7話 剣を置いた受付嬢
水晶玉の結果を見て、フランは一度だけ溜息を吐いた。
「……Eランクだったよ、ロキ坊」
冷えた声だった。
「はい。そのようで……」
「Eランクの君が、本当にトロールを討伐したの?」
視線が刺さる。
小角は答えなかった。
答えられなかった、ではない。
――魔術の計測など、意味がない。
自分が使っているのは呪術。
測られれば、面倒しか生まれない。
――Eランクでよかった。
小角は思った。
注目されない。
疑われるが、恐れられない。
今は、それが一番都合がいい。
そのときだった。
「おいおいおい!」
間の抜けた声とともに、ギルドの扉が開く。
「さっきのAランクの野郎ども、どこ行きやがった! 今からでもぶん殴ってやる!」
――バーリだった。
「……お前、生きてたのか」
誰かが呆れたように言う。
今日もすべてが終わった後で目を覚ましたようだ。
肝心な場面には必ずいない。
小角は思う。
――こういう男ほど、長生きする
場の緊張が、少しだけ緩んだ。
――――――
家に帰ると、母のニーナが洗濯物を干していた。
「お帰りなさい、ロッキ」
「ただいま戻りました、母上」
「……」
ニーナは、一瞬だけ首を傾げる。
「ねえロッキ。最近、口調が変じゃない?」
「……そうでしょうか」
「母さんだったのに母上って言うし、自分のことも私って……」
小角も薄々言葉使いには引っ掛かりがあった。
元の世界では自然な言葉遣いも、この世界では浮いてしまう。
意識して直そうとしても、咄嗟には出てしまうのだ。
「……気をつけます」
話題を逸らすように、小角は尋ねた。
「父さんは?」
「Eランクの依頼に出てるわ。夕方には帰るって」
少し迷ってから、小角は切り出した。
「……フランさんのことなのですが」
「フラン? また怒られた?」
前提がそれなのか、と心の中で苦笑する。
「ギルドで喧嘩したことを怒られまして」
「あなたが喧嘩? 心配だったのよ。弟みたいに思ってるから」
「今日、本部から来たAランクにも食ってかかってました」
ニーナは、くすりと笑った。
「やっぱりね」
「……?」
「元剣士だもの。血が騒ぐのよ」
「……フランさんが?」
小角は、素直に驚いた。
「この村で唯一のAランク剣士だったじゃない」
「……そう、でしたね」
小角の中で、今日の光景が一気につながる。
なぜ、怯まなかったのか。
なぜ、あの場で剣を抜かなかったのか。
「……引退してほしくなかったけど」
ニーナの声が、少しだけ落ちる。
「最後の依頼で、ご両親を亡くしてね。名工だったお父さんの剣も、あの時に……」
「……」
「閃光のフラン。村の誇りだったのに」
小角は、それ以上聞かなかった。
聞くべきではない気がした。
――――――
夕方、ゴーシが帰宅した。
「ロッキ、今夜は肉だぞ」
「……おぉ。それは楽しみです」
牛探しの依頼だったらしく、銅貨と牛肉がテーブルに置かれる。
だが、話題は自然とギルドのことになる。
「今日、荒れたらしいな」
「……はい」
「俺たち、身内殺しを疑われてるって噂だ」
「フランさんが庇ってくれていました」
「それより、ロッキが調査員をやり込めたせいで、報酬が怪しいとも言われてるぞ」
小角は、少しだけ眉を寄せた。
――やりすぎたか。
だが、ゴーシは続ける。
「それと、フランがギルドマスターに呼ばれたらしい」
「……復帰の催促かしら?」
「このままだと、ギルドが維持できないからな」
Aランク1名、もしくはBランク5名の在籍。
その条件を満たさなければ、ギルドの存続が許されない。
それは、この村の死を意味する。
「……フランには酷な話ね」
「でも、アイツに頑張ってもらわないと……」
――――――
夜。
小角は自室の窓から、隣家を見ていた。
鍛冶場と民家が繋がった建物。
フランの家だ。
灯りは、まだ点いている。
彼女は、剣を捨てた。
だが、村は彼女に頼るしかない。
小角は、静かに立ち上がった。
――折れたままのあの人を、放って置けなかった。




