04
苦しい、寒い、痛い。
こんなにも自分達は苦しみ、飢えていると言うのに、貴族連中や豪商達は贅肉を揺らし、温かな衣に身を包み、贅沢の限りを尽くしている。
――あいつらは俺達民を何だと思っていやがるっ、
戦が起きる度、後宮に妃が入る度、自分達の生活は苦しくなるばかりで、ちっとも生活は楽にはなりやしない。それどころか奴らは自分達を見る度、嘲り、蔑みの視線を寄こしてくる始末だ。
もはや怨念に等しい思いを募らせ、通りすがる貴族を睨んでいた男は、微かに残っていた最後の良心さえかなぐり捨て、気がつけば、一人の女に飛びかかっていた。
女は男の突然の奇行に驚きはしたものの、抵抗する事無く、男の望む物はくれてやるから、放してくれないか、と、淡々とした声音で男を説得した。だが生憎、その時の男は既に常軌を逸していたのか、女の言葉に逆上し、女の顔を良くも確かめぬ内に頬を張り、その衝動で倒れた女の身体を怒りにまかせ蹴りつけた。
男は自分が誰に乱暴を働いているのかさえも気付かず、己の中で荒れ狂う衝動が過ぎるまで、殴るや蹴ると言った暴行の限りを尽くし、ようやく気が済んだ後、女の持っていた金目の物を全て奪うと、意気揚々とざわめく皇都の街中に姿を消した。
と、そこへ、些か慌てた様子の一人の青年が現れ、狼藉に合い、傷だらけになり倒れていた女に近付くなり、顔色を一瞬にして蒼褪めさせた。
そして。
「ゆっ、懍砡様、どうなされたんですか!!懍砡様っ!!」
妃と呼びたい所を堪え、己の唯一無二の主の名を呼びながら、周囲を見渡すも、通行人達は自分達には目もくれず、無関心を貫いている。
――これが莉迂国の現状だとでも言うのか・・・。
女とも見紛う程の美青年、――慧迦は、主を抱き上げた所で、またしても驚愕し、信じ難い真実を知り得てしまった。
慧迦が仕える主たる妃は、他の妃に比べるまでもなく細い。
細いが故に、自分も妃に仕えている女官達も、妃の身体の異変に気付く事が出来なかった。
これは明らかな自分達の失態と言えよう。
「申し訳、ございません。釉妃様っ・・・。」
自分は何のために主の傍についていたのだろうか。
少なくとも、こんな目に合わせる為ではない。
それに、子供より身体の重さを少なくする為でもない。
今の懍砡は、あの日から三日三晩泣き続けた事により、常より体力が落ち、免疫力も落ち、底に着きかけている。
このままでは失ってしまう。
喪ってしまう・・・。
それだけは認められない。
ぐっ、と、奥歯を噛み締めた麗しき偽りの宦官・慧迦は、足早にとある町医者の家へと駆けこんだ。
まさか、その姿を見られているとも知らずに。