第16話 組長就任の夜
『なあ次郎・・、次郎ってや!』
『なんだよ・・。警備中なんだから、話かけんなよ』
次郎と山下二人が、夜勤警戒に当たっていた。
『クリスマスって、もうすぐやろ?』
『ああ、もうすぐだろうな・・』
『気の無い返事やな・・。ロマンが足りへんな、おまえは』
『危機感が足りておまへんなあ、山下圭二くんは・・』
『下手な関西弁や・・。気色悪う・・』
『何でクリスマスなんて気にするんだよ。戦地に来てんだ、無駄だろう?』
『俺な、クリスマス・プレゼントって、貰ったことないねん・・。親からもな』
『そりゃそうだろう。元々、クリスマス・プレゼントってさ、貧困している人が分け与えてもらうもんだぜ』
『ええっ?、ホンマか』
『商売に乗せられてんだよ、国民全体がさ。考えてもみろよ、仏教の国なんだぜ、どうしてキリストを讃えんだよ。可笑しいだろ?』
監視塔の櫓の中では、四郎と山下がクリスマス談義を繰り広げていた。
『せやかて、彼女とかに貰えへんかったんか、おまえは?』
『あのね・・、物に依存しないの、俺は・・。心が通じ合えばそれでいいの』
『ほれ、おったんや!。恋人おったんや、やっぱしや!』
『あのね・・、騒ぐほどのことじゃないだろ』
『名前は?、なあ、なんて名前?、教えてくれや』
『はああ・・、なんで?』
『ええやん、名前くらい教えてえなあ・・』
『秘密だ・・。おまえなんかには言えないよ!』
『・・・。そうか・・、おれには、やっぱり仲間なんて居てへんねや・・』
寂しそうにうな垂れた山下が、次郎の顔から目を背けた。
『・・・。いいよ、言うよっ!。久美子だよ・・。久美子って言うんだ!』
『へへっ!。次郎、何や赤うなってへんか、おまえ。照れてんちがうか?、おい、おい、この色男がってやっ!!』
途端に調子を戻した山下は、案の定、次郎を囃し立てていた。
と、その時だった!。
“ガサッ!”
『しっ・・、物音がしたぞ!。右側からだ・・。懐中電灯!!』
月夜に淡く照らされた密林に、怪しい影が移動した。
『銃や!。ゲリラや!』
『待て!、山下。あれは人間の速度じゃない。木から木へ飛び移ってる。猿か・・?』
『敵や!、アメ公や!、もう終いやーっ』
『落ち着けって!。ほら、行ったぞっ!。奥に姿を隠した・・』
『なんや・・、猿か・・』
一段落も束の間、違う生き物が二人に迫った。
『おいっ!、何を騒いでおるんじゃ!。お前ら!、警備中やぞっ!』
『やばい、兵長や・・』
『はい!、異常を確認したところ、人間ではなく猿でありました!。問題ありません!』
『猿・・だと?。どうして断定できるんじゃ、根拠は!。おい、降りて来い!』
『は、はい!』
慌てて櫓から降りた二人に、兵長が詰め寄った。
『お前らの見たのは、何色の猿かのう・・?』
『はい、色までは確認は出来ませんでしたが、間違いなく猿でした!』
『敵兵じゃったらどないするんや?、本当は見失ったか?、白状せえや・・』
『あの素早い動きは、人間では到底無理です。しかも、あそこに茂っている木の間隔は、どう見ても2メートルを超えています。連続で飛び移るなんて不可能です』
要領よく次郎が応えた。
『ほう・・、貴様よく見とるな。で、隣のもやしみたいな、お前はどうだ・・。あれは猿だったと言うのか?』
『間違いありません。見事な猿でした』
『どんな目をしとった、知りたいのお・・』
『目は、見てはおりませんが・・』
『見事な猿を見たと言ったよの、お前、さっき』
『見事に飛び移った・・、猿と申しましたが・・はい』
早速、新米いびりの定番が始まった。
『猿には間違いないか?』
『猿に間違いないです・・。はい・・』
『で?、どんな風に飛び移ったのかな?』
『えっ?・・、どんな風にって・・。こんな感じやったと思いますけど・・』
山下が両手を上げて、まさに猿真似を演じた。
『下手やのう・・。そんな猿見たことないわ。おい、お前、代わりにやってみい。筋がよさそうやないか』
兵長が次郎を指差して、猿真似を強要した。
『先ほど報告した通り、猿は、森の奥に逃げ込みました。確認済みです』
『そんな事は、どうでもええ・・。ほれ、見せんかいや、猿を』
『猿は・・、森の奥に、逃げ込みました・・。以上!』
『なんやお前・・、反抗期かあ?。なあ、そうなんか?』
『・・・。反抗はしません。けど、正当な主張はしておきたいんです』
『主張・・やと?、何をぬかしとるんや・・貴様』
『はい、正当な主張です。猿は、既に森の奥に逃げ込みました。今、ここにはいません。猿は、ここにはいません!』
『何やとお・・!。どう言う意味じゃ!』
『ここにはもう、猿はいません・・。理解出来ませんか?』
『貴様ァ!、俺を侮辱する気かあっ!!』
次の瞬間、信じられないことに、兵長の腰に下がっていた拳銃が次郎の額に当てられた。
『侮辱罪に処す・・!』
『あっ・・・』
次郎の顔が硬直していた。それもそのはず、目の前に拳銃を突きつけられるなど、初めての体験だ。いかに戦地と言えども、実戦に遭遇もしていない素人同然の身なのだ。
『どうした、猿はおらんのかのお?』
『・・・・』
『ここに二匹、おるやないか。そう、黄色い猿じゃ』
『黄色・・?』
『日本人はな、あっちじゃあ黄色い人種って呼ばれとんのじゃ。さしずめ、イエロー・モンキーやな・・』
『イエロー・モンキー・・?』
『どうや、格好ええ名前やろが?』
兵長が次郎を見下して、愉快そうに言った。
『・・・。あなたは、その名前に甘んじるんですか?』
『ああ・・?、貴様・・、これ以上は調子に乗らん方がええぞ!』
『あの・・・』
傍に居た山下が、遠慮勝ちに口を挟んだ。
『何じゃい!。お前はそこで猿をやっとれや!・・・。えっっ?』
兵長の気付かない間に、辺りは若手の兵士で囲まれていた。
『ど、どないしたって言うんじゃ、お前ら!。勝手に外に出てえっ!』
『兵長さんに・・。伺いたいことがあってなあ。敵でもない者に、しかも、どう見ても無抵抗じゃ。そんな奴に勝手に銃を抜いてええんかいの?』
腕を組んで、どっしりと構えた天野のどすの利いた声が、兵長に向けられた。
『なんや・・。お前ら、何者や・・、どう言う状況か判っとんのか・・』
得体の知れない重圧が、兵長の勢いを止めていた。
『これは失礼しました。わしら、“い組”のもんです。兵長に挨拶に参りました』
『何やと・・、“い組”やと?』
『あんたが銃を向けとる、早坂次郎って言う男は、実はわしらの組長なんじゃ。その組長にもしものことがあったら・・、ここに居る連中の抑えが利かんでのですわ。こいつら本土で悪さが過ぎましてのお、ここは都合のいい、島流しみたいなもんなんじゃ』
『島流し・・?』
『兵長さんには重荷じゃろうけど、可愛がってやってつかあさいや。おい!、兵長に挨拶じゃ!』
『へい!。お手柔らかに願います!』
総勢、25人の活きのいい猛者たちが、次郎を組長とした、“い組”に同調した。
『あ、ああ・・。ここは非常に危険な地域でもある・・。皆、油断せんようにな。緊張を持って任務を全うしてくれよ・・、“おほんっ”・・!』
次郎に向けていた銃を、さりげなく収めてから。上官らしく激励の弁を残した。
兵長が去った後、冷や汗を拭いながら次郎が、天野に問いかけた。
『竜さん、さっきの組長って何のこと?』
『ああ、お前のことじゃけ。次郎よ、こいつらを纏めて欲しいんじゃ。お前にな』
『纏めるって・・。俺、そんな人望なんてないし。それなら竜さんの方が適任だろう?』
『はは・・、わしは駄目じゃ。見境なしに力で押さえつけようとする悪い癖があってな、意思の統率は苦手じゃけえ』
『そう、竜ちゃんは向いてへんやんな!』
『お前が言うなや!、この猿があ!』
『・・・・』
『でもさ、“い組”って言っても、内輪のことでしかないだろ?、表だっては駄目じゃないのかな・・』
『心の、“い組”じゃ・・。生きるも死ぬも、志を持った者同志。最期まで、繋がっていたいんじゃ!。お前には、その繋がりを託せる。そう思ったんじゃ・・、最初に皆が呉に集まった、あの時からな』
『そうだ・・。出しゃばった真似をしたっけ、つい、我慢できなくてさ・・』
『あの時にな、黒木先生に向かって言ったことを、覚えとるか?。次郎よ』
『ああ、何となくだけど・・』
天野が言った、“あの時”とは、全員が呉に集められた時の、つまらないイザコザに巻き込まれた次郎の、あの一件だった。
『お前は、あの時に制裁を告げた黒木先生を前に、正面から言うとった。しかも正々堂々とな。“いいえ、体罰はすでに受けてます。俺は、あの看守に。天野さんは、あなたに・・。そして“もやし野郎”は、天野さんに。それぞれ体罰を受けました。だから、これで決着したことにはならないでしょうか“ってよ・・。わしも正直びびったわ。あの状況で、あの態度・・。中々、出来るもんじゃないぞ』
『開き直っただけさ。いくらなんでも、その場で処刑なんてないだろうしさ。言葉の通じる内は、何だって言うよ』
『簡単なんじゃな、次郎は・・』
『簡単なんかじゃない・・。理不尽が嫌なだけさ』
『理不尽か・・。なあ、次郎よ。この戦争をどう見る?』
おぼろに浮かぶ月を見上げて、天野が次郎に訊いた。
『馬鹿げた争いだよ・・。国家という面子にしがみついた、稚拙な見栄の張り合いさ・・。善良な民衆を見下げている』
『ほほ・・、難しいことを言うんじゃな、お前は。じゃけど、わしは違う考えを持っとるんじゃ』
『違うって・・?、竜さん、戦争に賛成なのか?』
『賛成はしないけどな・・。歴史を遡ってみるとな、常に争いの事実があるんじゃ。日本じゃろうが、他の国じゃろうが。大小はあるが、必ず犠牲が付いてまわった。その犠牲があってこその自由が、開けると思うんじゃ』
『自由・・?』
『国の発展じゃ。物理的な向上を後ろ盾に、人々の暮らしやら社会が、発展するんじゃ。すごいことじゃと、わしは思う』
『竜さん、今が自由なのか・・?。ここに居る俺たちが、自由だと言うのか・・。なあ、山下、おまえは自由か?、矢口さん、あんたも自由なのか?、皆、どう思う。ここに居る全員が、自由なんだろうか?』
『次郎・・・』
『国の発展が、人の犠牲の下に成り立つのなら、俺はそんな発展なんか欲しくない。発展途上のままでいいよ。家族が幸せに暮らせるなら、電気なんていらないさ、車だっていらない。飯食って、寝て、畑耕して。山に入ってイノシシや鳥を捕まえて、海に潜って、魚を獲るんだ。牧に火を入れて、それを家族で囲むんだ。今日一日を感謝して、食事を摂るんだ。明日はどんな獲物を狙おうか?、どこの海に潜ろうか?って、語らい合うんだ。子供の成長や、夫婦の絆を確かめ合うんだよ。日々の生活の中で、生きている実感を感じ合うんだよ・・。生まれて来た意味を、確かめ合うんだよ!。これが自由と云わずして、何が自由なんだよ!』
激しく訴え掛ける次郎の言葉に、一同が俯いていた。
『難しい話は判りもはんが・・。おいのおじいちゃんが言うていもした。昔は、飯が食えなくて、生まれてきた赤ん坊を間引いちょったと聞きもした・・。天候によって、作物やら、動物が獲れん時があっとです。じゃっどん、今は便利な時代になりもした。病気をしたら、病院に行けばいいのじゃっで、無駄に死ななくていいとです・・』
矢口が次郎の言葉に、反論した。
『・・・。今まで戦死した者達は、無駄死にじゃ無いって言うのか・・。じゃあ、何の役に立っているんだよ!』
矢口の前に立った次郎の両手が、乱暴にその襟を掴んで離さなかった。
『次郎・・、やめとき・・。争いごとに価値はないねやろ・・』
山下が次郎の腕を、矢口の襟から解きほどいた。
『ああ、悪い・・』
『他人の価値観は、どうでもええ!。今の俺たちは、戦場に来てんねや。じたばたしてもどないもならへんねや。前を見るだけやろうが・・。違うか、次郎!』
山下が次郎を諫めていた。確かにこの場に於いては、必要最小限の言葉であった。




