60話 最悪の範疇を越えた最悪
屋敷の外。
正門に繋げておいた馬のもとで、アイナは伝書鳩の準備をしていた。
急いで事実だけを書き連ねる。
――スウェルド邸にて、異常を確認。
――使用人のモンスター化。
――当主スウェルド、死亡。
その時だ。
「うおおおおっ!」
屋敷の中から、シルドの雄叫びが響いた。
続けざまに、家具が砕ける音。
壁に何かが叩きつけられる鈍音。
「先輩……?」
嫌な予感が、確信に変わる。
「が……ふっ……!」
喉を裂くような声。
アイナは屋敷に駆け出した。
「先輩!!」
「来るな!」
2階から、シルドの声が返ってくる。
「今行きます!」
「アイナ、ダメだ……!」
アイナは足を止め、2階を見上げた。
「ロッキだ……それと……母の、カルタを……呼べ!」
次の瞬間。
屋敷全体を覆うように、結界が展開された。
侵入拒否――
外部からの立ち入りのみを拒絶する結界。
「先輩! 解いてください!」
返事は、ない。
代わりに――
ガシャァンッ!
2階の窓が割れ、何かが落ちてきた。
転がる。
止まる。
それが何か、理解するまで、数秒かかった。
「……あっ」
世界が止まる。
それは――
シルドの頭部だった。
「せっ……先輩……?」
膝が崩れる。
怒りが視界を赤く染めた。
腰の斧に、全魔力を注ぎ込む。
刃が、光を帯びる。
「くそおぉぉー!
そこにいる奴、出てこい!」
魔力を帯びた斧を全力で叩きつける。
だが、結界はびくともしない。
――これは、アイナを守るための結界。
彼女を生かすためのもの。
冷静さを欠いている自分に気付く。
アイナは歯を食いしばって考えた。
今、本当に自分がすべきこと。
それは――
彼の、最後の命令に従うこと。
「……すみません。身体、後で必ず取り戻しますから」
そう誓い、彼女は頭部を布に包み、屋敷を離れた。
――――――
夕刻。
大都市シーアのギルド協会本部。
「本部長! アイナが戻りました!」
ノックの無い秘書の言葉に、本部長ポンズは不安を覚える。
「泊まってくると聞いていたが……シルドも一緒か?」
秘書の顔は青ざめていた。
「それが……シルドが……死亡したとのことです」
会議室。
そこでアイナは立ったままポンズが来るのを待っていた。
テーブルの上には、血の滲んだ布が置かれている。
――シルドの死。
嘘であってほしい。
聞き間違いであってほしい。
ポンズは心からそう思っていた。
「アイナ!」
ポンズと秘書が会議室に入ってきた。
彼の目に、テーブルの上の血の滲んだ布が飛び込んだ。
「シルドは……どうした?」
「……」
「アイナ……答えてくれ。シルドはどうした?」
アイナは表情を崩さず涙を流しながら布を指さした。
ポンズは布へ手を伸ばす。
「……シルド」
Sランク冒険者の死。
それは――
ギルド協会が想定していた、最悪の範疇を越えた最悪だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回の60話は、物語の中でも大きな転機となる回になりました。
シルドという人物は、作者としても印象深いキャラクターでした。
この出来事が、ロッキやフラン、そしてカルタにどのような影響を与えていくのか。
ここから物語はさらに大きく動いていきます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
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