よくある行事で…よくある恋愛で(恋編①)
これは前の投稿で書いた「よくある行事で…よくある恋愛で…(プロローグ)→(仮装行列編)」からの流れに沿ってあります。ここからは一人のヒロインを主軸の話になります。
そのため「仮装行列編」を読まれていない方は、そちらから読んでいただければ、と思います。
※これは分岐物になるので、連載とは違い、短編で書いています。流れの考え方はギャルゲーの分岐物と考えてもらえたらいいと思います。
仮装行列が終わったちょうど一週間後。
つまり金曜日の放課後。
谷原蒼は屋上にあがるための階段を歩いていた。
基本、屋上は使えない学校が多いのだが、年に一回はフェンスの点検を行われ、安全に利用出来る保障のもと、利用が可能となっている。。あくまで噂だが、ここで自殺をしようとした生徒がいるとかいないとか、よく分からない噂も立っていたりする。
しかしそんな噂が本当だったとしても屋上が利用できる理由は、勉強ばかりでは気が滅入るなどという現代社会のうつ病問題にも取り組むためでもある。
蒼が今回、屋上に行くのは気分転換ではない。
佐藤恋に呼び出されたのだ。
理由は何一つ聞かされていない。
ただ誰にも言わないで来て欲しいということらしいので、誰にも言わずに出向いた。
もちろん蒼はそれが告白かもしれないと考えた。
場所が屋上ということを考えれば、十分に有り得ることだから。
そんな無駄な期待をしつつ、屋上へのドアを開けて外を見る。
九月というわりには残暑が激しく、長時間居たいとは思わないのが今の屋上。
一応夕暮れの時間帯だが、そんなに夕日とも呼べない太陽の明るさだった。
そんな入り口からちょうど一直線上のフェンスに持たれて、こっちを見ている恋。
「ちゃんと鍵閉めてよね」
「はいはい」
蒼は言われたとおり、素直に屋上への鍵を閉め、そのまま恋の横に立つ。
恋の心が読めないため、蒼は素直に恋が口を開くのを待つが、何か言いにくそうな雰囲気であることだけはしっかりと分かる。
「んだよ、俺に愛の告白でもしようと思ったのか?」
「あー、そうやって茶化す?」
場の空気を軽くしようとした結果、それは裏目に出たようで、空気は険悪の方に進んだ。蒼はちょっと反省するために口を閉ざして、屋上から見えるグラウンドを見つめる。
きっと青春真っ只中の野球部が声を上げながら練習している姿がそこにはあった。校門を見れば、帰宅部が帰っている姿。
上から見るとそれなりにいい眺めだなっと蒼は思う。
基本、蒼は夕方は屋上には来ない
来る必要もないし、来るぐらいなら早く帰って、ゆっくりしたいという気持ちがあるからだ。
「私の話聞く気ある?」
横からジト目で見つめる恋の目は呆れていた。不満全開の様子。
蒼は慌てて、フォローを入れる。
「聞く気があるから、ここに来たんだろ? じゃなかったら、ここに来てないって!」
「ふーん」
「おいおい、佐藤さんがなんか話しにくい雰囲気を作ってたくせに…」
それを蒼に指摘されると恋は軽く唸り、一回深呼吸を行う。
「分かった、ちゃんと言うから。聞いてよ」
「おう」
そういう恋の目は今までに見たことのないような少し寂しそうな目だったことを蒼は一生忘れることが出来ない気がした。犬で言うならばご主人様に見捨てられたくなくて、必死に鳴いている姿が目に浮かぶほどのイメージだ。
恋がゆっくりと口を開く。
「あのさ、谷原君にはちゃんと言おうと思ったんだ。私が去年の今頃、暗くなったり理由を」
「別に無理に話す必要はないんだけどさ」
「いいから。それを聞いてもらわないとさ、私が前に進めそうにないんだよ」
恋は身体を震わしながら、そう呟く。
そんな恋を見つめるも蒼は何か言うことも、行動することも出来ない。ただ目を放さずに恋を見つめることだけだった。
恋の話は自分のことについての話だった。
去年の今頃、家に恋が帰ると、家がめちゃくちゃになっていた。ケンカというよりは一方的に部屋をめちゃくちゃにされていたという状態だった。原因は父親が不倫相手の元へと逃げたという理由で、母親が八つ当たりで部屋を荒らしたのだ。
なぜ父親が不倫をしていたかも恋は分かっていた。
いや、母親が不倫をさせたようなものだった。
理由は母親が、一人の女だという主張に耐え切れなかったから。
そもそも父親は理想とまでは行かなくてもごく一般的な家族を愛する父親だった。恋のことを自分の娘として可愛がっていると、それに母親が嫉妬したらしく、父親に相手をするように迫った。父親は娘が見てる前だからと言って、それを注意する。それが何度も続くうちに愛想が尽きたようで不倫を始めた。
母親はもちろん、それに激怒。他人を求めるぐらいなら自分を求めろという主張の元、毎日のようにケンカが始まった。
ここまでの話を言うと、恋は苦笑していた。
『ウチの母親って本当に子供だよね』、と。
そして母親は荒れた。
父親のことが大好きで、言われたようにしていた。子供のためだからという理由で専業主婦でいた。父親の愛に飢えていたけれど、それを別の男に求めようとした気持ちが爆発したらしく、今ではキャバクラで働いているらしい。もちろん歳も相応の歳のため、なかなかそういうところでも働く場所が見つからず、恋に援交をしろと迫った。
恋は大好きな母親がそんなことを言うと思わず、ショックを受けた。嫌だと言ったら、食事抜きになった。朝と夜は食べることは出来なくなっても貯金やヘソクリで学校にいる昼間はなんとか出来ると思った。しかしそのお金も取り上げられ、どうしようもなくなった時に恋は身体だけでも捨てようと考えたようだ。
気持ちは…心は…隠した。奥深くに。
そんな時に偶然出会ったのが近くで働いていた母親の兄。恋からしたら伯父である。
叔父が言うには昔から母親はすごく一途であり、自分を捨ててでも男に貢いできた。誰かに愛されたかったようだという話を聞き、それは家族が止めても止まるようなものじゃなかった。原因は分からないけれど、それは家族の責任ということで毎日ではないがこっそり会い、お金を貰い、それを母親に渡していた。
今ではまともな職業ではないけれど、職場で好きな男が出来たらしく、自分は女として生きていけることに満足しているようで、恋にも優しい母親に戻ったという。
「うん、これが真実。引いた?」
恋の目には涙が浮かんでいた。
どんだけ辛かったのか、蒼にはそのものさしがなく、ただ空を見上げるしか出来なかった。いや、視線を逸らして逃げたのだ。
「補足するとね、私の心も戻らないんだ。どこに隠したのか分からないけど…。名前が名前なのに」
「へー」
「あ、興味なかった?」
「そういうわけじゃないさ。反応がしにくいだけ。かと言って、実際に援交したわけでもないし…。でもさ、なんでそれを俺に?」
改めて、その意図を尋ねる蒼。
本来、こんなことは誰にも言う必要はないはずなのだ。蒼にこんなことを話したところで恋から離れることがあっても近寄ることはない。それが一般的な人間の答えだ。
「分かってるくせに酷いなー」
「いや、分かんねーよ。いったい何を考えてるのか」
「あの時はありがと」
「去年の話、か?」
恋は首を縦に振る。
毎日ではないけれど、伯父と出会っている時は人目につかないようにホテルなどにワザと入り、そこである程度の時間を潰しつつ、お金を渡して貰っていた。その姿をクラスメートに見られて、ビッチという話になった。
そんな噂に惑わされずに恋を助けてくれていた蒼たちに改めて感謝したくなったということらしい。
蒼からしてみれば、そんなものどうでもよかったのだ。
他人の人生なのだから、興味がないと言えば、酷い話になるが、誰もホテルに入ったとかだけでセックスをしているわけではない。それにもしシていたとしても自分には関係ない。そういう考えだったから変わらなかっただけなのだ。
もちろんいきなり恋の心が分からなくなった方が気になったのは本当である。
だから気にかけていたのだが…。
「いいよ、もう過ぎたことだしさ。これで終わりだろ。これ、誰にも言うなよ。言っちゃいけない。俺も聞かなかったことにするからさ」
蒼はその場から逃げたくなり、そそくさとその場から離れようとする。
しかしそれは恋によって、阻止された。
背後から抱きしめられ、蒼はその場で止まることしか出来なかった。
「まだ終わってない。私の気持ち伝えてない! やっぱり諦めること出来ないもん! だってやっと私は自分の心を取り戻す方法が分かったんだから!」
「何を言ってんだよ?」
「だから好きって伝えたかったの!」
「え…」
恋の悲痛な気持ちに蒼はただただそれを聞くしか出来なかった。
その瞬間だろう、恋の中に心が戻ってきた。
それが蒼には分かった。
(行かないで、逃げないで、私を一人にしないで!)
何度も繰り返される言葉。
蒼はもう動くことは許されない。
分かるのはその現実だけ。
「分かった。ここにいるから安心しろ。話、聞くからさ」
「う、うん」
泣いていた。
その声は確かに泣いていた。
蒼が初めて聞く、恋の泣き声。
「あ、あのね…私は谷原君のことずっと好きだったんだよ」
泣きながら、むせながらも恋は話してくれた。
恋は蒼を好きになったのは、いつからか分からない。最初はずっと一緒にいる女の子、美鳥がずっと一緒にいるなーという感じだった。見ているうちに弟がいたらあんな感じなんだろうなっていうイメージや憧れ。そんな感じで見ていると、いつの間にか気になるようになり、好きになっていることに気付いた。
だから名前の通り、彼女になって素敵な学園生活を送ろうと頑張ってみようとも思ったが、周りにはいつも女の子たちがいる。それを見ていると諦めるしかないと気付く。
それでさらに家庭の事情。噂。そのことが一気に重なり、恋は自分が汚い人間のように思えた。それに自分と母親を捨てた男という生き物も嫌になったようだ。
家庭のことは仕方ないとしても、周りにいる女の子たちのせいで諦める必要はないと蒼は思ったのだが、恋自身がそう考えたのであれば口を出す必要がないと思い、続きを聞いた。
恋はさっきよりも聞き取れにくいぐらいの泣き声で話す。
それでも相変わらずに接するどころか、変わった自分に何度も話しかけてくれたことでやっぱり気持ちは拭い去ることは出来ないでいた。でも我慢することにした。そんな中、今回の仮装行列の件で一生懸命に頑張る姿を見ていると、やっぱり素直になることにした。
そして今に至るということだった。
蒼はそんな恋にこう言った。
「案外、佐藤さんもバカなんだな」
「っ!」
恋は蒼のその言葉を聞いて、突き飛ばす。
蒼はバランスを崩して、よろめいた瞬間に背中に蹴りを食らい、その場に倒れこむ。
「ば、バカって…なによ!! ひ、ひとがいっしょ、う…けんめいには、話してるのに!」
「バカだろうがよ!」
蒼は立ち上がり、怒鳴りつける。
「誰がそんな自分の身の上話せって言ったんだよ! そんな話聞いてどうするんだよ! エッチなんてしてないんだろ! だったら良いじゃねーかよ、それだけで。好きって伝えるだけで良いじゃねーか」
蒼はそう言うと、今度は自分から恋を抱きしめる。
もちろん正面からだ。
そのことに予想外だったのか、恋は一瞬びっくりしたように身体を震わせ、反射的に抱きしめようとした。しかし蒼に暴言を言われたことに対して反発するかのようにすぐに離れようともがく。
「無駄。放す気ないし、それに逃げても追いかける」
「なん、でよ! 谷原君は赤井じゃないんだから、放せ!」
「放していいのかよ?」
「うっ!?」
恋は蒼にそう言われて、ジッと固まる。
正直嬉しかった。
でも恥ずかしい。
そんな複雑な気持ちが入り混じった状態。
「バカ」
「佐藤さんが、の間違いだな」
そうやって皮肉を言われるも恋はどうでも良かった。好きな人が自分を抱きしめてくれているということが気持ちよかった。心が温かくなる。そして昔を思い出すような感じだった。父親に抱きしめられているという感覚を。
抱きしめてくれていたのは小学生までの話ではあるけれど、それでも父親が一緒にいるような感覚がした。
「あのさ、どういうつもりでそんな事情を言ったか分かんないけどさ。告白するだけで本当に良かった。昔にどんなことがあろうが、俺は興味ないし、何より今の佐藤さんだけで十分じゃないか」
「だって、本当の私を知って欲しかった」
「知ってるけどさ」
「何を?」
「無駄にカメには優しいこと」
蒼は満面の笑みでそう言うと、気に食わなかったらしく、恋に思いっきり背中を叩かれる。
でもさっきよりは笑みが戻ったのは分かる。
「っと、告白されたんだよな。そうは言っても、あんなこと聞かされたら逃げ道なんて全くないようなもんだけど…」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど…」
恋は慌てて、首を横に振る。
どんなことであれ、一応自分のことを知っておいて欲しかっただけなのだ。今の自分が出来た良い理由も悪い理由も両方。今回は悪い理由が多かったことは否定出来ないが。
でも蒼の性格を考えると無理なことが分かる。優しいからだ。拒否することもあるが、根本的なことを考えると優しいってことを恋はちゃんと分かっている。
悪いことをしたと思い、恋が謝ろうとすると、恋の唇は蒼の唇によって塞がれる。
蒼はその考えが分かっていたので、先に塞いだ。
「まぁ、もうフライングで佐藤さんのファーストキスも奪っちゃったことだし、俺は責任を取るしかなくなったな」
「ふぁ、ファーストキスじゃないって言ったらどうするの?」
「え!? そ、それはやだなー」
「…冗談だけど」
しょんぼりしそうになる蒼に慌てて、恋はフォローを入れる。
蒼はそれを聞いて、お仕置きとばかりにもう一回キスをしたのだった。
その日、蒼はこのことをちゃんと二人いや、なぜか今日は一緒に食事をした葵を含めて、三人に報告することをちゃんと決めていた。
決めていたというよりは約束させられていたという方が正確なのかもしれない。
あの後、蒼と恋は一緒に下校した。
もちろん恋は恋人らしく蒼の腕を組みつつも、美鳥と桃、葵が蒼のことが異性として好きということを蒼に伝えたのである。
蒼もそのことに気付きつつも気付かないふりをしていた。
ちょっと前に言ったように姉弟妹で恋愛なんてゲームの世界だけで十分だったからだ。幼馴染の葵に関しては、いつかはちゃんと言うつもりでいたのだが、それでもきっかけがないと難しいと思っていたので、ちょうど良いタイミングだと考え、言うことにしたのだ。
先に延ばせば、それだけ言いにくくなるからだ。
食事が終わり、四人で居間でくつろいでるタイミングで蒼は言った。
「あのさ、三人に話があるんだけどいいか」
「んー、なに?」
「あ、お小遣いをちょっと貸してってのはなしでね」
「そーちゃんに限って、それはないでしょ」
「葵ちゃんは分からないと思うけど、意外とそーちゃんって計画性ないから」
「そうそう、たまに前借りとかあるよね」
「へー、そーなんだー」
三人が勝手に口々話し出す。
「いや、あのさ、真面目な話なんだけど…」
「ああ、ごめんね。それで何?」
「あ、誰かに告白された?」
「え! それは嫌なんだけど…」
「私もやだー」
桃の発言で蒼は沈黙。
他の二人は嫌がるそぶりを見せつつもちょっとどこか楽しんでいるようだった。
きっと蒼が誰かと付き合うことないような反応。
心の中でもそんなことを考えつつも、ドキドキしているのが蒼には分かるのだが、何も言えないまま、数分時間が過ぎる。
女の子の会話は長いというけれど、それが的確に当たっていた。
しばらくして三人が気付いたように黙る。
「それでいいかな?」
三人とも申し訳なさそうに頷く。
「じゃあ改めて、俺は佐藤さんと付き合うことになったからよろしく」
「へー、そうなんだー」
「ふーん」
「え!? なんで二人はそんな反応なの!?」
桃と葵はあまり興味がなさそうな感じだった。
その反応に美鳥が一人だけ驚くというような状態。
蒼もちょっと驚いていた。
蒼の想像では美鳥が興味がないような反応を示し、桃と葵が美鳥のような反応を示すと想像していたからだ。
そんな反応を示す美鳥に説明するように桃が言う。
「いやいや、お兄ちゃん何気にモテてるしね。そりゃー、誰かは告白して、付き合うとは思ってたし…。佐藤さんだったらいいんじゃない? 過去に何かあったみたいだけど、お兄ちゃんがすごく助けたの知ってるし、あれは惚れるね」
「うんうん、今回もそういう意味では、そーちゃんが助けたんだし、勝ち目がないよ。というよりは一つだけ言いたいことがある。家族サービスってわけじゃないけど、たまには遊んでよねー」
桃は最初から勝ち目がないというような意味合いでのは発言だった。ライバルが多ければ燃えるスポーツとは違い、恋の戦いでは自分に最初から土俵がないと思っていたらしい。
葵も同じような意味合いだったようだ。幼馴染だけあって、いつも一緒に入れるからこその妥協があるのかもしれない。他にも言葉で上手く表現しにくいという言葉があった。要約すると『幼馴染でも年下だから子供にしか見られてない』という気持ち。
それ自体は蒼の気持ちの一つでもあるので、フォローすら出来ない。
ただ葵の願いは素直に承諾した。
きっとこればかりは恋も許してくれるだろう、と思ったからだ。
「な、なんで二人ともそんな大人みたいなこと言ってるの! 好きな人は勝ち取らなきゃいけないんだよ!」
そんな二人に意見する美鳥。
二人は美鳥の意見は完全に無視を決め込む様子だった。
「わ、私は二人を認めないからね!」
結婚前の挨拶で父親が言うような定番文句を言って、美鳥は自分の部屋へと逃げた。
蒼は止めようと立ち上がったけれど、それを桃にズボンを掴まれて阻止される。行くな、という合図なのか首を横に振りながら。
だから蒼は追いかけるのを素直にやめて、その場に座る。
「あのさ、お姉ちゃんの説得は私も手伝うからさ。ちょっとワガママ聞いてよ」
「あ、私も手伝うし、もう一個ワガママ言う!」
「変なこと頼むなよ」
「大丈夫だって。そんなに困らせるようなことじゃないし」
「そうそう、どっちかって言うとケジメに入るよね」
「うんうん」
二人はお互いが何を言いたいか分かっている様子だった。
蒼は全く分からないので首を傾げる。
二人はタイミングを合わせるように言った。
「私はお兄ちゃんが異性として好きだったよ」
「私はそーちゃんが異性として好きだったんだ!」
蒼は二人の告白に面を食らった。
どうすればいいのか分からず、とりあえず二人の顔を交互に見つめる。
「ちょ、謝ってよ! ケジメつけれないよー」
「お兄ちゃん、そういうケジメはちゃんとつけてよ」
「悪い、すまん」
「はい、これで終わり! じゃあ私は早いけど寝るかな」
「私も帰ろっと!」
二人はそれぞれに移動した。
二人の心がしっかりと泣いていたのは蒼は分かっているが、今度も追いかけることは許されないのだろう。
蒼は一人残されたリビングで寝転がりながら、美鳥のことを考えた。
きっとこの家での真のラスボスである美鳥にどう納得してもらえればいいか。
最終的には認めてくれるのは分かるが、それでもやっぱり早めに認めてもらいたい。
そんなことを考えつつ、蒼はさっきのことをちゃんと恋にメールで報告したのだった。
蒼が恋と付き合い始め、二週間の月日が経った。
季節は秋の十月。
未だに二人はケンカの一つもしてないので、仲は良好。
恋の母親の件があるためか、蒼のことを恋は束縛しようとはしなかった。むしろあの日の桃や葵のお願いのことを気にする状態になっていた。
もちろん蒼はそこまで気にする必要がないと言うのだが、やはりそれが気になるようだった。
「うー、なんでまだこんなに暑いかな」
「確かに衣替えのシーズンを見誤ると風邪を引きそうだ」
今年は異常気象なのか、まだ暑い。激しい運動をすれば、汗がにじみ出て来そうなぐらいの暑さに二人は困り果てていた。
二人はそんな最中、公園で二人の時間を過ごしていた。
「でもさ、暑い原因は他にもあるよな」
「え、そう?」
「恋が俺の腕を掴んでるから」
「それは心の温かさだから気にしないの」
「はい」
あれから恋はいろいろ変わった。
一つ目は顔が明るくなったことだ。
ずっと引きずっていたのか、恋はずっと顔に重い影を落としていたのだが、今では二年前の時のような明るさを取り戻しつつある。でもやはりまだいろいろと思うことがあるのか、蒼と一緒にいないときはまだ暗い表情を出すときもあるが、基本的には明るくなり、取っ付きやすくなった。
だからなのかも知れないが、クラスメートとよく話すようになっている。
二つ目に蒼に対してワガママを言うようになったこと。
まず苗字で呼ぶことを許さなくなった。
名前で呼ばないと反応しなくなったのだ。
クラスメートの前では、付き合っていることをバレたくないのか苗字で呼ばないといけないが、二人っきりの時は名前で呼ぶようにと言われた。もちろん間違う時はあるのだが、特に怒りはしない。ただ反応しなくなるだけなので言い直せばいいだけの話。
ワガママで言うならば、もう一つ。
基本的に一緒に帰るように約束された。
用事云々のことは恋も分かっているので、何も言わないが、それでも一緒に帰れないことを伝えるとちょっと寂しそうな顔をする。
単純に二人っきりの時間を作りたい気持ちは一緒なので、蒼はなるべく一緒に帰ろうと思っているのだ。
「あのさ、前から聞きたいことあったんだけど一つ聞いていいか?」
「うん、なに?」
「学校の帰る前に必ずトイレ行くだろ?」
「うん、念のために」
「絶対、それ胸の谷間を見せるために行ってるだろ」
「え…バレてた?」
蒼は谷間を見ようとしてしないのだが、それを隠すように恋は蒼の腕に思いっきり抱きつく。
その感触が蒼に伝わり、ちょっと苦笑い。
もう一つだけ変わったことといえば、恋が大胆になったことだ。
そこまでのことではないけれど、こうやってアピールするようになった。
異性だからこそ、蒼も意識してしまうこともある。恋はそれをワザとやっているために意識してほしいのか、意識してほしくないのか、どうリアクションに取ったらいいのか分からず、困っていた。
「あ、ごめん。見てもいいから」
「そういう問題か?」
「だって誰にも盗られたくないから、こうやってアピールしようかなって…」
「誰に盗られるんだよ」
「谷原さん」
その名前が出ると、蒼はため息を吐かざる終えない。
恋は少しずつではあるが変わっているのに比べ、美鳥は何も変わってないという状態だからだ。
蒼のことを過保護というわけではないけれど、昔に比べて蒼のことを意識的に見る回数、手伝ってほしいというアピールが増えているのを二人は感じ取っていた。
二人の仲を認めてないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも蒼からしたらウンザリしているのだ。
しかし、そんな蒼と恋をフォローしてくれているのが、桃と葵である。
部活には上手いことを言って、抜け出してくれているようで、二人が蒼の変わりに美鳥の手伝いをするようになった。美鳥も人手が欲しいのは本音のため、二人の好意を断ることは出来ない状態になり、結局は手伝ってもらう。
桃と葵は美鳥がこんな状態になることを最初か分かっていたみたいだった。
「まぁ、みーちゃんにとって俺は弟だからな。どっちかっていうと盗ったのは恋の方な」
「知ってるけど、それでも現在は私のものでしょ」
「その通り」
「って、噂をしてたら谷原さんいるね」
公園の外の道路をふらふらと歩いている美鳥を見つける恋。
あの様子からして間違いなく体調が悪いのが分かる。
二人は美鳥に駆け寄ると、二人に気付いたのか美鳥は軽く笑みを浮かべた。
「あ、二人ともこんなところで何してるの?」
「ほら、帰るぞ。そういや、そういう時期だったな。ちょい見逃してた」
「え、どういうこと?」
「あー、それはな…」
蒼の言葉の意味が分かってない恋に蒼は説明する。
いつごろか分からないけれど、美鳥はこの頃になると体調を崩してしまう。大病ではないので、大したことではないのだが、きっと今での疲れが一気に爆発してしまうのかもしれないと蒼は思っている。もちろんクラスに慣れるという意味も含めて。
今年は恋と付き合うことになり、浮かれてしまったことをちょっと反省しつつ、蒼は美鳥の腕を引っ張る。
「ちょ、佐藤さんと一緒に帰ってるんだから止めてよ。ほら、二人は付き合ってるんだから、佐藤さんと一緒に帰ってあげないと駄目だよ!」
「病人がそんな心配をすんな。悪い、恋。今日は一人d…」
「私も行くよ。心配だし」
「ちょ…佐藤さん!」
「いいからいいから」
美鳥の腕を恋が引っ張る形で無理矢理、歩き出す。
蒼はその勢いに負けるように美鳥の手を離すと、美鳥のカバンを奪い、代わりにそれを持っていくことにした。
ただ、さっきの美鳥の発言で恋の心に痛みが走ったのを蒼には分かった。
美鳥からしたら精一杯の遠慮なのだろうが、恋からしたら、その何気ない発言がショックだったようだ。
きっと自分の母親の姿を自然と重ねてしまったのかもしれない。娘という自分が母親の大好きな父親を奪ってしまい、それで傷つけてしまった。そんな母親と美鳥の姿を。
そんなことを気にする必要は全くないと蒼は思いつつ、二人の後を着いて行く。
三人は家に着くと、恋と美鳥は美鳥の部屋に連れて行き、蒼はその間に薬などを用意することにした。
本当だったら蒼が着替えなどを手伝うのだが、恋に怒られたためである。もちろん姉弟妹といえど、こういう時の配慮がなってないと言われ、ちょっとショックだった蒼。反論しようにも噛み付いた犬のように言い訳すら聞く隙も見当たらなかったので、素直に諦めた。
「もういいよー」
「おう」
二階の美鳥の部屋から恋の声が聞こえたので、蒼はトレイに水と薬を乗せて部屋と向かった。
部屋に着くと、ベッドの上で寝かされている。
「ほら、薬だ」
トレイを机の上に置いて、薬とコップを渡すと、美鳥は素直に飲み干す。
「んで、何をキョロキョロしてるんだよ」
「そう言えば谷原君の家に入ったの初めてだなーって」
「だって誰かさんが反対してるからな」
「うっ!?」
薬を飲み干し、蒼の発言に気まずくなったようで、慌てて布団を被り、目から上を出した状態になっている美鳥。
蒼は恋に注意の意味を込められて、頭を引っ叩かれた。
「病人にそういうことを言わない」
「いてーよ。じゃ、恋を送ってくるかからおとなしく寝てろよな」
「はーい」
しかし、そこで恋の意外な発言が飛び出す。
「あ、私、熱が治まるまで谷原さんの面倒見るよ」
「「え!?」」
蒼と美鳥は素っ頓狂な声を出して、驚く。
熱が下がるとしても一日は確実に泊まり確定。そのことを見越しての発言なのか、二人はお互いの顔を見合わせる。
「いやいや、そこまでしてもらうのは悪すぎるって!」
「うんうん。風邪移しちゃ悪いし、夜になったら桃ちゃんも帰ってくるし…」
「でも気になるからさ」
恋の目は本気だった。
蒼はその目の中にはっきりとした決意を見たような気がした。
美鳥を見ると、仕方ないという感じで頷く。
どうやら美鳥も恋の決意は揺るがないのを感じ取ったようだった。
こうして恋のお泊りは決まった。
その後、恋は着替えを取りに行くために一時帰宅し、家には蒼と美鳥の二人が残される。
「予想外だな」
「そうだねー」
「みーちゃんが恋と俺の仲を認めないせいだな」
そう再び意地悪く言うと、美鳥も負けずに言い返してくる。
「大事な弟だよ? それなりにいろいろと二人を試してるの!」
「はいはい」
「あー、信用してないでしょ」
「うん、してない」
蒼はあっさりとそう言うと、顔をむっっとさせる美鳥。
さっきよりも美鳥の顔が赤いのは熱が上がっているせいだろう。そのせいか息もどんどん荒くなっている。
「さ、もうゆっくり寝ろ。それが一番だ」
「あのさ、後で佐藤さんと二人っきりにしてもらう時間作っていもいい?」
「ああ、それは構わないけど?」
「うん、ありがとう。じゃあ、おやすみ」
「おう」
蒼は静かに部屋の外に出る。
最後に言った発言が蒼はちょっと気になったが、さっきの恋と同じように何かを決意したのは分かった。というよりは前から二人っきりで話したいようなことを心の中で思っていたようだが、生徒会の仕事でいろいろと忙しいらしく、その時間が取れてないのも今の現状でもある。
このタイミングはいろいろと良かったのかもしれない。
その時、ふと思い出した。
桃に美鳥が風邪でダウンしたことを伝えることを。
蒼は慌てて、桃にメールでそのことを伝えるとリビングで恋が再び来るのを待つのであった。
夜、七時過ぎ。
恋はおかゆを持って、単身美鳥の部屋に行った。
蒼の家に到着したと同時に蒼に言われたためである。
何を話したいのかは分からないけれど、蒼と付き合っていることに対しての話だという予測はついたので、素直に受け入れるしかなかった。
何かあったらすぐに呼べと蒼と桃の二人に言われたけれど、『大丈夫』と言って、恋は二人には来ないように頼んだ。きっと真剣な話なのは簡単に想像できたから、邪魔されたくないと思ったため。
恋はドアを二回ノックすると、中から美鳥の返事が戻ってきたので中に入る。
美鳥は既に上半身起こしている姿で待機していた。
「あ、やっぱり佐藤さんが来たんだ」
「うん、谷原君に来るように言ってたみたいですから」
「あ、そんなかしこまらないでよ、話にくいんでしょ!」
美鳥はクラスメートの一人である恋が敬語を使われるとさすがに話しにくいのか、ものすごく慌てた。
恋もなぜか敬語になってしまったことに驚いていた。
そしてしばらくの沈黙。
「あ、あのおかゆどうぞ」
「う、うん」
「それ、谷原君が作ってましたよ!」
何か気まずかった恋はそう言って、空気を和まそうとする。
「うん、そーちゃんは昔から作ってくれたからね」
美鳥がしみじみという姿を見て、恋はちょっと羨ましく思えた。
今でこそ軽く独り占め出来ているものの、自分には兄妹がいないので、作ってもらったことはない。今でも風邪を引けば、自分でなんとかしないといけなくなる。それを考えると、やっぱり美鳥のことが羨ましい。
でも弟である蒼を盗られる気持ちを考えると、寂しいのも少し分かるような気がして、複雑だった。
そして自分の母親も父親が娘に気持ちを奪われる時もそうだったのかなって考えた。
「そんなことないよ」
「え?」
「今、ちょっとそーちゃんのこと諦めようかなって思ったでしょ?」
「あ、うん」
おかゆをはふはふと食べながら、美鳥は恋を見つめ、何もかも見透かしているような雰囲気を出していた。
恋はそんな美鳥に目を合わせられなくなる。
「いいから、どこにでも座って」
美鳥に促されるように恋は机の近くにあるイスをベッドの近くまで持ってきて、座る。
「佐藤さん、そーちゃんのこと大好きなら、簡単に諦めようなんて思わないでよ。好きでどうしようもない状態だったから、告白したんでしょ? しかもそのことをそーちゃんに伝えて、私たちにはっきり言うように言った」
「やっぱりバレてたんだ…」
「そーちゃんって意外と鈍感だからね。いや、私たちの場合は鈍感って言うよりも異性として見られてなかっただけの話ではあるんだけど…」
ちょっとだけ残念そうに言う美鳥。
そのことは恋にも分かっていた。
場所関係なく好きと美鳥、桃の二人が言っているわけではないことに。冗談でも本気で捉えてもらえれいいなっていう感じの言い方だった。
恋はそれを知りつつ、告白した。
思わず頭を下げそうになると、美鳥がそれを止めた。
「いいから、それは。悔しいというよりは嬉しい気もするし。複雑なんだよねー」
「どういうこと、なの?」
「姉としては恋人が出来て、嬉しいって感じかな。そーちゃんは異性に興味がないのかなって思ってたんだけど、違ったみたいだし。でも好きという観点からしたら、悔しいって気持ちもあるよ。でもこうやって、熱を出して、泊まりで看病してくれるなんて知ったら、私も認めないといけないよねー」
量も最初から少なめにしてあったおかゆを食べ終わり、美鳥は満足したような笑みを浮かべる。
悩みがすっきりしたような顔つきになったことに恋は気付く。
「そんなことないよ。私は心配だったからしただけだし。それに谷原君がすごく心配してる顔だったから。ううん、違うかな。どうせだから私の話もするね。谷原さんは私の過去聞いた?」
「ううん、そういうのは聞いてないよ。ただ付き合うって話だけ」
「うん、分かった」
恋は蒼に話した自分の過去について、全部話すことにした。
美鳥は蒼と同じように遠慮していたが、それでは自分の気持ちがすっきりしないという理由で全部話した。
蒼に話したときのように泣きそうになるかと思ったが、逆に美鳥のほうが泣いてくれたためにむしろ泣くことはなかったが、やっぱり心が痛んだ。
最後まで話し終わると恋は美鳥に抱きしめられた。
抱きしめながら、美鳥が何かを言っていたがはっきり分からないぐらいの言い方だったために恋は素直に待つことにする。
しばらくして美鳥の方も落ち着いたらしく、
「ごめんね、本気で泣いちゃった」
と、言い、鼻を噛む。
「大丈夫だよ。重い話してごめん」
「ううん、もう家のそーちゃんを自由に使っていいから! もう私は大丈夫だし!」
「えっと、そういうのでいいの?」
「私より辛い思いしてるんだから、それぐらいいいよー。これからは幸せになってよー!」
「う、うん」
恋は話すんじゃなかった、と後悔しつつ頷く。
「というわけで、壁で隠れている二人。分かった!?」
美鳥はキッとドアのほうを睨みつける。
その声に反応するかのように桃が飛び入ってくると、恋に抱きつく。
恋が見る限りではすでに泣き終わった後のようで目を赤くしていた。
「お義姉ちゃん、これからよろしく。幸せになってねー!」
桃の声は震えているようだった。
「桃、お前はみーちゃんも義姉だぞ。そのこと忘れてないか、元従妹」
「うるさい! バカ兄貴! こんな大事なこと話さないで!」
「話す必要もない!」
さぞかし面倒くさそうに蒼はその場に止まり、ドアの柱に持たれている。
恋は心配でそこで見ててくれたのが正直嬉しかった。酷いことを言われたら、助けに入ろうとしてくれたのだろう。
「そーちゃんは絶対に佐藤さんのことを幸せにすること! 分かった?」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「はい。じゃあそれ下げるわ。桃はみーちゃんの着替えでも手伝ってやれ。俺は佐藤さんと下に下りるから」
蒼はおかゆが乗ったトレイを持つと、足早に一階に下りようとするので、素直に恋も従う。
一階に下りると、蒼はまず恋に謝った。
「悪いな、面倒かけて」
「ううん。良い家族だね」
「そうなのかもな。でももう佐藤さんも家族みたいになったから、あの二人のスキンシップが多くなるから、気をつけろ」
「えぇ、それはちょっと」
「もう遅い」
蒼もホッとした顔を浮かべていた。
恋にとって、誰よりも好きな人が自分のことを心配してくれるのが、何よりも嬉しかった。
-続く-
最後までお読みいただきありがとうございます。
本当は一気に書きたいと思ったんですが、長くなりそうだったので二つに分けて書くことにしました。読みにくくなってるかも知れません。申し訳ないです。
続きは「恋編②」になります。気になったら、またお読みください。
誤字・脱字などあれば、申し訳ありません。