不思議な少女
更新です
────どれくらいの時間が経っただろうか。
少女は、追っ手から逃げ切った。
残ったのは少しの安心感と...とてつもない虚脱感。
ここ2日間、人の目につかない場所を、ひたすらに走ってきた。当然追われている身からすれば飲食、睡眠をする暇などない。
故に、少女は疲れていた。いつしか視界はぼやけ始め、身体機能が少女に「休め」と命令を下す。また少女は疲労から、正常な判断も難しくなっていた。
鍵の締められていない扉を特に何も思わず開いたのは、きっとそのせいなのだろう。
──おーい──そろそろ──
頭の奥で、男性の声がする。うまく聞き取れないが、意識のはっきりしない少女は家族からの呼びかけだと思い込み、体を起こした。
「はーい...今行きます...」
もう少し、羽毛を袋に詰めたこの布団で寝ていたいが...そこまで考え、少女は思い出した。
「行くってどこに??」
もう一度、少年の声が響く。
寝ているのは布団の上でなく、ソファであること。そもそも自分の家ではないこと。そして...自分の家ではないということは、所有者がいるということに。
「...ひっ⁉」
少女は、目の前にいる少年...望門のことを「追っ手」だと思い込んでしまった。
突然飛び起きた少女は直ちに駆け出し、玄関へと向かう。
「...は⁉どういうこと⁉」
夕飯が出来たから呼びかけただけなんだけど...なんで逃げ出す⁉
少女との距離が遠くなっていく。人間とは突然の出来事に対し、動くか留まるかの選択しか出来ない。だから少女を止めようとしても、僕の体は動かなかった。
しかし僕が思っていたよりも、事態は深刻だったらしい。
玄関へがむしゃらに走っていたのも、ほんの数秒。少女はへなへなと勢いを無くしていき、床に倒れこんで...
くきゅるるるる────
なんとも形容しがたい、間の抜けた音が鳴り響いた。
「...とりあえず、落ち着いてくれ」
「うぅ...」
先程の破竹のような勢いはどうしたのか、少女は大人しく椅子の一つに座る。作った夕飯を持ってきた僕も、そのまま少女の向かいに腰を降ろした。
「聞きたいことが山程あるんだけど...いいかな?」
「...はい」
僕が端的に要望を伝えると、少女は思うところがあるのかうつむきながら頷いた。
美少女ではあるが、それでも日本人の一人だ、こう話を切り出されたら断れないだろうな...僕は脅かさないように気をつけつつ、少女にいくつか質問をした。
少女の名前は天雲 社といい、年齢は15歳。今時珍しいが、神社で育ったらしい。
ただ、それだけではここにいる説明にならない。問題なのは...
「島根からここ東京まで、どうやって移動したの?」
「それは...私にもよく分かりません。ふと気づいたら、研究所のような場所にいて...」
その神社が島根県にあり、東京から相当離れているということだ。
現代には魔法という便利なものがある。確かに、人一人をここまで移動させるのは、そう難しいことではないのかも。
とはいえ研究所、か...
「...なるほど、なんとなく経緯は分かった。島根から何らかの方法で研究所に転移させられ、実験対象にされそうだったから逃げていた、で合ってる?」
「はい...勝手にお住まいに邪魔して、本当にごめんなさい」
少女...社は座りながらも、頭をぺこりと下げる。
それは僕が鍵を締めてなかったから、なんだけど...
少し話すだけでも敬語は外さないし、机の上に置いた夕飯には手をつけず。中学生だからというもあるだろうけど、かなり礼儀正しい子だ。そんな子に実験をするとは、あまり気持ちのいい話じゃないな。
「相当、面倒なものに巻き込まれたね...これからどうするつもりなの?」
「巻き込むのも悪いですし、明日の朝にはここを出させてもらいます」
意外にも、社はきっぱりとした口調でそう言い切る。
少し驚いたけど...僕が逃げようとしたのを止めたからこうなってるんだし、もともと決めてあったのかもしれない。
「...分かった、でも今日は遅いし、ここに泊まっていきな」
「いいんですか?」
「この家には僕一人しかいないし、遠慮しなくていいよ」
「そうですか...なら、お言葉に甘えさせてもらいます...ええと」
そこで、言葉が途絶える。雰囲気で社が言いたいことを感じ取った僕は、次の言葉を引き継ぐ。
「もしかして、僕の名前?」
「はい。その、明日の朝までとは言え、同じ屋根の下で眠るので...」
「そ、そっか...僕は望門。鏡面 望門だ。改めてよろしく、社」
「はい、望門さん」
僕は反射的に手を差し出し、社も自然に握り返す。
その顔にはもう緊張した暗い面影はなく、夜に浮かぶ星の光のように薄く、されど美しい微笑みが浮かんでいた。
…申し訳ないな
今からこの子、僕が作った料理...食べるよね。
自慢することじゃないが...僕は家事全般が不得手だ。
数十秒後、もう冷え切ってしまった夕飯を一口食べた社がむせたのを見て、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
もう1話、今日中に投稿します




