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 新田くんがふと、机の上の古典プリントに目をとめた。

「何、古文やってたのか?」

「うん。」

 あたしは苦笑しつつ、プリントをひらひら振ってみせた。

「古典の成績がかなりまずくって。ともえ先生に特別課題出されたの。」

「中間テスト、そんなに駄目だったのか。」

「……。」

 触れて欲しくないところをつつかれて、あたしは黙りこんだ。図星だ――中間の古典は、平均点の半分に届いていない。つまり、赤いアレだ。

「……新田くんは、古典得意?」

 逆に問い返してごまかすと、新田くんは興味深そうにプリントをしげしげと見つつ答えた。

「それほど得意ってわけじゃねえけど、それなりに。……たぶん、藤原よりはできると思う。」

 失礼な奴だ。あたしは顔をしかめて、表情で彼に文句を言ってやった。

 新田くんはそれを見て、ふっと笑っただけだったけれど。

「うるさいなあ。どうせあたしは古典はからっきしですよ。だからこうして勉強してるんじゃないか。それに、優秀な先生もついているんだから。」

 あたしがむくれて言うと、意外にも新田くんは「そうらしいな。」と返してきた。

「――小野、だっけ。」

 びっくりした。

「知ってるの?」

 思わず身を乗りだして聞くと、新田くんはいや、と首を降った。

「吉田から聞いたことがあるだけ。」

 吉田――ノブ会長か。ということは、ノブ会長と小野くんは、知り合いなのかな。二人の顔を思い浮かべてみる。今度、小野くんに聞いてみよう。

 新田くんが、ぽつりと尋ねてきた。

「――どんな奴?」

「え、小野くん?」

 あたしはきょとんとした。

 唐突にどんな奴、と言われても。あたしには一口では答えられない。あたしの知っている小野孝志くんは――

「ええと、……古典が得意で、優しくて丁寧で、――上達部みたいな人。」

 はぁ?と新田くんは眉を寄せて、怪訝そうな顔をした。

「何だ、その上達部って。」

 へへへ、とあたしは笑ってごまかす。

「いや、小野くん、古典がすごくよくできるから。」

 本当は、それだけじゃないけれど。尊敬できるくらい真面目でしっかりしていて、爽やかに笑った顔がすごく眩しいから、とは、さすがに言えない。

 新田くんは呆れたように息をはいた。

「古典ができたら、皆貴族なのか。」

「違うよ、小野くんだけ。」

 小野くんだから上達部なのだ。同じく古典が得意な人がいたとしても、彼のようには思わない。あたしはふと思いついて、新田くんににっと笑いかけた。

「例えばゆーくんだったらさ、あたしより古典ができるけど、上達部っぽくはないでしょ。

 どっちかっていうと、――もののふ、って感じかな。」

「もののふ?」

「武人だよ、武士。ほら、資料集に書いてある。」

 あたしは出してあった便覧をパラパラとめくって、絵巻物の一部が載ったページを開いた。馬に乗り、弓矢をかついだ男の人の絵だ。別に、新田くんが引目鉤鼻のような顔だちだと言いたいわけではない。もののふの図がこれしかなかったのだ。

 新田くんは便覧の図を覗きこんで、やや嫌そうな表情になった。絵の男の人が、太りすぎているからかもしれない。

「俺がこれで、小野が上達部で、……じゃあお前は?」

 えっ、と一瞬虚をつかれた。彼が話に乗ってくれるとは思わなかったのだ。予想外の切り返しに、あたしはうーんとうなって頬をかきつつ、また便覧をめくった。

「あたしは、古典がまだまだ、全然駄目だから。……今は、こんなところかな。」

 あたしが指で示したのは、古代の位階がずらりと並んだ表だった。小野くんの三位以上の上達部ははるか雲の上、あたしは表の一番下だ。「少初位下しょうそいのげ」と書いてある。まだ、駆け出しの下級役人。

 新田くんがふーっと長く、脱力するように息をはいた。

「……お前、相変わらずだな。妄想癖というか、変なことばっか思いつくところ。」

 相変わらず、って。

「え、あたしって昔から、変な空想とかしてた?」

「してた。小さい時にさんざん、俺は妙に細かい設定のごっこ遊びにつき合わされた。」

 新田くんを、ごっこ遊びにつき合わせた?そんなこと、してただろうか。

「えー、そうだっけ?」

「お前な。俺は毎回、悪の組織だか何だかをやらされていたんだぞ。」

「うそだー。」

「うそじゃない。」

「本当に?」

「とび蹴りとかしたくせに、忘れたのかよ。」

 全然覚えていない。あたしは無性におかしくておかしくて、声を上げて笑い出してしまった。それで新田くんが渋い表情になる。けれど、そんな彼の表情すらおかしかった。


 笑いながら、嬉しさをかみしめる。

 新田くんと、こうして他愛ない話ができること。彼とあたしは昔からの友達だったけれど、今日、もう一度友達になったのだ。もう絶対に無理だと思っていたけれど、関わりがなくなった原因は、本当は単純なことだった。あたしには、それが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。



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