63話 アイナの覚悟
夜明け前。
薄青い空の下、3頭の早馬がカリフアの町へ向かって疾走していた。
昨夜、宿舎へ案内された役小角たちのもとを、
ベルゼとアイナが訪ねてきた。
小角はフランとミラを呼び、5人で向き合った。
シルドの死を前に、普段は冷静沈着なアイナは見る影もなく怒りに満ちていた。
その姿を見て、小角は改めて思う。
ベルゼと――やはり兄妹なのだと。
恐れるより先に踏み込む。
正体の知れぬ相手へ向かうその姿勢は、
かつてアイナを救うため、イルジョン島へ向かった時のベルゼと重なって見えた。
あの時、協会代表として同行してくれたのがシルドだった。
ベルゼ、アイナ、シルド――
3人の間に、言葉では語れない絆があったことは明白だった。
彼らの目的はひとつ。
カルタが到着する前に、シルドの身体を取り戻すこと。
ポンズの指示が脳裏をよぎる。
だが、カルタの心情を思えば、断れるはずもなかった。
馬を走らせながら、ベルゼが小角に声をかける。
「……巻き込んじまって、悪いと思っている」
「もともと別件と繋がっているんだ。放っておけないよ」
「シルドが、お前とカルタさんを名指ししたってことは……
つまり俺やアイナだけじゃ、ダメだってことだろう」
小角は頷く。
「カルタさんはシルドさんの母親。
せめて……五体揃った姿で、会わせてあげたいよ」
「……恩に着る」
アイナが馬を寄せる。
「ロッキくん……ありがとう。
頭部だけの彼を、カルタさんに会わせたくない。
――決して敵討ちだけが目的じゃないんです」
「ええ。分かっています」
やがて、カリフアの町が見えてきた。
遠くからでも分かる、異様に静かな豪邸。
道中、シルドと夕食を約束していた店が視界に入る。
その何気ない約束が、もう叶わない現実にアイナは唇を噛んだ。
「……ここです」
スウェルド邸。
屋敷全体を覆う結界は、未だ健在だった。
「この結界のせいで……助けに行けなかった……」
「でも……この結界のおかげで生き残れた」
慰めにもならない言葉だった。
アイナは何も言えず、ただ俯いた。
その時、小角とミラが同時に声を上げた。
「魔力反応が1つ」
「呪力反応が1つ」
「!」
「……不思議だな。気配は1体分だけど……2つ感じる?」
詳しいことは中へ入らなければ分からない。
結界解除をミラに任せる。
「この結界、外からの侵入を防ぐ特化型です……
その代わり中からは簡単に出られる代物です」
つまり――
出て行けたはずの、何かがまだ中にいる。
「解印します。
……アイナさん、シルドさんの優しさを忘れないであげてください」
光が走り、結界が消えた。
「中へは――僕1人で行きます」
「わたしは行きます」
「ロキ坊! わたしも!」
アイナとフランも来るという。
しかし約束を思い出したフランは、悔しそうに足を止めた。
――絶対にアイナは引かない。
「もともとは、わたしの任務でしたから……」
小角は一瞬、目を閉じ――
呟いた。
「前鬼、後鬼。おいで」
2体の鬼が姿を現す。
「前鬼はアイナさんの護衛を、後鬼はここで3人の護衛だ」
後鬼が微笑む。
「この屋敷……なかなか奇妙ですよ」
「……だろうね」
「残留呪力を感じます。
生まれ変わりの体験者――が、いた痕跡です」
「今はいない?」
「ええ。ですが、ひとつだけ何かの気配を感じます……」
言葉を濁す後鬼。
「……それは中で確かめるとしようか」
小角とアイナは、屋敷へ足を踏み出した。




