58話 スウェルド邸潜入調査
カリフアの町――
シルドとアイナは到着するや否や、まず宿を確保した。
日没まで、まだ時間がある。
調査は明日に回す予定だった。
「シルド先輩……夜は、あのお店などいかがですか?」
アイナが控えめに指差す。
通り沿いに、巨大なチーズの塊を看板代わりに掲げた店があった。
「溶かしたチーズをパンに乗せて、肉を挟むやつか。果実酒付きだろ?」
「……い、いえ。その……先輩の判断にお任せします」
「はは。君の好物じゃないか」
そう言って笑った直後、
シルドは無意識に視線を遠くへ向けていた。
――スウェルド邸。
町外れに建つ豪奢な屋敷は、
昼下がりにもかかわらず、妙な静けさを纏っている。
「……あれだね」
「はい」
時間にも余裕があったため、一度スウェルド邸まで向かうことにした。
ふたりは馬を進め、屋敷の正門前に立つ。
立派な鉄門は閉ざされている。
だが、人の気配はない。
「……魔力反応、ありません」
アイナが感知術を展開し、首を横に振る。
「君の感知に何も引っかからないか……」
町人の証言通りだ。
ここ最近、屋敷に人影は見られていない。
シルドは馬を降り、門に手をかけた。
――ギイィ……。
錆びた金属音が、静寂を引き裂く。
その瞬間。
胸の奥が、わずかに軋んだ。
理由のない違和感。
魔力とは違う懐かしい気配。
「……」
「先輩?」
「……予定変更するよ。
今から行ってみよう」
懐かしい気配を、気のせいだと切り捨てる。
2人は屋敷へ足を踏み入れた。
外はまだ明るい。
だが内部は、すべてのカーテンが閉ざされ、
昼夜の境が曖昧な闇に包まれていた。
「……嫌な予感がします」
「軽装だから不安かい?」
シルドは冗談めかして言う。
「調査だよ。モンスターがいるわけでも――」
「……武器は、持って行くべきです」
アイナの声は、珍しく強かった。
シルドは一拍置いて頷く。
「了解。君の勘を信じよう」
巨大な戦斧を構え、
アイナも剣と小型斧を腰にかける。
そして玄関を抜け、廊下を進む。
埃。
蜘蛛の巣。
人が出入りしていた形跡は、少なくとも数日はない。
その時――
アイナが、無言で手を上げた。
厨房の奥から、
使用人服を着た女性が歩いてくる。
「……人、かな?」
「違います」
アイナの感知が否定する。
「魔力反応、ゼロ……」
女は歪に笑っていた。
瞳孔を見開いたまま――
アイナが声をかける。
「失礼ですが……スウェルド様は……」
「侵入者は……排除」
声は、あまりにも平坦だった。
次の瞬間。
皮膚が、めくれる。
その内側から現れたのは、獣の筋肉と牙。
女の姿は歪み、四足の獣へと変貌した。
「変異系のモンスターか?」
「先輩、来ます!」
突進――
廊下では、シルドの斧は振れない。
アイナが一歩前に出る。
細身の剣が舞う。
獣の爪を受け流し、
関節、腱、筋を正確に断つ。
――美しい剣技。
獣は仰向けに倒れ、もがく。
「……人語を話しました」
アイナは慎重に近づく。
「わたしの言葉が、分かる?」
その瞬間。
獣の喉の奥が、不自然に膨らんだ。
「――!」
粘液が吐き出された。
だが――間に合った。
――ガンッ!
シルドの戦斧が、粘液を防いだ。
「アイナ、もっと警戒しないと」
「すっ、すみません」
次の瞬間、
斧が振り下ろされる。
獣の首が、落ちた。
床に転がる身体は、
やがて人の姿へ戻る。
「……」
「――これは……人体実験?」
アイナが低く言う。
「黒魔術の噂……本当だったのかな」
撤退すべきだ。
頭では分かっている。
だが――
「……もう少しだけ、調べよう」
Sランクの肩書が、足を前に出させた。
広間へ向かう2人。
大きな長卓のその奥に、うっすらと人影が見える。
近づくと腐臭と、薬品の匂いが鼻をつく。
死後、数日経った家主スウェルドが――
彼らが来るのを待つかのように、長卓の奥に座っていた。




