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六純は今まで己の意志で如何なる身分の女人に対しても、これまで一度として跪いた事はなかった。何故なら彼の中で女と言う生き物は、非生産的なモノにしか目を向けない生き物だったからだ。
確かに女人は男である自分達とは違い、次世代を伴う新たな命を己の胎内に宿し、十月十日後の後に命を産みだしはするが、それだけである。
己の子を子とも思わず、出産した事により崩れた身体の形を元に戻すことや、流行に乗り遅れた事を必死で取り返すことだけしか考えていない、そんな非情な生き物なのだと今の今まで信じ、そう思って来てはいたが。
――これはどう言う事だ。
気がついた時には既に自然と頭が垂れ、膝が冷たい石床につき、両手を組んでいた。
この礼は彼が尊崇する自国の皇帝にしか捧げていない特別な礼。その礼の意味は、己の私心を犠牲にしてでも仕えるとの正に恭順の礼。
何をも映し出してない紫紺色の瞳は、冴え冴えと冷え切っていていてもなお強い意志を感じさせ、波打つ宵闇色の艶やかで長く豊かな髪は結わずにそのまま流していて、普通なら淫らに感じさせられるそれだが一切感じられない。
「お手をどうぞ、お妃様」
差し出した手は果たして――。
☸ ☸ ☸
この手を取れば新たな土地へと行ける。
些か心細い気はするだろうけれど、命の危険性は著しく減るのだろう。幸いにも、もう私はあの方には必要とされていないのだから、何処へ行こうとも私の勝手だ。
シャラリ、シャラリ。
差し出された手を取る為、歩くたびに涼やかな音色を響かせるのは、嘗て婚姻を結んだ際に贈られた銀玉の花簪。その音色が煩わしく、目に見えない鎖付きの枷の様に思えた釉妃は躊躇いもなく、その花簪を差していた帯から抜き取り、打ち捨てた。
その時、確かに釉妃は何かから解放された心地になった。
これで楽になれる。
これで楽に呼吸が出来る。
これで積年の願いが叶えられる。
これで、本当にこれで・・・。
なのに、この頬に流れ伝う熱く感じる雫は何だろう。
ジャリ、ジャリッと打ち捨てた際に崩れ、壊れた簪の破片の上を歩く度、釉妃の眦から溢れる透明の雫。それを美しいと思いながら、慧迦は何も言えずに固まっている主の家族を一瞬睥睨し、己が一纏めにした荷物を梁麗に送る手はずを整えた。
彼の主が異国の有能なる大使の手を取った時、若き宦官のその後の人生もまた、新たな人生へと導かれようとしていた。
「さぁ、参りましょう。我らが陛下が、首を長くしてお待ちになられております」
手を引かれ、豪奢な輿の上に導かれた莉迂国の昭媛こと、李明宮の主・釉 懍砡は生まれ育った故郷に想いの区切りをつけ、紗幕に囲われた輿に揺られながら、生家と母国から出て行った。




