表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝉しぐれ  作者: GUN
17/23

第17話 いとしあの星


山下の吐き捨てるような言葉に、しばらくは沈黙が続いていた。


『次郎・・。お前の考えはよう判ったで。戦争を美化したわしの言葉は、結局、他人事じゃ。ここにおる皆のことを真剣に考えておらん証拠じゃ・・・。生きて戻ることを前提にしたお前の言葉は、決して戦争批判じゃない。人間としての当り前の考え方じゃ。


やっぱりお前が“組長”じゃ!。わしらを纏められるんは、早坂次郎しかおらん。ここにおる全員が、そう思っとるはずじゃ。


『竜さん・・・』

『そうじゃろうが、皆あ!。反対のある奴は遠慮のお言うてくれやあっ!』

『俺はかまへんよ。次郎やったら、頼り甲斐もあるしな・・』

『おいも、反対はありもはん!』

『他の者はどうじゃ?』

『俺も賛成だ。まあ、反対する奴がいたとしても、俺が許さないけどよ』

足りない小指を舐めながら、山崎勝一が鋭い眼差しを向けた。


『そうか、満場一致っちゅうわけじゃな。ほいじゃあ、決まりじゃ。我ら”い組”の頭は、早坂次郎じゃあ!!。ええの、お前ら、何があっても組長を守るんで!』

『おおっっ!!』


天野の激烈な雄叫びに、全員が高揚していた。早坂次郎を頭とした”い組”は、更に団結を固くしたのであった。


今夜、ミンダナオの地に降り注ぐ月明かりは、南方戦線の緊張感を、そっと忘れさせてくれていた。



その夜、寝付けない次郎は一人、月夜の下で散歩に興じていた。東京で見る夜空を遥かに超える星群が、次郎の頭上で燦然と輝いていた。


『はあ・・。きれいだ・・』

思わず溜息を漏らしてしまうほどの神秘が、遠く彼方に散りばめられていた。

しばらく夜空を眺めていた次郎に、かすかに楽器らしき音色が耳を撫でた。


『・・・。ハーモニカ・・?』

その音の奏でる方向に進んで行く次郎は、何故か懐かしさを覚えていた。


『誰・・?』

次郎の気配に気づいたのか、ハーモニカは音を萎めた。


『ごめん・・。続けていいんだよ』

『なんじゃ、組長か・・。誰か思うたよ・・』

ハーモニカの持ち主は、服部一二三だった。天野と同郷の広島弁が、とても愛おしく聴こえた。


『もっと吹いてよ、聴きたいんだ』

『人様に聴かせる腕はもっとらんけえのお・・。恥ずかしいわあ!』

『さっきの曲、もう一度聴きたいな』

『ああ、渡辺はま子じゃろ。まさか組長・・、好きな女子が恋しいんか?』

『恋しいさ、すぐにでも会いに行きたいさ・・』

『ほうか・・。わしも恋しいわ、喧嘩判れじゃ踏ん切りがつかん、もう一度会って話をしたいんじゃ・・』

『なんだ、そう言うことか・・。よほど、大切な人だったんだね』

『顔はぶさいくなんじゃけど・・、あいつ意外にはおらんけえ・・』

そう言って、服部がハーモニカをくわえた。心なしか潤んだ目元は、愉しさを回想しているかのように、輝いて見えた。


“プパーー、プププパーー、プパププー・・・”


次郎の注文通りの、曲が流れ始めた。渡辺はま子の、“いとしあの星”であった。

その旋律に、しばらくは目を閉じて聴き入っていた次郎が、次第に声を出して唄い始めた。


“いとしあの星あの瞳、今日の占い何と出る・・。夢で見た見たいつかの夜・・、夢で託したその人は、骨も命もこの土地に・・、みんな埋めよと笑い顔・・”


服部が奏でるハーモニカの哀愁に、次郎は星空を仰ぎながら、溢れる涙を拭っていた。


『次郎さん、あんた、ええ人じゃねえ・・。あんたの惚れた女子が、羨ましいわ・・』

『可哀相にね、日本を離れることを告げられなかったんだ・・。だから、会って話がしたいんだよ・・・』

『わしも、会いたいんじゃ、ほんまに・・』

『服部さ、今夜のことは内緒にしておいてくれないか・・。いいね』

『当たり前じゃ!。誰にも言わんけえ。心配しなさんな、組長・・!』

満面の笑みで、服部が気を利かせて応えた。


しみじみと約束を誓った、次郎と服部の内密の夜は過ぎていった。


この日をきっかけに、二人の隠密行動が頻繁に繰り返された。

服部のハーモニカの旋律に、合わせて次郎が唄う。それがいつの日か、“い組”の全員を巻き込んでの大合唱となって行くのであった。


それは時には、米軍の捕虜を交えての合唱団を形成する程までに、勢いを見せていた。

但し、少し調子外れの天野は、当人の弁明を他所に、いつも蚊帳の外の存在であった。


その愉しさも、いつまでも続きはしなかった。次第に戦局は、ここ南方の日本軍を危機に追い詰めて行くことになるのだ。。



昭和十八年二月には、日本軍のガダルカナル島からの撤退を余儀なくされた。


当初、ガダルカナル島に上陸した総兵力は、三万一千人を超えた。その内撤退出来た者は、一万六百人。戦闘による死者、五千人。残り約一万五千人は、蛾死と病死だったと推定された。

やがて、このミンダナオにも、戦火が及ぶ日が近づいていた。


『よう、組長さんよ!。敵は接近しておらんかな?』

『ああ、平泉兵長。現在、異常は確認されておりません!』

『そうか、御苦労。しかし、“い組”の連中はよく働くのォ・・。統率が取れとる証拠や。早坂組長の力量やの』

『そんな力なんてありませんよ・・。皆のお陰で、やっと、ここまでやって来れたんです。あの・・、平泉兵長・・。今更ですけど、あの時は申し訳ありませんでした。生意気言って・・』

『ああ?、なんや、あの件かいな。もう、どうでもええよ。気にするな。お前の主張が正しかったのや、俺の方が恥ずかしいくらいや』

随分前に、次郎と山下に猿真似を強要した、平泉兵長が、次郎に詫びを入れた。


『ガダルカナルが堕ちた。ここも、いずれ惨い事態を覚悟せにゃならん時が来るぞ』

『どうなるのでしょう?、我が軍は・・』

『・・・。早坂、お前、結婚はしとるのか?』

『いいえ、まだ・・』

『そうか・・、家族は、皆元気か?』

『はい、母と幼い弟と妹がいます。元気に国を守ってくれています』

『親父はどうした?』

『もう、随分前に戦死しました。満州で・・』

『そうか・・、残念だったな』

『兵長、ご家族は?』

『ああ・・、俺は独り身じゃ。お袋が姫路の田舎で暮らしとる。もう年やからな、俺が先か、お袋が先か・・』

『生きて還りましょうよ。平泉さん!』

『そうじゃな、そうするか・・。しかし、お前に言われると何や、その気にさせられるで。ほんま、不思議な男よのお』


『俺、“い組”の全員を連れて還るんです。そう約束したんです』

『立派な志じゃ。一点の曇りも無い・・。早坂組長なら、出来そうやな!』

『はい、是非、兵長もご一緒にどうぞ』

『ははは・・。俺は足手まといになるからの、お前らに迷惑が掛かる・・』

『俺がおぶってでも、兵長を連れて還りますから。それまでには、体重を減らしておいて下さい』

『余計な世話や・・、こいつ!』


生きて還ると逞しく語った次郎。そこには、早坂組長の威厳が、漂っていた。



『ガダルカナルでな、ぎょうさん日本兵が死んだらしいでえ・・』

『ああ、わしも聞いた。殆どが、病死らしいとな・・』

『おい達も、同じ運命じゃんそか・・?』

い組の者達も、やはり迫り来る恐怖に、動揺を隠せずにいた。


『皆、弱気になってどうするんだよ?。竜さんまでなんだよ、潔くないなあ・・、もっと前向きに考えようよ!』

『何を言うとるんじゃ・・、わしは何も怖いもんなぞ、無いで・・。のう、山下』

『竜ちゃん、さっきまで鳥肌立ってたやんか?』

『おいも、鳥肌立ってもした』

『哲ちゃんのんは、豚肌やろが・・。なに可愛い子ぶってんねん!』

『あんた、そりゃ失礼じゃんそ。確かにおいの実家は、豚を飼うてもすが・・・。ああ、そよ考えっと、腹が減ってきもした・・』

『あかん!、駄目や・・。俺も豚肉の厚切りが、浮かんできたで・・』


喰い物で盛り上がりかけた話の途中で、ある者から苦情が入った。


『いい加減にしろよ!。腹の足しにならない話は、ゴメンだね。余所でやってくれよ、苛ついてしょうがないぜ・・』

『あん?、何や柴田・・。お前かて喰いたいやろが!、』

『・・・。じゃあ、喰わせろよ。ここに持って来いよっ!』

『なんやてぇ?、喧嘩売ってんのか!。おい、そやろがっ!』

帽子を鷲づかみにして、勢い山下が柴田の傍まで歩み寄った。


『なんの真似だ、やるのか・・?』

『へへ・・。お前がその気やったらな・・』

『痛い目を見ることになるぞ、いいのか?』

『その言葉、そのまま返したるわっ!』

険悪な雰囲気が漂う中、仲裁に入ったのは、やはり次郎だった。


『腹の足しになる喧嘩だったら、止めやしないけど・・。どうなんだ・・』

『なんや・・、次郎・・。悪ふざけやて、なあ、柴田・・』

『ちっ!、勝手だよな・・、お前ら・・』

『止めようや、喰いもんの話は、ご法度じゃ。寝よ、寝よ!』

堪りかねた天野が、喧嘩にお開きの合図を送った。


南方戦線の、兵士の死に至る要因とは・・。敵兵に撃たれる前に、多くの蛾死者を出してしまう事実を、この時には現実として受け入れることなど、皆無であった。

そして窮地に追いやられた、ここミンダナオの日本兵にも、死に方を選択しなければならない状況下に置かれていった。



昭和二十年三月十日、奇しくも日本では、東京大空襲という大惨事に遭遇した日でもあったのだ。

米軍が大挙して上陸する中、生死を懸けた抗戦が、ミンダナオの山中で砲撃の音とともに繰り広げられていた。


一方、日本軍の敗戦を決定付けるかのように、海上からの訃報が届いた。


昭和二十年四月七日、十四時二十三分。最期には米軍の凄まじい魚雷攻撃により、遂に沈没に至る。

鹿児島から200キロ以上も離れた海上で、その火柱と、きのこ雲が確認されていた。


連合艦隊旗艦の大和は、やがて海の底にその雄姿を隠していった。

『総員、死に方用意』


戦艦大和の鉄板扉に大きく記された覚悟の文字が、壮絶なる戦いに終止符を打った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ