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梁麗は帝都・白波、月華宮。
この国は永らく軍事国家と悪評名高い莉迂国との冷戦下に置かれていたが、彼の国の皇位が、十数年前に起きた血で血を拭う醜い皇位争いにより、武と富を尊ぶ皇子が全て戦死し、または暗殺される事で、これまで陽の光を浴びずにひっそりと生きて来た文官気質の皇子が帝位に就いた事で、遅々として進まなかった終戦への協議が再開され、漸く終わりを迎えようとしている。
その終戦と、欲しくてならなかった和睦と言う名の平和の条件は、両国の宰相が幾度も意見を交わした結果、落ち着くところに落ち着き、――ようはありがちな王族同士による婚姻と言う事で意見が合致し、既に幾つかの条件が認められた親書は、彼の国に使者と共に着いている頃である。
こちら側が提示したのは、公主と彼の国の皇帝との婚姻、そして彼の国の皇帝の妃の下賜である。
最も妃の下賜など単なる建前で、こちら側としては無益でしかない戦が終わってくれればそれだけでいいのであって、あの条件はいわば、完璧なお飾りだと言うのが梁麗の名立たる貴族達の総意であった。
確かに、公主を彼の国に貰って、いや、預かって貰えるのなら、自国の悩みは一つ消える。だが、そんな厄介な公主を押し付けるのは甚だ罪悪感が募るというもの。
あちら側がこちら側の条件を飲めないと拒んできたのならば、違う条件を出してやればいいと、この時の梁麗の若き時期皇帝――柳 静覇、28歳――は、風呂上がりで火照っていた身体を、初春の夜風で優しく吹かれながら思案していた。
彼は自国の民に慕われ、また貴族からも信が篤い。
そんな彼ならば女性に苦労するはずがない。事実、彼の後宮には、既にあちらこちらから集められた何百とも言える艶やかな美女と言う名の花が集まり、咲き乱れている。そんな所にまた新たな妃が入りでもしたら、また女達の面倒な争いが激しくなる。
争い事はもう充分だ。あとは出来る限り内政に力を注ぎ、早く国を復興させなければならない。その手始めに後宮の縮小や妃妾の削減から後宮の女達に怪しまれぬように始めなければならない。
もとより梁麗の気質は穏やかで情に篤いと言われ、国内外に広く知られている。それが何の因果か、数代前の皇帝が彼の国の皇帝と共に招かれていた妃に話しかけたと言うだけで、妃を誑かしたと謗り、妃は妃で梁麗の皇帝が自分に閨を共にするようにと強要したと、皇帝を貶めた。
これには周辺諸国において温厚と言われている流石の梁麗側も、それは全くの偽りだ。との常にない強い反論をしたのだが、遂にはそこで彼の国の皇帝妃が梁麗の当時唯一の皇帝妃である妃を弑した事で、両国は刃を交える事になった。
史実には記されてはないものの、その時の梁麗の皇帝妃は身籠っていた。その身籠った子は何もなければ立派な皇位継承者であっただろうとも言われている。
――パサリ
暇つぶしに目を通していた柳家の伝書を閉じた銀髪の青年は、来る運命の日に想いを馳せるように、闇夜に燦然と輝く星空を見上げ、鮮血の如き紅い瞳を瞼で覆い隠した。