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蝉しぐれ  作者: GUN
16/23

第16話 組長就任の夜


『なあ次郎・・、次郎ってや!』


『なんだよ・・。警備中なんだから、話かけんなよ』

次郎と山下二人が、夜勤警戒に当たっていた。


『クリスマスって、もうすぐやろ?』

『ああ、もうすぐだろうな・・』

『気の無い返事やな・・。ロマンが足りへんな、おまえは』

『危機感が足りておまへんなあ、山下圭二くんは・・』

『下手な関西弁や・・。気色悪う・・』

『何でクリスマスなんて気にするんだよ。戦地に来てんだ、無駄だろう?』

『俺な、クリスマス・プレゼントって、貰ったことないねん・・。親からもな』

『そりゃそうだろう。元々、クリスマス・プレゼントってさ、貧困している人が分け与えてもらうもんだぜ』

『ええっ?、ホンマか』

『商売に乗せられてんだよ、国民全体がさ。考えてもみろよ、仏教の国なんだぜ、どうしてキリストを讃えんだよ。可笑しいだろ?』

監視塔の櫓の中では、四郎と山下がクリスマス談義を繰り広げていた。


『せやかて、彼女とかに貰えへんかったんか、おまえは?』

『あのね・・、物に依存しないの、俺は・・。心が通じ合えばそれでいいの』

『ほれ、おったんや!。恋人おったんや、やっぱしや!』

『あのね・・、騒ぐほどのことじゃないだろ』

『名前は?、なあ、なんて名前?、教えてくれや』

『はああ・・、なんで?』

『ええやん、名前くらい教えてえなあ・・』

『秘密だ・・。おまえなんかには言えないよ!』

『・・・。そうか・・、おれには、やっぱり仲間なんて居てへんねや・・』

寂しそうにうな垂れた山下が、次郎の顔から目を背けた。


『・・・。いいよ、言うよっ!。久美子だよ・・。久美子って言うんだ!』

『へへっ!。次郎、何や赤うなってへんか、おまえ。照れてんちがうか?、おい、おい、この色男がってやっ!!』

途端に調子を戻した山下は、案の定、次郎を囃し立てていた。

と、その時だった!。


“ガサッ!”


『しっ・・、物音がしたぞ!。右側からだ・・。懐中電灯!!』

月夜に淡く照らされた密林に、怪しい影が移動した。


『銃や!。ゲリラや!』

『待て!、山下。あれは人間の速度じゃない。木から木へ飛び移ってる。猿か・・?』

『敵や!、アメ公や!、もう終いやーっ』

『落ち着けって!。ほら、行ったぞっ!。奥に姿を隠した・・』

『なんや・・、猿か・・』

一段落も束の間、違う生き物が二人に迫った。


『おいっ!、何を騒いでおるんじゃ!。お前ら!、警備中やぞっ!』

『やばい、兵長や・・』

『はい!、異常を確認したところ、人間ではなく猿でありました!。問題ありません!』

『猿・・だと?。どうして断定できるんじゃ、根拠は!。おい、降りて来い!』

『は、はい!』

慌てて櫓から降りた二人に、兵長が詰め寄った。


『お前らの見たのは、何色の猿かのう・・?』

『はい、色までは確認は出来ませんでしたが、間違いなく猿でした!』

『敵兵じゃったらどないするんや?、本当は見失ったか?、白状せえや・・』

『あの素早い動きは、人間では到底無理です。しかも、あそこに茂っている木の間隔は、どう見ても2メートルを超えています。連続で飛び移るなんて不可能です』

要領よく次郎が応えた。


『ほう・・、貴様よく見とるな。で、隣のもやしみたいな、お前はどうだ・・。あれは猿だったと言うのか?』

『間違いありません。見事な猿でした』

『どんな目をしとった、知りたいのお・・』

『目は、見てはおりませんが・・』

『見事な猿を見たと言ったよの、お前、さっき』

『見事に飛び移った・・、猿と申しましたが・・はい』

早速、新米いびりの定番が始まった。


『猿には間違いないか?』

『猿に間違いないです・・。はい・・』

『で?、どんな風に飛び移ったのかな?』

『えっ?・・、どんな風にって・・。こんな感じやったと思いますけど・・』

山下が両手を上げて、まさに猿真似を演じた。


『下手やのう・・。そんな猿見たことないわ。おい、お前、代わりにやってみい。筋がよさそうやないか』

兵長が次郎を指差して、猿真似を強要した。


『先ほど報告した通り、猿は、森の奥に逃げ込みました。確認済みです』

『そんな事は、どうでもええ・・。ほれ、見せんかいや、猿を』

『猿は・・、森の奥に、逃げ込みました・・。以上!』

『なんやお前・・、反抗期かあ?。なあ、そうなんか?』

『・・・。反抗はしません。けど、正当な主張はしておきたいんです』

『主張・・やと?、何をぬかしとるんや・・貴様』

『はい、正当な主張です。猿は、既に森の奥に逃げ込みました。今、ここにはいません。猿は、ここにはいません!』


『何やとお・・!。どう言う意味じゃ!』

『ここにはもう、猿はいません・・。理解出来ませんか?』

『貴様ァ!、俺を侮辱する気かあっ!!』

次の瞬間、信じられないことに、兵長の腰に下がっていた拳銃が次郎の額に当てられた。


『侮辱罪に処す・・!』

『あっ・・・』

次郎の顔が硬直していた。それもそのはず、目の前に拳銃を突きつけられるなど、初めての体験だ。いかに戦地と言えども、実戦に遭遇もしていない素人同然の身なのだ。


『どうした、猿はおらんのかのお?』

『・・・・』

『ここに二匹、おるやないか。そう、黄色い猿じゃ』

『黄色・・?』

『日本人はな、あっちじゃあ黄色い人種って呼ばれとんのじゃ。さしずめ、イエロー・モンキーやな・・』

『イエロー・モンキー・・?』

『どうや、格好ええ名前やろが?』

兵長が次郎を見下して、愉快そうに言った。


『・・・。あなたは、その名前に甘んじるんですか?』

『ああ・・?、貴様・・、これ以上は調子に乗らん方がええぞ!』

『あの・・・』

傍に居た山下が、遠慮勝ちに口を挟んだ。


『何じゃい!。お前はそこで猿をやっとれや!・・・。えっっ?』

兵長の気付かない間に、辺りは若手の兵士で囲まれていた。


『ど、どないしたって言うんじゃ、お前ら!。勝手に外に出てえっ!』

『兵長さんに・・。伺いたいことがあってなあ。敵でもない者に、しかも、どう見ても無抵抗じゃ。そんな奴に勝手に銃を抜いてええんかいの?』

腕を組んで、どっしりと構えた天野のどすの利いた声が、兵長に向けられた。


『なんや・・。お前ら、何者や・・、どう言う状況か判っとんのか・・』

得体の知れない重圧が、兵長の勢いを止めていた。

『これは失礼しました。わしら、“い組”のもんです。兵長に挨拶に参りました』

『何やと・・、“い組”やと?』

『あんたが銃を向けとる、早坂次郎って言う男は、実はわしらの組長なんじゃ。その組長にもしものことがあったら・・、ここに居る連中の抑えが利かんでのですわ。こいつら本土で悪さが過ぎましてのお、ここは都合のいい、島流しみたいなもんなんじゃ』


『島流し・・?』

『兵長さんには重荷じゃろうけど、可愛がってやってつかあさいや。おい!、兵長に挨拶じゃ!』

『へい!。お手柔らかに願います!』

総勢、25人の活きのいい猛者たちが、次郎を組長とした、“い組”に同調した。


『あ、ああ・・。ここは非常に危険な地域でもある・・。皆、油断せんようにな。緊張を持って任務を全うしてくれよ・・、“おほんっ”・・!』

次郎に向けていた銃を、さりげなく収めてから。上官らしく激励の弁を残した。

兵長が去った後、冷や汗を拭いながら次郎が、天野に問いかけた。


『竜さん、さっきの組長って何のこと?』

『ああ、お前のことじゃけ。次郎よ、こいつらを纏めて欲しいんじゃ。お前にな』

『纏めるって・・。俺、そんな人望なんてないし。それなら竜さんの方が適任だろう?』

『はは・・、わしは駄目じゃ。見境なしに力で押さえつけようとする悪い癖があってな、意思の統率は苦手じゃけえ』

『そう、竜ちゃんは向いてへんやんな!』

『お前が言うなや!、この猿があ!』

『・・・・』

『でもさ、“い組”って言っても、内輪のことでしかないだろ?、表だっては駄目じゃないのかな・・』

『心の、“い組”じゃ・・。生きるも死ぬも、志を持った者同志。最期まで、繋がっていたいんじゃ!。お前には、その繋がりを託せる。そう思ったんじゃ・・、最初に皆が呉に集まった、あの時からな』

『そうだ・・。出しゃばった真似をしたっけ、つい、我慢できなくてさ・・』

『あの時にな、黒木先生に向かって言ったことを、覚えとるか?。次郎よ』

『ああ、何となくだけど・・』

天野が言った、“あの時”とは、全員が呉に集められた時の、つまらないイザコザに巻き込まれた次郎の、あの一件だった。


『お前は、あの時に制裁を告げた黒木先生を前に、正面から言うとった。しかも正々堂々とな。“いいえ、体罰はすでに受けてます。俺は、あの看守に。天野さんは、あなたに・・。そして“もやし野郎”は、天野さんに。それぞれ体罰を受けました。だから、これで決着したことにはならないでしょうか“ってよ・・。わしも正直びびったわ。あの状況で、あの態度・・。中々、出来るもんじゃないぞ』

『開き直っただけさ。いくらなんでも、その場で処刑なんてないだろうしさ。言葉の通じる内は、何だって言うよ』

『簡単なんじゃな、次郎は・・』

『簡単なんかじゃない・・。理不尽が嫌なだけさ』

『理不尽か・・。なあ、次郎よ。この戦争をどう見る?』

おぼろに浮かぶ月を見上げて、天野が次郎に訊いた。


『馬鹿げた争いだよ・・。国家という面子にしがみついた、稚拙な見栄の張り合いさ・・。善良な民衆を見下げている』

『ほほ・・、難しいことを言うんじゃな、お前は。じゃけど、わしは違う考えを持っとるんじゃ』

『違うって・・?、竜さん、戦争に賛成なのか?』

『賛成はしないけどな・・。歴史を遡ってみるとな、常に争いの事実があるんじゃ。日本じゃろうが、他の国じゃろうが。大小はあるが、必ず犠牲が付いてまわった。その犠牲があってこその自由が、開けると思うんじゃ』

『自由・・?』

『国の発展じゃ。物理的な向上を後ろ盾に、人々の暮らしやら社会が、発展するんじゃ。すごいことじゃと、わしは思う』

『竜さん、今が自由なのか・・?。ここに居る俺たちが、自由だと言うのか・・。なあ、山下、おまえは自由か?、矢口さん、あんたも自由なのか?、皆、どう思う。ここに居る全員が、自由なんだろうか?』

『次郎・・・』


『国の発展が、人の犠牲の下に成り立つのなら、俺はそんな発展なんか欲しくない。発展途上のままでいいよ。家族が幸せに暮らせるなら、電気なんていらないさ、車だっていらない。飯食って、寝て、畑耕して。山に入ってイノシシや鳥を捕まえて、海に潜って、魚を獲るんだ。牧に火を入れて、それを家族で囲むんだ。今日一日を感謝して、食事を摂るんだ。明日はどんな獲物を狙おうか?、どこの海に潜ろうか?って、語らい合うんだ。子供の成長や、夫婦の絆を確かめ合うんだよ。日々の生活の中で、生きている実感を感じ合うんだよ・・。生まれて来た意味を、確かめ合うんだよ!。これが自由と云わずして、何が自由なんだよ!』

激しく訴え掛ける次郎の言葉に、一同が俯いていた。


『難しい話は判りもはんが・・。おいのおじいちゃんが言うていもした。昔は、飯が食えなくて、生まれてきた赤ん坊を間引いちょったと聞きもした・・。天候によって、作物やら、動物が獲れん時があっとです。じゃっどん、今は便利な時代になりもした。病気をしたら、病院に行けばいいのじゃっで、無駄に死ななくていいとです・・』

矢口が次郎の言葉に、反論した。


『・・・。今まで戦死した者達は、無駄死にじゃ無いって言うのか・・。じゃあ、何の役に立っているんだよ!』

矢口の前に立った次郎の両手が、乱暴にその襟を掴んで離さなかった。


『次郎・・、やめとき・・。争いごとに価値はないねやろ・・』

山下が次郎の腕を、矢口の襟から解きほどいた。

『ああ、悪い・・』

『他人の価値観は、どうでもええ!。今の俺たちは、戦場に来てんねや。じたばたしてもどないもならへんねや。前を見るだけやろうが・・。違うか、次郎!』


山下が次郎を諫めていた。確かにこの場に於いては、必要最小限の言葉であった。

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