第21話 早坂組長辞任
『浜野・・!、息は出来るか・・。おい、どうなんやっ!』
『ゲホッッ!、ゴボッ・・!』
『あかん!、肺を抜かれとる・・。駄目やっ・・!』
『福場っ!、中村はどうなんじゃっ・・、さっきから動かんでえ!』
『中村もそうやが・・、相沢も倒れたままや!。あかん、撤退やっ!!』
『福場ぁ・・、何とかならんのか?、ええっ!』
“キーーン、ドッシャーンッッ!!”“ドドドドドドッッ!!”
“ダダダダダッ!、ダダダダダダダダッッ!!”
“チュンッ、チュンッッ!!!”
爆音と、無数の銃弾が耳元をかすめていった。まるで生きた心地はしなかった。
『伏せろ!!、頭を出すんじゃないっっ!!!』
“ダダダダダダダダッッッ!、ダダダダッッッ!、ダダダッッ、ダダダダダダッッッッーーー!!!”
“ヒュンッ!、ヒュンッ!”“チュドーーンッッ!!”
激しい米軍の奇襲攻撃がついに始められた。山頂に陣取っての戦いにも、限界が迫っていた。
『浜野ぉ・・、俺が判るか・・。なあ・・、返事しろやあっ!!』
『どうも出来へんで・・。はあ・・っ、堪忍やで・・。浜野・・』
『お前のぉ・・!、こいつを見捨てるんかぁっ!!。傷の手当てしちゃらんかいやぁ!!』
『仙道っ!、無理や!!。俺たちも危ない状況やでっ!』
『こいつ・・、娘が小学校に上がったっちゅうて・・。喜んどったんでえ!。大分に帰らんといけんじゃろがあっっ!!』
『無理や・・、仙道・・。これ以上は、無理や!!!っ』
“チュドーンッ!!”“ダダダダダダダダダッッッ!!!”
“ヒューン“ドーーーンッ!!”
『仙ん道ぉぉ!!!ッ』
福場の目の前の仙道の姿は、顔半分が無残にも吹き飛ばされていた。
『だあああああァ!!!っ、来いやああ!!。かかってこんかいやあぁ!!!っっ』
“ヒュンッ!”“チュドッッ!”
立ち上がった瞬間の、福場の右胸に、一発の銃弾が貫通した。
『ああっ・・?、なん・や・て・・?・・』
仙道の身体に折り重なるように、福場が倒れ込んだ。
『・・・、仙・道・・よ・・。俺も・・帰らんと・・あかんねや・・。可奈・ちゃん・・待ってん・・ね・・や』
誰しも待つべき人がいるのだ。そう簡単に死んでたまるものか・・。
浜野健三、享年三十二歳。中村和夫、享年二十三歳。相沢孝夫、享年二十九歳。
仙道喜八、享年二十八歳。福場力、享年二十三歳。
い組の五名が、ここ、ミンダナオの地に散った。
無念の言葉が、あちらこちらから聴こえてきた。ミンダナオ島に残された日本兵は、やがて山頂に籠城することとなるのだ。
『十九人は残ったが・・、六人は、この様や・・。次郎、どないする・・?』
『どうするもないさ、俺たちが守ってやらなくてどうする・・』
『せやけど、動けへんねやぞ!。このままやったら、全員犬死や!!』
『山下・・、そげな言い方はありもさん!、皆、仲間じゃっどっ!』
『けっ!、なんや哲っちゃん・・、正義感の押し売りかいな・・』
『そげんもの言いは、なかじゃっどっ!』
互いに苛立ちを隠せないのか、山下と矢口が険悪な様子を見せていた。
『動かすことは出来んが・・、放置も出来ん・・。わしはここに残るけん、お前らだけ場所を移動した方がええ。その方が安全じゃ・・』
『竜ちゃん、そないなこと・・』
『潔くじゃ・・。わしはこいつらを見殺しにするくらいじゃったら、いっそ散ったほうがましじゃ!』
天野の決断は、変わらず凄みを見せたいた。
『おいも、ここに残りもす!』
それに続いた矢口も、玉砕覚悟の勇ましい決断であった。
『山下はどうする?。俺は場所を移る。ここまで来たんだ、せめて、敵の部隊を潰したい。それまでは死ねないよ』
『死ぬ気なんか?。次郎・・・!、おまえ生きて還るんとちがうんか!!。そう言うたんとちがうかあっ!!!』
次郎の覚悟の言葉に、山下がものすごい剣幕で言い迫った。
『・・・。生きて還るさ・・・。そう簡単に諦めてなるものか・・・』
『なんで消沈してんねや・・・。組長ともあろうもんが、なんで言葉を濁してんねやあっ!。おおっ!!!』
『やめろ!、山下っっ!!』
見かねた天野が、山下の声を遮った。
『竜ちゃん、なんでや・・・。こいつ、死を覚悟してんねんで・・・。そんなんでええんか?』
『もう言うな・・・』
『あんたも次郎と一緒なんかっ?、こんなとこで無様に死んでもええっちゅうのんか!?』
天野の襟元に手を掛けた山下が、小刻みに肩を震えていた。
『情けないことを・・・、言うなやあ・・・。なあ、次郎よ、なあ、竜ちゃん・・・』
悔し涙を堪えて、山下が懇願するように二人を見た。
『山下・・・』
返す言葉など無かった。次郎も天野も、じっと歯を食いしばっているだけだった。
『おいは、生きて還りたいと思うちょりもす・・・。こげなとこで死体にはなりとうなかじゃっとうが、皆』
ぽつりとこぼした矢口の本音が、山下の言葉を後押しいていた。誰しも生きて故郷の土を踏みたいのだ。待っている大切な人に会いたいのだ。
しかし、この場に及んで命乞いをする言動など、決して許されるはずがない。ここは、生死を賭けた戦の真っ只中なのだから。
『矢口さん、ありがとう。その言葉に目が覚めたよ・・・』
『次郎くん・・・』
『そうだよね、死に急ぐ必要なんてないんだ。つい、やけになってしまって・・・。情けないよ、我ながら』
『そうじゃ、まだ終わったわけじゃないんじゃけんのお。答えを出すのには、まだ早かろう』
互いの危機感を掬うように、天野がまるで落ち着き払ったように言った。
『だけどね山下、おれは、死ぬことには迷いはないんだ。それだけは判ってくれよな』
『そんなんお互い様や、今さら言うなて。お前だけ格好つけてどないすんねや・・・』
『皆、同じ覚悟でいいんだよな・・・』
独り言のように、次郎が呟いていた。
越智秀和、山田保、市川春夫、水田準一郎、近藤つかさ、山崎勝一。それぞれ、一命は取り留めてはいるが、もはや時間の問題だった。ろくな手当も出来ずに、傷口が化膿して、うじが湧き乱れていた。
銃弾に倒れて死ねるのは、実は、幸運なことなのだ。戦死として名誉の公報が受けられるからに他ない。南方戦線の死者の多くは、戦病死として扱われた。マラリア、赤痢、疫痢などで、敵と戦わずしてバタバタと倒れていったのだ。
仲間を失う辛さと憤りが、其々の胸の内を絞めつけていた。
そんな喪失感の中、突然、静寂を破るかのように、洞窟の入り口付近から安堵の音色が流れ込んだ。
“プハーー、プパパパーー、チュルプパーー”
皆の、それを庇うかのように、服部の奏でるハーモニカの音が、洞窟に静かに響き渡った。それはまるで、鎮魂歌を奏でているかのように聴こえていた。
浅く深く、心を揺さぶるように、その旋律は皆の覚悟を促した。
『組長・・、おれも着いて行ってよかか・・?』
『岡崎!、大丈夫かよ?。お前・・』
柴田が心配そうに、声をかけた。一時は精神を分裂させていた岡崎も、柴田と次郎たちの献身的な介護で、自己を取り戻すまでに回復していた。
『おれは、とうに死んだ身やけえ・・。なんも怖いもん、なかけんさ・・』
『そうか・・。岡崎っ!、覚悟は出来てるんだろうな!』
次郎が嬉しそうに岡崎の顔に目を向けた。
『組長とおんなじ覚悟やけん、どげん苦しかこつも堪えて見せるったいっ!』
その岡崎の頼もしい一言が、次の有志を呼び込んだ。
『そこまで言われると・・。俺も黙ってはいられないよな・・。い組の面子に、“待った”は、ないだろうぜ・・』
二番手に、あの柴田が名乗りを上げた。爽やかなその笑顔には、一点の曇りも見せてはいなかった。
『俺も着いていくぜ!』
『わしも、ええかな?。組長さん!』
『次郎ちゃん、おれも一緒に行くさ!。いいだっぺなぁ・・』
次々に有志の連鎖が拡がっていた。
『・・・。皆、ありがとう・・。辛い思いをさせた・・。感謝してる・・』
『何言うちょるんじゃ!、あんたが始めた戦と、ちがうじゃろが・・?』
『なんだ・・、格好つけてくれよ・・。あんただから、俺たち行こうって言ってんだよ!。判るか、早坂組長?』
『岸田・・・』
『で、いつ発つんだよ?。それなりの準備は済ませたいからな・・』
『柴田・・、いいのか・・?』
『いいもクソもあるかよ!、あんたが右向けって言えば、ここの連中は皆、そうすると思うぜ!』
『そうじゃ、同じ気持ちじゃけんのお!。わしら!』
肩で息をするのが精一杯の、ろくに喰い物も摂っていない貧弱な組員たちが、ここぞとばかりに次郎を仰ぎ見ていた。
『そう言ってもらって有り難いけど・・、組長の肩書は今夜限りだ。俺は、辞退するよ・・』
何の躊躇もなく、突然、次郎が皆に向けて言った。
『ええっ・・?』
次郎の言葉に、一瞬、一同が耳を疑った。




