第3話 四郎と早苗
今朝も、茹だるような暑さが続いていた。相変わらず、蝉の合唱がけたたましく、木々の隙間から容赦なくこぼれていた。
『お母さん!、欽ちゃんと川に行ってくる!』
『ねえ、四郎。深いところに入っちゃだめよ、気をつけてね!』
久し振りの川遊びが待ちきれないのか、四郎は、朝早くからそわそわしていた。
夏の川遊びは、子供たちの遊びの定番だった。
暑さを凌ぐのに、自然の川の恩恵を存分に受けられる。何とも贅沢な避暑地なのだろう。
『早苗もいく!』
やはりそう来たか。お兄ちゃんたちの遊びは、そりゃ、楽しいに決まっている。
好奇心旺盛なちびっ子が、黙っている訳がないだろう。
『早苗は、お母さんのお手伝いをしてくれない?。沢山やることがあるんだけどなあ・・』
『えーー、お手伝い・・?。だって、この前もやったよお!、早苗お手伝いやだなあ・・』
『あらそう・・、美味しいかき氷があるのにねえ。残念だわあ』
“かき氷”かあ、これも子供たちの夏の定番だな。
『おれ、食べたい!。ねえ、お母さん!』
『だって、四郎は川遊びなんでしょ?。両方は都合良すぎやしない?』
『早苗、お母さんのお手伝いする!。そしたら、かき氷食べられる?』
『そうねえ、一生懸命お手伝いしてくれたらね。ご褒美よ』
『そんなのずるいやあ!、おれも食べたいのに・・』
『四郎、欽ちゃん待ってるわよ。早く行かないと駄目でしょ!』
『だってえ・・・』
『なんだあ・・。政おじちゃんがね、四郎がいつも良い子だからって、イノシシのお肉持って来てくれるのよ。残念ね・・。今晩は、お肉お預けのようね・・』
『ダメだよ!。おれ、楽しみにしてんだから。良い子でいるから、ね!、お母さん。肉食べようよ絶対!。じゃあ、行ってきます!』
『ああ、四郎!、あんまり調子に乗らないでね。気を付けるのよ!』
かき氷のことなんて、どこ吹く風・・。川遊びに駆けて行った息子の背中を、春代はいつまでも見届けていた。
『四郎ちゃんいいなあ・・。早苗もすぐおおきくなるかなあ?。おおきくなったら、川あそびしてもいいよね?、おかあさん』
『そうねえ・・。でも、そしたらお母さんと一緒のお布団では、寝られなくなるわねえ。早苗とは・・』
『どうして!、早苗かまわないよ。おかあさんいやなの?』
『だって、窮屈でしょ。それでなくてもお布団の中で暴れてるんだもの、早苗は』
『じゃあ、じっとしてるから。お人形さんみたいにさあ・・』
『お人形さんみたいに?、本当なの?』
『今日からなる。早苗、お人形さんになるから、ねえ、おかあさんいいでしょ?』
『そうねえ・・。早苗はお人形さんよりもうんと可愛いから、お母さんもいつまでも一緒のお布団で寝たいわよ』
春代がもったいぶったように、そして柔らかな手のひらで、早苗の小さな手をころがしながらそっと、両手で蓋を閉じるように包み込んだ。
『やったあ!。おかあさん大好き、早苗とっても、うれしい!』
子供の成長は、親であろうとも止める事は出来ない。
今はまだ母親の下で甘えて居られる早苗も、やがて当たり前のように、春代から離れて行ってしまう。
他愛もない母と娘の会話に聴こえるだろうが、春代にとっては、今しかない大切なひと時なのだ。
ましてや、次郎を戦場に奪われてしまった春代の心の隙間は、手に取れる目の前の愛情に、すがりつくしかないのだろう。
言葉こそ簡単なように聞こえてはいるが、春代の精一杯の、愛情に尽くされた所作をかばってやらねば・・。
『そうよ、お母さんもうれしい。だって、とても良い子なんだもの、早苗も四郎も・・』
おもむろに天井を見上げながら、溢れ出そうな涙をやっとこらえ。すぐに笑顔に戻った春代だった。
『さてと、お洗濯手伝ってね。今日も、たくさんあるのよ!』
『早苗、足でふむよ、たらいに入っていい?』
『洗濯物が最初でしょ、早苗が先に入ったら、お母さん踏んじゃうかも』
『いじわるねえおかあさん!。そんなの早苗だってしってるよォ』
『そうよね、早苗も来年は、二年生だものね。いつまでも子供扱いしてちゃダメよね?』
『ええ?、どうして、だって子供だもん早苗。なんでダメなの?』
『早苗はね、学校ではお姉さんになるのよ。妹や弟の面倒をみなきゃいけないでしょ?。そのことを言ってるのよ。お母さん』
『えーーっ、早苗、おねえさんなのお?。いやだよ、だって、おとなりのあっちゃんとか、ゆずちゃんとか、ケンカばかりしてるよ。仲良くなんてできないよお!』
『そうかしら?、あっちゃんもゆずちゃんも、早苗ととても仲の良いお友達にみえるのにね、お母さんには』
『ちがう!、仲良くないもん。あっちゃんなんていじわるで嫌いだもん!。ゆずちゃんも、早苗のわる口ばかり言ってからかうから、大きらいっ!』
昨日の早苗の不機嫌な理由が、解明した。
『じゃあ早苗は、あっちゃんに意地悪したことないの?。ゆずちゃんをからかったこと、ないのかしら?』
『あんまり・・ない。だって早苗、そういうのいやだもん!』
『そうね、嫌だものね・・。早苗、あっちゃんと、ゆずちゃんに聞いてみようか?、仲良しかどうか。それがいいと思うけど、お母さん』
『早苗がきくのお・・?』
『だって、お母さんのお友達じゃないでしょ?。早苗の大好きなお友達じゃあないの?』
『そうかなあ・・』
『お洗濯はお母さんがやるから、遊んでおいで早苗。あっちゃんも、ゆずちゃんも待ってるわよ。大好きな早苗のこと!』
『うん!、早苗行ってくる。あっちゃんも、ゆずちゃんも好きだもん!』
『お昼前には帰って来るのよ、かき氷が待ってるからね。いい?』
『うん、わかってる!。いってきまーす!』
子供たちが居なくなった部屋の、何と静かなことだろう。洗濯物を一枚一枚手に取りながら、春代の家事は続いていた。
『春代さん!、居るの?』
不意の客のお出ましだ。
『はーい、裏に居るわよ・・、京子さん?』
『忙しい時にごめんなさい。うちの人からさ持って行けって。これ・・』
『あら・・、またなの・・?。いつも悪いわねえ。そんなに気を遣わなくたっていいのにねえ・・。辰三さん』
『駄目ダメ・・。あの人さ、春代さんに頭上がんないでしょ!。だから、もらってくださいな』
『ありがとう。京子さん』
『いいえ、どう・・、ごほっ、こほっっっ・・!』
『あら?、大丈夫、京子さん』
『ごめんなさい・・。こほっ!、夏風邪なのかなあ・・。しつこくて・・』
『そう・・、お大事にね。なんたって身体が資本なんだから、気を付けてよね!』
『やだあ・・、まだ若いから、大丈夫よ。ありがとう春代さん』
『辰三さんに、よろしく伝えてね!。お世話になりますって!』
『はーい、必ず』
春代の仁徳なのか、政男といい、辰三といい、喜ばしいばかりの貢物の宝庫であった。
昭和十九年夏。日本国内の戦火による被害は、北九州市の八幡空襲のみに留まっていた。
六月十六日未明。八幡製鐵所を第一目標として、計75機のB―29が出撃。うち、47機が八幡などを爆撃した。
北九州の八幡、小倉、戸畑、門司、若松の5都市では、270名以上の犠牲者を出した。
製鐵所の被害は極わずかであったが、この空襲での米軍が得た情報は、今後の日本本土への空襲を確固たるものにしていた。
それは、我が国の防空体制の脆弱さが明らかにされたと言うことに他ならない。今後の、大規模な本土空襲への発端となったことは間違いない。
そんな米軍の思惑を余所に、相変わらず、神国絶対勝利の機運が蔓延っていた。
理性を欠いた国の首脳は、すでに勝利のシナリオを手放していたのではあるまいか。
若しくはそんな筋書きなども、存在してはいなかったのかも。
過去の栄光に依存するばかりで、足元の泥濘に一向に気づいてはいなかったのだろう。
家主であれば、我が家、我が子の生存の危機を危ぶんで然り。その発想は、この歪んだ時代には、とるに足らない戯言なのだろう。
一人、一軒、一市町村の群れが、この国の基盤であるはず。
国家と言う表札の何と傲慢な邸宅。市井の苦労やその息遣いを、掬うことすら出来ないでいる。
負け戦の弁明に頭を抱えてばかりで、それでも送り出される尊い若い命。やがて天罰が大きく待ち受けていると言うのに。
『春さん、居るかい?。持って来たぜ!』
政男が自慢げに、大きな包みを肩に背負ってやって来た。
『ああ、政さん。いつも悪いわね』
小走りに駈け寄った春代が、汗を拭いながら政男の荷物に目をやった。
『猪の肉・・なの?』
『駄目だった!、今日は行けなかったんだよ。茂夫の奴がさ、ぎっくり腰だってよ、猟銃が使えやしねえんだ。代わりに鶏のもも肉、ほら、こんなにあるぜ!』
『あら、こんなに!。どうしたの政さん、無理しなかったでしょうね?』
『いいんだよこれくらい。俺の昔の級友がよ、品川駅の裏で肉捌いてんだ。案外安くてよ、ちょっと脅したら金要らねえって、仁徳だよなあ・・俺』
『また悪い癖が出たのね・・。仕方ないわね・・』
『四郎にたんと喰わしてやってよ。でも、イノシシでなくて悪かったな、春さん!』
『いいのよありがとう。子供たち喜ぶわあ、お肉なんて久し振りだもの』
『そうか、よかった。安心したぜ』
『そうそう政さん、辰三さんから今日もらったの、サザエよ!。沢山あるの。今晩一緒にどう?。晩ご飯食べて帰らない』
『ええ?、辰の奴、また点数稼ぎかよ・・』
『そんなこと言わないでよ。とても、ありがたいわ』
『そうか・・、俺も甘えていいのかよ?』
『なに言ってんの、政さんにも、たまにはお礼しなきゃ。お世話掛けっ放しでしょ、あたしたち。こんなことくらいしか出来ないのよ。サザエは勿論壺焼きよねえ。お肉は焼いた方がいい?、それとも煮た方が美味しいかしら』
『俺が焼くよ、ここの鶏ってな皮が最高に美味いんだ。塩でも醤油でも』
『じゃあ、政さんに任せたわよ。わたし何にもしないけど、いい?』
『たまには休めよ。いくら春さんだからって、無理はいけねえぜ。息抜きもしないとな』
家の中が男臭さで充満していた。懐かしいその臭いが、春代にはとても居心地の良い時間に思えた。
政男は今は独り身であった。5年前に妻を病気で亡くした。子供の居ない夫婦だった。
妻を亡くした時、政男がぽつりと吐いた言葉を、今でも春代は覚えている。“俺の命をこいつにやればよかった、戦地で潔く散ってればよかったんだ・・”。
そう言って蹲る政男に、春代が怒った。“勝手なこと言わないで!、人の命なんてそんな軽いものじゃないのよ。与えられた命を粗末にしないでよ!”。
夫を亡くした春代の憤りの言葉は、決して政男を責めたのではない。お国のためにと勇敢に戦い、そして無念にも散ってしまった、志半ばの尊い命をかばっていたのだ。しかし、どうにもかばい切れない自分自身への言葉でもあった。
春代の夫、早坂一郎は、上海の地で命を落とした。
第二次上海事変、昭和十二年八月、日中戦争の発端となる日中両軍の戦闘だった。
市街地での激しい銃撃戦の中、部下をかばうために身を呈した一郎に、悲劇が襲いかかった。
背後から侵入した一発の銃弾により、一郎はうつ伏せに倒れ込み、そのまま息を止めた。
享年38歳の生涯を終えたのだ。その時、春代の体内にはまだ三カ月の形のおぼつかない胎児を宿していた。
だから早苗は、父親を知らないで育った。早苗の脳裏には、写真でしか知らない笑ったままの、優しい父の顔が刻み込まれている。