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 二度目の接触は、思いがけないほど早くやってきた。

 結ちゃんと一緒に彼を訪ねた2日後、彼自身が授業後の生徒会室にやって来たのだ。

 あたしは議会準備の大詰めを迎え、今日で全て終わらせてやると意気込んで、パソコンの画面に集中していた。戸口のところに立っていた彼を最初にみつけたのは、ノブ会長だった。

「新田じゃねぇか。何だ、どうした。」

「――ああ。」

 びっくりして、あたしは勢いよく入り口の方を向いた。――彼がいた。

 ここの扉は「開放的な生徒会」というスローガン通りに、常に開きっぱなしだ。あたしには、そのドア枠がこんなに狭そうに見えたことはない。昔よりもすごく大きくなったんだなぁと、今さら改めて思った。昔は、あたしとそう変わらない背丈だったのに。

 彼は生徒会室の中を見回して、ぽかんとしているあたしに目をとめた。戸口をくぐって近づいてくる。

「これ。」

 ぴら、と彼は一枚の紙を渡してきた。美化委員会の活動計画書だ。

「もうできたの?」

 驚いて思わずそう聞くと、彼は頷いた。

「粗方はできてたから。こんなんでいいか、見て欲しいんだけど。」

「うん。」

 あたしは紙を受け取って、目を通し始めた。なんとなく隣の彼が気になって書類に集中できなかったけれど、どうにか最後まで読み通す。――うん、大体OKだ。

「あとちょっと手直しして欲しいところがあるけど、大すじはこれでいいと思うよ。」

「わかった。」

 言ってから、ふと気づいた。

「――ていうか、あたしよりも結ちゃんに見せた方がいいんじゃない?」

 彼はぐっと眉根を寄せた。コワい顔。

「……河内だと話が進まない。」

 苦々しい言葉に、あたしは思わず吹き出した。彼はますますムスッとした表情になる。

 なんとか必死で笑いを押さえ込んで、あたしは彼に訂正箇所を言った。ここをもう少し具体的に説明して欲しいとか、こんな言葉を使ったらいいんじゃないかとか。彼は頷いて、明日にはまた訂正したものを持ってくると言った。

 用事が終わって、彼はそのまま生徒会室を出て行こうとする。彼が戸口にさしかかった時、あたしはあっと思いついた。そういえば、戸棚の中に昨年度の計画書があった気がする。渡せば参考になるかもしれない。

 ――ゆーくん。

 そう彼を呼びとめかけて、あたしは慌ててその言葉を飲み込んだ。

「――新田くん。」

 初めて、彼のことをそう呼んだ。違和感で、舌がしびれたようになる。違う人を呼んだみたいだ。けれど彼――新田くん、は振り向いた。

 あたしは急いで棚をひっかき回し、去年の美化委員会計画書を引っぱり出した。それを新田くんに手渡す。

「これ、去年のやつ。参考になると思うから。」

「――ああ。」

 ぱっとその紙を受け取ると、新田くんは歩き去っていった。それを見送り、あたしは肩の力を抜いた。

 新田くん、新田くんか。この呼び方に、早く慣れないといけない。

 やっぱり、何年もずっと関わりがなかったあたしが「ゆーくん」と呼ぶのは変だろう。その方が不自然で、違和感があるだろう。

 それは当然のことだ。けれども、ほんの少しだけ寂しく思った。



 新田くんがいなくなった後、あたしは準備作業を再開しようとパソコンの前に戻った。やれやれ、と軽く伸びをしていると、ノブ会長がふらふら近寄ってきてあたしの隣に座った。

「藤原、新田と仲いいんだな。」

 あたしは、まじまじと会長の顔を見た。彼は意外そうな、おもしろそうな表情をして見つめ返す。さっきのやりとりのどこを見て、このメガネはそんなこと思ったんだろう。

「……別に、そんなによくないと思うけど。そう見えた?」

「見えた。僕、新田があんなにしゃべっているところ、初めて見たぞ。」

 そうなのか。新田くんはあれで、よくしゃべっていたのか。

 思わずあたしがううむとうなると、ノブ会長はいきなりおかしそうに、肩を震わせて笑いだした。

「しっかし、新田が美化委員って……やっぱ何か似合わねぇな。」

 それには、あたしも笑ってしまった。そういえば、確かに。彼は元々生徒会活動という柄じゃなさそうなのに、しかも美化委員とは。正直、ごみの分別指導とかしている姿があまり想像つかない。

「まぁ、あれで案外掃除とか好きなタイプなのかもしれんが。」

「それは、ないと思うけど。」

 昔の彼を思い出しつつ、あたしが笑いながら言うと、ノブ会長はひょいと軽く眉を持ち上げた。

「そうか?――なんだ、やっぱり仲いいじゃないか。」

 あたしは、肩をすくめるだけにした。もうこの話題はおしまいにしよう。

「それより会長。あたし、明日生徒会に来ないから。」

 突然そんな宣言をすると、ノブ会長は顔をしかめた。

「正気かよ。明後日が議会なんだぞ。前日じゃねぇか。」

 あたしはすまして答える。

「受け持ちの仕事は全部今日で終わらせるから。それに明日は、特に打ち合わせもないでしょう?ここんところずっと居残りしてきたんだから、いいでしょう、1日くらい。」

 ノブ会長はやれやれ、とため息をついた。

「藤原は一番働いてくれたわけだしな。……ま、いっか。

 そのかわり、レジュメはちゃんと読んでおくこと。」

「ノブ会長のそういう話をわかってくれるところ、好きだなー。」

 会長はうっとおしそうな顔でうるさい、と追い払うしぐさをした。

 けれどすぐ、興味津々は表情になる。

「で、藤原が無理やり休みとってまでいれたい予定って、何なんだ。」

「内緒。」

 あたしは冷たく返した。ノブ会長が不満げな声をあげて抗議してくる。でも、悪いけどこれは黙秘させてもらう。

 だって、本当に久しぶりなのだ。明日の授業後は前々からちゃんと、約束していた。絶対、意地でも空けないと。

 久しぶりの、小野くんとの古典授業の日なのだから。




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