06
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私は陛下から愛されていない。
小麦色に程良く焼かれた身体に、手触りのよさそうな黒髪が印象的なカザル出身の女は、その日、やけにいつもより早くに女官らによって起床を促され、着の身着のまま梁麗の野蛮な皇帝の前へと突き出された。
今でこそカザルは梁麗と同盟は組んではいるが、以前は梁麗こそが自国の属国だったのだと女は古を懐かしむ。そうであれば、自分こそがこの目の前にいる男を意のままに操れていただろうに、との強い思念が伝わったのだろうか、見目の麗しい男が薄らと口元に笑みを刷いてみせた後、女にとって理解出来ない言葉を口にした。
「久しいなカザルからのお客人。旅の疲れは癒えただろうか」
「へ、陛下?」
「長らく顔を合わせない間、ゆっくりと休まれたのなら、本来の務めを思い出して貰おうかと思って呼びだしてみたのだが、さて、踊り子とは随分夜が遅いのだね?これでは后の世話も無理だな。――悪いな奏鈴、下女の躾けもなってなくて」
今、この男は私を何と言った?
女、――スウリヤ姫は静覇の言葉に驚き、また憤り、そしてその静覇の横に当たり前のように侍る女を睨み据えながらも、ぎりぎりの所で耐えていた。
スウリヤ姫は理解していたのである。
ここで醜くも撮り乱してしまえば、この国の長である男の意のままになてしまうる事を。
そうなってしまえば本当に自分は下女と言う忌々しくも汚らしく、賤しい身分に落ちてしまう事に。
それをそうとも知らぬ愚かな女が、暢気にも頭を振った。
そして、スウリヤをいとも簡単に激昂させた。
「いいえ、下女の躾けは皇后である私の務めにございます。きっと、この下女は陛下のお優しさに甘え過ぎていたのですわ。でもなければこの様な時間まで惰眠を貪っている筈はありますまい。その証拠に他のお妃さま方は身綺麗になさってお出でではないですか」
団扇で口元を隠しながら失笑を零す、奏鈴と言う名の女の言葉に、その場に何故か居合わせていた見憶えのある女達に、漸くスウリヤは自分が見せしめになっているのだと察した。
王族の姫である自分にとって、嘲笑ほど堪えるモノは無い。
一度公の場でバカにされたのであれば、それは一生涯消えることなく着き纏う負の遺産。
それを理解している上での奏鈴の仕内に、スウリヤは怒りと恥辱で目の前がまっ赤に染まっていた。
故に、静覇と皇后となる事に決まっている懍砡が内心でほくそ笑んでることなど知らずに、まんまと挑発に乗ってしまったのだ。
履いていた室内履き用のウッドサンダルを脱ぎ、それを玉座に座している女に投げつけ、母国語で皇后を愚弄する言葉を吐いた瞬間、スウリヤは端正な顔立ちの男によって、床に抑えつけられる様にして拘束されていた。
その様子をまるで何か面白い劇を見ているかのような眼差しで見守っていた懍砡の様子に、静覇の側室として献上されていた娘の半分は、急に現れた后に対し言い知れぬ恐怖心を抱いた。
そんな彼女達を更なる恐怖心に追い遣ったのは、やはり懍砡の軽やかに聞こえてきた弾んだ言葉だった。
「まぁ、勇気がありますこと。一国の后に刃向かうなんて。きっと血の気が多いのですわ。薬にでも慣れさせて焼印を押してしまいましょうか。それならきっと誰も彼女を王族の姫だとは信じませんし、国の者達も知らないと首を振る事でしょう」
簡単です、今すぐやりましょうと、提案する女の異常さに、スウリヤの精神の限界はとうの昔に超えていたようで、彼女は白目を剥けたまま気絶し、失禁していた。
そんな彼女の様子を確認した、彼女を拘束していた武官は手を離し、主の元へ歩み寄り、膝を就いて報告した。
「釉妃様、あの者を如何致しましょう」
「そうね、彼女の主は陛下なのですから陛下にお任せしましょう。少しはしゃいで虐め過ぎてしまったわ、許してね」
「釉妃様、あの者は気絶しておりますれば」
まぁ、お前は相変わらず細かいわね、慧迦。
クスクス、ほほほ、と、互いの顔を見合わせて笑いあう主従の姿に、その場に居合わせた人達は、決して二人の逆鱗に触れぬように誓ったのだった。




