次元の技を魔術で実現するシャルの力量より、そっちのほうが俺としては恐ろしいわ…。
「どうよ、どうよ?どうよ、見た、見た?見てたよね。コレが私よ、私の実力。これが私のスポッぷぎゃふっ!」
調子に乗るな。「お見事」と言ってやろうとした瞬間この有様だ。しかも人の決め台詞を勝手に使おうとするな。著作権侵害で賠償請求してやろうか。
〔迷いも無く年頃の女の子の鼻を摘むとは…お変わりのない容赦のなさと回避を許さない攻撃スピード。感服しマす、マスター〕
「248回目だけど言うぞ。俺はお前のマスターじゃないっての」
〔実際数えてなどいないので思いついた数を言っただけでス〕
「よし、お前もう帰れ。そもそもギルドはどうしたんだよ」
〔ワタシは元よりギルドの所属でハなく、マスターに仕える身。万一、マスターがお戻りになル可能性を考エて留まっていタまで。マスターに置き去りにされてから月日をかけテ作り上げた独自のシミュレートシステム。「MKKシステム」を持っテこちらニいらっしゃる事を予測し、合流した次第でス〕
…色々ツッコみたいが、おそらくマキナが俺の現状を知っているのは、大方ウルスにでも聞いたのだろう。そして学園に居ることは茶釜社長と接触した際に、そっちから居場所がギルドに洩れたんだろうな…。ウルスも茶釜社長も、ギルド時代の俺の事も知っているし、マキナとも面識がある。
「んで、その何なんだ?「MKKシステム」ってのは」
〔ワタシの知りうる限りのマスターの思考パターン、行動原理を独自に解析し、考えうる限リ一番近いマスターの次に撮るであろウ行動を予測スるシステム。正式名称、「マスターの気持ちになって考えてみようシステム」でス〕
「お前は自分が只のストーカーだって自覚していないなら今すぐ鉄工所で冷蔵庫にでもリサイクルされてこい」
〔冷却機能なら完備しテいます。マスターもご存知の筈でハ〕
「ふよっふぉ、ひつまふぇひふぉのふぁなふまんふぇるのひゃぁ・・・!」
マキナとのやり取りですっかり置き去りにしていたシャルが不満の声(鼻声)を漏らしてくる。おい、鼻水つけるなよ?お前の服で拭うからな。
〔ちょっと、いつまで人の鼻を摘んでるのさ、と仰っテいるようですガ〕
「違うだろ。きっと「ワタシはもうアニメなんか見ません。帰宅したらいの一番に地下室を木っ端微塵に爆破して真っ当な人間として1日も早く社会復帰できるように努力したいと思っています。これからは掃除も炊事も自分の力でやろうと思います。長い間不当な労力をかけてすいませんでした心から反省しています大上様」、と言ってるんだろ」
「字数が違いすぎるわっ!!何なのさっ、何なのさっ!!どうしたらその一瞬でそういう人を陥れる文句が作り出せるの?」
「天才だからだろ」
「世界一この世に求められない才能だよぅっ!!」
鼻を離してやった途端この言いようだ。やれやれ、褒めないでよかった。
それはさておき…改めてマキナに振り返る。
「それで、実際本当にお前はどうするんだよ。ギルドに戻らないのか?」
〔マスターの元に置いて頂ければ嬉しいのでスが…〕
ああ、デカい体なのに、ゴッツい見た目なのにしょんぼりしているのが分かる…。仕方ない、コイツはこんなナリでも精神年齢はシャルより幼いんだしな…思い出したけど。
「…仕方ない。取り合えずお前は先に学園に戻ってろ。こっちはウサギ回収にいかなきゃならないんでな。お前の今後の身の振り方は後で考える」
このまま無下にあしらい続けてもこの巨体で後ろからどこまでもついてきそうだし、とりあえず割る目立ちすぎるコイツは学園に行かせてこの場から離そう。マキナのことは今の仕事を終えて、帰ってから考えればいい。
〔了解しました。このまマここに居てもマスター達のお仕事の妨げになりそウなのデ。お風呂の用意をシてお帰りを待っていまス。マスター〕
「え、その体でどうやってお湯沸かすの…?」
シャルが何か見当違いなツッコミをしているが・・・まあ、あえて今教えてやる必要も無いか。
マキナは俺に云われた通り、律儀にどでかい図体でズシン、ズシンと地響きを起こしながら俺達が来た道をそのまま引き返し、学園へと向かっていく。聞き分けが言い分、シャルよりずっと扱いやすい。
「さて、と…。時間を食っちまったけど、これでようやく本来の仕事に…」
車に乗って、今度こそロップスの家へと向かおうとした矢先に、今度はマキナと入れ替わるようにして耳障りなサイレンを鳴らしながら数台の車両が向かって来る。
「ね…あれ、騎士団じゃないの?」
「ああ、そう言や通報したっけか…」
森の中にはボコボコにして転がしているテロリスト3人。橋の向こうにはついさっきぶっ壊した巨大機械兵器の残骸。…さあて、思い切り面倒な事になってきたぞ。
「…もうしばらく、時間がかかりそうだね」
「もう、いっそのことロップスじゃなくてその辺の野ウサギでよくね?」
「んー…正直、ちょっとそれでいいかな、とも思うけど、駄目」
現場に駆けつけた騎士団たちはテロリスト相手な上に機械兵器まで持ち出した事もあり、思った以上の人数でやってきた。当然俺達も捕まりしばらくは事情聴取と現場検証に付き合わされたが、理事長が手を回してくれたことや学園内だけに留まらない「特殊」な存在であるシャルの立場のお陰で通常よりずっと早い時間で解放されることになった。
最も、騎士団に関わったせいで、また懐かしい顔を見ることになったが…。
「よぉ、最大手ギルドの副長さん。随分おかしな形で再開したよなあ」
「おや、誰かと思えば・・・・・・・・・伊藤君?」
「誰だっ!?」
随分馴れ馴れしく、皮肉交じりに声をかけてきたのはオルドの治安維持の為に働く統合世界自警組織、通称「騎士団」の団員の1人、ライト・レガーシー。4.50近く見える初老のヒゲまみれの大男で、騎士団の証である鎧姿で無ければこの森の中ということもあり、只の山賊にしか見えなかっただろう。
「誰かと思えばアンタか、レガーシー2等団師サマ。こんなところで騎士団に紛れて盗賊行為か?山賊家業も大変だな」
「数秒前に自分の口で2等団師と言ったろうが!ああ、ちなみに今は第4部隊の隊長だ。ギルドのナンバー2から子供の子守に転じた貴様と違って、こっちは出世しているのだよ」
「第4部隊か、縁起の悪い数字だな。死亡フラグですね。ご愁傷様。供え物は叉焼縛っていた蛸糸でいいよな」
「人の墓前にゴミを添えるな勝手に殺すなこっちはイヤミを言っているのがわからんのか!」
「うるさいな…そんなんだからその都市になってまだ結婚も出来ないんだろ、只でさえゴブリンキングみたいな顔面しているクセに」
部隊長サマが学園の一学生にズタボロに心を切り裂かれている光景に周囲の騎士団員達のコソコソとした声が聞こえてくる。やれ「ああ、やっぱりあの顔つきが原因か…」だの、「先週の婚活パーティーも結局失敗したんだな…やっぱり」と。人望の無い上司だな…死亡フラグ、本気で気をつけろよ?
「それにしても、ほとんど素人同然だったとは言え獣人も含めたテロリスト3人に機械兵器を自力で無力化とは、口の悪さだけでなく腕の方も衰えていないようだな、忌々しい」
「あの機械のオモチャをブッ壊したのはウチの天才サマだ。流石にあんなのは手に負えん」
取り合えず、ややこしい事になりそうなのでマキナの存在は黙っておこう。マキなの魔力障壁で破壊した痕跡は爆発の際に分からなくなっているだろうし、後々鑑識に調べられても、それもシャルの仕業にすればいい。完全自立にまで至っていない感情回路の機械人は正式には保証人や保護者、もしくは所有者の登録が必要なのだが、ある事情でマキナはそういった手続きをしていない。ここで騎士団にマキナが見つかると色々と面倒臭いことになるのだ。
「ふむ、腐っても最大手ギルドの副長か。貴様のような厄介な男がいなくなって少しは星界の皇女も大人しくなったと思ったら、こんな所でまた顔を見ることになるとは」
「それは俺のセリフだ。…つか、あいつらが大人しくなるとか何かの冗談だろ。あの歩くトラブル生産工場が」
「実際、主要メンバーが数人、お前の後にも脱退している。まるで誰かさんを追うようにな。騎士団としてはお前がメンバーを引き抜いて独自に怪しいギルドでも立ち上げるつもりではないかと警戒していたのだが、ようやく所在確認できたと思えば、このザマか」
俺の後に脱退したメンバー…マキナだけじゃないってことか。まあ、そこまで俺の知ったこっちゃないし。何でもかんでも俺のせいにされたらたまったもんじゃない。
「…そろそろいいだろ。こっちは生涯伴侶を貰う可能性の無い虚無のような老後を送る事を決定付けられているようなムサヒゲオヤジと昔話をしている暇はないんだよ。さっさと職務に戻らねえと」
「貴様、どうしてそう的確に人の心にスムーズに言葉の刃を突き刺せる!?」
何で俺を目の敵にしているのか知らないが、いつまでもこんなヤツに構っていられないのは事実だ。今にも掴みかかってきそうなレガーシー部隊長を避けて別の騎士団員にまだ聴取されているシャルのフードを後ろから掴み、やや強引にその場を去る事にする。
車に乗り込み、は知らせて現場検証を始めている騎士団達から離れるギリギリまで、こちらに向かってなにやら文句を叫び続けている野生のゴブリンの姿が見えたが、放っておこう。
-あの星界の皇女もすっかり大人しく…-
-お前の後も主要メンバーが何人か脱退して…-
正直、いくつか気になる話はあったが、結局は昔の職場の事だ。俺には関係ない。
最も、レガーシーの考え通りもしそれらが俺に関する事だとしたら、嫌でもその内直面することになるのだろうし、な…。
(俺が抜けた後に何かあったとしても、アレが多少の事でヘマをするとは思えないしな…)
テロリストの襲撃から騎士団の事情聴取で、再び車に乗って忍の運転で獣人地区を進んでいく。
住宅地まで、もうすぐ目と鼻の先だけど、聞きたいことは今のうちに聞いておこうと思う。後々になると、どうせからかわれて有耶無耶にされたり、はぐらかされそうだし。
「忍は、ギルドにいた頃、ああいうことばっかりやってたの?」
「質問が抽象的すぎるな。もっとハッキリ言え」
「だから、テロリスト相手とか。ああいう実戦というか、さ…」
「殺し合いとか、暗殺とか、そういう血なまぐさい事をやってたのか、って聞きたいんだろ?」
折角こっちが言葉を濁しているのに、言いにくいことなのかも知れないから、と気遣っているのがわからないのかなぁ?…多分、分かっていてワザと台無しにしているんだろうけど。流石にもう、それぐらいのことは分かってきているし。
「そうだな。獣を撃ったり人を斬ったり刺したり、殴ったり…そういう荒事はギルドの仕事として幾らでも舞い込んでくるからな」
「…人を殺したり、とか?」
「場合によっては、そういう仕事も来るよな」
「忍は?人を殺した事は…」
「あったらこんなところにいないだろ。檻の中だ」
それもそうか。あはは…ちょっとだけ安心、かな?正直冒険者やギルドの人にこれといった偏見や色眼鏡は持ってないけど、さっき、生まれて初めて目の当たりにした本物の命のやり取りの現場、そしてそんな状況で何の違和感も無く飛び回り、危なげもなく明確な敵意を持って凶器を手にして襲い掛かってきた人達を当たり前のようにあしらってきた隣に座る男が、改めて自分とは全く違う世界にいる存在なんだな…と思い知らされる。
とは言っても、私なんてこんな色々な種族や世界が入り混じった世界の中で、ほんの一部分の、小さな環境の中でしか生きていないのだから、忍からしたら私も自分とは全然違う世界の住人に見えるのかもしれないけど…。
「俺が怖いって思うなら、それはごく正常な反応だから気にしない方がいいぞ」
突然、忍のほうから思いも寄らない言葉が飛び出す。
「大多数のヤツは銃声も聞いた事が無い、人が血を流して倒れるところなんて見た事が無いってまま生涯を終えるんだ。俺はたまたま、そうじゃない少数派な人生ってだけだ。お前が当たり前なんだ」
…もしかして、気まずい質問をしてしまったから気を使ってくれているのだろうか…億が一にも考えられないけど、ひっとしたこれは慰めているつもりなのかな。
え、忍がデレ期?
「…なんだ、その鳩が左ストレート喰らったような顔は」
「可哀想だよソレ」
「ま、要するにだ。つまらないことは気にするなってことだ。別にお前と仲良くなる必要も無いんだし。ボディガード機能のある家政婦とでも思っていればいいんじゃないか?俺は俺でこれからも好き勝手に遊ばせて貰うし」
うわ、結局それは無くならないんだ…。でも、これで何となく分かった気がする。忍の普段の言動というか、態度の理由と言うか…。
「元ギルドの一員だったから、そういう汚れ仕事とかしてたから、学園の人達にワザと距離を取ってるの?」
「そう見えるなら、今から引き返して眼科に連れていくけど?」
鼻で笑って一蹴された。こちらとしては核心をついたつもりだったんだけどなぁ…。どうやら、自分の手を血で汚しているような過去があるからワザとらしく距離を取って接しているんだと思ったのに…。
でも、コイツの言う事だから何処まで本心かなんて、全然信用ならないけどね。
「お、着いたぞ。4丁目3番地のコンビニから2つ目の曲がり角の先、ここだろ」
忍の言う通り、ようやく到着したみたい。獣界エリアの建物は特徴として大部分が木造だったり、中には大きな木をそのまま繰り抜いて住居にしていたり、洞穴で生活している人達もいるので点々と住居が建っているものの、あちこちに無造作に木々が生えているのでほとんど雑木林と変わらない。森に比べて多少道が広く、整えられているぐらいにしか思えないし…。
「ほれ、さっさとウサギさん回収だ。ようやくご対面だな、モプシー・ポター」
忍が車を降り、私も続いて下車。目的の相手の住まいは畑に囲まれた中にポツンと立てられた一件の小さな納屋のようなサイズの小家。
よく見てみると、周囲の畑に植えられているのは全部ニンジンだし…。流石垂れ耳兎。自分の好物は自分で好きなだけ栽培してるんだ…。
「予定外の事で随分遅くなったけど、ちゃんと連絡はしてるんだろうな」
「そりゃあもちろんさっきメールで。目前でテロリストに襲われて思わぬ足止めを食ったから遅れます、ってあい痛っ!!」
言い終わる前に近くの収穫済みのニンジンが入れられていた編み籠から一本拾い上げた忍がゴツン、とニンジンで人の頭を叩いてきた。
「何すんのさっ!ニンジンで殴られるなんて生まれて初めてだよ!!」
「奇遇だな、俺もニンジンで人を殴るなんて初めてだよ」
手に持ったニンジンをもう片方の手でポンポンと叩きながら忍がこちらに向かって、まるで「ああ、こいつマジでどうしようもねえ…埋めるか、ここに」って目で睨んでる。やめてください、あなたの目つきは只でさえ怖いんだから睨みつけられると夢に出そう。
「お前、自分で言ったんだろ。ウサギさんは物凄い臆病者だって。只でさえ直ぐ近くで騎士団がワラワラ来るような事件が立った今あったって言うのに。何があったのかなんてまだ報じられてないのに当事者がワザワザそんな連絡入れたらどう思うよ」
「…あ」
「今気付いたか…お前本当に天才か?天災の間違いだろ」
だ、大丈夫。もう事件は片付いてるんだし、モプシーさんが心配するようなことなんてもう全然ないんだし…。
「…家の中から気配が全くしないんだが。…どっかに逃げてたらどうするんだ、お前」
「だ、だだ大丈夫だって。ほら、きっと中にいるんだよ。大人しくしているから気付かないだけで…」
そういいながら、私も一応周囲の魔力探知を開始。…あふん、部屋の中の魔力の反応、無し。
「…どうするんだよ。いっそこの住宅街全域に探知魔法広げるか?」
「本人の魔力を知らないんだから、誰が誰だか分からないよ…」
「協力依頼相手に脅しをかけて逃げられました、なんてマヌケな話だな…」
「お、脅してないしっ!表現の間違いってヤツだしっ!」
大丈夫大丈夫。きっとまだすぐ近くにいる。だってほら、まだ採ったばかりのニンジンが山積みになってるし、こんなのを放っておいて遠くにいってる筈なんて無い。
「…俺、車に居るからお前探して来いよ」
「手伝ってよ!!」
「やなこった。お前は少し自分の行動の浅はかさを反省しろ。俺はこのニンジンを持って帰るのに忙しいんだ」
忍はどうやらここに栽培されているニンジンが気に入った様子みたい。土を払って葉っぱから先っぽまで満遍なく見回して、匂いをかいで小さく「うん」と頷いている。…ねえ、本気で持ち帰る気でしょ、その目は。
「堂々と盗まないでよ!」
「そ、そうですっ、困りますっ!ですっ!」
ほら聞いたでしょ。きっとこれはモプシーさんが大事に育てたニンジンなんだから、勝手に持っていったらいくらなんでも可哀想でしょ。それ以前に窃盗だし。只でさえ凶悪な目つきなんだから実際犯罪なんて犯したら…物凄く似合っちゃうじゃないさ。
「でもほら、なかなか良いニンジンだし。バターソテーとか煮物とか…。新鮮だし摩り下ろしてリンゴとハチミツでキャロットジュース、なんていうのもアリだな」
「美味しそうだけど…せめてそういうのは許可とってしなさいよ」
「美味しそうです、です」
忍が本気で抱えて持って行こうとしているニンジンの詰まった籠を取り上げる。うぁ、思った以上に重い、これ。
「…っと、そろそろツッコんでいいのか?」
そう言って、忍がニンジンを取り上げた私から、横の畑へと視線を向ける。
…あれ、そう言えば、さっきから会話の中に1人いつの間にか増えていたような…。
「えっと…この辺か。動くなよ…」
隣の畑に入る忍。おもむろにしゃがみ込んで何かを探すように、土に手を伸ばしてまさぐり始める。まさか採り立てニンジンを持って帰るつもりなんじゃあ…。
「お、いたいた。見つけたぞ」
「ひぃぃっ!あわ、あわ、あわはわばわばばばばばば」
忍がヒョイ、とまずは右手で持ち上げたのは水色の大きなビニールシート。畑仕事でもよく使う、一般的なアレ。土が表側にかけられており、持ち上げた瞬間パラパラと畑の上に零れ落ちる。
そしてもう片方の手で持ち上げたのは、そのシートの下にいた、正確には畑の中に穴を掘ってビニールシートを被せ、その上から土をかけて隠れていた目当ての人物。
「まあまあ、そう怖がらなくていい。確かにあの小娘は凶暴そうだけど中身はただのヘタレオタクだから」
「アンタに怖がってるんでしようが!」
襟首を摘まれてぶらーん、と持ち上げられたまま無抵抗で、ひたすらガタガタ震えて顔面蒼白になっているのは、衛星通信で何度か見たことのある顔そのもの。だけど、実際見てみると…なんていうか、思っていたよりずっと、小さい。盗み食いを現行犯で捕まった子猫のような扱い方をされているのに、一切抵抗しようとしていないのは恐怖のあまりに硬直しているのか、既に自分の最後を覚悟してしまったのか…。
「あわわわわわわわわわごめんなさいごめんなさい助けてください許してください見逃してくださいわたしなんて食べても美味しくないです見ての通りチビですから食べるところも少ないですスープにしても美味しいダシなんか出ません畑いじりばっかりしていますから土臭いですだからごめんなさい許して離して助けて」
私よりずっと背が小さい。多分140cm台ぐらい。ダボダボのブラウスにスカート。エプロンにマフラー、そして土作業用の手袋。耳は垂れ耳兎の名の通り、私たち人間種の耳の位置まで頭の上からペタン、と綺麗に垂れ下がっている。最も、一般的に知られている耳の立った形の兎族でも、こんな状況だったら耳を垂らしてしまっているかもしれないけど。
とりあえず、小さな声でさっきから物凄いペースでブツブツと命乞いを繰り返している小さなウサギさんをなんとか慰めてあげないと話も出来ない…。
「えっと…ごめんなさい。怖がらせるようなメールしちゃって。直接会うのは初めてですよね。私がシャルトリュー・コラット。貴女に門拡張工事の件で協力をお願いした者です。それで、こっちが…」
はい忍。状況把握してるでしょ。無駄に察しはいいんだからちゃんとフォローしてあげて。
「大上忍。この娘のお目付け役、と言ったところかな。…最近テレビで見て気になった料理はウサギのパイです」
「ぴぎゃぁぁぁぁああ~~~!!!」
忍の自己紹介に堰を切ったように泣き叫び、そのまま号泣するモプシーさん。摘み上げられたまま、手で顔を覆う事も無く小さな子供のように泣きじゃくる。
「あー、もう…。予想はしていたけど、予想以上に酷い挨拶してくれたね…」
臆病なロップスと、この極悪人を対面させた事に、今更ながら改めて心の底から後悔した…。
テロリストの襲撃から機械兵士、挙句の果てには土に埋まっていたウサギさん。ほんと、今日は厄日か何かなのかな…。ある意味、どっかの誰かさんと出会ってから毎日厄日な気もしないでもないけど。
心底後悔しながら、これからどうやってこの子ウサギさんを落ち着かせようかということに必死だった私は、この時はまだ知る良しも無かった。
今日出会った機甲兵士と垂れ耳兎。この2人もまた、大上忍という存在と共に、私のこの先に待ち受けている大きな出来事に深く関わっていくことになるとは…。
この時はまだ、たった1人を除いて、誰もあんな事になるとは知る良しも無かった…。
新キャラ続々登場。まずは全長3M近い巨大ロボット、機甲兵士のマキナ。そして垂れ耳兎のモプシー。忠犬ロボに超絶ビビリウサギ。お気付きになったかもしれませんがこの作品には問題のある人物しか出てきません。ついでに初めての登場騎士団。所謂この世界の「警察」です。第4部隊の部隊長レガーシーさん。大上にボロクソにされる光景はどこかのクマ教官を思い出させますね。
ちなみにシャルからのメールを受け取った際モプシーはショックでその場で失神し、大神達が到着する寸前まで気を失っていたそうです。どうでもいい裏話ですね。




