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釉家は莉迂国において、創国時代から続く名家であり、格式と義を第一とした知を重んじる家柄である。
その釉家には薔薇の二姫・蓮の公子と称され、慈しまれていた三人の子供がいたが、どういう訳か14年前のある日から、その蓮の公子と呼ばれ、一番家族に愛されていた見目麗しい子息の姿が見受けられない。
これはさては黄泉路の皇帝に目を掛けられ、永遠の眠りについたかと噂されていた。
が。
絽明102年・3の月朔日。
「姉上様…」
釉家は本宅・二蓮の間において、一人の女性とも見紛う美麗な青年が長年の眠りから奇跡的に目を覚ましていた。
彼の名は釉 蓮砡。れっきとした釉家の嫡子であると同時に、釉妃の片割れの生まれ変わりでもある。
莉迂国内において、同日同時刻に生まれた双子はその生まれた家に厄を齎すと言われ、忌み子として、忌み嫌われる存在であり、生まれた場合はその瞬間から存在を秘されるしきたりがある。
ゆえに、懍砡は釉家当主の本妻たる正室の澪氏から生まれながら、庶子として育てられた。
その懍砡の命が今人知れずに消えようとしている。
「姉上様っ、」
夢の中の姉は、身体の至る所に傷が走り、母親の澪氏と瓜二つだった。
それだけならば心配する必要性はなかったが、姉は姉とも判別がつかなくなるほど、痩せ衰えていたのである。
蓮玉が最後に直接姉である釉妃と顔を合わせたのは、彼女が後宮に入る10日前だった。
その頃の彼女は、母親の澪氏に似てはいたが、どちらかといえば体つきはふくよかだったのだ。以来、18年この国の昭媛となった懍砡とは誰も会えないでいる。
釉家の当主である父でさえ、何度となく面会を申し出ても素気なく拒否されていると聞く。
その会いたくとも逢えなかった姉が、今、死にかけているとはいえ、近くにいる。
助けにいかねば、また自分達家族は永遠に彼女と逢えなくなることだろう。
それを阻止する為にも…。
「待っていて下さい、姉上様。」
その日、釉家の【蓮の公子】と謳われる、後の莉迂国の宰相が、長き眠りから目覚めた。