04
物悲しげな音色は心の表れだろうか、はたまた偽りに満ちた欺瞞であろうか。
その答えは誰も知らぬ
頬を伝う雫は愛しさか、それとも憎しみか
悟られてはならぬ、悟らせてはならぬ
釉妃は鉄壁の理性と表情を自負していると同時に、器用に駆使していると定評があった。そしてそれは師美と対面が為された時にも遺憾なく発揮され、逆に現皇帝の異母弟である青年は、多くの耳目がある前だと言う事を忘れてしまったかのような言動を取ってしまっていた。
彼の者の眼光はまるで長年の怨敵に出くわしたかの武将のように鋭く、纏う空気は憎しみと怒りに染まっており、これではいらぬ騒動が起きてしまうと懸念した釉妃は悪くはないだろう。
それ故、釉妃は一番簡単な解決策に乗り出そうと、赤く塗られた口唇を開いた。
「どうやら特使殿は陛下とお二人で語らいたいと見受けられる。妾は今少し遠慮するとしようかの。参るぞ、そこな女官どもよ」
師美との対面があるとのことを、どこからともなく情報を仕入れてきた女官は、普段の仕事を放棄していることを都合よく棚上げし、己こそが釉妃に信頼されていると互いを互いに牽制しあい、勝手に競い合い、潰しあっていた。
それを注意することもなく静観していたのは、何も后としての責務を放棄していたからではない。むしろ、よりよい環境を作り上げるためには必要なことだったのだと釉妃は思っている。
後宮は美しい花々が咲き乱れるだけでは維持できない。
如何に毒蛾や毒花、花々に仇なす猫や鳥、鼠などを飼いならし、己に屈服させるかが肝心であるかということを身をもって知っている彼女には、恐れることなど無きに等しい。
団扇を口元に宛がい、明らかに落胆し、憤り交じりに己を見つめている女官らに、奏鈴と名を改めた女は、団扇の裏で必死に歪んだ笑みを噛み殺していた。
やはりどこの国でも女は欲が強く、そして狡猾で、愚かであり、強かであろうか。
いくら国民性が穏やかとはいえ、女は女である。
そして、生きとし生けるもの全てのモノは、この世に生れ落ちた瞬間から欲望と願望に従い生きているのだから、面白おかしくて仕方がない。
それらをどこまで上手く隠し、騙せるか否かで今後が違ってくると言う事を、果たして女官らは理解出来ているのだろうか。
「まぁ、遠くない未来に結果は出るであろう。今から実に楽しみじゃ」
ふふり、と軽やかに、そして高らかに嗤った后を、じっと影から監視している輩がいた。
それは釉妃を梁麗に追放した莉迂国が皇妃、仙嘉の手の者であり、その輩は釉妃の異常な笑みを見て恐れをなし、震える己の手を叱咤し、主である皇妃に密書を認め、夜になると同時に密書を付けた鳥を空に放った。
釉妃は解っていたのかもしれない。
しかし、逆に解っていなかったのかもしれない。
なれど、この時の事が後に彼女にとって有利になるとは、誰もが知り得ない未来の布石の一つとなったのは確かだった。
「さぁさ、あの方はどう陛下に言い訳なさるのかしらね...とても楽しみだわ、ねえ、師美様?」
意地の悪い光を瞳に乗せ、釉妃は己に与えられている室に戻って行ったのだった。




