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後宮の華は暁に咲く  作者: 麗明
第零夜:忘却された妃
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02

 莉迂国は言わずと知られた軍事国家である。

 代々の皇帝はその軍事力にモノを言わせ、欲しいままに他国を侵略、略奪などと言った非道な行為を繰り返してきた。

 しかし、それではやがて恨みを買い、内側から崩壊を招く危険性にも繋がる可能性があると断じた、今からニ代前の皇帝は軍事力ありきより、現状維持及び、対話と法による国造りを推し進めたが、人は簡単に変われるものではなかった。


 人は己たちの思考と異なると判じたのなら、今までは従っていたにも拘らず、反旗を翻す、勝手で欲に溺れた生き物だ。

 その事から、ニ代前の皇帝は軍法により【莉迂国を危険に晒した】と言う罪なき咎により処刑され、貴族達は自分の都合が良いように、武力推進派の貴族の姫と、三代前の皇帝の間に生まれた前皇帝、つまり現皇帝の父親を帝位に据えたのである。


 そこまでして守り通し、誇りたかった莉迂国の軍事力は、他国から見れば、垂涎モノであると同時に、畏怖の対象ですらある。


 ある国は自国を敵国から守って貰えるように。

 またある国は莉迂国からの侵略を恐れるかのように。


 そうして造り上げられたのが現皇帝の今日こんにちの後宮である。



 ――陛下は気付いて御出でだろうか・・・。



 今、自分の眼前にいる釉昭媛妃は、少なくとも自分の知りえる15年前より痩せ細り、常に生き生きとたくさんの物に興味を抱いていた瞳は虚ろとなり、以前は毎日のように歌っていたはずの歌さえ歌っていない。


 慧迦は宦官かんがんである。

 無実の罪により処刑された両親との間に生まれたと言うだけで、慧迦は男の証拠である器官を切除され、宦官にされる筈だった。

 しかし、男性器官の切除の為に薬で眠らされていた慧迦が偽りの眠りから目覚めた時、自分のそこにはまだソレが付いていた。

 

 最初はあまりのショックからの都合のいい、幸せな夢だと思っていた。

 だが、どんなに時が経っても、ソレが自分から消える事は無かった。


 その事に驚き、困惑している自分に、白い衣を身に纏った老師が淡々と述べた事実は、今の釉妃をいとも容易く失脚させる事が出来る程の恐ろしい事実だった。

 老師はそれらの事を全てを述べたあとで、これからの事で不安に駆られている慧迦の肩を力強く掴み、低く、しゃがれた声音で言い聞かせてきた。



 ――良いか、そなたの【男】としての人生は今日で終わりを告げた。これより後は全て昭媛妃(おきさき)様の御為に。されば、何時しかそなたは再び【男】として生き還る事が出来よう。その事、ゆめゆめ忘れるでないぞ?



 その日から慧迦は、釉妃付の宦官となり、今日まで何とか互に生き伸びてこれた。

 慧迦がその苦い過去に想いを馳せていると、文箱に収められていた文に今の今で大人しく目を通していた主が、いきなりその文をぐしゃぐしゃに丸め、破き始めたではないか。


 少し前から紙が本格的に作られ始め、世間に普及してきたとはいえ、紙はまだ高価な贅沢品である。

 普段であれば、目の前にいる釉妃あるじは如何に自分に対し悪しき言葉が記されていても、ここまでする事は無かった。


 ――おかしい。


 慧迦は15年の宦官生活で培ってきた経験と勘だけを頼りに、主の今までにない短慮な行動の原因を突き止めようと身体を動かした。


 その原因ともなった破り捨てられた文の残骸を拾い、主をそこまで苦しめた文の中身を確かめようと己の身を屈めた時、彼の主は滑らかな陶器の様な白い頬に、大粒の涙を一筋流し、声を上げて笑った。


 笑っていたのに、泣いていた。


 それは一般的に言えば【慟哭】と称されるものだったのかもしれない。

 一体何がそこまで彼女を悲しませたのか。


 慧迦は自分の主である女性が握っていた文を取り上げ、目で追ってみれば、そこには霙明の裏切りとも言える命令が達筆な字で記されていた。


 その夜、18年もの歳月を後の賢王と称される霙明帝の妃、釉 懍砡は、夜が明けるまで泣き続けたという。

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