迎え
ああ、そうか。そういえばそうだったかもしれない。否、そうだった。間違いなく。
二年前まで俺は孤児院にいた。そうだ。忘れていたんだ。記憶に残しておかなかったんだ。一時の幸せに身を委ねたかったんだ。そう、俺は孤児院にいた。この物欲社会の生み出した、一つの結果だった。
人は金を求めていた。金を集めて裕福に暮らすために子供を作らなくなった。そしてその結果、急速な、本当に急速に、少子化が進んだ。その少子化を止めるため、「セイフ」は子供を増やす政策を作り法律を作った。その結果、子供は増え少子化は治まった。「セイフ」の政策は成功した。しかし、それはただ、ただただ単純に、子供を増やすことに成功しただけで、子供の幸せな生活に直結しなかった。「セイフ」は財政危機に追い込まれており、この政策に十分なお金を流すことが出来なかった。政策がうまくいったのは子供一人に対する子育て応援金のおかげだった。その補助金目当てで子供を作り、子供を残して行方をくらます親が少なくなかった。むしろそういう人が子供をたくさん作った。それ故に「セイフ」は彼らを咎めることは出来ない。彼らのような存在がいなければ少子化で民族が、国が滅びる。そして今なお、孤児は増えるのだった。
「もうあんなところに戻りたくない!俺は独りでも暮らせる!生きていける!わかるだろ!?」
「残念ですが、これも国の法律ですから。」
「あんたはこの国を変えようとは思わないのか!」
「私は・・・。」
言葉に詰まった。もうひと押しだ。
「・・・どうなんだよ。」
「私はこの手で子供が守れる、それだけで幸せです。守れなかった自分の子供のためにも、私は私のできる最善を尽くすだけです。」
「変わってないな、あんた。その人の同情を誘うような台詞、また聞くことになるとはな。」
二年前に出ていくときも言われたっけ。
「人はそう簡単に変わりません。国も、社会も。」
凛とした口調でそう告げられた。だけど・・・
「変えられるさ。どんなことも。そのためなら俺はなんでもする。」
呟くように、それでいて強い意志をこめて言葉を放つ。今は届かなくても、いつかこの女も考え方を改めるだろう。その時のために言っておこう。
「それは楽しみです。さぁ、早く車にお乗りなさい。」
「・・・・・。」
やっぱり響いちゃいねぇな。どうするか・・・。逃げるか?
「言っておきますが逃げても無駄です。そのことは院内の誰よりもあなたが身をもって経験したはずです。44回にわたる逃走失敗を経験したあなたなら分かるでしょう?」
「くそ・・・。」
軽く肩を落とす。まだ諦めてなんかいないけど。
「近いうちに、気前のいい方に出会えるといいですね。」
この女、変わってないどころかむしろ二年前より肝が据わってやがる。
「すぐに会えるさ。絶対に。あえなくたって必ず出ていくさ。」
「・・・あなたがいると警備員が暇をしないですみそうです。どうぞ。」
仕方がないからここは車に乗る。もっと万全の状態にしてから挑まないと、「セイフ」にはかなわない。なんとしても俺は逃げる。出ていく。「セイフ」の奴らをぶちのめして、この国を、社会を、そして人の考え方を変えて見せる。