表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

 小野くんとのやり直し古典授業は、議会が無事に終わった次の週、7月が始まる週にすることになった。

 学校内はテスト前特有の、ぴりぴりと落ち着かない雰囲気に満ちている。議会が終わってほっと一息、身軽になったあたしも、遅まきながらテスト勉強に本格的に身を入れ始めた。期末試験は特に、教科数が多くててんてこまいだ。範囲だって難易度だって、中間の時より増している。

 正直なとこ、本当は古典をやっている時間なんてない。でも、あたしは自分からこの特別授業をやめる気はなかった。

 もう必要ないなんて言わないと、約束したのだから。


「藤原さん、正解率上がったね。」

 プリントの丸つけをしていた小野くんがふいに、感心したように言った。

「えっ、本当?」

 誤答の見直しをしていたあたしは、それで勢いよく顔を上げた。そんなことを言われたのは、初めてだ。目を丸くするあたしに、小野くんが笑いかける。

「うん。簡単な識別問題とか、間違えなくなった。内容把握はもう少しだけど、現代語訳も前より自然になってきたし。」

 よっしゃあ!

 あたしはあまりかわいくない喜びの声を上げて、こぶしをぐっと高く伸ばした。あたしの古典力も少しは成長したんだ。あたしだって、やればできる子なんだ!

「嬉しい。実は最近、古典もちょっとおもしろいかも、って思い始めてたんだ。」

「うん。それ、すごくいいと思う。」

 あたしと小野くんは顔を見合わせて、苦労を分かち合った者同士の笑みを交わした。

「期末、いけるかな?」

「大丈夫だ。」

 小野くんはこっくり頷いてくれる。彼のお墨付きをもらったら、あたしも心強い。中間テストよりは、期待できるかも。

 小野くんが、ふうっと息をはいて言った。

「すごいな、藤原さんは。……理系で、しかも生徒会だって忙しかっただろうに、本当にちゃんと古典頑張ってるんだもんな。」

 小野くんに褒められると、すごく照れくさい。感心してくれている彼こそが、あたしの古典に対するモチベーションの源泉なのだ。恥ずかしすぎて、そんなこと絶対に言えないけれど。

「いやいや、別に、そんなには忙しくなかったから。」

「でも、ノブが言ってたよ。先週まで議会があって大変だったんだろ?」

 ノブ会長から聞いたのか、とあたしは納得した。

「――ああ、やっぱり小野くんって会長と友達なんだね。」

「うん、去年同じクラスでさ。たまに藤原さんのこととかも話すよ。」

 あたしのこと?ぎょっとした。

「まさか、生徒会での失敗談とか……?」

 おそるおそる聞くと、小野くんは軽く笑った。

「それもあったかも。――あ、」

 小野くんは急に真面目な表情になって、すっと姿勢を正した。

「そういえば、ノブから聞いたんだけど。藤原さん、この間議会の前日だったのに、この古文勉強会のために生徒会わざわざ休んだんだって?……なのに俺が流しちゃって、本当にごめんな。」

「え、いや、全然いいよ。」

 あたしは慌てて、手を振って言った。小野くんは申し訳なく思ってくれるけれど、あれは仕方ないことだし、改めて謝ってもらうようなことじゃない。それよりも、あたしは別のことで内心冷や汗をかいた。

 ――会長に、バレている。あたしが生徒会を休んだ理由。

 あたしの頭の中で、あの黒ぶち眼鏡がにやにや笑った。急いでその顔を追い払う。

「テスト前なのに今日こうやってみてもらえて、むしろあたしは大感謝だよ。

 ――下級役人がちょっとは出世したのも、小野くんのおかげ。」

 小野くんはきょとんとした。

「え、役人?」

 ああ、とあたしは苦笑した。あたしの変な空想のこと、小野くんにはそういえば話したことがなかった。くだらないことだけど、と断ってから説明する。

「小野くんが上達部だったら、古典の実力的には、あたしは下級役人だってこと。変な思いつきだから、気にしないで。」

 なるほど、と小野くんは苦笑した。そして、ふと思いついたように言う。

「――でも、藤原さんなら役人よりは、女官とか姫が妥当じゃないか?」

 まさか。あたしはぶんぶん首を振って否定した。

「姫だなんて、あたしには無理。柄じゃないっていうか、似合わなさすぎるよ。」

「そうかな。下級役人よりは、合ってると思うけど。」

 小野くんは、思案するように首を傾けた。

「それに、似合わないなんて言ったら、俺だって上達部なんか無理だ。」

「え、小野くんは十分似合ってるよ。全然、無理じゃない。」

 あたしが力をこめて反論すると、小野くんはさらりと返した。

「それじゃ、藤原さんだって姫様でいいじゃないか。」

 う、とつまるあたしに、小野くんは笑った。

 あたしにはすごく眩しい、いつもの笑顔。

「藤原さんが姫やるんなら、俺も上達部やるよ。」


 心が、ごとんと音をたててゆれた。


 きゅん、だなんて、そんな生やさしいものじゃない。ぐっと揺さぶられるような。その衝撃と一緒に、あたしは自覚させられた。唐突に、はっきりと。

 ――ああ、あたし小野くんが好きだなぁ。

 すんなりと、納得するようにそう思ったくせに、心臓の鼓動はいきなり速くなった。口では笑って小野くんに言葉を返しながら、明らかに赤くなっていると自分でもわかる顔を、どうにか隠そうとプリントに集中するふりをする。当然、目が文面を上すべりするばかりで、内容なんて一文字も頭に入ってこないけれど。

 変に、汗をかいている気がする。暑くないか?ここの教室。

 会話が終わって、小野くんも目をプリントに戻した。あたしはこっそり視線だけ上げて、その様子をうかがう。どうしよう。バカみたいに動揺しているのはあたしだけだ。あんな、何でもない言葉で。

 小野くんは、静かな表情でプリントの文字を追っている。

 彼が地味だなんて、頼子の目はおかしいとしか思えない。目が合ったら、息をのむほどなのにな。少なくとも、あたしにとっては。


 それから特別授業が終わるまでずっと、あたしはいきなり突き出てしまった気持ちをもてあまして、妙に緊張してすごすはめになった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ