56話 襲撃の後で
頭部を失った蘆屋の亡骸を、
フランと後鬼はしばらく無言で見下ろしていた。
主を失った式神たちは、次々と霧のように崩れ、やがて塵となって消えていく。
「……紅葉。何者だったの?」
フランの問いに、後鬼は一瞬だけ視線を逸らした。
「愉快な方でしたよ。とても」
軽い言葉とは裏腹に、彼女の声音には感情が乗っていない。
フランはその違和感に気づきながらも、続けて口を開いた。
「あなたがいなければ……何人死んでいたか分からない。
本当に、ありがとう」
「お安いことです」
後鬼は淡々と答えた。
フランが1人でギルドハウスに向かっている間、
後鬼は傷ついた冒険者や村人の手当てをしてまわっていたのだ。
回復術を受けた者たちが起き上がり、
破壊されたギルドハウスや村の修復に動き始めていた。
――奇跡的に、死者はいなかった。
その事実にフランは胸を撫で下ろした。
やがて、ギルドマスターのカフザが2人のもとへ歩み寄ってくる。
「フラン……こちらの方は?」
「マスターも無事でよかった。
この人は……後鬼。
イルジョン島で、わたしを助けてくれた人よ」
カフザは言葉を失った。
妖気も鬼気も感知できない彼でさえ、
後鬼の放つ威圧感だけは、はっきりと感じ取っていた。
「……人、ではないのか」
「恐れなくて結構です。何もしませんよ」
そう言われても、足の震えは止まらない。
「パジャン村ギルドマスターのカフザだ。
この度は……村を救っていただき、感謝する」
カフザは深く頭を下げた。
後鬼は静かに微笑みを返した。
――――――
会議室に移動した3人の間には、微妙な緊張が漂っていた。
カフザは椅子に腰掛けながらも、背筋を伸ばしたままだ。
「……正直に言おう。
これほどおぞましい力を放つ存在と、同じ卓を囲むのは初めてだ」
「ご安心ください。
わたしはロキボウから村を守れと命じられているだけ……」
「……ロッキが?」
扉がノックされ、受付嬢がコーヒーを運んでくる。
芳醇な香りが、張り詰めた空気をわずかに緩めた。
「素敵な香りですね。
先ほどフランが淹れてくれたものとは、少し違う」
「マスターの好みの豆なの。少し苦味が強いのよ……」
後鬼はたゆたう湯気を楽しむように香りを吸い込み、ひと口含んだ。
「……深い。
苦味の奥に、落ち着きをもたらす作用がありますね」
カフザは目を見開く。
「……分かるのか?」
「ええ。身体と精神、双方に作用する飲み物です。素晴らしい」
その瞬間、カフザの表情からわずかに恐怖が抜けた。
――――――
「さて……今回の件だが……」
カフザは声を低くする。
後鬼が説明を始める。
「詳細は不明です。
ただ、男の掛けていた術がロキボウに解かれた――
それが、彼にとってはあり得ない出来事だったようです」
「――だから確認に?」
「ええ。術師として危険を察知したのでしょう」
「……それだけで、村を襲うのか?」
カフザの声に、怒りと戸惑いが混じる。
「何か意図があったのか、指示を受けていたのか……
聞く前に手を打たれました」
沈黙が落ちる――。
そこにフランが口を開く。
「ロキ坊には、伝えた方がいいよね?」
「すでに前鬼に伝えています。
明後日には戻るとのことです」
「……離れていても、連絡できるの?」
「はい」
フランは目を丸くする。
「それと……ロキボウから、あなたにお土産があるそうですよ」
「えっ……わ、わたしに?」
一瞬、場の空気が和らぐ。
だが、後鬼はすぐに表情を戻した。
「ただ今後も気を抜いてはいけません。
蘆屋は駒にすぎませんでした」
「……仲間がいる?」
「ええ。
彼の頭部が破裂したのは、仕込まれた術」
カフザは拳を握る。
「……本部に報告する」
だが、言葉を続ける前に、一瞬だけ迷いが走った。
「スウェルドと言ったな……貴族連中が絡むと、
受け付けを拒まれる可能性がある……」
その言葉に、フランの顔が強張った。
後鬼が、静かに告げる。
「大丈夫でしょう。フランは世界で12人しかいないSランクの1人なのでしょ」
カフザは深く息を吐き、頷いた。
――――――
その夜遅く。
ギルド協会本部からの返書が届く。
「明日、使者を派遣する。 同時に、スウェルド邸への調査も開始する」
紙を置き、カフザは呟いた。
「……動いてくれた」
束の間の安堵と続く不安。
見えない敵。
見えない思惑。
そして――
この返書が、次の惨劇の引き金になることを、彼らはまだ知らなかった。




