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青和元年5の月十日。
この前日、四年前から病の床にあった梁麗帝の皇帝が逝去し、正式に静覇が梁麗帝が帝位に就いた。
元々父帝が病に倒れてから帝位に就いてはいたが、それは己が父帝を敬愛する若き皇帝は、父である前皇帝の名代であると明言していたが、前帝が逝去したことにより元号を桑柳から青和に改めた。
これにより梁麗は新しき時代を歩むこととなる。
静覇は空に向かって伸びる一つの煙を何の感慨もなく見つめ、涙の一つも出ない己の親不孝を嘲笑っていた。
梁麗の前皇帝であり、静覇の父であった男性は凡庸で特に秀でた皇帝ではなかったが、暗愚でもなかった。
決して一人の妃妾に愛情を傾ける訳でもなく、また、酒に溺れる事もなく、虐殺を好む訳でもなかった。では何を好んでいたかと聞かれてしまえば、それを即答出来るほど静覇は父の傍にいることは叶わなかった。
如何に皇帝とその皇子とはいえ、皇子は皇帝の臣であり、国の駒である。
国を常に一番に考え、数え切れぬ民と領土を治めねばならぬ皇帝にとって《皇子》と言う駒は、己が子である前に一つの道具である。
故に久しく顔を合わせた時でも、皇帝は決して私情を挟まなかった。
――否、挟む余裕がなかったのだ。
「父上、私は父上を敬愛しておりました。それは嘘ではありません。なれど」
涙が出ないのです。
私はなんと親不孝な息子でしょう。
己が父親の死を悲しめないとは。
自虐的な笑みを浮かべ、一筋の煙を再度瞳に映し、くるりと踵を返した若き皇帝はその時初めて己を見つめていた存在がその場にいたことに気が付いた。
波打つ宵闇色の髪は、今は梁麗帝の貴婦人である証として一部を後頭部で結わえられ、あとは梳き流されており、知性と冷淡な理性を感じさせる夏の夜空の如き紺色の瞳は真っ直ぐと静覇を見つめていた。
その瞳には一切の同情の色はなく、ただ若き皇帝を后妃として、伴侶として待ち続けていた。
ふと、静覇はいつか聞こうと思っていた問いを不意に思い出し、后妃である女性へと歩みより、彼女の髪を指に絡めながら問うてみた。
「そなたは子を失った時、泣いたか」
静覇は我ながら意地の悪い問いだと言う事は判っていた。が、どうしても今聞きたかった。
きっと彼女のことだ。
ずっと泣き続けただろう、と思っていた。
しかし。
「あの子が死んだ時、私は笑ったそうですわ」
笑って。
嗤って。
哂って。
「今でもな泣けないのです。きっと私はまだあの子の死を受け入れることが出来てないのですわ。だから私は泣けないのです」
――酷い母親でしょう?
淡々と語る后の口調は何も感情が宿っていない。
それが却って彼女が悲しみに囚われていることを若き皇帝・静覇は敏感に感じ取った。
だからなのか、それとも単なる欲か。
彼はくいっと指先に絡めた懍砡の髪を引っ張り、その痛みで歪められた彼女の顔に己の顔を近づけ、彼自身が定めた后の小さな唇を舌でなぞり、こじ開き、しばらく息も出来ないような口付けを二人は交わしていた。




