42話 懐かしい気配
大都市シーアから戻って、数日が経った。
パジャン村には、かつてないくらい平穏な、
否――平穏すぎる時間が流れていた。
最近は大きな依頼もなく、畑仕事の手伝いやペット探しといった
小さな仕事ばかりが続いている。
Sランク依頼を達成した影響で、パジャン村のギルドはしばらく高難度依頼を引き受けずに済んでいる。
3か月間の猶予——
それは村にとっても、冒険者にとっても貴重な時間だった。
――――――
役小角には、この機会にどうしても行きたい場所があった。
――シルドの生まれ故郷、カイドウ村。
馬車を乗り継いで3日。
往復を考えれば、1週間ほどの行程になる。
行けない距離ではない。
だが、みんなに理由をどう説明するかで小角は悩んでいた。
ギルドハウスの待合室で腰を下ろし、ひとり考え込んでいると——
「ロッキくん」
受付から声がかかった。
差し出された手紙の封を見て、小角はわずかに目を見開く。
差出人は、ギルド協会本部のシルドだった。
――カイドウ村のカルタにはすでに話を通してある。
――都合のいい時に訪ねてほしい。
手紙には、宿場代として金貨まで同封されていた。
段取りが早い――
フランには「本部からの招待だ」と説明して休暇をもらうことにした。
――――――
「……いつのまに、シルドさんとそんなに親しくなったの?」
話を聞いたフランは、露骨に機嫌を落とした。
「親しいってほどじゃないよ。ただ、詳しく聞きたい話があって……」
「で、いつ帰ってくるの?」
「1週間後くらいかな」
一瞬、間があった。
「ふーん。勝手にすれば……」
その声は、怒りよりも寂しさに近いように感じた。
彼女はそれだけ言い残し、背を向けて去っていく。
最近、彼女は怒るというより、どこか拗ねたような態度を見せることが増えている。
一緒に行きたいのだろう――
だが、彼女はこの村の象徴だ。
小角の私用で、彼女に長く村を空けさせるべきではない。
そのままギルドマスターへ報告に向かう。
ところがそこで、思いがけない話を聞かされたのだ。
カイドウ村まで向かう女性の護衛依頼があり、行程が同じなら引き受けてほしいという。
身辺警護。
依頼ランクはB、どうやら道中は決して安全ではないらしい。
翌朝出発。
今日中に準備を整えるようカフザに言われ、小角は了承した。
――――――
翌朝、荷をまとめてギルドハウスへ向かうと、待合席に2人の女性が座っていた。
1人は、緑色の長い髪を持つ、年若い少女。
もう1人は、彼女の肩に手を添え、気遣うように寄り添う年配の女性だった。
「ラァナ様、パルメ様こちらが、今回の護衛を担当する冒険者です。
パジャン村Aランク、ロッキ」
2人は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
小角の幼い顔立ちを見て、わずかに不安が滲む。
「もう1人、護衛を追加します」
その声とともに、2階から足音がした。
「パジャン村Aランク冒険者、ミラです」
大きな荷袋を肩にかけ、ミラが並び立つ。
小角は思わず目を瞬かせた。
「どうして?」
「回復役も欲しいって、依頼主から要望があったの」
そう小声で説明された。
そのとき――
緑髪の少女が、ふらりと体を揺らし、その場に崩れ落ちた。
「お嬢様!」
慌てて年配の女性が支える。
ミラがすぐに駆け寄り、少女の背に手を当てた。
——その瞬間。
小角は、はっきりと“何か“を感じ取った。
魔力でもない。
呪力でもない。
この世界に来てから、初めて触れる気配。
懐かしい――
だが、忌まわしい気配。
それは忘れることのない、
純粋な呪い――そのものだった。
かつて小角が背負ったものと同じ気配だったのだ。




