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釉妃の幼き頃よりの夢は、【無能】との烙印を押された先々帝の栄誉と名誉、そしてその皇帝に嫁ぎ、後宮の庭
の池に身投げしたと言われている大叔母の死の真相を探り、真実を白日の下にさらしだす事だった。それを叶える為には何が如何しても釉妃自身が後宮に紛れ込むことが第一条件であった。
直接の面識こそはないが、釉妃にとって先々帝とその正妃は釉妃の名付け親でもあるが故に、父に強請っては先々帝の逸話を寝物語にして日々を過ごした。
――良いかい?君の義理の大叔父でもある御方はね、この国から戦をなくそうと必死に大叔母上様と二人で戦ってらっしゃるのだよ。だから、懍砡、君も大叔母上様に負けない様に勉学に励まなければね。
サラサラと釉妃の髪を撫でては遠くを眺める様にしていたのは、一体誰だっただろうか。
いつも話を強請っていた相手は確かに血の繋がった父だったが、その話をしてくれた相手だけが良く思いだせない。それから間もなくして先々帝は大多数の貴族や王族らによって討たれ、先帝が御位に就いたが、それも決して平穏とは程遠く長続きはしなかった。
そんな時の流れに身を任せる様に、それでも少なからず多少の打算を抱きつつ、現皇帝の第七皇太子時代に唯一の妃となり、第七皇太子が皇帝となってから今日までの全18年間、ひたすら耐え忍んできたのは、多少なりとも今の皇帝に絆されていたから。
だからこそ初めて出来た子が明かに誰かの思惑により、強制的に流されたとしても、後宮を辞することは一度も考えなかった。
しかしそんな釉妃の心を残忍にも、ちっとも理解もせずに踏み躙ったのは、何を隠そう、夫である筈の男だったのだ。その時の悲しみや憤りは静に、しかし、確実に澱となって心の奥底にひっそりと降り積もり続け、つい先日の夜更けに届けられた皇帝直筆文により決壊し、どうにも収拾がつかなくなってしまったのだ。
自分は今まで何をしてきたのだろう。
ただ皇帝や国のいいなりとなり、狗となり、蔑まれ、無駄に命を狙われてきただけではないか。
これでは報われない、このままこの国で腐れ、朽ち果ててしまう訳にはいかない。
おそらく自分が今から為そうとしている事はこの国を潰す事に繋がるかもしれないけれど、だけどこのまま命をこの国で散らすよりも有意義だと、釉妃は思い、感じた。
もし、たとえ今回のこの決断によりこの国が終えようとも、私は後悔しないし、それがこの国の命運であり、宿命なのだと受け入れる事が出来るだろう。
天井から降りてきた他国の間諜を、底冷えした瞳で淡々と無感情に見つめていた懍砡は、間諜が己を見て気味悪げに眉を顰めたのを見るなり、にぃーっと、それこそ気味が悪い笑みを浮かべ、間諜の耳元で彼らだけに聞こえる声で何かを囁き、彼らを無言と言う圧力と呪縛から解放し、踵を返し、己も嘗て過した室へと姿を消した。




